認知症

外から雄たけび、叫び声のような、とにかく大きな声が聞こえてくるので、何事かと思って見てみたら、犬だったそうだ。まっすぐに歩くことがままならず、フラフラと右に左に振れながらヨタヨタ歩き、思い出したかのようにぐぎゃああぉぉおおお!!と吼えているという。見るからに老犬で、一目で「こりゃ認知だな」と感じたそう。

獣医療の発展に伴って、犬の寿命は伸びて高齢化が進み、認知機能不全症候群という、一種の認知症も増加傾向にあるようだ。
健康な一匹の犬が吼えると、周囲で飼われている他の犬も応じてギャンギャン吼えるが、認知症の犬が吼えても周りの犬は反応を示さない。病気と分かっているからあえて反応を示さないのか、犬には犬なりの空気の読み方があるのかもしれない。

そんな犬の認知症の話を聞かされて、犬でそれなのだから、人の認知症の介護は想像を絶するものがあると感じた。現代の医療、獣医療においては、人や犬の認知症は治療できないとされる。よって予防が鍵を握り、運動や新しい遊び等で、脳を刺激し続けることが大切になる。

人、というか私の場合、仕事は歩き回って運動に繋がり、常にどうにかラクできないかと知恵を巡らせる。そして、休日になれば朝から晩まで趣味を全力で楽しむ。これで認知症対策はばっちり…かもしれない。

あの宣告が燃ポンに

昨日、295,000kmに到達したのでオイル交換を依頼。増税前の最後の休日だったためか、今日のディーラー店内は異様な混雑で「いつもの状況じゃねぇっすよぉ…」と営業担当氏がボヤいていた。

もちろん、純正部品の注文も行った。その際、DC2インテR用の燃料ポンプが出なくなったという嫌な情報をキャッチしたことにより、再調査をしてもらった。というのも、一部のDC2インテR用の純正燃料ポンプはEK9シビックR用の燃料ポンプと共通設定で、DC2でダメなら自動的にEK9でダメになるため。

まずDC2インテRの燃料ポンプは、前期(96spec)と後期(98spec)で別の部品が設定されている。次に、EK9シビックRは前期後期共に、DC2インテRの後期(98spec)と共通になっており、以下のような関係になる。

17040-ST7-932…DC2_96spec

17040-ST7-933→部品番号変更により17040-ST7-A33…DC2_98spec、E-/GF-EK9

担当メカニック氏曰く「部品番号が変更に次ぐ変更でワケ分からない状況ですが、どれもゴソウダン(パーツ)な扱いです」とのことで、ついに宣告が出た。現状では、EK9シビックR用の新品燃料ポンプが入手できなくなっている。

純正品は高いから中華製を含めた社外品をチョイスとはよくある流れ(で、これが純正部品がなくなる原因の一つ)だが、例えば255l/hといった大容量燃料ポンプは、ガソリンの供給やリターン経路、構成部品に余計なストレスを与える可能性があり、燃料漏れ、そして車両火災という大きなリスクを考えなければならない。配管が経年でくたびれているところに、RB26DETTや4G63といったハイパワーエンジンに使う燃料ポンプは、B16Bからしてみればキャパオーバー、大動脈瘤を患っているところに激しい運動をさせて高血圧症でトドメになってしまうようなもの。大は小を兼ねない。

燃料ポンプは、タンク内でガソリンにどっぷりと浸かることで、モーターの冷却や潤滑が行われている。ガス欠による空吸いや冷却不足を繰り返せば、燃料ポンプの寿命を縮めてしまう原因になってしまう。燃料警告灯を点灯させたままどこまで走れるかといった一種のチキンレースも、実際は燃料ポンプに負担を与え続けているようなもの。しっかりと給油して燃料ポンプをガソリンに浸すことで、冷却不足と潤滑不良によるトラブルを防ぎ、保護にも繋がる。

ゴソウダンパーツでも、とりあえず注文は出してみる。「ありました。一個だけ、確保できました」となったことは一度や二度ではないので。

EK9/DC2-98用燃料ポンプ

そんな新品の燃料ポンプは、2015年8月からストック済み。購入当時の価格は45,252円。手前にあるのは、6万キロ程度で取り外された(らしい)中古の燃料ポンプで、後々のリフレッシュ作業時に現車装着品との分解比較用に購入してきたもの。ここしばらくのうちに、中古純正燃料ポンプの価格が妙に高くなっている理由は、新品が出なくなっている関係か。

淡々と帰るよ

青森から帰る日。起床時間は4時30分と早く設定していたが、昨夜は20時過ぎには消灯したことで8時間ほどは寝ることができた。身支度や前日に買い込んでいたパンで朝食を済ましたら、5時ちょうどにホテルを出発。あと30分もすれば日の出時刻になり、完全な暗闇の中を走ることは避けられる。

東北道の夜明け

都心の汚染された上空の空気では、ここまでキレイな空の色は出ないなと思いつつ、秋特有の高い雲と鮮やかな空を見ながら、東北道の南下を開始する。

濃霧で対面通行という最悪の条件

秋田県側は何かと天気が悪くなりやすい…というのが私の中のイメージで、今回は強烈な濃霧。しかも小坂ICから十和田ICに掛けてはリニューアル工事による終日対面通行規制が行われており、このドライブにおける唯一の悪条件走行となった。

街中では必要の無いフォグランプを点灯させて走っているのに、濃霧では一切点灯しない車ばかり。ドライバー自身が前方を見えているか否かではなく、相手方に自車を気づかせるために点灯する。このあたりを理解していないのが、サンデードライバーかつ地元住民らしいところか。規制は7kmほどの距離があり、通過に10分も掛からない時間がとても長く感じられた。

気温は8度

気温は8℃。暑い環境に慣れている身ゆえ、いきなりの低気温は骨身に沁みる。冷えで脚や腰が痛くならないように、足元への温風をコントロールしながら走り続ける。

岩手山のシルエット

出発から2時間ほど経過。安代JCTを越えて、岩手山を望む区間に到達。今日は「裏側」から岩手山を眺めることになって、稜線がはっきり見えて美しい。

不意に現れるS時区間

何かの工事の結果からなのか、S字区間が設置されていた。アスファルトはまだ真新しく、雨が降れば油が浮き出て滑りやすくなると直感するほど、浮いた感触がある。下り線に至っては、スピンしてガードレールに衝突した痕跡があった。

上り線の中間地点

上り線の中間地点を越える。メーター読み90km/hのペースを保って流し続けているので、疲労感はない。

東京青森日帰り弾丸ツアーの場合、ここを越えるのが17時から18時に掛けてで、日没に差し掛かって視界が悪くなり始めるタイミングだった。家までは400km近くあるので、これだけの距離を暗い中を走り続ければ、酷く疲れるのも仕方ない。

3車線区間に戻る

2時間毎の休憩を繰り返しながら、宇都宮ICを通過したのが正午あたり。長らく2車線区間に留まっていたからか、3車線の広々とした道路は走りやすい。首都高内も渋滞することなくスムーズに通過し、家に到着したのが14時30分、合計9時間半の走行時間となった。総走行距離1,493km、総合燃費は18km/Lだった。

東北道を走り終えるあたりで295,000kmに達し、帰宅してもまだ日が高く、今日はもう動きたくないという疲れもない。荷物を片付けたら、工具を持ち出してもう一度車に戻って、ドライブ後の後始末を始める。

津軽平野区間はトンボが多く飛び交っており、バンパーのグリルメッシュには運悪く衝突して砕けてしまったトンボがあちこちに引っかかっていた。メッシュが防御壁になっていることで、ラジエターやコンデンサまで到達した虫は一切なく、羽や足の破片が少し付着しているくらいだ。ブラシで掻き落として除去。

帰ってタイヤローテーション

さらにタイヤローテーション、サスアームのブッシュへのシリコンスプレーを噴射する定例作業も行って、後始末作業は終了。青森港で潮風を浴びて、虫の衝突で汚くなったボディの洗浄は、また明日。

船を見に青森へ

今年二度目の青森ドライブ。「大阪出張が終われば青森ドライブが待っている…!」と自身への励みになっていた。起床は夜明け前の3時25分。昨日はちょっとした残業があって疲れていたらしく、これで睡眠良好。ドライブ日の前夜は楽しみで寝れないという、子供みたいな性質が今もあったりするが、しっかり寝れて体調は万全。3時55分、出発。

体調が良かったことで、家から300kmほど離れた東北道吾妻PAまでノンストップで走るほどで、以後2時間毎の休憩を繰り返していく。平日かつ週末だったためか、交通量がそこそこ多くてペースが乱されっぱなし。燃料計がどんどん落ちていく。

東北道から見える岩手山

青森に到着するまで好天に恵まれ、疲労の直接原因となる横風もなく終始無風。よって東北道を500kmほど走ったあたりから見えてくる岩手山も、はっきりと見通すことができた。青森への往復をするようになって、ここまでキレイに見えたのは初めてのこと。

東北道名物のスイカは見えにくくなった

かつては東北道から巨大スイカ(柄のガスホルダー)を見ることができたが、現在は滝沢中央SICが設置され、下り線では非常に見えにくくなった。

津軽平野を縦断

遠くまで見渡せる津軽平野、東北道のすぐ横にはリンゴの果樹園があって、この景色を見たくて東北道を延々と走ってきたようなもの。ここまでくれば、青森ICまであと少し。

青森ICから少し走って、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸に到着。さっそく船内見学、2015年7月の宿題を片付けていく。

八甲田丸の車両甲板

2015年7月に訪れたときは船体の補修工事が行われており、車両甲板は一部しか歩くことができなかった。だいぶ前に補修工事は終わっており、今度はドライブの都合から船内見学のコースを組み立てることができず、今年になってようやく車両甲板を歩くことができた。

200m級のフェリーに馴染んでいるせいか、やけに小さく、狭く感じる。八甲田丸の全長は132mで、車両甲板はさらに短くなるため。それでも15t積みの貨車換算で48両(1両7.9m)を積み込むことができた。Youtubeでは、車両甲板への入れ替えを撮影した動画がいくつもアップロードされている。

宿題を片付けて、次は青森港へ行く。青函フェリーと津軽海峡フェリーそれぞれの船が、あと30分ほどで入港時刻となっており、接岸作業を間近で見ることができる。津軽海峡フェリーのターミナルで土産モノを選んでいると、すぐに函館発の船が揃ってやってきた。

3号はやぶさ

青函フェリーの3号はやぶさが入港。函館を11時35分に出港した。青函フェリーといえば、投げやりで無愛想な接客態度という印象が強いが、今も変わらずだろうか。青森と函館の車両輸送費用を抑えるなら、こちらが勝る。

ブルードルフィン2

続いて、津軽海峡フェリーのブルードルフィン2が入港する。函館の出港は12時ジャストで、航行時間はこちらのほうが若干短い。フェリーらしさが感じられる船体のデザイン。旧東日本フェリーから引き継がれたベテラン船で、進水は1994年とEKシビックよりも前、EGシビックの時代。

3号はやぶさの車両甲板

3号はやぶさの前に移動してみると、車両甲板をデッキブラシで磨いており、水洗いをしていた。こうして到着から2時間少々の間に、車両甲板や船内の清掃を行って、次の出港に備える。3号はやぶさの青森出港時刻は18時。

船見物に満足したところで、青森駅に向かってもう一度移動。今回もまた、味の札幌大西にて味噌カレー牛乳ラーメンを食べて、ホテルに移動して終了。午前3時台から起きていたせいもあって、20時過ぎには消灯。

奪われるか支配するか

AI…人工知能の進化により、「人間に代わってAIが仕事を行うようになる」「AIで職種が消える」といった記事が溢れるようになったのがここ数年のこと。中でも2015年12月、野村総研とオックスフォード大学の共同研究で「10~20年後に日本の労働人口の半分近く仕事が、AIやロボット等で置き換えられる」と発表されたことについては、かなりの反響となった。

と、同時に、AIで置き換わるだろうといわれている仕事がホワイトカラー系ばかりであり、その一方で、機械は人間でいうところの触覚や嗅覚といった「感覚」を再現することが苦手とされ、よってブルーカラー系の仕事はしばらく残るといった趣旨の記事も見かけるようになった。

現在、電車のメンテ屋というブルーカラー系に身を置く人間としては、しばらくはAIに置き換わらないなんて本当にそうか?と思っている。

毎日、大量に運行している編成において、編成単位、個々の車両でのありとあらゆる走行データを積み重ねていく。機器の各電圧電流、温度湿度、動作状況、空気圧や油圧、回転数、振動数、積載重量、その他諸々の数値となるもの全てだ。現在の検修は、作業員が目視、触覚、嗅覚といった「人間の感覚」で良否を判断しているが、積み重ねてきた走行データと人間の感覚で下した良否を照らし合わせていくと、ある種の傾向が見えてくる。

例えば、停止状態から加速し、機械的なブレーキを使って減速して止まるまでを1サイクルとして、ある一定のサイクルを繰り返すと、ブレーキパッドが摩耗して使えなくなることが分かったとする。もちろん、営業列車種別の差や運転士の癖もデータとして加味するわけだ。こういった、条件と実例の各データを突き合わせていく作業は、MATLABのような機械側の得意分野ではないだろうか。

現状では規定距離以内での定期検修体制で、大勢の人間がその都度チェックしてブレーキパッドを交換しているが、AIによる自己診断が定期検修体制となり、ブレーキパッドをチェックする人間は不要となった。AIは「摩耗したブレーキパッドを交換せよ」と人間に指示を出し、交換員として残った少ない人間がせっせとブレーキパッドを交換するようになる…なんて、あくまで空想だがありえない話ではないと思う。ブルーカラーの中にいても、これはAIでなんとかなるんじゃね?という作業はあちこちにあり、決してAIに奪われないと安泰できるものではない。

近い将来、ホワイトカラーの仕事がAIに奪われる可能性があるとなれば、次いでブルーカラーの仕事がAIに置き換わることも不思議ではない。ちょうど今が、仕事のAI化と旧来の人間作業の変わり目だとすれば、現状に甘んじていては先細り、AIに奪われていくだろうし、AI化を見通してプログラミング言語に慣れておけば、AIを支配する側に立てるかもしれない。

インクを定期的に使う

シビックRの部品を注文するために、欲しいパーツのリストを印刷し、プリンタから出てくる紙を見ると発色がおかしい。いつものことで、ヘッド内でインクが乾いて目詰まりし、正常な発色ができなくなっていた。

そこでヘッドクリーニングを行うことになるが、何度か繰り返してもテスト印刷は良くならず、ついにインクカートリッジが空になって、「交換してください」と機能停止。

ええい、金を使いたくないときに限って!と、ひとまずインクカートリッジを買ってプリンタにセット。ここで一旦、プリンタの前から離れて別の作業に移り、しばらく時間を置いてから再びヘッドクリーニングを行ってみたところ、今度は一発でテスト印刷が良好になった。パーツのリストも正しく印刷できて、問題は全て解決。

どうやらヘッド内で古いインクが固まり続けていたらしく、いくらヘッドクリーニングをやっても内部の詰まりまでは除去できなかった。新しいインクカートリッジがセットされ、内部に新鮮なインクが充填されたことで、経路中に詰まっていた古いインクが溶け、正常に噴射されるようになったらしい。

冬眠モードでインクを詰まらせて、その度にヘッドクリーニングで無駄打ちするくらいなら、定期的に印刷したほうがいい。そこで一週間に一回は必ずプリンタを起動し、飛行機や船の写真をカラーコピーすることで、全てのインクカートリッジを満遍なく使うようにしている。

時期的にも

5日ぶりの出社。相変わらずストレスが溜まる職場ながらも、体を動かせて整体に役立つ点ではメリットがある。こうして今週も始まって早々、来月からデスクワークもやれとのこと。「はぁ、でもパソコンなんてぜんぜん知らんですがね?」と返答しておき、些細な抵抗を示しておく。そんな軽いジャブに上層部が動じるわけがなく、どういう事務作業になるかは「詳しいことは追って説明する」とは、ずいぶんな扱いだ。

今の仕事、つまり現場監督になってから既に8年が経過。いつまでも現状が続くことはないと薄々感じていたが、変化が訪れるタイミングはいつも突然だ。いつまでも同じ体制に留まっていることは、変化が生まれないことと同じになり、成長は止まってしまう。

なにを社畜臭いことを…と思われるかもしれないが、実際は私自身の脳の保護のため。20歳を越えると、1日10万個の脳の神経細胞が失われるとされているそうだ。こればかりは避けようのない事態であり、現に以前お世話になった上司の名前が出てこなくなってきて「ほれあれだよ、あの人。新人嫌いの」「○○さん?」「それだ!名前が出てこねぇ…」なんてのがザラにあって、地味に怖い。

今までは現車を診ることで運行を支えてきた。今度はシステム、ソフトウェアの視点から現車を診ることになるのだろうか。覚えたことを表現できるトレーニングをして、脳に新しい刺激を与え続けないと、この先が思いやられる。

本の処分

秋分の日になり、ようやく日の出の方向と部屋の窓の角度にズレが生じるようになった。これで朝から部屋が照らされて、室温の上昇と明るさに悩まされずに済む。春分の日から秋分の日まで恒例の我慢大会が、今年も終わりを告げた。

今年も残りは100日ちょうどになり、ぼちぼちと2019年の片付けに着手するにはいいタイミング。というわけで、まずは本棚の整理からスタートだ。

本棚をよく見てみると、全て完全に読み終えた本だけではないことに気づく。例えば、翻訳小説。どうも読みづらく、途中で読むことを休止して、そのままになっているものがあり、出張時に暇つぶし用に買ってしまう雑学の文庫本、サーバの設定解説本などなど、ホコリが溜まっている本が実に多い。

雑学本は誤った知識を得てしまうことがあり、発行当時はそれが真実だったのかもしれないが、現在は誤用になって正しい解説が見つかることがある。設定解説本についてもソフトのバージョンアップに伴い、設定箇所が増え、または廃止されることがあり、次第に参考するには危険性を伴ってくる。

それらもう不要だろうという本をまとめてみると、20冊ほど。一斉廃棄して本棚を見直してみれば、ギチギチに詰め詰め込むだけでなく、本の上に積み上げるようにして詰め込んでいた状態から、隙間が生じて余裕が出てきた。配置方法をもう少し考えれば、さらに空間を作りだせるだろうが、今はこれでいい。

本棚の中で、最も巨大かつスペースを食っていたのが、1998年版のイミダス。次にPCの反則技大全なるムック本。PCの反則技大全をペラペラとめくってみると、当時のネットランナー(後のネトラン)と変わらない記事がいくつもあって、このときはWinMXが全盛期だった時代。WinMXの設定方法やファイル交換のマナー(!)について、本全体の1/4を占めているほど記載がある。本の整理中、ついつい読んでしまって、作業が止まっていた主要原因はこのムック本。

コーティングの後検

8月上旬にクリスタルキーパーによるボディコーティングを行って、「だいたい一ヶ月後にコーティング後の点検と洗車しますんで、持ってきてください」と言われていた。その作業を依頼しようにもなかなか空きがなく、結局9月下旬になってから。

「特に問題なく、水の弾きも問題ないですね」とのこと。クリスタルキーパーはここ何年か継続して行っている。繰り返し施工することで、ガラス皮膜が厚くなるという宣伝から、そう簡単に水弾き性が悪化されても困る。プラス、決して安い値段ではなく、それなりの耐久性を持ってもらわないと。

今回の洗車後、すぐに雨に降られることになり、その点について店員は残念がっていたが、そこまでマイナスに捉えることなのか、こちらとしてはけっこう不思議だ。雨に降られて、しっかり水を弾くようになっていれば、丸くなって転がり落ちていく水玉がよく目立つようになって、これはこれで独特な美しさがある。シルバーなボディの特徴で、目立つ水玉を見て「なんかワックスとかコーティング、凄いやってるでしょ?」と聞かれたことは一度や二度ではない。洗車は一ヶ月に一度やればいいほうで、コーティングは年一回しかやらない…と説明すると、確実に驚かれる。

EK4シビックSiRIIではダークアメジスト・パール(紫)で、大気の汚れで灰色混じりの暗い紫になっていた。DC2インテRではタイプR正装ことチャンピオンシップホワイトで、雨染みや路面から飛び跳ねる泥汚れ、大小さまざまな虫の付着によって汚れが目に見えてしまい、洗車は欠かせなかった。

現在のボーグシルバー・メタリックでは、表面の汚れが分かりにくいために、洗車に対して極めて物臭になった。こんな銀色塗装の気楽さを覚えてしまった以上は、今後の選択肢は決まったようなものかもしれない。

ファイル番号

デジカメのSDカードに記録されている画像のファイル名は、RIMGxxxx.JPGとなっている。このxxxxが連番設定で、0001からスタートして9999までカウントされる。RIMG9999.JPGさらに撮影しようとすると、デジカメ側から「FILE NUMBER OVER」とエラーメッセージが出て、10000以降は記録できないようになっている。

最も古いRIMG0001.JPGの写真は、撮影日が2004年5月5日。デジカメや使用メディアはいろいろ変わってきたが、その都度ファイルだけは新しいメディアに引き継いできたためで、SDカード内には実に15年分の画像ファイルが保存されている。以前は定期的に削除していたが、いつしか消すことはなくなった。

そんな15年分の画像ファイルによってRIMG8888.JPGにまで達してしまい、カウンター上の残りは1,111枚を切った。が、実際はCtrl+Aによる全選択数と、SDカード上のファイル番号でだいたい400ほどの差が生じている。撮影して、後でよく見たらブレやピンボケがあって削除するなどして、あちこちでファイル番号に欠落が発生しているのが原因。

ファイルの連番設定をやり直すことになった。RIMG0001からスタートして、ファイル数とファイル番号を一致させる。単純に.JPGだけなら問題は無いが、中には動画として.AVIも含まれている。写真→写真→写真と撮影する中で、参考のために動画も撮る場合があり、またすぐに写真→写真と撮影が続く。このため、動画ファイル一つの前後は関連する写真が連なっており、単純なファイルの分別だけで連番設定をやり直すと、動画ファイルが弾き出されてしまう。

非常に面倒なやり方だが、動画ファイルを区切りとして画像ファイルに連番を再設定していき、動画ファイルだけは手動で番号を打ち込んでいく。再設定する中で、明らかに失敗写真と判断できるものは削除してしまい、なるべくカウンターを減らしていく。合計2時間ほどの作業で、今日現在の最終ファイルはRIMG8297.JPGになり、実に600もの余裕を持たせることができた。

一年でだいたい1,500枚以上は撮影することが分かり、早ければ来年いっぱいで9,999枚になってFILE NUMBER OVERに達することが予想される。そうなればSDカード内のファイルは一括でディスク上に移動して、0001から再び積み重ねていくことになる。

時間の経過と共に思い出せなくなっていく記憶が、画像データとしてファイルに記録され、数々のディスク上に何重ものバックアップで保護されている。既に撮影当時の記憶を瞬時に蘇らせるライブラリー状態になっており、このままファイルが増え続けていけば、画像をキーワードにした記憶のデータ化、脳のデジタルバックアップという例えも間違った表現ではない。