ラック式鉄道とは、2本のレールの中央に歯型のレール(ラックレール)を敷設し、車両の床下に設置された歯車と噛み合せることで、急勾配を登り下りするための推進力と制動力の補助とする鉄道。スイスの登山鉄道で採用例が多く、ここ日本では信越本線の横川駅と軽井沢駅間の碓氷峠で有名だった。信越本線が車輪とレールによる粘着式鉄道に切り替わってからは、長らくラック式鉄道が姿を消していたが、1990年になって大井川鉄道井川線アプトいちしろ駅と長島ダム駅間で復活することになった。
鉄道屋なのにラック式鉄道の現物を見たことなかったことや、車輪とレールによる摩擦で上り下りができないほどの急勾配を実感するため、大井川鉄道井川線までひとっ走りすることになった。
土地柄、交通手段がかなり限られている場所なので、A車とB車を用意する。まず接岨峡温泉駅を集合地点として近くの駐車場にA車を置いておき、全員でB車に乗って千頭駅に向かう。千頭駅から接岨峡温泉駅までは列車で登坂し、今度は接岨峡温泉駅に置いてあったA車で千頭駅に戻り、B車と合流して帰宅というコースを採った。

国内超少数派の、客車による普通列車で千頭駅から出発。登山鉄道という性格上、機関車は常に山の麓側に位置し、山登りとなる下り列車は押し上げる格好になり、そして上り列車として坂を下るときは、先頭に立ってブレーキ役として制動することになる。

運転台。一般的な機関車とは逆で、右手に単弁と自弁のブレーキ弁、左手にマスコンが位置する。60km/hまで刻まれた速度計に「1速」「2速」の表示ランプもあり、液体式ディーゼル機関車であることを意識させられる。

ディーゼル機関車の次に位置する、ロングシート車に乗る。元貨車だけあって暖房冷房一切なしで、走行風のみ。後部にはディーゼル機関車が唸りを上げていて、連結器の動きまで見ることができた。

列車は常に車輪を軋ませる音を鳴らしながら、急カーブをゆっくりと走っていく。先頭客車には運転台があり、そこから制御回路を構成して後部のディーゼル機関車を操作している。

出発して40分ほど走ると、アプトいちしろ駅に到着する。ここから次の駅の長島ダム駅までがアプト区間となる。駅手前では本日の主役となる、ED90形電気機関車がスタンバイしていた。同形式では最終号機となる3号機で、日立製。

アプトいちしろ駅に列車が到着すると、すかさず電気機関車を列車のケツに連結する作業が始まる。線路にはラックレールが敷かれており、ガラガラと音を鳴り響かせながら、ラックレール区間に進入する。

連結完了。写真で分かるように、電気機関車とディーゼル機関車のサイズがまるで違う。井川線は小さな規格で建設された鉄道だけあって、それにあわせて車両のサイズも決まった。対し、電気機関車は登坂に必要な機器を搭載するために容量を確保する一方で、小さな規格に適合できるように、縦長細身の車体サイズになった。

車体と台車の間から見える、3台の主電動機(走行用モーター)。1台車3モーターの構成で、両端が粘着用車輪のモーター、中央がラックレール用ギアのモーター。出力はラックレールギア用モーターのほうが大きい。

アプトいちしろ駅からいよいよ90‰の勾配に差し掛かる。このとき、客車すぐ後ろのディーゼル機関車はアイドリング状態で、登坂に関わる出力はケツのED90形電気機関車に頼り切っているらしい。

120°ずつ位相がズレているラックレールで、常にバランスよく噛み合うことができるようになっていた。90‰という勾配のおかげか、なんだか身体の傾きが大きいような?

このとおり。長島ダムを水平基準とすると、列車が大きく傾いていることが分かるはず。その角度、計算するとarctan(90/1000)=0.0897581742[rad]=5.143[deg]で、約5.1度の傾きとなる。粘着式鉄道による碓氷峠が66.7‰で、約3.8度の角度だったことからも、かなりの傾きになっていることが分かる。

上り列車で、連結作業の準備を行う係員。長島ダム駅に到着するとアプト区間は終了し、電気機関車による押し上げもここまで。同時に山を下る上り列車との行き違いも行われる。先ほどまでケツで押し上げていた電気機関車は、すぐに山を下る上り列車のブレーキ役を担当することになる。無駄なく電気機関車を運用するためのダイヤになっているらしい。

電気機関車は一旦千頭駅側の本線に下がり、対面の上り駅側に進入する。京急風に言うならば、浦賀サイドターンのような動きになり、いわゆる千頭サイドターンになる。

連結寸前の上り列車。ダイヤが少々遅れていたために、下り列車内側では座ったまま、連結作業を眺めることができた。終点となる接岨峡温泉駅まではあと少し。接岨峡温泉駅から先、本来の終点となる井川駅までは土砂崩れで運休中。2016年11月には復旧完了見込みとのこと。

接阻峡温泉駅に到着して、退場する前に足回りのチェックを始める面々。ブレーキは掛かっているはずなのに、この車輪は制輪子(ブレーキシュー)が踏面に接触していない。

こちらは制輪子の片当りが発生している。ぱっと見た感じ、ガタガタな状態でも、急勾配区間の走行ができてしまうらしい。なんだかんだで、仕事目線でチェックしてしまうのが悲しい習性か。

接阻峡温泉駅近くの駐車場からA車を回収し、途中、長島ダムや廃線跡を散策しながら、千頭駅に向かう。長島ダムからは、先ほどまで乗っていた列車が、上り列車として坂を下るところを見ることができた。登山の本番は下山することで、慎重に下る必要があることから、列車もソロリソロリと急勾配を走っている。線路の傾きが凄まじい。これ、通常の粘着式鉄道でスリップした場合、絶対に止まれない傾きだ。

A車担当はサボリーマンのレヴォーグ。B車は私のシビックRが担当した。長島ダムを中心とする散策では、頻繁に乗り降りすることから、ドア数の多いレヴォーグのほうが有利。久しぶりに鉄分の多い日帰り旅行となった。客車は簡素ながらも鉄道としての保安システムが生きており、同時にどこか模型チックな雰囲気が感じられ、構造学習にはもってこいの路線だった。
土砂崩れで運休している区間が復活したら、応援の意味を込めて再訪問したいところだ。お疲れ様でした。>全同行者
総走行距離は510km、総合燃費のデータは紛失。









