ホーマーのムーブメント、組み立て完了

一ヶ月ぶりのシチズン ホーマーの記事。分解したホーマーのムーブメントはサビと摩耗が見つかり、歯車のホゾ(軸)が折れているという、散々な状況だった。そこで部品取りとなるムーブメントを入手し、使える部分とダメな部分をチェックして、一つのムーブメントに仕立て上げる、ニコイチ作戦を実行することになった。

部品取りとなったホーマーのムーブメントは、19石仕様。オーバーホール中のムーブメントは17石仕様なので、石の数が違う。セイコーと違ってシチズンのモデルは妙に資料が少なく、部品の選別中は石の数が異なれば、歯車の違いもあるのではないか?という懸念を抱き続けることになった。万一歯車が違った場合、改めて17石仕様のムーブメントを探すことになる。

分解して比較した結果、石の数の違いは、ムーブメント上の耐震装置の有無によるもので、歯車そのものは17石と19石で共通品だったことが分かった。

17石仕様の輪列受け

まず、こちらはオーバーホール中の17石仕様の輪列受け。紫色のパーツが、歯車のホゾがセットされる石…軸受け。

19石仕様の輪列受け

部品取りとなった19石仕様の輪列受け。写真中央の石に、金色の輪が装着されている。先の17石仕様と比べても、見た目からしても大きな違いがある。これがシチズンのパラショックという耐震装置で、二つの石とバネを組み込むことで、振動を吸収するようになっている。

この耐震装置で保護される歯車は、ガンギ車。規則正しい運針を作り出す歯車で、機械式時計特有のチクタク音が鳴り響く源。衝撃に耐えるため、テンプだけでなくガンギ車まで耐震装置を組み込んでくるとは、ヘリコプターから落としても壊れなかったという伝説が納得できる。

17石仕様の地板

続いて地板、17石仕様。写真中央の石にガンギ車がセットされるが、こちらは普通の石。

19石仕様の地板

19石仕様になると、耐震装置付の輪列受けに対応して、地板側にも耐震装置が組み込まれる。もしもオーバーホールをしているのがこの19石仕様、さらに上位機種の21石仕様だった場合、これら耐震装置まで分解して洗浄、注油をしなければならず、この点では17石仕様で助かった。

17石仕様と19石仕様のムーブメントをそれぞれバラし、耐震装置のメカニズムに感動したところで、ニコイチ組み立てとなる。テンプに組み込まれているパラショック…耐震装置も分解して、しっかりと注油する。セイコーのムーブメントに比べ、歯車のホゾが石の穴にスポッと入る感触がハッキリと伝わって組み立てやすく、輪列受けの装着も一分と掛からなかった。棒状のモノが穴に入る感覚は、何事も快感が伴うもの。

ニコイチで復活したホーマーのムーブメント

こうして組み立てられた、シチズン ホーマーのムーブメント。さっそくゼンマイを巻いて、一発目のランニングテストを行う。鈴のような澄んだ音色を発しながら、心地いいビートを刻むテンプは、スポークが写っていない。このまま数日間掛けて連続的に動かし、各歯車やゼンマイに負担が掛かっていないか、チェックを続けていく。

新東名120キロ区間を往く

2019年3月1日から、新東名の新静岡ICから森掛川IC間の最高速度が、試験的に120km/hへ引き上げられた。名古屋港への往復において、最高速度が変更された区間をさっそく走ることになった。

新東名下り線120km/h試行区間スタート

下り線については、最高速度120km/h区間を通過したのが午前6時という早朝時間帯で、交通量がまばらだったこともあり、あっという間に通過することになった。

では上り線はどうか。通過したタイミングは平日の昼飯時、天候は曇りで路面はドライ、微風という走行条件だった。

新東名上り線最高速度120キロ区間

最高速度120km/h区間に入る瞬間。待ってましたと言わんばかりにアクセルを踏み込み、120km/hで流そうとしたが、すぐに大型トラックの追い越し並走に出くわし、すかさず90km/h付近までの減速を強いられる。新東名の上り線は、御殿場JCTに向かって緩い上り坂が延々と続く。おかげで、前方を走る大型トラックが少しで遅いと、後方の大型トラックがすかさず追い越しを始めてしまい、並走する場面が多く見られるようになってしまう。

そんなじりじりとした追い越しが終わって再加速すると、再び大型トラックの追い越し並走で減速し…まるで先行に僅かな遅延で走るこだま、ひかりがいて、なかなか所定ダイヤに乗れない、のぞみの運転士になった気分。120km/hで一定に流すことはできず、細かい速度調整が続くことになった。

乗っている車がEK9シビックRというスポーツカーだったため、120km/hでの高速走行は何も感じなかった。むしろ、風圧で車体の振れがピタッと収まり、路面に吸い付いたような感覚に変わって走りやすくなる。ところが、私の前後を走っていたミニバンや軽自動車においては、けっこう必死の走りだったらしく、スピードを出すのは僅かな時間に留まっていた。頑張って120km/hまで出してみるが、トンネルを出てすぐの谷や山の側面、もしくは橋梁で突発的な横風に見舞われ、その度に車体が大きく振られるのが怖いのだろう。

走行速度が120km/hになれば、ハンドルは明らかに軽くなり、添えている手の僅かな動きで、車体は大きく振られるようになる。ついでに窓やフロアからは、不気味な風切り音が聞こえてくる。軽いハンドルの不安定さ、高速走行特有の風切り音が常に耳に入り続け、一秒間に33.3mも進む視覚の忙しさ…これらの要素で、長い時間に渡って120km/hで走り続けると、大変に疲れるのかもしれない。

最高速度120キロの表示

大型トラックと共に同じ方向へ走っている以上、こちらが120km/h走行で頑張っても、疲れで休憩しようとSAやPAに立ち寄っているうちに、大型トラックは巻き返してくる。大型トラックを追い越して、SAやPAで休憩して再スタートすると、先ほど追い抜いたはずの大型トラックが前にいた…なんてことは、実にありふれたことだと思う。120km/h走行で稼げる時間は数分程度で、減速すれば時間はあっという間に失われてしまう。時間短縮を狙うなら、スピードを出すのではなく、いかに減速しないかが鍵になる。

走行速度を上げすぎると、空気抵抗に打ち勝つために燃費が悪くなってしまう。今回のドライブでは総合燃費がリッター15まで落ちており、合法的に120km/hで走れる爽快感と引き換えに、燃料を多く使うことになってしまった。『最高速度が120km/hになったからといって、120km/hで走る必要はない』とはよく言われることで、間違いない。これまでどおり、90km/hそこそこで流したほうが、燃料を節約して時間を稼げることがよく分かった。

残り10万キロ切りました

昨日、名古屋からの帰宅走行中、オドメーターが284,400kmを刻んだ。目標としている月が384,400kmなので、ゴールまで残り10万キロを切ることになった。本当は止まってしっかり撮影したかったが、高速道路上なのでそれは無理な話。そのまま走り続け、帰宅してから撮影することにした。

284,465kmのオドメーター

駐車場へ止めた時点で、残り99,935km。第二目標としているアポロ13号の事故地点…321,860kmまで、あと37,395kmとなった。年間走行ペースが現状の20,000kmを保てた場合、月面到着までは最短で5年後となる。走行ペースが落ちれば、それだけ年数も延びるが。

維持しなければならない最低年数が見えてきており、リフレッシュ作業や防錆対策も一通り終えているので、この先の維持費や部品代の支出は減っていく。月に着くまで、どれだけ貯金できるか。

砕氷艦ふじを見に行く

3月の上旬にレリーズベアリングを交換し、久しブリに静かでスムーズなクラッチ操作が味わえる…と思ったら、体調を崩して遠出するわけにはいかず、我慢の日々が続いていた。

体調は万全ではないものの、休日中にぐったりし続けるようなことが無くなって、ようやく動けるようになった。新東名の最高速度が120km/hに試行された区間を走ってみたかったことや、年間に予定している総走行距離数が大幅に不足していることも見つかり、名古屋港ガーデンふ頭に係留されている砕氷艦ふじまでひとっ走りとなった。

新東名の新静岡IC~森掛川IC間において、試験的に最高速度が120km/hへ引き上げられた。その実走レポートとして元レーサーの記事がアップされており、なかなか興味深い内容。予め読んでおき、雰囲気を掴んでおく。

新東名下り線120km/h試行区間スタート

名古屋港へは下り線、都心に戻るには上り線という、似ているようで全く違う二つの120km/h区間を走ることになった。私なりの感想は、後日改めて記事にしたい。伊勢湾岸道を含め名古屋圏内は渋滞も無く、スムーズに走り抜けることができた。

名古屋港ガーデンふ頭に到着したはいいが、営業時間外。時間になるまで一時間以上あり、開場を待ってから見学をスタートした場合、上り線の渋滞に巻き込まれる可能性が極めて大きい。今日は船体周辺をウロウロするだけに留めて、名古屋ガーデンふ頭の雰囲気とアクセスルートの下見と考えて、後日改めて訪問することにした。

現役の2代目しらせ、船の科学館で佇む宗谷、そして今回のふじで、四隻中三隻、見ることができた。残るは千葉県船橋市に係留されている初代しらせだが、こいつは難易度が少々高い。

砕氷艦ふじ右舷側

到着。全長100mで、乗り慣れた各地の199m級フェリーの半分。艦橋のさらに上にある上部操舵所では、レーダーアンテナがくるくると回っていた。

砕氷艦ふじ左舷側

左舷側に回ると、パイロットボートに囲まれてはいるが、船全体の様子が把握できる。最大砕氷能力は6mとされており、船首の強化具合は、2代目しらせを彷彿とさせるものだった。

砕氷艦ふじのスクリュー

ふじのプロペラは野外展示されている。直径は4.9mだから、ボーイング777-300ERのエンジン、GE90-115Bのファン直径(325cm)よりも大きい。むしろこのプロペラを見たことで、GE90-115Bのサイズをイメージすることができた。

固定ピッチプロペラで、後進するときは逆回転させる。ふじの推進システムは、船内のディーゼルエンジンで発電機を回し、その電力でモーターを回すディーゼル・エレクトリック方式を採用している。使われているモーターは直流電動機とのこと。回路が簡単なので、氷に阻まれたら一旦後進し、全速力で突っ込んで氷を割り進んでいくことを繰り返す=正転と逆転を頻繁に切り替えるには好都合だが、直流電動機だけにブラシの保守に手間がかかる、エンジンとモーターという二つの大きな機器を積むので、重量やコスト面で不利となる…というのは、どの業界も似たようなものか。

営業時間前に到着し、開場前には帰路に入るという、普段どおりのドライブとなった。次回の再訪問時には、船内もしっかり見学したいところだ。総走行距離は682km。

接触不良?

昨日は給料日だった。ATMに向かって通帳の記入、生活費の出金や貯金の入金をこなす。今月は交通費が支給されるタイミングなので、手取りが高くなる『夢』を見ることができる。

ATMに突っ込むキャッシュカードにはICチップが搭載されていて、応じて接点がカードの左側にセットされている。発行直後はキレイな金色をしているが、使い続けるうちに汚れと酸化で輝きが失われていく。同時に、ATM側の接点がICチップにスライドしながら接触を繰り返すことで、スジ状の痕跡が見えてくる。

キャッシュカードのICチップ

ユーザー側からしてみれば、キャッシュカードの使用はそう多いものではないと思うが、ATM側では一日中、何枚ものキャッシュカードを受け入れなければならない。キャッシュカードだけでなく、クレジットカードや他の提携金融機関のカードが挿入されることも考えられ、そうなると接点のストレスはかなりのものと考えられる。

というのも、銀行の派出所に設置されているATMは接点が摩耗しているらしく、キャッシュカードの読み取りエラーとして返却される確率が妙に高いため。検証のために他の支店の各ATMを巡ってみると、それらでは何事も無く残高照会や入金手続きができるのが少々腹立たしい。

現時点での、銀行員の見解では「派出所のATMの調子は分からない。支店のATMを使ってもらうしかない。キャッシュカード側に原因があったとして、再発行は有料」とのこと。予想通り、面倒な処理はやりたくはないという意図が見え見え。キャッシュカード本体に問題があったとしても、ユーザー側からの申告では再発行手数料は有料、銀行員がその場でダメと判定すれば無料という違いがあり、確かに他のATMで使える以上は、まだ行動に移すタイミングではない。

異常があれば、ATMに設置されているインターホンで連絡を入れ、銀行員をその場に呼び出し、状態をチェックさせて次の対応を迫るというのは、今は流行らないのだろうか。これが2000年代初頭なら、経営危機ながら高飛車な対応が抜け切らない銀行員に対し、反撃を兼ねて即時対応を迫る光景が見られたものだが、すっかり昔話になってしまったようだ。

三年経過報告

『100万円貯まる貯金箱』の経過報告の日。スタートしたのが2016年3月25日なので、きっちり三年となる。まずは毎回恒例、スケールによる簡易測定から。

半分オーバー?

だいたい半分は貯まった感じだろうか。前回の測定時は、投入口にセットしたスケールは90の数字がギリギリ見えていた。今回は70となるので、だいたい2cmほどの増加に留まり、思ったより少ない。

9.7kgの貯金箱

肋骨の痛みを堪えながら、体重計に載せて重量測定。その結果は9.7kg。2リットルのペンキ缶を貯金箱にして、満タンにしたときが缶の重量込みで10.1kg、702,000円だった。この経験からして、100万円までの折り返し地点(50万円)は通過したことは確実だが。

このローペースな貯金状況は買い物パターンが変わったことが影響しており、2020年での満タン達成は難しくなった。2020年までのゴールが必須というわけではないので、念のため。

底蓋が歪んだ貯金箱

どうも安定性が悪いと思ったら、500円玉の重みで、貯金箱の底蓋が歪んでいた。硬貨の重量で貯金箱が歪みやヒビが入ってしまうことは何度も経験してきたことなので、また来たか!という喜び。

肋骨を損傷して理解できたこと

肋軟骨は順調に回復中。そんな折に、傷めているときのことを振り返ってみた。

・ダメージを受けた瞬間は分かる。

痰が絡まった喉が鬱陶しく、いつもより強く咳き込んだ瞬間、普段では感じない、明らかな痛みがズッキーンと走る。生まれて一度も骨折の類はしたことはないが、それでも「やっちまった」とすぐに分かる。

・寝返りは打てない。

寝ていても、寝返りを打てばあまりの痛みに起きる。私はうつ伏せで寝る性質があるため、その状態に入ろうとして痛みに飛び起きていた。

・自転車の衝撃が痛い。

前傾姿勢で乗る自転車、ロードやランドナーにおいては、上半身の体重を腕からハンドルに伝えて支えるが、応じて路面からの衝撃が腕から上半身に入ってくる。この衝撃がけっこうな痛み。スピードに乗れない。

・当たり前だが、咳して痛い。笑うと痛い。

横隔膜を使って肺を大きく動かす際、応じて肋骨も派手に動くため。痛い。

・原因を取り除かないと、回復が遅れる。

転倒や飛来物による一発の衝撃ではなく、咳やくしゃみ等の小さな衝撃が繰り返されることによる疲労の蓄積系では、この小さな衝撃を解決しないと回復しない。咳と気管支の薬を処方してもらって服用し、二日ほどで改善傾向にある。力はまだ入らないが。

・実体験を通じて理解できた、某百科事典の記述。

それはフリー百科事典こと、Wikipediaのこと。肋骨の項目を読んでみると『一本軽く折れた程度の場合、互いに支え合っているのでさほどの苦痛はない。』と書いてあるが、それは絶対無い。胃腸炎で下痢するのに上半身を前かがみにするだけでも、相当な痛みを味わう。腹が痛くて胸も痛い。

軽く折れた、苦痛はないという書き方は、骨折経験がないような、骨のことを分かっていないために書ける。骨折に軽く重く、ヒビといった分類はない。規模を問わず、骨組織が壊れたら骨折だ。免許を持っていない中学生が、車のことを熱心に語る滑稽な様子そのもの。Wikipediaにまともな記述を期待するほうが間違いだが。

このような具合か。軟骨でこの苦痛だから、ガッチリ硬い骨を折ったら血の気が引くレベルかもしれない。回復のリハビリがてら、トルクレンチでシビックRのホイールナットの増し締めをしてみたら、力が殆ど入らず全て左腕でやることになった。万全な状態までは、もう少し時間がかかりそう。

行間

今日はドライブの予定だった。気温が低めで一日中曇りの日なんて、最高のコンディション。だが、胃腸炎の回復中で腹の具合があまり良くなく、ケツの違和感がまだ続いていることから中止。下痢の不安を抱えながらの、長距離走行は絶対に無理。

Webサーバのアクセス解析をしていたところ、EK9シビックRの各レポートが満遍なくアクセスされていることが分かった。アクセスしてくるハードウェアはパソコンより、スマホ、タブレットのほうが多い点は相変わらず。

レポートをはじめた2007年末から2010年初頭に掛けては、スマホやタブレットといった端末によるアクセスは少なく、まだパソコンが主体。その後、年を追う毎にモバイル端末からのアクセスが増加し、Googleの方向性も「モバイルファースト」となって、同社からは「hinata.jpをレスポンシブウェブデザイン化しないと、悪い結果に至るぞ」という警告まで来る。

HTML5化、レスポンシブウェブデザイン化を済ませたはいいが、レポート内文章の記述パターンはそのまま。従って、スマホ上でレポートを読むと、画面いっぱいに文章が表示される部分が多々あった。

文字は多い

画面いっぱいに表示される字は読みにくく、しかも文章を追うのに疲れてしまい、挙句には読む気が失せてしまう。適度な段落で区切って、一息つけるスペースがあったほうが良さそうだ。

さっそく、レポートの書き換えを行っていく。レスポンシブウェブデザイン化の警告を受けた2015年3月以前のレポートの書き換えがメインで、それ以降はパソコンと手持ちのスマホの両方でチェックするようになっており、書き換え部分は少なめ。

スマホ上での、書き換え後のレポート表示例

こんな具合に、段落で一旦区切ってしまい、次の行へ進むように変更した。楽譜でいうところの、ブレス記号を明確にしたような感じだ。これだけでも、読んでいる段落が把握しやすくなり、サラッと読めるようになったと思うが、どうだろう。他にも表現方法の変更や項目の削除を行っている。

ふと、レスポンシブウェブデザイン化前の、古いレポートを開いてみたが、極めて読みにくい。フォントサイズが10ptで文字がギッチリ詰まっており、酷いものがある。かつてフォントサイズでグチグチ言っていたが、今になってGoogleの警告が正しかったことを知る。

軟骨損傷につき

幸いにして、消化器系の蠕動運動は昨夜から再稼動したようだ。水分を飲めば腹からはグルグルと鳴って、腸への移動が促されている様子が感じ取れる。胃腸炎による蠕動運動が止まっていると、胃は未消化のものが長く滞留することになり、そこに口から新たな水や食べ物がやってくればオーバーフロー=嘔吐に繋がる。今のところ、そのような気配はなし。

会社を休んで病院へ行き、問診表を提出して診察室へ。「二つかよ。わけわかんねーな」。切り分けて診察すると、やはり胃腸炎。ただし、峠は越えているので、そこまで心配することはなさそう。

では、今月の半分以上続いている咳はどうか。「肺炎っぽいかもな?レントゲン撮るぞ」ということで、X-P、レントゲン撮影となる。どうでもいいが、撮影装置は東芝製、現在はキヤノン製。

しばらくして画像診断となり、肺が白くなっていることはなく、肺炎ではなかった。喉から気管支の不調が続いているということで、「もっと早く来いよー」と言われながら処方された薬は、なんと5種類。鬱陶しい痰混じりの咳が収まるなら、これくらいは我慢できる。

そしてもう一つ。咳のし過ぎで、肋骨にヒビが入っているそうだ。肋骨の前側は軟骨なので、レントゲン写真にも損傷している部分は写らない。ただ、ピンポイントで痛み、触れられるだけでズキッと痛む様子から「ヒビくらいは入っている」そうで、胸用のサポーターを装着すると、ずいぶんとラクになる。

咳が収まれば、時間の経過と共に肋骨も回復する。しばらく休みなので、この期間でどれだけ回復できるか。

ダブルパンチか…

胃の猛烈な痛みで飛び起きたのが、午前3時過ぎ。キリキリとした痛みと吐き気があり、すかさず下痢に見舞わる。眠い頭でも、こりゃ急性胃腸炎だな…と考えながら、便座に座っていた。

昨日の昼過ぎからは、咳をすると肋骨に強い痛みが走るようになっていた。息を大きく吸うと痛みが強くなり、その部分を押してみるとピンポイントで痛い。「咳のし過ぎで肋骨を折る」という、典型的な疲労骨折の可能性がありそう。

一旦寝なおして午前6時に起きて、再び下痢。胃は空っぽながらも痛みと吐き気が続き、咳をすれば肋骨がズキズキ。今日一日は絶食として、抜けていく一方の水分はポカリスエットで随時補給。7時に制吐薬を服用するが、吐き気が収まるのは9時を回ってから。どうやら胃腸系の機能は思った以上に低下しているらしい。昼から再び胃の気持ち悪さが増してトイレに篭ってみたが、内容物は「ゴソウダンパーツです」。出るわけがない。夕方あたりから、腸の蠕動運動が少しずつ戻り始めている様子。

体温は37.1℃と微熱、普段より高い。発熱に伴う脚や腰の痛みが非常にしんどいが、胃の調子が悪いために鎮痛剤の服用はできない。プラス、肋骨も痛くて寝返りが打ちにくい。こうして起きてモニターの前に座っていると肋骨に体重が掛かって痛みを覚え、発熱ゆえ視界が歪んでくる。かといって、布団で横になっていると、今度は脚と腰が痛くてたまらない。

今月の半分以上が、何かしらの体調不良に悩まされていたことになる。普段から体重コントロールを第一とした管理は慎重になっているところだが、今回の事態で体調管理は無頓着だったことを思い知った。

2013年5月、2016年10月、そして今回の胃腸炎において、発症する前に食べていたのが共通してとんかつだったりする。どうやら、もう油モノを大量に食べれる年齢ではないのかもしれない。