長距離フェリーは7年ぶり

北九州市の新門司港から横須賀港まで、東京九州フェリーを使って移動することになった。

新門司港は23:55発で、遠い昔に走っていた9375Mこと臨時大垣夜行のダイヤを思い出させてくれる。横須賀港の到着は翌日20:45になり、丸一日船上で過ごすことになる。

待機列中のEK9

ここ数年は見送りによる出航を眺めているばかりだったが、今回は待機列でスタンバイ。ちょっとした事情から、別枠の待機列に移動して乗船する。船は長女たる『はまゆう』で、垂直ステム型の船もこれまた初めて。

実はこのとき15分ほど入港が遅れており、理由は海上荒天による影響。秋雨前線と気圧配置で、海が荒れているとのこと。ん?

深夜出航なので、船内徘徊は翌日に回すとして、海は時化ていた。船首に波が当たった衝撃音は落雷や爆発音のような音で、ドーン…ドーン…という低い音が周期的かつ強烈に響き渡る。熟睡できたのは3時間程度ではないか。

フォワードデッキ

船長曰く波の高さは4m程度。この高さなら問題はないが、乗船客にとっては辛いものがありそうだ。殆どの人が船室でノックダウンしているのか、フォワードサロンやエントランスホールには人影はまばら。窓際で突っ伏している人もチラホラと。食堂も待つことなく案内される。

ちなみに時化で揺れが酷く、大浴場は終日閉鎖。露天風呂で、大海原を素っ裸で眺める願望は次回持越し。また、デッキも終日閉鎖となっていて、ファンネルマークの撮影はできず。乗船した部屋には専用テラスが装備されており、外の風を浴びることは自由だったが。

横須賀港到着

横須賀港へ入港中。車両甲板への移動が許可され、いよいよ下船準備。港に降り立ってしまえばもう地元。

ランプウェイが開くところ

ランプウェイが開いている真っ最中。

終始海上は時化ており、最高で快適な船旅とは少し異なる結果となった。天気は仕方ないことで、散々揺られたことは、むしろ記憶に残りやすいだろう。おかげで陸酔いは下船した日だけでなく、一晩寝た翌日も一日中継続してしまい、降りてからが不快なコンディションになった。

調べてみると、前回の長距離フェリーへの乗船は2018年の新門司港→泉大津港(阪九フェリー)以来。また、2016年には大洗→苫小牧(商船三井フェリー)を使っているが、このときも秋雨前線で2mの波。揺られ続けたログが残されている。秋雨前線のある秋口の太平洋側は気象条件は良くないか。それでも次はどの航路で遊ぼうかと考えるあたり、船旅は止められない。

ドライブと乗船、大変お疲れさまでした。>同行者

あえて旧線で

都心部から静岡市街地方面、さらに西方面へ車で行くとなると、御殿場JCTから先は新東名を使うのが主流だろうか。他車の動きを見ていても、次々と新東名方面へ移っていく様子が見られる。

それだけ新東名方面へ流入する車が多いのだから、旧東名は空いているのではないか?という予想が成り立つ。御殿場JCTから西方面、引き続き旧東名を走り続けると、想定以上の車の少なさに驚くばかり。

由比PA

日の出時刻に達して、まだ10分も経過していない由比PAで小休止。一気に走ってしまえと思っていたが、2時間が経過したアナウンスがナビから流れ、ちょうど由比PAが近づいていたのですぐに入った。

静岡市街地に近づくにつれて、車の量が増えていくものと覚悟していたが、早朝時間帯だけに思ったよりも増えず。スムーズに混雑ゾーンを抜けて目的地へ向かうことができた。時間の都合から、早くも混雑が気になってくる復路は新東名を使って戻ることになった。

本物のスリルドライブ

何年かぶりに伊豆スカイラインを走ってみることにした。いつもは熱海峠ICから南下していくが、今回は修善寺側から県道を走り抜けて、天城高原ICから北上するようなルートをチョイス。

天城高原IC

日が出てきたとはいえ、早朝時間帯。これならのんびり走ることが出来そうだ…と思っていたが、終始緊張を強いられるドライブになった。

やけに目立つのが『鹿に注意』なる看板。ここまで大量に置かれていたか?というくらいに設置。実際、熱海峠ICまでの走行で、鹿とのエンカウントはなんと3回。1回は悠々と対向車線を歩いており、残り2回は直前横断。あと1秒ほど早いペースで走っていれば、衝突していた。

濃霧の伊豆スカイライン

そして伊豆半島を縦走する道というだけあって、この濃霧。そこに鹿が出てくるために、完全にビビリミッター発動。後続車がいないことを逆手に取って、指定速度でダラダラと走り続けていた。

完全に雲の中

「前が見えねェ」

フォグランプが欲しくなるレベルの見通しの悪さで、さらにペースを落として走る。霧が晴れてくれば視界が広がって、高原ドライブに相応しい走行舞台になっていた。雲海で麓は全く見えなかったが。

途中の亀石峠には料金所の設置工事が行われており、スカイポート亀石も過去のものになっていた。ちょっとした駐車スペースはカラーコーンで封鎖され、かつての賑わいとは程遠い環境に変わりつつある。遠い昔は、スピードメーターが変な方向を差したまま走っていたが、現状ではもう無理だろう。

それだけ年数が経過している証拠であり、変化していくことは当たり前で、受け入れて次を見据えていかなければならない。総走行距離は320km、夜明け前に出発する朝練ならぬ早朝ドライブにつき、出勤ラッシュに紛れての帰宅。

強くなる警告

いつものように、国道299号の酷道区間の群馬県側入口…群馬県道45号と国道299号の交差点に到着する。ここからは1.0車線幅の狭路になり、落石や崩落の危険性が常にあって道の環境も良くない。それでいて一方通行ではないので、なかなかスリリングな道となっている。

書き変わった警告看板

酷道区間に入るその瞬間、見慣れた警告看板の文章が書き変わっており、『大型車の通行は出来ません。』とステッカーが貼られていることに気付く。

いや、前はこうではなかった記憶があるぞ?と撮影するために一旦停車し、このように看板の写真を記録しておく。

相変わらず荒れた路面で、メンテナンスは殆どされていないのか凹凸が激しくなっている区間が増えている。走り慣れている道とはいえ決して油断することなく、ゆっくりのんびり、十石峠に向かって走り続ける。

さて、帰宅してからこの看板の変化具合を調べってみる。2016年に撮影した写真では、『大型車の通行はご遠慮下さい。』という文章で、これが本来の仕様だった。

本来の警告看板

このとおり。シビックRのリアバンパーにステッカーがペタペタ貼られている点からしても、だいぶ古い写真だったりする。

恐らくは、問題の大型車がGoogleマップのナビ機能に言われるがままに案内されて立ち往生するとか、そもそも各種警告文を読めない、見ない(日本人外国人問わずの)ドライバーが、途中で救援を求めてくるといったことが多く、書き換えられたのかもしれない。

大型車は通り抜け不可

黄色い背景と赤い文字で、大型車両は通り抜けできませんという強い警告看板も設置されていた。さらに調査すると、2024年の時点でこれら表記が書き変わり、看板が追加されていたことが判明する。

情報化社会の影響で、酷道に立ち入る敷居は多少下がったか。それでも危険かつ救援が望めない状況に陥りやすい点は変わらずで、この国道299号も携帯電話の電波は入らない。最悪の状況を見越して通行する基本は忘れてはならない。

テストドライブの日

先日の新潟ドライブでの走行結果から、フロントタイヤのトゥをさらに追い詰めてみる。

タイロッド調整

極短時間の作業とはいえ、一気に汗だくになる。

谷村PAにて

走りに走って、山梨県は都留市。谷村PAで小休止。リニア実験線で新型試験車両M10が導入されたという報道があったばかりで、未塗装車両がどういうものなのか見ようと思ったが、時間的余裕が無かったため断念。

ボンネットにバッタ

走行中、カウルトップに虫が紛れ込んだことは目撃しており、取り出してみるとバッタだった。一見するとトノサマバッタかと思ったが、帰宅後に調べ直してみるとどうやらツチイナゴらしい。スマホを近づけても動じず、もう一度手を近づけてみるとジジジッと鳴きながらどこかに飛んでいった。

R139は大混雑

河口湖ICから一旦下道へ出てみると渋滞に巻き込まれる。あれ?今日は平日だよな?と何度かカレンダーを確認したほど。このR139が混雑するのは休日やハイシーズンと思っていたが、インバウンド需要による悪影響だろうか。照り付ける太陽と熱風による暑さが凄まじく、避暑地として過ごしやすかった河口湖は、遠い過去の時代。

混雑を避けるなら、忍野村経由で山中湖村に入るのがベストだが、道に不慣れな観光客が多い中で細い道を走る気が起きず、シンプルにR139とR138の大通りで、山中湖村へ向かう。

山中湖到着

山中湖に到着。あまりの混雑ぶりに、普段のマリモ通り側から時計回りで走ることを断念し、御殿場方面への最短進路を取って関東へ戻る。

戻ってきたら予備車検場に向かい、サイドスリップをチェックしてもらう。

「車検ですか?」「いえ。ちょっとトゥをいじったんで診てもらいたく」
「いいですよ。整備士ですか?」「いや、ただの素人です」

結果は合格圏内に入っていた。疲労感もなかったので、これでトゥ調整はOKとする。

恒例、新潟港

恒例になっている、新潟港までのドライブ。まだら氏が北海道ツーリングへ行くというので、その見送り。

片道300km少々なら、休憩含めて5時間が目安。出航は12時ジャスト、乗船開始が10時過ぎだった記憶があり、現地でダラダラする時間を考慮すれば9時あたりの到着を目標となる。逆算すれば、4時には出発となる。

いつもの構図

今回の船はらべんだあ。2年前は警報級の大雨だったので、雨除けでターミナル内が大混雑し、見送りする人は殆どいなかった。今回は天候に恵まれ、早い時間帯から乗船待ちの乗客や私のように船を見に来た人が多い。

「でも、新潟で晴れるとあっち(北海道)は雨なんすよ…」とは、これから北海道に向かうまだら氏の弁だが、天気予報を眺めてみると実際にそのとおりのようで。

らべんだあ出航

12時になってらべんだあは新潟港を出港、Bon Voyage!!小樽港到着は翌日4時半で、到着したその日フルに使える時間配分の良さ。逆に北海道から帰ってくる場合は小樽港を17時に出航、新潟港には翌日9時半到着となり、首都圏の渋滞にギリギリ巻き込まれない時間帯に帰ってくることができる。

このまま帰路に着いて首都圏を目指すと、17時あたりに東京に入る。世間は平日なので、帰宅ラッシュに巻き込まれて地獄を見ることになるので、渋滞回避の時間稼ぎということで。

新津鉄道資料館

新津鉄道資料館に行ってみる。平日だけに来客はまばら。資料を細かくチェックすると時間がいくらあっても足りず、渋滞回避の名目があるので、今回は若干の急ぎ足モードで巡ることになった。

総走行距離は840km。お疲れさまでした。>参加者

大鰐線、再び。

弘南鉄道は2028年3月を以って、大鰐線全線を休止、事実上の廃止を発表。

それならばもう一度乗っておくか!というわけで、青森に向かう。今回の青森往復ドライブでは、EK9シビックRは出すことはなく、相乗りでの行動になった。

弘南鉄道7000系

折り返し地点の中央弘前駅で一休み中。元を辿れば東急7000系で、運用期間は東急時代よりも弘南鉄道のほうが長くなった。寒冷地での過酷な運用が続いており、さすがに劣化は隠せていない。乗務員室の天井には雨漏りに対処するためかビニールシートが張られていたり、ネジ穴がまともに機能していないのかカバーが固定できてない等、職業柄補修したくなる要素があり過ぎる。

色褪せた圧力計

電磁直通ブレーキ仕様なので、圧力計も賑やか。回生ブレーキはキャンセルされており、最初から空制のみの制動となるため、締切電磁弁による圧力計の動きは見ることができなくなっている。

長年に渡って紫外線を浴び続けた影響からか、本来は表記されているはずの赤い文字や赤い帯が消えてしまっている。圧力が分かればOKと割り切っているのかもしれないが、一方で補修する予算が充てられていないのだろうと思ってしまう。

弘南鉄道の安全方針

中央弘前駅に掲げられていた、弘南鉄道の安全方針。そのベースになっている規定は、どう考えても国鉄の安全綱領だろう。

一、安全は輸送業務の最大の使命である。
二、安全の確保は規程の遵守及び執務の厳正から始まり不断の修練によって築き上げられる。
三、確認の励行と連絡の徹底は安全の確保に最も大切である。
四、安全の確保のためには職責をこえて一致協力しなければならない。
五、疑わしい時は手落ちなく考えて最も安全と認められるみちを採らなければならない。

2023年8月には大鰐駅-宿川原駅間で脱線事故を起こしている。事故の4ヶ月前となる2023年4月に一度目の乗り鉄訪問を行っているが、同区間は明らかにおかしいと感じる揺れが続いていた。線路のコンディションが極めて悪いという、地方ローカル線特有の事情もあったかもしれないが、脱線事故の一報を聞いてやはり起きたか…と納得していた。

その脱線事故の影響かどうかは不明だが、こうして安全方針が掲げられて乗客の目につくところに掲載されているあたり、輸送業としての本質を徹底しようという意気込みなのかもしれない。

大鰐線を往復し終えたら、早くも関東に向かって南下を開始。今回は青森駅と八甲田丸に向かうことはせず、予め関東までの距離を縮めておくことになった。

なにもないのがいい

ここのところはEK9シビックRで長距離(※)を走ることが無くなっており、このままではエンジンやバッテリーにも変なストレスを掛けてしまう。

今日から4連休に入るそうなので、関東甲信方面へは大混雑が予想される。そこで近場の東関東道を往復することにして、潮来ICを折り返してくるコースをチョイス。成田空港付近までは混雑気味だったが、2車線区間に入ってしまえば交通量は激減する。淡々と走り続けて潮来ICまで来たら、即上り線に入る。

潮来ICから入って、6kmの地点に佐原PAがある。展望台があったりするが、トイレ、自販機、喫煙所の基本設備だけで、店舗的なものは一切なし。東北道の安代JCTから青森ICに掛けて点在する、簡素なパーキングエリアを彷彿とさせる。完全に割り切ったパーキングエリアこそ休憩には最高の環境なので、必ず立ち寄るようになった。

佐原PAにて

暫定的な始点からすぐのパーキングエリアだけに、寄る人は少なめ。近い将来に未開通区間が完成した時には、訪れる人も増えることになり、現在の静かな環境で休めることは過去の話になってくる。

成田空港付近まで戻ると、車の量が一気に増えてくる。各道路の渋滞が始まってきており、一般道と裏道を使って帰宅。

※長距離…片道100km程度はすぐそこ。最低でも片道200km程度はないと、満足のいくドライブにはならない。

食品工場見学の日

久しぶりの、シャブ(会社自動車部)ドライブ日。某工場へ出向いている後輩に会いに、浜松までひとっ走り。

うなぎパイファクトリーの様子

土産物はうなぎパイと決まり。その製造工場は見学できるようになっていて、浜松市の主要観光ルートの一つとなっているようだ。

次々にパイが作られていく様子に見入る一般客に対し、作業員の動線をチェック、製造設備の様子をズームレンズを使って事細かく見たりと、見ているところが明らかに違う部員の面々。

「最終判断は人間の目っすかね」「AIには無理か」

V.S.O.Pバージョンは別ライン

少しお高い、うなぎパイV.S.O.P.に関しては別ライン。人の手による梱包となっていた。

梱包用パッケージのリール交換直前

製造設備をよく見ると、パッケージ用のリールがゼロになる寸前で、黄色い警告ランプが点滅している。ちょうどいいタイミングで、リールの切り替え作業が見られるかも?と待っていると、作業員がやってきてあっという間にスタンバイしているリールに切り替わる。リールの切り替えでパッケージングに少々のズレが生じるのか、切り替え直後のうなぎパイは弾かれていた。

製造ラインの見学が終われば、次のお楽しみは昼食。

二輪でお馴染み、ヤマハ発動機株式会社の本社の真横に、「スズキラーメン」なるラーメン店がある。青いラインと赤い文字の組み合わせは、スズキのディーラーを思い出させてくれる。実際、ヤマハ本社の前でスズキというツッコミがあるとかないとか。

スズキラーメンのネオンサイン

バイカーと肉体労働者向けの、ボリューミーで濃厚な味付け。都心にありがちな、キレイに盛られたラーメンと清潔感のある店内とは程遠く、これぞラーメン屋!と思い出させてくれる印象。

昼食休憩を終えたら、寸又峡まで一気に移動。大間ダム湖の夢の吊橋を見物して、再び浜松市街地に戻って解散となる。後輩も元気にやっていることが分かって一安心。

関東に向かって出発したのが21時過ぎ。帰宅は日付が変わって1時を回っており、さすがに眠いのなんの。総員無事の帰宅が確認できて、さて寝ようとなったのが2時だった。大変お疲れさまでした。>総員

2024年のドライブスタート

寝ているときに両方の太股がつるという、最悪の状況。突然の激痛に飛び起きて、どうにかこうにか痛みが治まらないか試行錯誤。ようやく痛みが落ち着いて、再び寝直すこと何時だったか。

今年分のドライブ、スタート。異動したことで休日がどうなるか全く見通せず、定例の青森ドライブは未計画。EK9シビックRの定常運用は今年で区切りがつくことになるが、このままではどうなることやら。

東名上り線

車体全体のコンディションをチェック、アイドリングからレッドゾーンまで満遍なくエンジンを回し、バッテリーへの十分な充電を行うコースは、河口湖と山中湖を巡ってくるいつものコースを予定していた。300kmほどあり、走行時間は約4時間といったところ。

しかし、こむら返りで飛び起きた影響で完全に寝不足で、ついでに脚の痛みはかなり残っている。急遽予定を変更して、御殿場まで往復してくるコースに設定。総走行距離は200kmと短くなってしまうが、脚の痛みがある状態での運転=実質安全運転義務違反と捉えることもできてしまい、周囲のトラックに紛れてステルスモードで帰宅。

昼からは自転車(ダホン VISC P20)で近所を徘徊しようと出発してみるが、寝不足と脚の痛みでまともに走れず、これまた中断。

今日は散々な一日となった。寝不足の解消のために、さっさと寝ることにする。