理想は209系?

かつて京浜東北線を走り回っていた、209系のような考え方を車に当てはめてみる。

JR東日本209系

『重量半分・価格半分・寿命半分』でお馴染みだったこの系列。

13年間の減価償却期間は重整備を行わずに使い、それから搭載機器を入れ替えて使い続けても、廃車しても経営上は問題ないという扱い。それまでは鉄道車両は長く長く使うことが当たり前だっただけに、いきなり寿命半分と出てきたので、使い捨てモデルのような印象を抱かれた。

そんな209系的な捉え方として、ガソリン車なら増税される13年を目途に乗り換えていく。これなら基本的なメンテナンスを繰り返せばOKで、さらには純正部品の有無も気にしなくていい。イマ車なら、10年10万キロでの重整備はウォーターポンプの交換くらいか。13年目まで使い込んでも、水漏れするような代物ではないだろうし、そこまで神経質になる部分でもないか。

ついでに、10年も経てば安全装備や制御システムは大幅に変わってくる。長く乗り続けるよりも最新モデルのほうが、最終的な安全性は優れてくるだろう。1990年代末の車に乗っている身からすれば、今どきの車の至れり尽くせりなシステムは驚かされるばかり。

ここまでは一般的な考え。ここからは当Webサイトと私個人の性格を踏まえてみる。

サービスマニュアルとストックパーツ

間違いなくサービスマニュアルやパーツリストを揃えたくなる。主体はオンラインシステムになっているようで、冊子での入手は難しいかもしれないが、そこはなんとか手を打つ。ある程度の期間で降りる前提であっても、車は機械いじり趣味の範疇にあるため、防錆対策や各ブッシュの細かいメンテナンスは絶対に行う。純正部品に至っては予めストックしておくことになり、なんだかんだで13年以上も考えることになりそう。

ゲームにおけるやり込み要素やレベルのカンストではないが、一度ハマると自分が納得するまで仕上げなければ気が済まない性質ゆえ、手を掛けないつもりでも絶対にそうはならない。実際、今のEK9シビックRも自分の理想とは程遠い完成度であり、まだまだやりたいことは多い。

寿命半分はともかく、重量は増加気味、車体本体価格も上がっている。しかし、先に書いたように10年から13年で割り切るというなら、整備費用も含めた支出まで考えると、価格半分とまではいかないが抑えられる。全てが209系のようにはいかないが、一つの選択肢として覚えておいて損はない。

更新…Y24#07

『EK9の定常運用終了報告』を追加。

384,400kmに到達したのは今月24日で、それからというもの次々にやってくるメッセージのやり取りを次々に行い、ついでに変則勤務による体調不良の予兆を感じ、早く寝ることを最優先にしていたため、レポートの作成は後回し。

38.4万キロを目指すという定常運用は終了となる。この定常運用と後期運用とは、元ネタは人工衛星や探査機の運用表示。定常運用は主任務期間、後期運用は主任務期間が終わって機体の状態を確認し、審査して活用可能と判断されてからの、二次任務といった具合。よって月を目指すことが終わり、気が済むまで走り続ける現在は後期運用となる。

当初の見込みではここまでの走行距離を重ねれば、不調でまともに走ることも難しくなっているような、グズグズのコンディションをイメージしていた。

免許取得後の初心運転者期間は、三菱PE8WデリカSGで走り回っていたが、冬場はエンジンの始動困難で、走り出せばミッションからは唸り音が響いてついでに4速に入らないという、なかなかの不調ぶり。この経験から、過走行かつ経過年数が積み重なると、車とはここまでボロボロになるものというイメージがあった。

そんな過去の経験と同じ道を歩むわけにはいかない。ついでにリフレッシュは前倒しでやっておけというアドバイスから、基本は予防保全で維持。おかげで38.4万キロになったその瞬間も、冷静に見直してみれば通過点の一つ。日常使いに何ら変わりはなく、すぐにいつも通りの買い物車として走り、さらには38.4万キロ到達後はすぐに38.5万キロになり、タイヤローテーション作業をせっせと行っていた。

30分で終わらせろ

EK9シビックRの総走行距離が385,000kmになったので、タイヤローテーションや各サスアームのブッシュへのシリコンスプレーといった定例作業の日となる。

しかし、車をいじれる自由時間が確保できたのは16時前。日没まで30分少々しかなく、さらにこの時期は太陽の角度と方位から日没時刻になれば一気に暗くなる。普段なら気になる部分を撮影しつつ、のんびりと行うところだが、今日に限ってはそんな余裕はなし。照明を使った作業は影が気になって、作業しにくいので。

385,000kmのオドメーター

キッチリ30分で終わらせて、タイヤローテーションとシリコンスプレーの塗布はOK。ここでガスの残量が僅かとなっていることに気付く。車体の傾きで貧乏ランプが点灯するような状態だったので、タイヤの空気圧調整も兼ねて、給油でひとっ走り。最終的にトリップメーターは600kmを越えたが、6の数字を見たのは久しぶり。

この時期の日暮れの早さは、作業の観点では厳しいものがある。しかし、一番好きな季節が二十四節気でいうところの立冬から冬至なので、忙しさも楽しんでいる。

なぜ積車だったか

先日、キャリアカーに載せられて修理工場を往復していた記事を書いた。整備中、フェンダーに工具を落としてしまった。塗装が欠けてしまったならまぁいいべ…で済ませるが、下地を通り越してパネル本体まで傷が入ってしまい、下手なケアでは錆を防ぐことができない。

欠けた塗装その1

損傷面積としては米粒程度。素地が露出してしまったのでタッチペンで塗装し、空気と触れないようにする。

欠けた塗装その2

既存の塗装面と比べると、窪み具合がよく分かる。この左側のフェンダーはちょっとしたトラブルで2016年8月に交換しており、「また左側か…!」との反応。

このように、素人による塗装では逆に目立ってしまう。防錆対策の意味では素地を整えて、下地と塗装を仕上げ、クリア層を吹くという修復が必要になり、『オープンカーに乗った魔女』の板金業者へ作業依頼。すると実作業は遠く離れた別工場で行うという話が出て、これで384,400kmの数字は拝めないなと諦めた。

ところが、積車による往復移動が判明し、オドメーターは浜松ドライブが終わった直後のまま。無事に修復が終わったこと以上に、オドメーターが回っていなかったことに心底安堵した。

再塗装後のフェンダー表面

こうして、整った表面が戻ってくる。フロントバンパー、ボンネット、左側のフェンダーとドアパネルで、塗装が見事にバラバラ。一切手を付けていないボンネットは劣化でクリア層が無くなりつつ、それ以外の部分はクリア層が厚くて艶が健在。これはこれで愉快痛快なコンディション。

年末に行っている定例コーティングと併せて施工し、その請求はなんと12月下旬。財布の観点では助けられたが、ここまで支払いを遅くしてくれたナゾが残る。

緊急清掃

会社での出張やプライベートでの遠出といったオンオフ問わず、外行きのときに装着する時計はオメガスピードマスター、もしくはグランドセイコー。基本は前者で、使用頻度が高ければそれなりに汚れやすくなる。装着後の拭き掃除を行っていても、細部の汚れは残ってしまう。

EK9シビックRの総走行距離が384,400kmになって、オドメーターとスピードマスターを並べて記念写真を撮ろうと準備していたところ、バンドの動きがやけに硬くなっていることに気付く。屈折したまま角度が固定できる点は写真撮影に都合はいいが、普段はこうはならない。

はて?何か問題を抱えているのかね?とバンドの点検をしてみると、緊張感を強いられる異変を発見。

ブレスの関節部分の変色

バンドのコマ部分に明るい茶色の変色があり、垢?汚れ?それとも錆か?いずれにせよ、この変色が原因でバンドの動きが悪くなっていることが判明。バンドを時計本体から外して超音波洗浄に掛けてみると、けっこうな汚れが浮かび上がってくる。

冷水での超音波洗浄を終えたら、今度は体温に近い水温に切り替えて、もう一度超音波洗浄を行う。これで汚れが柔らかくなって、だいぶキレイになっている。どうしても取り切れない汚れは、道具を使って手磨きでクリーニングとなる。

クリーニング後のブレス

清掃完了。バンドの動きがスムーズな状態に戻って、手首に馴染みやすくなった。クリーニングで除去できたことや、バンド表面に荒れが無かった点から、錆ではなく汚れだったと判断。このまま異常に気付かなかった場合、本当に錆びてしまう可能性があり、バンド交換となれば、ウン十万円級の支出となってしまう。

錆びないとされるステンレスも、汗や汚れで表面の被膜が破壊され、錆びてしまうことがある。金属にとって汗はダメージの大きい汚染物質そのものなので、拭き取りだけでなく水洗いも重要となる。

続、384,400km報告

Xのほうに速報をアップしておいたところ、一晩で四桁もの反応があり、一瞬で目が覚めた。感謝感激雨あられ!ありがとうございます。

キリのいい万単位のキロ数ではなく、地球と月の平均距離である384,400kmでの到達報告で、ここまで盛り上がるとは完全に想定外のこと。現在進行形で通知が来る状況が続いている。

夜空に浮かぶ月を見上げれば、地球から月までの距離を走ったという、ワケの分からない究極の満足感が得られる。ここまで自己満足感を満たせる、面白いネタはないだろう。

早く着こうが何十年掛けて着こうがどうでもよく、競争でもなんでもない。ただひたすら安全運転に徹し、不調になれば修復を繰り返して、地球と月の距離に相当する384,400kmを目指してみる。そんなカーライフも一つの手段としてどうだろうか。

384,400km報告

本日、EK9シビックRの総走行距離が384,400kmに到達。2007年12月15日に納車されて以来、目標としていた地球と月の平均距離である384,400kmを走破した。

384,400km

384,400kmの数値と一緒に撮影したかったアポロ宇宙船・月着陸船のミニチュアモデル、そして月旅行に必須のオメガ スピードマスターも併せて。

『月旅行宣言』から16年と11ヶ月のチャレンジ。ゴールしたことで、過去の思い出がいろいろと蘇ってくる…ようなことは一切なし。それでも384,400kmを走らなければならないという、妙なプレッシャーからは解放されたことで、一段落ついたことは間違いない。まずはレポートを書いて、区切りをつけようか。

到達写真を撮影したら、すぐに日常へ戻る。先週の浜松往復からそのままだったガスを入れて、足車としての運用が再開となった。

まさかのキャリアカー

本日からEK9シビックRが運用復帰。

それはともかくとして、預けた車がどういう動きをするのか。かつてなら修理中の動きは一切把握できなかったが、今はドラレコがあるのである程度は掴みやすくなった。帰ってきたシビックRをチェックして、オドメーターが殆ど回っていないことに気付き、それならばとドラレコの記録をチェックする。

キャリアカーにのって移動

キャリアカーに載せられて、修理工場まで往復していたようだ。自走による往復かと思っていたが、ここまで手厚く保護しながら持っていくとは完全に想定外。身内以外にシビックRを運転させることは一切信用していないので、この点では心底安心した。

これで事前打ち合わせの際、「工場の空きがない」とかで、持ち込む日と時間を事細かに聞いてきた理由が分かった。修理工場へ往復するキャリアカーの手配をしなければならず、それに伴って運転手の勤務パターンを決めることになる。さらには修理した車を降ろし、次の修理待ちの車を回収すれば、空荷で走ることも減らせる。

工場へはキャリアカーで直接輸送。作業を終えて工場から戻ってくる時は、一旦仮置き場的なところに移動され、ここでキャリアカーに載せられて返却という流れになる。

キャリアカーでの移動により、GPSの信号をロストすることになってナビ上の現在位置が狂うあたりは、フェリーでの移動と全く同じ。しばらくすれば、GPSをキャッチして勝手に補正されるので全く問題なし。

この一週間で、フィットのゆったりとした挙動に慣れていた。そこからシビックRに戻ると、特有の鋭さと速さに少々驚くことになり、このギャップで車を運転することは、ここまで楽しいものなのかと新鮮な気持ちを思い出すことができる。

代車生活でした

今週日曜日からEK9シビックRは緊急(?)入院となっており、GE6フィット(2008年製)が代車となって日々の運用を支えていた。

近年、代車の扱いに関してSNSを賑わす例が増えている。他人の財産なので慎重に扱わなければならず、特にガス代に関しては自分で乗り回しているのだから、相応の負担はしなければならない。

んで。

代車のコンディションが両極端だったりする。新車そのものだったり、よく手入れされていることがある一方で、貸してくれた時点で内外全てが汚い、ガスは減ったまま、整備状況が怪しい…というネガティブな要素にもなぜか当たりやすく、本音としては丁寧に扱う気も失せてしまうわけで。

GE6フィットのメーター

今回のGE6フィットは後者。汚い以上に、ハンドルセンターがズレていて真っ直ぐ走らない。このフィットに関しては、去年の年末にも借りており、ああまたかと萎えてしまう。そして今年は、鍵が折れそう、挙句に車内はゴミだらけと、さらに状況が悪化。車内に放置されているゴミは、トランク部分にまとめておく。

代車に手間は掛けたくはないことは理解できるが、日頃からコーティングや洗車サービスをウリにするのであれば、代車も宣伝カーとして扱えばいいのに?と思う。

三島だった

出張終わり。

新横浜駅についたらタクシーで20分か…と考えていたが、これは大阪や浜松で行動パターンだった。大阪から帰ってくると21時近くになり、浜松だとひかりは1時間に一本、こだまなら30分に一本は来るが時間は掛かり、大阪から戻ってくる時と大差ない。

新幹線から在来線に乗り換えて1時間を要するなら、タクシーで帰ったほうが心身共にラク。飛ばし屋の個人タクシーなら15分で到着したこともあり、時間を金で買うことそのもの。三島からなら時間は掛からず、在来線経由でもまだ常識的な時間に帰れると分かり、タクシー代が浮いた。

行きのこだま、帰りのこだまと混雑状況を目の当たりにすることになった。何年前か、三島まで新幹線通勤をやっていた時代があり、この時の自由席はいつも座れるかどうかというレベルだった。コロナ禍で在宅勤務や出張削減が進み、新幹線の乗車率が悪くなった。以後、5類感染症への移行やインバウンド需要もあって乗客数は回復しているようだが、個人的感覚としてはかつての勢いまでには回復していないな?と感じた。

5分の遅れで三島駅を出発し、遅れの取り戻しと後ろから煽ってくるのぞみやひかりから逃げようと、やたらと飛ばす。新横浜駅に到着するころには遅れは1分まで取り戻し、このままなら東京駅到着は定時だろう。運転士根性そのもの。