ここのところ

昨日までうだるような暑さが続いており、30℃に満たない気温ながら高い湿度が続き、夕暮れ時には酷い疲労感を覚えている。帰宅と同時に強烈な眠気に支配され、記事も途中まで書いたまま一時保存して寝てしまうようになっていた。そんなことから、ここ最近は二日に1回のアップロードのパターンが続いている。

5月の中旬あたりから9月下旬まで、4ヶ月強に渡って暑い環境に身を置いてきた。高温による慢性的な疲労を抱えたまま北海道に行けば、身体はようやく涼しくなったと勘違いする。帰宅と同時に関東特有の暑さに戻ってしまい、完全に身体が参ってしまった。疲れたから動かない、動けないではなく、軽く身体を動かし続けるほうが、かえって疲れが取れることが分かり、週一回の割合で自転車で走り回るようにしている。その効果はかなりあって、週初めは身体がとても軽い。

自転車でウロウロすることが多いので、疲れの解消だけでなく、体調維持でどう変化するのか。時間をかけてゆっくり観察しようと思う。

中古車サイト

中古車サイトを見るときは、どういうタイミングだろう。今の車に不満がある、単純な買い替え時期、最初の一台目、ただ眺めているだけ…。いろいろありそうだ。

「別の車とか考えているんですか?」なんて聞かれて、一瞬答えに詰まったものの「常に考えている」と返答。月(=384,400km)を目指すと宣言したが、その一方で万一のときには代替手段を素早く決断しないと、生活が成り立たなくなるという側面もあったりするので、一切なにも考えていないということはない。

現状ではスポーツカーに分類される車に乗っているが、スピードメーターの針が下を向くことがあれば、ダートや林道を含めた悪路を走り回ることも少なくない。速いときは速い、舗装されていない道なき道にも入り込めてしまうなんて、両極端な環境でも扱える車ではないと満足できないらしい。そんな事情から、中古車サイトで見ている車は三菱パジェロエボ、デリカSW、スバルレガシィランカスターといった少々古めのモデルが閲覧履歴に残っている。デリカSWは遅いが、それを無視できるタフさが光るので。

そんな閲覧履歴の車たちはどれも古く、また維持に苦労するに決まっている。次は新車にしてしまい、不具合が目立ち始める100,000kmをオーバーしたあたりで乗り換え続ければ、最も低コストで車を持ち続けることができるはずだ。なにも日本車に拘る必要は無く、むしろ外車のほうが魅力的な車が多い。中古車サイトを巡るうちに、いろいろな思惑が増えているのだった。

現在乗っている、EK9シビックRの中古車情報を見てみる。年式や走行距離にふさわしくない、とんでもない値段が掲載されていることが多々ある。ウィークポイントの写真を掲載していないところから、展示している現車をチェックしないと、経年による修繕に次ぐ修繕に陥る可能性が潜んでいる。店としても早く売って金にしたいものだから「商談待ちの客が他にもいる」「一括で買うという人から問い合わせが来ている」とかで購入意欲を煽ることがある。それに惑わされることなく、可能な限りのチェックをしないと後々泣くことになる。

逆宝くじ

万一のことを考えて、保険…というわけで、私が加入しているのは「都道府県民共済」系だ。メリットデメリットがあるだろうが、守るべき家族無し、借金なし、死んだときの後片付け代にでもなればOKなので、必要最低限でいい。そもそも、葬式や告別式といった儀式や、お別れの会といったそれと類似なる儀式も一切不要としているので…。

年に一度程度の割合で、職場に出入りしている民間保険会社から訪れる女性からケンカを売られ、完璧なまでに叩きのめして追い返している。結局、民間が設立した保険会社は企業である以上、利益をどう出すかが重要になることから、そこのメカニズムを追究すると、大抵の場合相手から折れて逃げる。それだけでなく、保険金の支払い請求等の実例を目にしているおかげで、無知であることは罪そのものだということを知る。連中を上手に扱うには、相応の勉強が必要になることを実感したところだ。

保険は加入するという言い方をするが、実際は安心を買うものであり、逆宝くじみたいなもの。当たるかどうかは加入した当人に大きく左右され、日々油断することなく、メリハリのある生活をしていれば当選確率は下げられるはず。以前案内された保険を例にしよう。私が車好きであることから交通事故を取り上げ、日本国内では一分に一件の事故が発生して、三十秒に一人負傷。若い人間でも障害状態や介護はありうるとか、そこから発展して四人に一人が事故やがん等で亡くなっているとかと散々脅される。その脅しに対する安心を、月々の保険料として買うわけだ。その保険は月々1万円以上1.5万円未満といったところだった。1.2万円として12ヶ月で14.4万円。これが10年間続き、144万円。その後、年齢が上がるとともに月々の保険料が少々アップする。その期間中に病気をやって入院だとか、手術をしたとしても、実は自前で貯蓄していれば、十分にカバーできる金額だったりする。

私は腫瘍の除去手術を受けたことがある。入院せずに日帰りで、面白そうだからという理由で部分麻酔で手術に臨んだ。その際は公的医療保険となる健康保険のみでカバーし、費用も3万円くらい。腫瘍と手術となると、大変な事態で入院しなければならず、入院費用もバカにならない…とイメージしやすい。ところが実際は、日帰りで終わり、費用3万円。この結果を残すために、執刀医とよく話し込んで、術式プランを組み立てたのは言うまでもない。実際は何とかなる諸費用をカバーするために、長年に渡って高額な保険料を支払い続けることは、私には無理だ。これまでのことは私の保険に対する考えだし、他人に押し付けるようなことは一切無い。本人が納得して保険という安心を買うことは、どうするすることはできない。

高額な保険料を支払ってて金が無いと嘆く人がゴロゴロいて、さすがにおかしいだろ…とよく話題になる。先述したように、会社には保険屋の営業員が出入りしているし、野郎ばかりの環境下では、上目遣いで営業するお姉さんにひっかかってしまう人が多いらしい。厳しいならさっさと解約すればいいのに、この決断力の無さといったら…。これは別の話題か。不安に対する投資を行うくらいなら、自身を高める投資に回したほうが、得られるものは大きいと思う。余裕が無くて不安で、万一は保険でカバーするしかないと考えるのは正しく、その考えに当てはまる保険はしっかりとある。誰も助けてくれない世の中なので、自ら見つけ出して判断するしかない。

定例コースを探しに

旧称多摩川サイクリングロードは、休日になればランニングや散歩などの人で混雑し、もはや自転車で走る環境ではない。しかもランニングしながら、もしくは自転車に乗りながらスマホを見ているバカがあまりにも多く、自ら危険に飛び込むわけには行かない。それでも走るにはどうしたらいいか。ちょっとしたアップダウンがありそうな道に見当が付いたので、さっそく行ってみる。

東京都大田区の埋立地やR357周辺は陸橋による立体交差が多く、これが足腰への程よい負荷となってくれた。環七通りから平和島公園を経由してR357に出て、首都高大井JCTを頭上に眺めつつ折り返し。今度は新幹線大井基地を左手に、京浜島のつばさ公園まで走る。

新幹線大井基地の横

700系C51編成で、パン下げ留置中。今年度に全般検査を済ませているので、もう少しの間は活躍しそうな編成だ。休日特有の臨時ダイヤに対応するためか、着発線は空きが目立っていた。

走行距離は27km、所要時間は1.5hとなるので、軽い運動にはちょうどいいかもしれない。

ハゲ峠

「明日ハゲ峠行きますよハゲ!」と会社の帰り際に言い出したのは、ハゲネタ大好きサボリーマン。なんでも雲海が見れるそうだが、日の出時間と天候の具合から、現地には4時あたりに待機しないとダメ。夜は確実に寝ないと身体がすぐに壊れる私は「それは無理」と拒否したものの、ドライブという名目なら大丈夫なので、いつもどおりに午前4時に出発。集合地点のハゲ峠こと、毛無峠に向かう…が。

グンマーとの県境

雲海を通り越して、雲の中だった。しかもこの場所は、ネット上で何度も見たことがあり、ここが元ネタと今更気づく。未開の地グンマーの国境として有名な場所で、関係者以外立ち入り禁止という注意書きが生々しい。もし立ち入ったら、不思議な力で死ぬことになるという気配を感じ、だから雲が多いのか!と納得してみる。実際のところ、グンマーの運転マナーは相変わらずクソで、発展途上国そのもの。誰が立ち入るか。撮影した時間は午前の7時40分で、雲の中だけに周囲はとても暗かった。サボリーマンは4時には渋峠周辺にいたそうで、自宅出発は0時だそう…マジか。

「土の色が地肌みたいで木がないから毛無なんですかね?」と疑問が浮かんだようだが、実は半分正解。常に吹き荒れる強風のせいで、木々が育たないためにハゲ…もとい毛無と呼ばれるようになった。「だからハゲなんだよ」

雲海撮影中
▲「いやー、ハゲで見れればもっと良かったんですけど」と言いながら撮影するサボリーマン

ハゲ峠の群馬県道・長野県道112号大前須坂線で須坂市方面に向かう道中では、視界が広がったところで車を止めて雲海を眺める。走行中、流れ続ける景色において、撮影できそう!と判断を一瞬で下し、すかさず通行の流れを妨げない場所に車を止め、カメラを引っ張り出すサボリーマン。そのスキル、見習いたいところだ。

清里近くまで南下してくると、いつもどおり曇り空。清里といえば曇り空のイメージが強いのは私だけだろうか。そんなことを考えつつ、R141から横道に入ると、長野の高原らしい場所に出る。

カラマツ並木道

カラマツ並木道にて。芝生にはキノコが群生し、蜘蛛の巣や毛虫の糸が漂う自然豊かな場所だ。深い緑が、疲れた目にはちょうど良かった。時間は既に昼飯時で、この先にある萌木の村の『ROCK』へ行くことになった。カレー屋となれば、行くしかない。

ROCKのビーフカレー

ビーフカレーながら、野菜たっぷりで栄養状態があまり良くない私には好都合すぎる。これはうまい。8月に店舗が全焼してしまい、仮店舗営業中とのこと。これぞ、食べて応援。食べ終えたら、既に混雑が始まっている渋滞情報にうんざりしつつ、帰宅を開始。またよろしくお願いします。>サボリーマン

総走行距離は585km。突然の誘いだったことから出発前給油はせず、道中での給油となったことから、燃費は勘定しなかった。

オイニーがゴイスーでドイヒーなので

購入したテントは新品特有のニオイが強烈で、この中で一晩寝るのは少々辛い。そこで消臭だ。なにかいいものが無いか探したところ、キャプテンスタッグからテント用の消臭スプレーが売られていた。とりあえず、家で一回使い、その後のキャンプにおいて撤収前にも二回ほど使えば、だいぶニオイは取れるだろうと思い、合計3本購入した。

M-9819  テント消臭・除菌スプレー40mL無香タイプ

便所用の消臭スプレーでもいいか?と思ったが、やはり専用品が勝る。説明書きによれば、テントだけでなく車にも使えるそうだが、40mlの量で定価が1,100円なので車では高コストになりそうな気がする。使うとすれば、次の土日の晴れたタイミングで、一発目だ。一週間ほど関東を離れていたため実感しにくいが、9月は本当に雨が多かったらしい。もしダメならば、キャンプ当日の設営直後に使うことになりそう。

多摩川スピードウェイ

ホンダの聖地といえばどこが思い浮かぶだろう。アート商会の浜松?熱いお茶の鈴鹿サーキットか?コレクションホールで涼めるツインリンクもてぎ?本社の青山?そんなメジャーな聖地に対して、マイナーな聖地が多摩川にあったりする。東急東横線の多摩川橋梁のすぐ近くにあった、多摩川スピードウェイだ。

多摩川スピードウェイは日本初の常設サーキットで、左回りのオーバルコースだ。世の中が戦争に傾き始めようとする1936年にオープンし、公式レースは僅か4回で戦争によって終了。戦後は草レースが行われていたようだがいつの間にか廃止となり、鈴鹿サーキットがオープンする1962年まで、日本国内にはサーキットが存在していなかった。

我らがオヤジ、本田宗一郎も多摩川スピードウェイで第1回目のレースに出場しているが、クラッシュで3回転半もの横転となってしまい、同乗していた弟の弁二郎と共に重傷を負っている。

そんな歴史を持つ多摩川スピードウェイ。秋の長雨で出歩きにくい天候が続いているが、小康状態となった昼過ぎから軽い運動を兼ねて訪れてみた。

多摩川スピードウェイのメインスタンド

写真右側が元メインスタンド。多摩川の土手にコンクリートで直接造られたことから、座席の跡や階段がそっくり残っている。旧称多摩川サイクリングロード時代、中学の頃から走り込んでいて、この区間だけ護岸の形状が全く異なることに違和感を覚えていたが、その正体を知ったときは本当にびっくりした。

多摩川スピードウェイ開設80周年を記念するプレート

2016年5月に、開設80周年を記念するプレートが観客席跡地に設置された。あまり目立たないように埋め込まれていた。プレート設置理由と1周約1,200mのオーバルコースだったこと、3万人の観客を収容したことが、当時の写真と共に記載されている。本田宗一郎の名がしっかり出ていることからも、聖地の一つと言える。

自宅から多摩川沿いを経由して小田急の多摩川橋梁までを往復すると、ジャスト50kmだった。軽く流して2時間強なので、当面はこれが走り込みの定例コースになりそうだ。

俺がNo.1だ

さんふらわあさっぽろだけでなく、船舶に乗船したときはファンネルマーク(煙突のマーク)を撮影するようにしている。それが船、いや会社の顔であり、アピールポイントとなるからだ。

さんふらわあさっぽろのファンネルマーク

ファンネルマークといえば、こった意匠と思っていたが、オレンジ一色でずいぶんシンプル。何か理由があるだろうと思って調べてみたところ、所属会社の商船三井曰く「No.1の企業にマークは不要」だそうだ。トップこそシンプルを具現化とは、なんとなく理解できる気がする。

休み明け

社会復帰の日。目覚まし時計が鳴る前に起きてしまい、悲しい習性がすっかり身に付いているらしい。大雨に備えて、少し早めの出勤を意識するなり、社壊人としての気構えは、10日間の遅い夏休み程度では払拭はできないようだ。

会社では、机に備えてある地図を広げ、おさらいと早くも次のドライブ計画を練り始めていたりする。行き先は北海道だけではなく、守備範囲は酷道や淋道まで含まれてくるので、あとは休日がうまく合えばさっさと出発になる。こんなことから「休日は関東にいません」という謳い文句が、全くの嘘ではなくなりつつある。

しばらく会社にいないうちに、新たな動きが起きていたようだ。棚から牡丹餅というか、他の業界でも通用する資格が得れそう。いくつか資格は持っているが、メインは鉄道関係の資格なので、広範囲な活動を認められるような資格はぜひとも取っておきたかった。長年の我慢がようやく報われそう…とはいえ、前触れなしにいきなり「講習行け」は勘弁してほしいところ…。

体調とか

船旅は食うか寝るかのだらけきったリズムであまり動かないし、ドライブもシートに身体を委ねたままで、あまり動かない。こんな旅行を五日間ほど続けてきたが、旅行太りとは無縁だったりする。昨日は59kg、今日は60kgで今夏標準値だ。そろそろ社会復帰が近いことから、そこで暴れれば体力低下も解消できるだろう。

なんてことはない。いつもの食生活と変わらぬ、朝<昼<夜(※1)というパターンを踏襲しただけのこと。旅行先の食事は肉や炭水化物が多く、食物繊維等の野菜が少ない傾向があるが、あえてサラダの小鉢を一つ追加するなりして、意識して野菜を多く食べる。高くなる食費は、そのまま体調維持のコストとして割り切ればいい。普段の食生活リズムが維持されるおかげで、食べた量だけ出るわ出るわ…。旅人ほど、ウンコの重要性を知っている。なんせ体調の具合が真っ先に出るからね、ウンコは。消化不良気味なら、過食気味か前日の疲れを引きずっていると反省できるし、ケツが割れそうなほど硬ければ、水分不足や食事の偏りがあったと判断できる。

旅行中の体調不良も恐怖そのもので、薬を飲んだところで症状の緩和にしかならず、そもそも車という機械を運転するときには、基本的に薬そのものを服用してはならない。せっかくの旅行も、体調を崩しては心から楽しめなくなってしまうわけで、今回は終始万全とは言えなかった。14日の北見→納沙布岬→帯広では、年のせいもあるだろうが昼食のかつ丼で胃がストレートにやられ、夕食はサンドイッチと野菜サラダだけに留まった。最終日の新潟から都心に向けての走行でも、途中のパーキングエリア内で下痢っときてしまい、その後も腹がゴロゴロ。いつでも下痢停車ができるよう、以後全てのPA/SAの距離数をナビ上に表示させたほどだ。

旅行とは、普段と違う環境に身を置く。リラックスしていながら心底では緊張状態に陥っていて、『旅行便秘』なる症状があることからも、体調不良になりやすい部分が実は潜んでいる。これが10代中盤の、最も体力があるころなら若さでカバーができただろうが、今はそうもいかない。日ごろから体調不良になりにくい身体に仕上げておくことが、最も効果的のようだ。

※1 本来は朝>昼>夜のほうがいいらしい。私は朝がダメで、朝食をがっつり食えなんて無理なハナシ。そこで逆パターンの食事方法を二年掛けて身体に叩き込んで、モノにした。