処分したほうが早い

別室に、バイクのタイヤが二本、マフラー一本が長らく転がったまま放置されていた。

バイクの不用品

マフラーは確か原付のスポーツモデル(NSRだったか)のもので、胃袋状にチャンバーがあって2スト用。タイヤのみが一本、もう一本はホイール付き。

バイク本体がないまま、これら3点が残り続け、スペース確保のために処分することになった。この手のものは粗大ごみとして出せず、適正な処分が求められる。バイクはバイク屋というわけで、車に載せて近くのバイク屋へ出向く。事情を話すと、引き取ってもらえることになった。処分費用が請求されることになったが、こればかりは仕方がない。意外とスペースを取っていたようで、無くなったらかなりスッキリした。

このマフラーは、今の時代なら売れるか?とオークションの相場をチェックしてみたが、数千円がいいところ。価値はあまりないようだ。梱包費用と送料を考えると利益はゼロに近く、赤字になってしまう。

オークション市場で部品類を再放流すると、出品、落札、各取引、発送、到着、受け取り連絡…といったプロセスが長々と続き、その手間が意外と面倒だった印象が極めて強い。催促しないと次の手続きに進まない人はザラ、受け取り連絡をしないまま二週間程度の自動処理まで待たされることもあった。こんな経験から、使い終えた部品、ストックしたものの使う見込みのなくなった未使用部品は、一括で廃棄処分としている。バイクパーツについても変に期待せず、ゴミとして処分して正解だった。

基本に忠実に

その場でミニ四駆を一台作り、コースを試走してくれないか?という連絡で、それならばとコースのレギュレーションに沿って一台組み立てて、コースを走らせてみる。マシンの挙動とコースの傾向を掴みながら、限られたレギュレーションの範囲内で試走を繰り返していく。

作業デスク全景

レギュレーション上、使用できるのはARシャーシ。その中で好みのキットといえば、ピックアップトラックタイプのサニーシャトル。ボディは重く、マスダンパーが装着できる位置は限られる。これも一種の縛りプレイみたいなもの。セッティングを変えては試走を繰り返していく…が。

モーターや各ギアの慣らしをしっかり行い、絶妙な量のグリスを塗布、ギアの位置を正しく保持するといった基本を守ると、異様なスピードで走り回るようになり、短時間でタイヤをやっつけてしまうほどに狂暴化。スペアのタイヤ、ホイールが無かったために、ここで試走終了となる。

あれこれグレードアップパーツを装着するよりも、まずはしっかりと丁寧にマシンを組み立てる。この原則が、今も全く変わっていないことを確認できて一安心。次はレギュレーション外、規定コースを走り続けられるマシン作りとなる。

疲労の悪影響なんて

この先、5月の連休以降の予定が埋まり、6月、7月まで埋まり始めている。いわゆる嬉しい悲鳴状態。一方で、これら予定にはシビックRは出さない、出せない。むしろ整備工場入りに備えて車内を片付けなければならず、一時保管場所をどう確保するか。これはこれで悩むところ。

偶数月の業務はストレスが溜まりやすい条件が必ず揃い、今日は区切りの日。次の出社日は奇数月になっているので、多少はラクになってくると思われるが。偶数月の区切り日と週末というダブルで、さすがに疲れた。そこに遊びの予定を組もうと思っても、まず休みたい、遠くに出かけてしまうと、疲れを余計に蓄積してしまうのでは…?と変な懸念が浮かび、うまく考えられない。いやいや、こんなネガティブな考えになるなんて、いったいどうしたのだろう。

そんな疲労で、判断力が鈍っているらしい(言い訳)。久しぶりにシビックRの部品を海外─Hondapartsnow.comから、取り寄せることになった。太平洋を渡ってくるために送料はそれなりに掛かってしまうが、国内では流通が途絶えている部品なので、こればかりは仕方がないと割り切る。シビックRの運用休止で、高速代とガス代がそのまま輸入費用に転ずるようなものか。

ある大尉は『歳かな。少し――少し……疲れた』と精神的な疲労を伴って口にした。人間関係でピリピリさせられたストレスも、この妙な疲労感に繋がっているのかもしれない。

飲み屋街でショートカット

朝日に照らされる飲み屋街をとぼとぼ歩く。次の目的地までの、最短ルート。

駅前の飲み屋街

昭和時代から続いているのであろう飲み屋街は、令和の今でも現役のようだ。朝6時過ぎ、昨晩から営業が続いていて、カラオケで歌い続けている店が一軒あった。それ以外は静まり返っており、次の夜に備えて休息中か。夜になればなったで、賑わいを見せるようになるだろうが、独特の近寄りがたさ、夜の飲み屋街の妙な不気味さがどうも苦手で、近寄ることは基本避けていたりする。

今日はたまたまスマホで撮ったが、望遠レンズの圧縮効果を使えば、もう少し狭まった雰囲気の写真になったかもしれない。

あと2時間…

目覚まし時計が鳴る前に起きて、やれやれ今日も一日が始まる…。

朝の基本的な流れは、起きたら部屋の照明をON。続いてパソコンの電源ボタンを押し、起動プロセス進行中にトイレへ行っておき、戻ってくるあたりでパスワード入力待ちというもの。ここまでは平日休日問わず、必ずと言っていいほどの流れ。

で、この流れで椅子に座り、ふと画面を見ると2時を回ったところを示していた。あーやっちまった…と、久しぶりの勘違い起床。この時点での睡眠時間は4時間にギリギリ届かないくらい。休日なら、この時間帯から一日の活動が始まることは珍しいことではないが、さすがに平日となれば、もう少し寝ておかなければ日中に支障が出る。なんとしてでも寝なければならない。

さっさとパソコンをシャットダウンして、室内の照明も消して、ひとまず横になる。コロナ禍以降の起床時間は4時半。この時点で2時間少々しか眠れず、つまり120分。寝つくまで10分だとして残り110分…、朝から雨予報だったから、少し早く行動することを意識しないと面倒なことになる…といろいろ考えが巡ってしまい、意識が飛んだのはしばらく後だったと思う。

4時半の目覚まし時計が鳴り、再び起きる。幸い、2時間前の失敗を引き摺ることなく、不快な目覚めや妙な疲労感はなし。照明とパソコンをONにして、便所、戻ってきたらパスワード入力の流れで、いつもの朝に戻っていく。幸い、業務時間中は変な不調を感じることなく、筋トレも問題なくこなすことができた。

変な時間に前倒して起きてしまうことは一度や二度ではなく、それでも寝坊するよりかはマシ。

太い?細い?

社内健康診断の日。毎年変わらぬ各種測定を淡々とこなし、体重は最も活動しやすい60kgにようやく戻ったことを確認。心電図検査においては、またも左室高電位。体重を落として胸壁が薄くなり、それで判定されてしまう…と思いたいところだが、循環器科で一旦詳しく診てもらい、しっかりと診断してもらうのも一つの道か。

最後に採血。献血を含めて、だいたい刺される血管は決まっていて、「いつもココっす」。刺しやすい位置にあるのは素人である私にも分かるが、次の瞬間に意外な一言が。「キミの血管、ほっそいわ」と看護師。他人からは油圧パイプ、シリコンホース入りと言われることがあるが、プロ(看護師)の観点では、まだ細いレベルらしい。

どういうことか。針を刺した瞬間や採血管をセットしたとき、血管が縮まるのが感触として伝わるという。「たぶん、この注射針と変わらない太さ」「え?この程度?じゃあ献血んときのパスタの麺みたいな針だとオーバーじゃん。青あざになりやすいのって…」「たぶん血管のサイズによる」とのことで、注射、献血を含めた採血をすると、例外なく青あざになる理由が、こんなところで判明。それなら腕の太い血管とは、どれだけホース化するの?とますます興味を抱くわけで。毎回、いろいろ情報を提供してくれるナゾ。

懸念していたとおり、しばらくすると刺されたところは青あざになり、若干の腫れと鈍い痛みが出てきた。今日いっぱいは右腕は使い物にならず、なるべく負担を掛けないよう配慮。

よく言われることとして「若い看護師は採血が痛い」というアレ。病院ならだいたい当てはまるネタだが、この健診センターはどうも違うような?痛覚なんて人それぞれなので全くアテにならないが、今のところ当たりはなし。病院のベテラン看護師による、本当に無痛の採血という、感嘆するような採血になったことは一度もない。

虫と砂を落とさなければ

東北道に限らず、ドライブシーズンに高速道路を走ると、車のフロントセクションのあちこちには虫の死骸が大量に付着する。バンパー、ガラス、ミラーといったところは当然で、グリルのメッシュには大きな虫の死骸が絡みつき、ラジエターやコンデンサのフィンにもメッシュで砕かれた虫の破片が刺さっている。

フロントバンパーに付着するの虫の死骸

東北方面はまだ気温が低く、虫の活動も控えめ。よってフロントバンパーに付着する虫の死骸も少ない。これが夏本番になると一気に酷くなる。季節が進むと、腹に卵を持ったメスの虫と衝突し、砕けた体から無数の潰れた卵が散らばって付着していることも多々ある。

ミラーに衝突した虫の痕跡

ドアミラーに砕かれた虫。虫のサイズによっては、衝突した瞬間に「ビチッ!」と音を立てる。

よく言われることとして、虫の死骸から出てくる体液で、塗装面にダメージを与える…というものがある。既にボロボロになっている塗装面ゆえ、多少ダメージが入ったところで気にしない。それ以上にイヤなものが、虫の死骸から放たれる独特のニオイ。時間の経過と共に臭気は強くなっていくので、やはり早く洗車するに越したことはない。

東北道で見た黄砂

今回は黄砂の中を走り続けていた。最高120kmhによる走行風では吹き飛ぶことはなく、しっかりと付着したまま関東まで戻ってきた。あまり汚れが目立たない銀色ボディでさえ「なんか黄色くね?」と異変に気付くレベル。

泡洗浄中

普段の、1往復もしない機械洗車ではキレイにならない。高圧洗浄や泡洗浄といったオプションをフル設定、水と時間を掛けて洗車して、こびりついている砂をできる限り落としていく。

時間が掛かりそうだから…と空いているタイミングを狙っていき、見事に的中。スムーズに洗車することができたが、なぜか一気に混み始め、少し遅れていれば待たされるところだった。今回に限らず、空いているときに出向いていたら、直後に大混雑が始まるというのは一度や二度ではない。

一回5万円なのかー

とりあえず青森まで走ってくるかーと、コンビニやそこらへ行く感覚だったりする、青森までのドライブ。これまでは費用面は一切気にしていなかったが、今回はデータ取得も兼ねて支払った額を全てチェックしていた。

総額として、50,000円。高速代、ガス代、宿泊費、食費、雑費を含めてこの金額。

なるほど。ひとっ走りすると、やたらとクレジットカードの請求額が増える理由はここにあったか。

高速料金のETC。ETCを使うと、その請求タイミングが遅いことはユーザー誰しも感じていると思われる。二ヶ月遅れることはザラで、請求書を見てもどこをどう走ったっけ?と一瞬悩む。高速代以外は当月中、締め日後であれば翌月に引き落とし処理が行われるが、ETCだけは遅くなるため、最終的な総額が分かりにくく、これが今回まで気にしていなかった要因の一つとなる。

地味に高額な費用が分かったからといって、機会を減らすようなことはなし。好きでやっていることで、むしろ予算面の目途が付きやすくなって回数が増えるかもしれない。都会から離れれば離れるだけ、車の台数が減って気楽に走り続けることができる東北道は、これからもバンバン使うことになりそう。

鈴鹿サーキットまでの日帰りドライブ、春の青森ドライブと、2023年度もビシバシ遠出するぜ!と考えていたが、どうやらそうもいかないようだ。シビックRの遠出運用はここで休止し、5月を目途に整備工場へ入庫することになった。次期主力車両F-X計画が控えている中での、難しい判断が迫られる。

XADO REVITALIZANT EX120を添加し1,500kmを走行

青森より帰巣。

青森へ行く前に、ミッションオイルの添加剤(XADO リヴァイタリザント EX120)を注入してした。説明書によれば、1,500kmの走行で保護膜の形成が行われるとのことで、ちょうど東京青森間の往復で成立する。

既にシャブ(会社自動車部)のS15シルビアで試行しており、オーナー氏曰く「なんか良くなってきたような?」と。勧めたからには、自分自身でも使わなければならぬ。

このミッションの経歴として2014年9月7日、196,064kmでオーバーホールを依頼した。 それから8年7ヶ月、166,612kmが経過。ミッションオイルの交換は10,000km毎。シフトフィーリングが悪化したような印象はなく、ギアチェンジのしにくさやガリガリ感といったネガティブな感触はなし。

セリアのコキ106に載せられたXADO EX120

XADO REVITALIZANT EX120のパッケージは、100円ショップ(セリア)から販売されているミニチュア貨車、コキ106にピッタリ。

Made in Ukraineの文字

Made in Ukraineの文字がある。梱包された日付も印刷されていて、2023年1月24日となっていた。

ウクライナ語で書いてあるのは?

FIGHT FOR UKRAINE、そしてДОПОМАГАЄМО ЗСУというキリル文字で書かれたウクライナ語。もちろん読めないのでネットの助けを借りてみると、ウクライナ軍を支援すると翻訳された。

EX120は2セット必要

S4Cミッションのミッションオイル量は2.2L。ミッションオイルが2Lから5Lなら、2セット必要になる。余計なことは考えず、指示通りの必要数を買っておく。

ミッションケースの上部、車速センサーの穴から注入

車速センサーの取付穴からXADO REVITALIZANT EX120を添加する。

2セット添加し終えたところ

2セット分を添加し終えたところ。ツイッタにも書いたが、ニオイがけっこう強烈、独特なので、空になったシリンジを捨てるときは密閉したほうがいい。

添加直後の走行距離

添加直後の走行距離は、362,676km。さっそく近所を10km程度走ってみるが、まだ馴染んでいないのか特に変わった印象は無かった。

八甲田丸定例ポイント

青森まで走る中で、途中のサービスエリア/パーキングエリアから出発、また弘南鉄道大鰐線周辺を走り回っているとき、1速から2速、2速から3速の入りがずいぶん軽くなっている。いやいや、走行に伴いミッションオイルが熱くなり、それでギアの入りが良くなったのだと思いながら、八甲田丸前の定例ポイントで小休止中。今回は往路が800kmを突破。

青森より帰還開始

復路は700kmを超える。東北地方は上空に寒気が流れ込み、完全なる寒の戻り。夜のうちに車は完全に冷やされて、シフトフィーリングも多少は悪くなるだろう…と思っていたら、いい意味で裏切られる。温まっていなくてもカコンと入り、オーバーホールが終わって慣らし運転を終えた直後のような、ギアの滑らかな入り具合に驚く。

早朝の東北道上り線

東北道上り線を南下していく。都心に近づくにつれて車の量が増えていき、首都高に入ってからは渋滞にも巻き込まれる。当然、ギアチェンジの回数も増えることになり、各ポジションへの入りがスムーズになっていることがより実感できる。

帰宅時点での走行距離

帰宅した直後、添加してから1,526kmとなった。この距離の運転時間は合計20時間程度だが、XADO REVITALIZANT EX120を添加してからはシフトフィーリングは軽く、滑らか。

ということは、オーバーホールから16万キロを走るうちに、走行ストレスが溜まっていたのかもしれない。メーカーが発行するSDSの類があれば、どういう成分が含まれているのか、より調べられるのだが。

ギア

保護膜の形成とのことで、各部品の表面になにかしらの成分がコーティングされ、結果としてスムーズになった…ということか。明らかに不調になってから添加する治療薬ではなく、コンディションが落ち始めるであろうタイミングで添加する予防薬的な考え方。もうしばらく、追跡調査が続く。

パイオニアIII台車を見に行く

本質としては、2023年春の青森往復ドライブだったりする。

鉄道車両用の台車を勉強している中で、パイオニアIII台車という少々特殊な構造の台車があることを知ったのはだいぶ昔のこと。アメリカで開発され、基本設計は1950年代末。日本国内ではライセンス製造として、1960年代前半にデビュー。軽量化、線路や台車本体のメンテナンスフリー化を狙い、これらは見事に達成。一方で、乗り心地に難があり、衝撃に弱くて振動が出やすい、特定条件下で脱線しやすいといったデメリットが判明し、使用は限られた鉄道会社かつ特定形式だけで、新規で使われることはない。

机上での学習より、現物を見たほうが得られるものは多い。青森県の弘南鉄道7000系電車では現役で使用されており、さっそく現地までひとっ走り。

黄砂まみれの東北道

やけに視界が黄色く、遠くの山々は非常に霞んでいる。どうやら中国の砂漠から飛来してきた黄砂による影響らしい。都心以上の黄砂、いやこれが本場の黄砂か!車を短時間でも駐車しておくと、あっという間に砂まみれになる。都心部の大気汚染とは異なる汚さ。

弘南鉄道7000系

黄砂の中を走り続け、 クロコダイン駅 大鰐駅に到着。いるいる、パイオニアIII台車が。元を辿れば東急7000系電車で、子どもだった遠い昔、東横線の桜木町駅で見た記憶がある。

パイオニアIII台車

なかなかパイオニアIII台車を間近で見ることはできず、カメラのズーム機能を駆使してなんとか撮影したようなもの。こちらは津軽大沢駅で撮影した。

最も目立つのが、外側に位置するブレーキディスク。鉄道車両用のブレーキといえば

TH-2000Tのブレーキディスク

このように車輪の間にブレーキディスクがあって、外側からは殆ど見えない構造になっているパターン。京急2000形用TH-2000T、頻繁にブレーキを動作させるためか、ブレーキパッドが極厚。

新幹線の台車

車輪に組み合わせているパターンもある。こちらは新幹線用のディスクブレーキ。

もう一つは、車輪そのものを締め付ける踏面ブレーキ方式。

踏面ブレーキ

大井川鉄道のDD20形ディーゼル機関車のブレーキ。車輪にブレーキシューが接触して、ブレーキが掛かった状態を保っている。

これらの見慣れた構造からすると、パイオニアIII台車の構造は、ブレーキ一つだけでも極めて興味深い。

パイオニアIII台車のブレーキアップ

ブレーキディスクが最も外側にあり、使用に応じて摩耗していくブレーキパッドがすぐアクセスできる位置にあるパイオニアIII台車は、メンテナンス部門からは好評だったとのこと。似たような構造として、相鉄8000系でも外側ブレーキディスクタイプの台車を使用中。

パイオニアIII台車の構造上の特徴として、軽量化目的で構造を単純化するため、車軸を支えるバネを省略している。

パイオニアIII台車の軸周り

ブレーキディスク中央の巨大ナット部分が車軸になる。軸受けは台車フレームに固定されている。オーバーホールができるよう、軸受け部分はボルトとナットで分割されている。

先に掲載している、京急の台車と見比べる。

鉄道車両の緩衝装置

赤い矢印のバネ、フレームを介して黄色い矢印のバネの二段階バネで車体を支え、もしくは線路からの衝撃を受け止める。鉄道車両の台車は、殆どが二段階のバネ構造だ。ところがパイオニアIII台車は、この赤い矢印部分のバネがなく、黄色い矢印部分のバネだけになっている。

大鰐駅を出発すると、そこらの鉄道とは全く違った乗り心地をいきなり実感させられることになる。まるで遊園地のアトラクション状態で、常に右に左にぐわんぐわんとロールしながら走っていく。赤い矢印のバネを省略している分、黄色い矢印のバネを大きくして支えているため、このような独特の挙動になるようだ。もちろん、地方のローカル鉄道ゆえ、線路のコンディションが極めて悪いことも考慮しなければならないが。

バネがないことによる乗り心地の根本的な悪さだけでなく、冒頭に書いたデメリットが次々に判明し、使用車両が広がることはなかった。昔であればともかく、現代は通勤電車でさえ乗り心地が求められる時代だ。二段階バネの台車に一本化して正解だったと思う。

中央弘前駅にて

強烈に揺られ続けて大鰐線の終点、中央弘前駅に到着。逆光と黄砂で撮影に不向きだ。片道だけですっかり疲れてしまったが、ここから大鰐駅まで戻らなければならない。待機時間を含め、往復で合計一時間半を要する。

存分にパイオニアIII台車を味わったら、再び車を走らせて青森駅へ向かう。ここで補給したら再出発し、三沢市まで移動。今回は予約が遅れて空きが無かったのと、海外からの観光客が増加したことによる宿泊代高騰により、青森駅前の宿泊を断念したもの。