バトンタッチ

昨日のシビックRのレポートを作るため、カメラを使おうとしたら内蔵カレンダーがリセットされていた。もともと日付保持に難があったが、平常時すらおかしくなったらしい。一旦カレンダーを設定してから撮影し、電源を切る。そして再び電源を入れると、またもや内蔵カレンダーが初期値に戻っていた。電源を入り切りする度に内蔵カレンダーが消え、再設定を強いられることはもう使えたものではない。後輩から譲り受けながら、控えとして保管していたリコーCX4を本日付けで登用し、今日まで使っていたリコーCX3は引退となった。これでリコーのデジカメは3台目で、R8、CX3、CX4と続いてきた。同じメーカー、同じ系列でも使い心地はかなり異なるので、慣れるまでの間は苦労しそうだ。

Webサイトの性格上、マクロ撮影が極めて多く、かといって一眼レフでのマクロレンズを揃えるだけの財力はない。こうなると、コンデジの機能として搭載されているマクロが全て。余裕ができたら、さらなる控えとしてCX5まで入手しておくのもありか。旧機種で修理対応が難しいだけに、壊れるとサイトの維持が極めて困難になるので…。

踏切内での触車

朝っぱらに発生した、京浜東北線の人身事故の巻き添えを食らう。流れてきた情報では、首から上がない、もしくは鼻から上がないという状況らしかった。うーん。後の定期検査時には、床下機器に残った肉片や血しぶきの痕跡を見ることになるし、それ以上に独特のニオイが強烈。「何かあったらやばいから、ゴム手(※1)は持っていけ」という退職した上司の注意は、今も守っていたりする。

今日の京浜東北線の事故現場は、編成重量数百トンの物体が90km/h近いスピードで走ってくる場所だ。先頭車の車輪の前には、障害物を跳ね除ける排障器があるとはいえ、排障器本体のレール面からの高さやサイズ、スピードを考えると人体を排除することは不可能で、人体が負けて車体に巻き込まれていく。頭部がないということは、レール面と車輪による切断よりも、車体下に巻き込んだことによる捻りがあったと考えるのが自然。ここまでくると、頭部以外にも損傷は広範囲に及ぶし、キレイな仏さんには程遠いか。速報では自殺の可能性が高いとされているが、自殺したところで都合よくあの世への扉が開くことはなく、身がズタズタになったまま長らく現世に留まるとか。

…そんなことを考えながら、代替ルートで会社へ向かっていた。大混雑の通勤となり、体力の消耗と激しい疲れで、体重が1.5kg減少してしまった。低体重な身体におけるこの落ち方は、かなり辛いものがある。

※1
ゴム手袋のこと。白髪染めや掃除に使うような、医療用とは異なった薄手のタイプ。メーカーはあのオカモトで、ゴム製品を作り慣れているだけある。

体力18きっぷ

青春18きっぷを使った、普通列車での旅行の名残。探しても見つからなかったので捨てたと思っていたら、先日の本棚の整理で出てきた。切符の状況を見ると、かなりの強行軍での行動だったことが分かる。今も昔も体力がない中、ずいぶんと無理が利いたらしい。

青春18きっぷ

青春18きっぷ旅行の出発は、品川23時55分発の9375M、通称大垣夜行と決まっていた。狭いボックスシートと強すぎる冷房にやられ、既に疲れた状態で迎える翌朝。大垣駅では恒例の「大垣ダッシュ」に講じるわけで、今もあるのか『構内10km/h以下』の標識は、当然のように無視だったりする。

北陸のほうで撮影を楽しんだ後、いよいよ九州方面への移動を開始。京都から博多まで、ムーンライト九州号にて移動。初日に続き、座席と強い冷房の車内で眠れるわけがない。一日掛けて九州内で乗り鉄を楽しみ、その日のうちに再びムーンライト九州号を使って博多から明石(関西)に戻り、今度は四国を目指す。連日の寝れない夜で力尽きてしまい、世間では通勤ラッシュ時間帯なのだが、おおっぴらに言えないことをしでかしたのがココ。

四国上陸には宇高航路を使い、今は亡き本四フェリーだ。四国内では、普通列車が2時間掛かるところを特急列車が30分程度で走り抜けるという『JR四国の相対性理論=低速で走る列車の中では、時間はゆっくり進む。』を確立するに至る。ノーベル賞は狙えないから、ぜひ発表するといい。やけに流れの速い四万十川で遊ぶなりして、また夜に。高知から京都までは、ムーンライト高知号。もう何度目かの、座席と強冷房の車内の夜。いい加減、横になって寝たいと思っていたのは間違いない。そして最終日、関東へ向かって移動を開始したのだった。

青春18きっぷは体力勝負。重たい荷物を持ったまま動き回り、しかも鈍行で長時間座り続けるためにケツが割れそうになるし、当時は旧国鉄時代の古いオンボロ車両ばかりだったから、車内は冷えっぱなし。それらに耐えることに体力を要し、それでも何とかなってしまったのは、若さゆえか。現在の状況で、18きっぷ強行軍を行えるのだろうか。職場の乗り鉄上司と議論したところによれば「夜勤がなければ何とかなる」という結論が出たが、実証するにも「時間がない」と言い訳するあたりでは、やはり身が追いつかないのかもしれない。

古い絵本

本棚の整理をしているところで、同時にクローゼットの中に分散して収納していた本を一括保管することになった。そのとき何点かの絵本が出てきた。全てが鉄道の絵本で、現在の仕事が鉄道屋に至っている点からしても、非常に早い段階で将来の方向性が決まっていたのかもしれない。

鉄道の絵本

左上から…

『しゅっぱつしんこう!』
JNRマークが掲げられた485系が表紙。母と娘の二人が、田舎の親戚の家に鉄道を使って行くという設定があるようだ。ストーリーの中では、特急電車として表紙の485系、急行列車にキハ58系、普通列車でキハ52系が出てくる。

『地下鉄のできるまで』
とある都市に地下鉄が開通するまでを追う。子供向けの絵本なのに工事の説明があちこちにあり、開削工法とシールド工法の流れが本当に細かく描かれ、下手な解説書をよりコレ一冊で間に合うような…。

『はしれ!とうほくしんかんせん』
表紙は200系。これもまた、JNRマークの在来線がたくさん描かれている。上野が始発、盛岡が終点となっていることから、国鉄末期のようだ。本の中で描かれている鉄道の形式や、東北新幹線のコラムまで付属。

左下から…

『ブルートレインさくらごう』
EF65-1102が表紙。この機関車、現時点でも現役らしい。描写は14系14形寝台車なので、B寝台が三段式となっていることが記述されている。機関車は、機関士、機関助士の二名運行。さくら号乗車記念のハンコが捺印されている、宝物の本。

『スイス鉄道ものがたり』
スイスの高山鉄道の魅力をこれでもかと描写し、影響されてスイスに乗り鉄しに行きたいと何度思ったことか。絵を描いている人は元国鉄職員で、ヘッドマーク・ヘッドデザインを手がけてきた筋金入りの人。ラックレールの方式の解説がある。

『きかんしゃやえもん』
第1刷が1959年ながら、現在も新品で入手可能なほど息の長い本。最高傑作。大人になった今改めて読み直すと、少ないページながら経年劣化の厳しさ、新型には敵わない現実が凝縮されていることに気づく、シビアでハッピーエンドな絵本。

幸い、全ての本のページに虫食いや脱落は無く、クローゼットという冷暗所に保存していることが良好な保存状態に繋がっていたようだ。今日一日、初夏の空気で乾かして、再び長期保管することになった。読書好きなのは、これらの本が大いに関係していることは間違いない。

現在、腹痛につき

昼過ぎから腹に鈍い痛みを感じるようになり、どうやら久しぶりの腹痛らしい。今のところ下痢を催すような痛みではなく、本来は腰に位置するはずの重たい工具ベルトが、腹に巻かれていたせいもあって、締めてしまったことによる血流不良かもしれない。工具ベルトを外して緩めておくと、幾分痛みが落ち着いた。やたらと屁が出るし、腹も張っているので、腸管にガスが溜まっているのかもしれない。

しかし、家に帰ってからもあまり具合は良くならない。それどころか、次第に悪化してとうとう下痢に見舞われる。ほぼ同時に、急激に熱くなる身体と頻繁な下痢で、体内の水分が一気に失われていくのが体感できる。平衡感覚がおかしくなり、口の中が妙に乾くからだ。体調不良時特有の関節痛もあり、連休を目前にして最悪のコンディションになりつつある。

嘔吐が無いだけまだマシだが、胃部膨満感が強く感じられるだけに、油断はできない。ここのところ寒暖の差が激しく、身体が耐えられていない。季節の変わり目は年々弱くなる一方だが、今でこの調子なら将来はどうなるのだろうか。

高速料金

クレジットカードの請求書が到着して、さっそく明細をチェックする。今年に入ってから、EK9シビックRの部品の度重なる手配や生活用品の更新、身内の代理購入等が続いており、おかげで毎月の請求額は5桁に達する額になっている。

2016年3月のダイヤ改正までは勤務パターンが世間とはズレており、平日休みが当たり前。おかげで遠出するときは空いているが、高速道路の料金は現金払いだろうがETCだろうが、同じ額となっている。ETCの請求は二ヶ月近く遅れ、忘れたころに銀行口座から引き落とされるのが地味に痛い。同じ額なら、その場で払ったほうが後がラク。ということで、料金所では現金払いゲートを利用していた。

そしてダイヤ改正で勤務パターンが大きく変わり、世間と同一の土日休みが基本。いわゆる完全週休2日制状態になった。高速道路の料金は、休日になると現金払いとETC払いでは差が出て、ETCのほうがいくらか安くなる。そして4月からは首都高の料金体系が大幅に変わったので、ますますETCを使わないと不利になってしまう。今月の請求書でも、ダイヤ改正以降でETCの利用件数が明らかに増えているのが分かるし、これからは使用することが当たり前になる。

ETCの請求が遅いことは、利用者がけっこう感じていることらしい。少なくとも私の周りでは全員「おせーよ!」と言っている。各道路事業者がリアルタイムでクレジットカード会社にデータを送っているわけではなく、一旦道路事業者が利用データを作成し、それからクレジットカード会社に送っているために、かなりのタイムラグが起きるそう。まさかのオフライン取引というものだ。利用者側としては、利用した当月中に請求されるのが一番ラクだが、こんな迅速なシステムが実現するのは、夢物語だろうか。

目薬

パソコンのモニターに向かっていると、どうしても瞬きの回数が減るので目が乾いて辛い。特に目に異物が入ったような、ゴロゴロ感が地味に痛い。そこで参天製薬のソフトサンティアを使ってみると、これがとても具合が良かった。水中で目を開けると強烈な激痛を感じる私にとって、目薬とは苦痛の薬剤。涙以外の液体が目に触れることが大嫌いなので、余計な刺激感の無いソフトサンティアの使い心地にびっくり。しばらく使ってみることになりそうだ。

開栓後、約10日間以上過ぎてしまうと、それ以上の使用は禁止となっている。1日5~6回は使えて、しかもラクな使い心地なら確実に10日以内に使い切ることができる。一箱4本入りなので、単純に考えても40日分。今の使い方からすれば、それよりも早く無くなるだろう。

夏モード…

5月も中旬に入り、さっそく暑さで身体が参ってくる。現場はともかく、家に帰ってきても暑いことには耐えられない。東向きの窓なので、夜明けと共に部屋の加熱が始まり、高気密・高断熱構造のおかげで温室状態が続き、夜になっても室温は高いまま。もっと言うと、帰ってきてからパソコンを立ち上げると、パソコンの廃熱がそのままヒーターのような効果を発揮してしまい、これを書いている時点で室温は31℃に達していたりする。そもそも、今朝起きた時点で27℃の温度表示にうんざりしていたほどなので、ここ最近の激しい疲れは連休明けの反動よりも、この高い室温によるものかもしれない。

もう限界!ということでエアコンを冷房設定で起動、クローゼットから扇風機を引っ張り出して空気を循環させる。27℃設定と扇風機の弱風により、室温は26℃まで一気に低下。パソコンのCPUの冷却ファンは、温度によって回転数が大きく変化し、先ほどまで高い室温に見舞われてかブーンブーンとうるさかったが、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。

かつてのように無理が利くわけでもないし、使えるものはどんどん使わないと、あっという間に身体がおかしくなる。多少増える電気代も、体調維持のためのコストと思えば安いもの。今年も10月初頭まで、5ヶ月に渡る夏モードの始まりとなった。

置き換え準備

家用の共用パソコンは、Dell PowerEdge SC430を使っている。格安で譲ってもらったもので、現在も活躍中。このマシン、本来はサーバ用途なので、拡張性はあまり高くはない。特にPCIeはx4までの対応となっており、グラフィックボードは基本的にx16となるので、物理的に接続することはできない。ここで諦めないのが猛者たちで、マザーボード上のPCIeスロットかグラフィックボードを加工することで、強引に接続してしまう方法が確立された。さっそく先人たちの知恵を借り、グラフィックボードの端子を切断加工を行い、無事にグラフィック系を強化することができた。

PCIe x16をx4相当に

茶色の基板がグラフィックボードで、黒いスロットがマザーボードのPCIeスロット。スロットから左側の部分において、グラフィックボードの基板が、ごっそり切除されているのがお分かりだろうか。

加工当初は何事もなく動いていたが、今年に入ってグラフィックボードの固定を微調整しないと、正常に動作しないようになってしまった。無理な加工で接点の接続は若干甘く、この弱い部分に長期の稼動でストレスが溜まり続けているらしい。共用パソコンだけに、すぐにメンテナンスできる環境ではないので、些細な不具合こそ避けたいもの。ということで、そもそもの発売から10年が経過する前に、引退させることになった。

選定の都合、そして私自身の好みの問題から、次の共用パソコンもまた、サーバ向けのマシンをパソコン化することにした。純粋なパソコンと違ってハードウェアは堅牢にできていることから、長年使うには都合がいい。しかも安価な値段設定なので、コストも抑えられる。その代わり、セットアップや使い勝手にクセがあるが、ここはもう割り切るしかない。あとは再セットアップとデータの引越しとなるが、一日がかりの作業になるだけに、いつやろうか。

GW終了、社会復帰の日

社会人の立場としては鉄道屋なので、ゴールデンウィークは書き入れ時となり、世間と同じようなタイミングでの休みは無し。行楽地へ向かう笑顔いっぱいの乗客を横目に、疲労による青白い表情を伴って、少しだけ空いた通勤電車に揺られるのが毎年のことだった。ゴールデンウィーク分の休みが別の日に振られることも無く、祝日出勤手当てという名の僅かばかりの割り増し賃金で、全ての処理が終了。

…去年までは。

今年3月末のダイヤ改正以降、勤務パターンの再配置で休日パターンが世間並みになった結果、まさにゴールデンウィークらしい休日配列となった。振り返ってみれば社会人になって初めての出来事で、前半は国道157号の酷道ツアーに出かけていて、後半は遊び過ぎたことによる体調不良の回復に費やしていた。会社都合による合計5連休は、北海道ドライブや年度末の年休消化を除外すれば、これまた初めてだったはず。

5日間にも渡って自堕落な生活を送り、復帰となる今日は辛いかと思ったら、意外とそうではなかった。目覚まし時計が鳴る前に起きてしまったし、悪かった体調も回復。恐らく、意識のどこかで「出勤に遅刻してはならない」という緊張モードがあって、のんびり寝ていられなかったのかもしれない。ある意味では、労働の完全なる習慣化だろう。こんなことで、メリハリのあるオンオフの切り替えが実現しているのも妙な気分だ。