キレイにしておきたく

クルマの維持に関しては、所有者それぞれが何かしらのポリシーを持っているはず。私は「トランクや室内を物置代わりにしない」というポリシーがあって、運転に直接関係しない余計なもの…洗車道具や工具類(応急用以外)は、全て部屋の収納に片付けている。

プラスして、「フロントダンパーハウジングは定期的に清掃する」。フロントのショックアブソーバとタワーバーが装着される、あの部分だ。

清掃前のフロントダンパーハウジング

この部分。ボンネット内に突入する空気に乗って、砂やホコリが積もっていく。以前なら、高圧洗浄機でエンジンルームを一括洗浄していたが、どうもこの行為がオルタネーターが壊れた遠因の一つではないか?と疑っていることから、現在は噴射洗浄を休止中。ついでに、コイン洗車場が閉店してしまい、身動きが取れなくなっていることもあるが。

視界に入る範囲が大きく、ついでにボディカラーなので、汚れていると印象が悪くなりがち。写真は右側(運転席側)で、左側(助手席側)も同じくらい、粉塵で汚くなっている。クラッチフルードタンクやカプラーのマウントを外し、しっかりと拭き掃除していく。左側においても、ヒューズボックスを取り外して拭き掃除。

清掃後のフロントダンパーハウジング

はい、キレイさっぱり。ボディカラーがシルバーなおかげか、ワックス入りの清掃シート=フクピカで仕上げてやると目に見えて明るくなり、エンジンルームの印象が良くなる。振り返ってみれば、フロントダンパーハウジングの清掃は、EK4シビックSiRII時代から継続していた。DC2インテRでは、白い輝きが戻ったことを覚えている。

酷道走行で積み重なった泥汚れを清掃、灰色になったハーネスのコルゲートチューブを磨いて黒色に戻し、フレームのあちこちを磨いて防錆加工をさらに施す…という大掃除は、エンジンを取り外した際にやるような作業だが、在姿状態でできるかぎり行えるだろうか。

徒歩通勤、再開

今朝の気温が15℃まで低下し、体を動かしてもすぐに冷えるような、ちょうどいい温度になったことから、春以来休止していた徒歩通勤を再開することにした。電車から途中下車して、職場まで2.5km、時間にして20分少々の徒歩となる。

振り返ってみると5ヶ月ぶりで、これだけ期間を空けると、距離感覚を忘れて疲れるのではないか?と心配したが、何事も無く淡々と歩みを進めることができたことは、けっこう意外だった。なんだ、歩けるもんじゃん?みたいな。

起きてからの、目を覚ますことを兼ねた毎朝のストレッチ、徒歩通勤、業務前の準備運動と朝から体を動かしていたおかげか、ここしばらく続いていた、午前中の不調がウソのよう。現場を普段以上に徘徊することができて、結果的に本日の歩数は24,000歩を超えた。長らく感じていた背中の痛みが落ち着いており、安静にするより多少動き回っていたほうが、回復に繋がるようだ。

東京モノレールと交差

徒歩経路の途中で、東京モノレール線と交差する。タイミングよく、復刻塗装仕様の1085Fが加速していった。この1000形は老朽化で引退が始まっており、長らく見続けてきた同形式が過去のものとなるのも、そう遠い話ではない。振り返ってみれば、700形の引退日に立ち会っており、近い将来に訪れる1000形の引退日にも立ち会うことになりそうか。

車両の連結器

先日の、黒部峡谷鉄道の写真を整理していて、ふと気づいたことがある。まずは、この写真。

ピンリンク式連結器

重たい車両を何両も引っ張り、もしくは押すときはしっかりとパワーを伝達し、力負けして離れてはならない。その一方で、切り離してほしいときは苦無くスカッと解放される。連結については、単純に見えてちょっとしたコツを要する部分であり、一概には言えないか。ピン・リンク式連結器の車両が連結するシーンを見物していたが、けっこう危なげな作業に思えたので。それでも、なるべく短時間で連結して編成を組み立てて、できるだけ運行している時間を確保したい。

そんな矛盾した要求を見事にこなしている連結器というのは、シンプルながら大重量に耐えるメカであり、機械趣味の視線からもけっこう面白いものがある。おかげで、出かけた先で電車や列車を撮影すると、ほぼ必ず…

快速海峡の機関車と客車

このような、連結器周辺が見渡せる構図で撮影していることに気づいた。

こちらは2015年7月4日に運転された、臨時快速復活海峡号。終点の青森駅に到着して、撤収準備中のワンシーン。左の14系客車と右のDE10形ディーゼル機関車が連結している。牽引してブレーキが掛けられればOKなので、接続は空気用ホース一本だけ。

大井川鉄道の客車と機関車

2016年7月30日に出かけた、大井川鉄道井川線に乗車した際に撮影。右下側が乗車している客車、左上側が押し上げ用のディーゼル機関車。ブレーキ用の空気配管だけでなく、遠隔運転用の電気配線も接続されている。

京急2000形の棒連結器

京急ファミリー鉄道フェスタ2018で撮影した、京急2000形の棒連結器。基本的には切り離すことがない部分に使われる連結器で、文字通り棒状の一本モノ。そこらに転がして「これが連結器です」と言われても実感は湧かないが、こうして車両の一端に接続しておけば、なんとなくイメージしやすいという例。

今から約100年前のお話。
当時の客車、貨車における連結作業というのは危険な作業で、動いた車両に挟まれ、また轢かれたりする等して、死亡事故が多発していた。そこで国鉄は扱いが容易な自動連結器(形状は写真三枚目、大井川鉄道井川線のものを参照)に交換することにして、1919年に計画が発動した。

自動連結器への交換準備=車両の事前改造、作業員の徹底した訓練を積み重ねて、1925年の夏。国鉄全線を24時間ストップさせて、全国各地に存在する貨車、客車の連結器を一斉に交換するという突貫作業を実行。朝から晩まで汗だくになって取り替えていき、見事に成功させたという逸話が残っている。実際のところ、客車は二週間前から作業が継続しており、機関車は指定日前から行っており、九州に限っては三日後に作業が完了している。

短期集中かつ怒涛の勢いで、モノを作り変えてしまう日本人の気質は、昔から存在するようだ。

彼岸花

四季がハッキリしている日本なので、応じて植物たちもいろいろな変化を見せてくれる。

春先になればサクラが咲いて、蒸し暑さが実感できるようになるとアジサイが見ごろを迎える。夏場になれば、ちょっとした緑地帯や公園では大きなヒマワリが咲き、夏休みのシーズンに突入するあたりで、小学生がアサガオのプランターを持ち帰る様子を今も見ることができる。

平地では残暑が厳しくても、標高が高いところでは早くも秋の訪れを告げるコスモスが咲く。しばらくすると平地でも、ヒガンバナが冷えてきたタイミングを教えてくれる。秋が深まるとススキの穂が風になびき、ヒイラギが年が終わりを告げる。そして冬の終わりは、ペンペングサたち春の七草が出るあたり。

長年、車であちこちを走り回ってきたためか、沿線の植物は正確な季節を教えてくれることに気づいた。信号待ちしているときに、ふと横を見るとヒガンバナが咲いていて、そういえば冷えてきたー…と年々、月日が過ぎ去るスピードが速まっているように思えてくるもの。

ヒガンバナ

というわけで、半袖で徘徊するには厳しい気温になったあたりで、正確に咲いてくれたヒガンバナ。紅い見た目が本当に美しく、好きな花に数えられる。『死人花』『地獄花』といった異名が多いことでも有名で、不吉な花として見られることもあるそうだ。

とはいえ、そんなダークな印象の背景にある力強い美しさが、惹きつけられる魅力の一つかもしれない。

二週連続

9月16日は、静岡県の浜松市から帰宅する際、東名高速を使用。三連休中の午後の上り線という悪条件が揃い、大和トンネルを先頭に30kmの渋滞だ。渋滞回避でローペースで走行していた結果、渋滞通過に10分程度で済んだが0時前の帰宅となり、後片付けや翌朝の準備を行っていたら、ようやく眠りにつける時間は1時を過ぎていた。

それから一週間後。

9月23日は、富山県の黒部市から帰宅する際、長野道と中央道を使用。これまた三連休中の午後の上り線という悪条件で、小仏トンネルを先頭に30kmの渋滞、通過に2時間以上。その後の首都高内でも渋滞と、いつ帰れるか分からない状態。大月ICで降りて、以後は下道による回避ルートで走行。23時過ぎには帰宅できていたが、海水を浴びた車体の洗浄と給油に再出発。キャンプ道具の後片付けが終わるころには、1時を回っていた。

二週に渡って、とんでもない時間に寝る生活を二度も行った。おかげで日中は普段以上にダルく、昼休みは気絶レベルの睡眠となり、なかなかパフォーマンスが上がらない。こうも弱った原因はいくつかあるが、その一つに睡眠時間の短さがある。1時を回ってから寝ると、東向きの窓の効果で朝から太陽光が眩しく、睡眠時間が極端に短くなってしまい、疲れが全く取れない。

睡眠不足を補うように、夜になれば20時過ぎには寝てしまうが、短い睡眠時間と長い睡眠時間の負担はとても大きくなってしまい、週初め早々から、とんでもない疲労感を味わうことになる。昔から、旅行から帰宅した翌日はお疲れ休みを設定してきたが、そのお疲れ休み日に入ってから寝る…つまり0時を回って1時に寝るような睡眠パターンでは、疲れを引き摺ってしまい、殆ど意味が無いようだ。

加齢による回復力の低下を言い訳にしたくはないので、風呂でしっかり体を温める、ストレッチで体をほぐす、早めに寝るという回復の基本を再確認し、継続することになりそうだ。

38万キロを目指して走っているが、30万キロで節目かもしれない。

と、ライトノベルを思わせる表題にしてみたが、月飛行中のEK9シビックRは実際にそういう感じがあったりする。月飛行用のエンジンといえばSPS(Service Propulsion Subsystem)…アポロ支援船に搭載されていたロケットエンジンだが、ここでは当然ながらB16Bエンジンだ。

シビックの取扱説明書に従い、シビアコンディションに該当するので5,000kmでのオイル交換を忠実に守っている。それだけでなく、交換まで残り400kmを切ったタイミングで、ワコーズのFUEL1を添加するようにしている。

ワコーズ F-ZERO

購入のタイミングによっては、PITWORKブランドのF-ZEROになることもある。中身はFUEL1と同じらしく、要はワコーズのOEM製品とのことだ。この添加剤によって、燃料系統の洗浄を行い、エンジン本来の性能が維持されることを期待している。とはいえ、B16Bエンジンはハイオクガソリン仕様であり、市販のハイオクガソリンには清浄剤が添加されているため、汚れにくい環境が保たれているはずだ。

燃料添加剤を使うとオイルが変質しやすくなり、早めのオイル交換を心掛けなければならない。オイルエレメントも同時交換して、より多くのオイルを交換することに繋がり、変質したオイルをエンジン内に残すリスクを下げる。

ホンダ純正オイルエレメント

オイルエレメントは高いものではないことから、同時に交換したほうが、気分的にもいい。使用しているオイルは、一時期RESPOのV TYPE 5W-40を使っていたが、現在はMobil1 5W-40を継続使用中。理由は簡単、製品データシートと製品安全性データシートの両方が公開されており、モノの性状がハッキリしているため。

ホンダ純正エアクリーナーエレメント

良い燃焼のスタート地点となるエアクリーナーのエレメントも、純正品を使用。メンテナンスノート上では50,000km毎の交換、25,000km毎の清掃となっているが、ホンダHAMPなら1,500円以下で購入できるので、一年に一回の交換としている。

他にも、季節に関係なくその日最初のエンジン始動時は、最低3分間の暖機運転を行い、急のつく運転は避ける、その一方でときどき8,400rpmまで回してやるというような、なるべくエンジンの状態が保たれるような配慮を続けてきた。ただ、それでも圧縮圧力の低下は避けられず、エンジンオイルは5W-30が使えなくなり、あちこちにある冷却水の小さなホースや各オイルシールも未交換だ。

300,000kmで節目といっても、乗り換える、廃車にするといったようなものではない。経過年数を考慮すると、この先はエンジンの状態が悪くなって、ギリギリで月の到着になる可能性があり、既に不調の兆候が出始めている。現在の走行ペースが保てた場合、2019年末あたりで300,000kmの目処がつくはずで、純正部品供給の問題もあり、そのタイミングまでにエンジンの処遇を考えておく必要がありそう。いい状態のエンジンで、余裕を持ったまま月へ行ったほうが気楽なはず。

黒部峡谷鉄道の乗り鉄

快適なテント泊となった翌朝、5時起床。今日はいよいよ、黒部峡谷鉄道の乗り鉄となる。簡単な朝食、ゴミ類の後片付け、EK9シビックRのタイヤローテーション(!)という、三つの作業を並行して行い、7時過ぎにキャンプ地を出発。

宇奈月駅の時刻表

宇奈月駅に到着。狙いは始発となる7時57分の列車。前回の全線運休に比べても、時刻表や駅構内はとても賑やか。ネット予約があるようだが、空席があって当日券の購入でも間に合う。

牽引は黒部峡谷鉄道EDV形電気機関車

公式での愛称は『トロッコ電車』だが、その実態は電気機関車の牽引による客車列車。当然のようにトロッコ車両を選び、撮影を済ませたらさっそく乗車。

トロッコ電車の車内の様子

線路幅は762mmで、在来線の1,067mm、新幹線(標準軌)の1,435mmと比べてもかなり狭い。応じて車幅も細くなっており、まくらぎ方向に設置されたシートに横3人で座ると、もういっぱいになる。朝のトンネル内は寒く、開放型のトロッコ車両は体が一気に冷やされ、なかなかの苦行。天候によっては、防寒着が必須になりそうだ。

ピンリンク式連結器

トロッコ電車に揺られ、一時間少々で欅平駅に到着。下車してすぐに台車や床下機器、車両といったメカをあれこれ眺めてしまうのは、もはや職業病。こちらは日本の営業線では唯一の、ピン・リンク式連結器。

黒部峡谷鉄道EDV形電気機関車

下の宇奈月駅から牽引してきたEDV形電気機関車。VVVFインバータ制御の機関車であることを示す、V字(ルート、√)のラインが描きこまれている。欅平駅にて、一時間ほどの小休止後、今度は上り列車で宇奈月駅に戻る。

宇奈月駅方面の上り列車

登山客で大混雑し、身動きが取れない下り列車に比べ、下山客もいない時間帯だけにガラガラ。「空いている車両へどうぞ」ということで、貸切状態で車両を占有することができた。カーブで先頭の機関車を撮ることや、連結装置の動きを見物することも自由。

関西電力新柳河原発電所と引込み線

柳橋駅付近にある関西電力新柳河原発電所は、ヨーロッパ的なデザインになっており、ダム湖からの見栄えを良くするための工夫。発電所内への引込み線が、本来は観光鉄道ではなく資材運搬用鉄道であることを示している。

EDR形の運転台

運転室の撮影に挑戦。今回のドライブでは、8月に購入したSIGMA 17-50mmF2.8のデビュー戦で、練習を兼ねてあれこれ設定を変更しながら撮影し続けていた。望遠側が少々足りず、変にボケてしまった感じで、なかなか難しい。

EDR形の車輪。なんとスポーク式

台車をよく見ると、スポーク式の車輪だった。ホイールとタイヤ部分を分割し、タイヤだけを交換できるのが特徴だが、その一方で熱に弱いという欠点がある。勾配でのブレーキングがありながら、あえてスポーク式車輪を使う設計は、素人には分からないメリットがあるのかもしれない。

これにて、今回のキャンプドライブは終了となる。再び宇奈月駅に戻ってくると、既に11時を回っていて昼食時。昼食後、乗車券の精算やそれぞれの帰宅ルートを決め、現地解散。

参加車両たち

趣味車に乗り、揃ってドライブに出かけることが多々あるのが、昔から変わらない流れ。「帰宅するまでが遠足」という校長先生の言葉を守り、安全運転に徹して帰宅。総走行距離は852km、久しぶりにカウントした総合燃費は17.2km/Lとなった。

お疲れ様でした。>全参加者

関電トンネルトロリーバスへ乗りに行く

キャンプの日。

前々からの予定では、 長野県大鹿村にある天空の池へ行くつもりだったが、道路の崩落によりアクセス不能になった。代替案として上げられていた、黒部峡谷鉄道の乗り鉄に変更。黒部峡谷鉄道については、2017年7月上旬に一度出かけているが、大雨で線路へ土砂が流入し、全線運休となって乗ることができずにいた。一年前にやり残していた課題を片付けるべく、出発となった。

雲が厚い道中

事前の天気予報では、22日の午前中は雨。キャンプ地となる富山も似たような傾向だったが、午後からは晴れてくるという予報だ。雨に見舞われれば車中泊に切り替えることにして、まずは「東芝のGTOに乗りますよ!」とサボリーマンの一言で決まった、関電トンネルトロリーバスに乗るため、長野県大町市に向かう。

関西電力300形無軌条電車のケツ

関電トンネルトロリーバスは、立山黒部アルペンルートを構成するルートの一つ。見た目はバスそのものだが、実態は電車。大型二種免許だけでなく、動力車操縦者免許(いわゆる電車の免許)という全く別物の免許が必要となる。このトロリーバスは今年で廃止になり、来年度からリチウムイオンバッテリーを使った電気バスに切り替わる。今日の時点で残り69日だった。

道路上に架線が張られ、車両の屋根には集電装置があり、モーターを回して走行する。しかもモーターの制御にはVVVFインバータが使用されており、少し古い電車のようにウイーン…ウイーンと独特の磁励音を発しながら加速する。東芝製のGTOを使っているので、音としてはJR東海の383系、300系新幹線にそっくり。

関西電力300形無軌条電車の運転台

架線やバッテリーの電圧計、やけに大きな空気圧計が備えられ、バスではなく電車であることが強く実感できる運転台(運転席?)。

黒部ダム駅

大勢の登山客を一気に輸送するため、4両が連なって走っていく。GTO素子のVVVFインバータ車は古いシステムだけに、ずいぶんと見かける機会が減ってしまった。

黒部ダム

天気のいい黒部湖

好天に恵まれた黒部ダム。今回はトロリーバスの乗車が目的なので、ダム本体は駆け足での観光になった。80mの破砕帯を突破するのに7ヶ月掛かった、けが人はいない=ミスは死ぬといった歴史がある。諏訪湖から足を伸ばせばすぐに到着できる場所で、片道300kmもない意外と近場だったことから、次回は建設の歴史や設備などを重点的に見ることにする。

SARU

再びトロリーバスに乗って扇沢駅に戻ると、ニホンザルがいた。会社にはニホンザルにそっくりで酒飲みな後輩がいて、地面の白くなった部分を眺めている様子から、「飲み過ぎて吐いたゲロを眺めているみたい」。実際は、コンクリートの成分に使われている塩を舐めて、塩分補給をしていた。

廃止前に、関電トンネルトロリーバスに乗車することができてよかった。長野県大町市から富山県の日本海側にあるキャンプ地までは、100km以上の距離がある。混雑は一切無くスムーズに走り続け、夕暮れ前には到着することができた。晴れた空と、日本海側に沈む夕日が美しかった。

久しぶりのテント泊。3時過ぎの起床だったことも関係して、眠れないということは無さそうだ。

ミネルバ2-1さん、出発

小惑星探査機はやぶさ2に搭載されていた、MINERVA-II1が分離されたことが、速報で発表された。

振り返ってみれば、2005年11月12日、初代となるはやぶさにもミネルバが搭載されていて、分離したまではよかったが、母艦となるはやぶさが上昇中に切り離してしまったため、着陸に失敗してしまった。

9月10日からスタートしたタッチダウンリハーサルについても、高度600mで降下中止して上昇に転じており、一筋縄ではいかないことをギャラリーとしても実感していた。先のリハーサルの中止、ミネルバの失敗の記憶がある背景から、今日のMINERVA-II1の分離は、けっこうドキドキしながら速報を待っていた。

13時過ぎに分離、15時過ぎにリンク確立。その3時間後に通信が断たれ、リュウグウの自転で裏側に入ったらしく、これがまたヒヤヒヤタイム。続報は明日以降になりそうだ。

明細書

クレジットカードの利用明細書が送られてきて、さっそく中身をチェックしていく。キャッシュレス化が少しずつ進行中とはいえ、クレジットカードとは距離を置いたままであり、この先の使用率についても、当面は上がる兆しはゼロだろう。

利用実態としては、殆どがETCによるもの。いったい、どこを走り回っていたのか…とblogを読み直しながら、ああ、そういえばと思い出す。比較的短距離でも、高速道路を使うことが多く、応じて件数もどんどん増えていく。応じてETCマイレージも同時に確認し、順調に増加していくポイントを見て、有効期限も頭の片隅に入れておく。

キャッシュレスの大きな弱点として、北海道で発生した地震のその後だ。オンラインが頼りのキャッシュレスでは、停電や決済システムの被災で、一切使えなくなることを示していた。その一方で現金払いならば、日本という国が機能している限りは、通貨として使い続けることができるわけで、行き過ぎたキャッシュレスも考えもの。金に使われるのではなく、上手に金を使うために、いつどこで大きな震災が起きるか分からない以上は、現金とキャッシュレスをバランスよく両立させなければならない。

私なりのキャッシュレス化は、Suicaを二枚、持ち歩くことか。合計40,000円分をチャージしておけば、かなりの支払いをカバーすることができる。チャージ額がそれなりなので、一旦使い切って再チャージするとき、現金が減ることには今なお慣れない部分がある。