定例作業と新たな課題

窓が結露するほど、冷えて乾燥した朝。少々風が強いが、気になるほどではない。秋口か夏の高原のような気持ちよさで、最っ高の車整備日和となった。

345,000kmに到達し、今日は定例作業となっているタイヤローテーションとサスアームブッシュへのシリコンスプレー塗布を行う。せっせとジャッキアップしてタイヤを外したら、各ブッシュをチェックしながらシリコンスプレーを吹いていく。

無限のハードブッシュに交換したのが、2014年12月の法定12ヶ月点検時。当時の総走行距離は199,006kmで、それから7年4ヶ月、距離にして146,000km以上を走っている。

ブッシュ劣化の目安として、リアのトレーリングアームブッシュをチェックし続けているが、ようやくというか、とうとう亀裂が見つかった。長さにして2mm程度ながら、着実に劣化している様子が分かった。写真を撮り忘れたことに気づいたのが、シリコンスプレーを塗布し終えた後。シリコンが乾いてからでないと分かりにくいので、次のタイヤ脱着の機会…350,000kmで確実に撮影しようと思う。

タイヤは回転方向がないため、クロスパターンのローテーションを行う。まず前後のタイヤを入れ替え、次に前輪側のみ左右を入れ替える。偏摩耗や欠けはなく、順調に減っている。

スリップサインまであと少し

今日まで前輪だったタイヤ。スリップサインが出てくるまで、あと10,000kmは耐えてほしいところ。普段なら何事もないタイヤの脱着は、腰痛が完全に収まったわけではないようで、なかなかの苦痛だった。

ここにきて、ブッシュの劣化という新たな課題が見つかったことになる。運用終了の目標である384,400kmまで40,000kmを切っており、これ以上の重整備費用は掛けたくはない一方で、最後までリフレッシュネタを追求したい部分もあって、非常に迷う。

pay courier on delivery

3時過ぎには起きて、5時前には首都高湾岸線を走っていた。GW初日、連休とは関係ない流通業界とレジャーな車が混ざる道路状況で、夜明け前から早くも混沌とした流れになっていた。

朝の特殊運用中、オドメーターが345,000kmをカウント。タイヤローテーションとオイル交換の定期作業距離に達する。事前の天気予報どおり、雨が降ってきて作業どころではない。それならば屋内作業。今後のシビックRリフレッシュ計画と部品発注がメイン。

助手席側パワーウィンドウのモーター

助手席側パワーウィンドウの動きが悪くなっており、交換を計画中。図中の2番と9番、X字型に組まれたパーツ…パワーウィンドウ用レギュレーター本体は既に購入済みで、今回は赤い丸で示したモーター。

グレードや年式によって使用するモーターがバラバラで、EK9前期型では部品在庫がないと判明。後期型や他グレードでの検討もしたが、万一使えない場合は再交換して元に戻す必要がある。ドアパネル内部に組み込まれている部分であり、窓ガラス本体の脱着もしなければならず、厄介かつ面倒というネガティブな印象で却下。

Hondapartsnow.comで調べてみると、どうやら在庫している様子。急ぎの都合ではないので、送料を抑えられる通常便扱いで購入確定。これまでの購入手続きと最も異なるのが、関税の支払いが表題のように『pay courier on delivery』と出ていたこと。これまでは購入の際に同時に払えていたが、今回は別払いとなるようだ。

このあたりの処理方法は経験とネタになると割り切って、どういう流れになるのか。しっかり楽しまないと。

エアクリエレメント定期便

2022年度分のエアクリーナーエレメントを購入し、GW突入前に配送された。

EKシビックのサービスマニュアル上での、エアクリーナーエレメントの推奨交換時期はB16B、B16A、D15B共通して50,000km。年間20,000kmペースで走り、酷道や険道、ダートを好んでドライブする走行パターンから、シビアコンディションに該当。過酷な走行条件を支え、エアクリーナーエレメント本体の販売価格が非常に安価で消耗品代として割り切れる点から、一年に一度の交換としている。

ホンダ HAMP H1722-P2J-013

ホンダHAMPをチョイス。セロテープの変色具合から、そこはかとなく長期在庫品を感じ、需要があまりないのだろうか。HAMPは部品価格を抑えるために中国製となったという記述を見つけたが、EK用エアクリーナーエレメントではMADE IN JAPANの印字がある。部品によるのかもしれない。

去年度まではエアクッション(プチプチ)を使用したパッケージだったが、今年度分はボール紙による簡易包装となっていた。

ボール紙による簡易包装

単純に箱に収められているだけ。ゴミを減らせるという点では好都合。

少し潰された?

箱から出してみて、ろ紙部分に異常が無いかチェックする。整ったプリーツ構造になっておらず、恐らくは在庫中に圧迫されたか。光を使って破れがないことを確認し、さらに補強用のアルミメッシュ部分にダメージはなかったことから、今年はこのまま使うことにする。

こういった純正消耗品の類は、いつまで供給が続くのだろう。今もEFシビックのエアクリーナーエレメントが購入できることから、そこまで心配するようなものではないが。

腰痛は落ち着いた

昨日、あれだけ酷かった腰痛。布団から起きようとして、少々痛みを感じながらも動くことができたことから、早くも回復は進んでいることを実感。

現状では腰にコルセットを巻いたほうがラクなのだが、そのラクさが怖い。巻かなくてもとりあえずは歩くことができるので、今日はコルセット無しで過ごしてみる。会社に着くなり、早くもコルセットを巻いていないことに「大丈夫なのか」「まだ装着しておいたほうがいい」とありがたいアドバイスを受けるが、それだけ腰を痛めた経験則があるということ。

確かに腰痛は残っていることは間違いないので、鎮痛剤で痛みを抑えておき、「今日もいるだけ。仕事はしない」宣言を出しておく。

こうして素早く回復できる要因の一つとして、日々の筋トレの効果がありそうだ。ここ数ヶ月は腹筋ローラーがメインで、複数のポジションをこなしながら、往復回数としては100回。腹筋だけでなく背筋も鍛えられるので、もともと回復しやすい体になっていたと考えられる。

もちろん、職場の協力もあってのこと。このあたりは日頃の行いがモノをいう(?)。突発的に休んでしまうと、たった一人でも人員配置が大きく変わってしまい、他の業務まで影響を及ぼして混乱してしまう。頭数さえ揃えておけば、あとはどうにでもなるわけで。

動けるようになってくると、筋トレを再開したくなる。しかし、せっかく急回復している最中で、すぐに筋トレを行ってしまうと、再構築中の筋肉を壊すことになってしまい、痛みが長引いてしまう。再構築が済めば筋肉はより強化されるとポジティブに捉えて、引き続き大人しく一日を過ごしていた。

あれ?腰?

昨日、モノタロウから輸送されてきた消耗品を仕分けようと、段ボール箱を開けて中身を確認していた。段ボール箱の中からゴム手袋のパッケージを取り出したその瞬間、腰にピキッと衝撃が走り、ん?感電のような痛み?と嫌な感触を覚えていた。この痛み、記憶がある。

ひとまず風呂に入って腰回りの筋肉をほぐしておき、湿布を貼って早めに就寝。嫌な予感しかしなかった。

今朝。予想通り、起き上がることができなかった。昨日の腰の衝撃は急性腰痛症、いわゆるぎっくり腰というもの。会社を休もうと上司に電話をしようかと思ったが、その動作さえ厳しい。病院へ行ったところですぐに治るわけではなく、体が温まってくれば一時的に症状が治まることは過去の経験から分かっているので、なんとか起き上がって身支度開始。

コルセットで腰を縛ってフラフラになりながら出社。初めてエヴァを操縦したシンジ君、足取りがおぼつかない初号機状態。ぎっくり腰は、重いものを持ったときに発症するイメージがあるが、今回のように軽いものを持ち上げた瞬間、くしゃみをした瞬間、咳をした瞬間で発症することも多く、そのような経験談はいくらでも聞くことができる。

少し疲れが出てくる午後からは痛みが本格的に強くなり、鎮痛剤として坐薬を投入。口から入ってくる薬は、肝臓で処理されてから全身に広がるので時間が掛かり、成分が薄くなりやすい。対し、ケツから押し込む坐薬は、肝臓を経由することなく成分が広がるので、短時間で効きやすい。

それにしてもケツの穴は出口であって、原則的には一方通行だ。そこを逆走しているわけだから、違和感と異物感が凄まじい。ケツの力を緩めると突っ込んだ薬剤が出てきそうになって困るし、直腸部分で薬が溶けて液状になるので、下痢直前特有の不快感も出てくる。そんなデメリットを踏まえても、この効き具合は経口薬とは比べ物にならないほど素晴らしいものがある。

坐薬の歴史は非常に古く、紀元前2600年ごろのエジプトにあったそうだ。その当時の人類が「ケツに薬を突っ込めば早く効く」と分かっていたことの凄さを実感させられた。

これを書いている21時過ぎの時点で、坐薬の効果は切れている。今週中に少しでも回復しておかないと、GW中は寝たきりになる可能性が出てきている。明日、明後日は業務量が少なめなのが大助かりで、安静できる条件が揃ってくれた。

ブラックコーヒー

4月15日から16日に掛けて、次いで4月23日は、一日の大半を高速道路での移動に費やしていた。単純に車を運転することや遠出することが好きなので、この行為そのものは何度でも繰り返すことになり、これから先も大きくは変わることはないと思われる。

そんな中での悩みどころは、高速道路走行中の眠気。ねみぃもんはねみぃ!とさっさと諦めて、15分から20分の仮眠を取ることはある。タイミングよく休憩できるSA/PAが近づいてきて、入ったはいいが途端に眠気が飛び、これなら走れそうじゃん?と本線に合流してみれば、すぐに眠気を感じる…なんて、私だけではないと思う。

それならばと、4月15日の東京青森間の東北道走行では、ブラックの缶コーヒーを飲み続けていた。缶ボトル3本分で、味に変化を持たせようとメーカーやブランドは全てバラバラにしていた。昔からブラックコーヒーは殆ど飲めず、今も砂糖と牛乳をガンガンに入れて、カフェオレ状態にしないと飲むことができない。「ヤツの燃料はマッ缶(MAXコーヒー)だ」と評されたことがあるほど。

ブラックコーヒーに慣れていない胃袋に対し、次々と流入してくると、早々に限界を訴えてくるらしい。強烈な胃のムカつきと痛みを感じるようになり、ドライブ用に持って行く常備薬の中に胃薬あったべな?と探すハメになった。カフェインの大量摂取で眠気は飛んでくれたが、応じて利尿作用で苦労させられ、さらに胃の不快感は続く。

SAで放尿、すっきりして出発。本線合流して数分もしないうちに、膀胱から「溜まってきたよ!」とアッピールされ、早くも次の休憩ポイントを検討とは、旅行に出かけた子供の行動パターンそのもの。SA/PAを出た途端に「おしっこ!」と訴えた記憶が残っているので、全く変わっていないのかもしれない。

夕食のタイミングまでには胃の不快感が落ち着いた。この胃の暴走に参った経験から、翌16日の眠気覚ましは濃いめの茶とカフェオレという、普段のパターンに戻していた。

では23日の米原駅までの往復は。寝坊したことで、睡眠時間がそれだけ長くなっていた。長時間の睡眠と寝坊にショックを受けたことで、米原駅までの走行は眠気が全くなく、むしろ焦りを感じていた。米原駅から帰宅するときは、事故渋滞のアナウンスで眠気どころではなく。

以前服用した『ヒロオールPキング』は効き目が抜群だった。ブラックコーヒーに頼るより、こういった薬で対処したほうが胃の負担は減るかもしれない。次はエスエス製薬のエスタロンモカ錠を使ってみるとしようか。

チューンドECU、装着

まずは昨日の米原駅までの往復で、汚れに汚れた車体を洗う。今日は午後から雨が降ると分かってはいるが、潰れた虫の体液がバンパーやガラスのあちこちに広がっていることの方が嫌なので。

続いて、ECUの交換を行う。

ECUの交換作業

カムの切り替えポイントは変わらず、エンジンの制御系は全て純正データを維持。スピードリミッターは効き、エアコンや各電装品を使うことによるアイドルアップも問題なし。それでいて、このシビックRの今後の維持パターンと走らせ方に合致している仕様で、まさにチューン(調律)という単語がピッタリ。動作全てOKです。>K様

ネット上で情報を公開すると、それを使って商売を始める輩がいる現実。難しい世の中になってきた。

寝坊での米原駅

GW前に一本走っておき、オイル交換のタイミングを調整することになった。規定までは残り1,000kmなので、関東から見れば400km+αの位置で往復するとちょうどいい。

たまたま見ていた米原駅の駅弁情報。井筒屋の近江牛大入飯がうまそうということで、米原駅の駅弁を買いにひとっ走りしようと決めた、昨日22時過ぎ。距離的にも400km少々で、往復で800kmを上回る。中央道回りにすれば多少遠回りになり、ますます好都合。いつもどおり、午前3時に起きれば4時には中央道に入れる。そう考えて就寝。

自然と目が覚めて、時計を見ると1時50分。目覚まし時計が鳴るまであと1時間は眠れる…と、もう一度寝る。そして起きたのが、まさかの4時。1時間も寝坊するとは、初めての事態。車に乗り込んで動き出したのが40分後で、中央道に入るころには5時を回っていた。

早くも混雑し始める中央道でペースを上げられず、米原駅に到着したのが10時半。予定では9時台に到着して、駅弁をシビックRに積み込んで復路に入り、適当なパーキングエリアで食べるつもりだったが。遅れが響いたのか、目的の近江牛大入飯は『本日分は完売しました』と札が掲げられ、目的達成ならず。一個だけ残っていた湖北のおはなしを選ぶ。こちらの弁当はあっさり系で少なめ。昨日の大量の昼食のリカバリーを考えれば、結果的にこれで良かった。

米原駅を出発する直前

北陸方面への要所である米原駅に、車で訪れることになるとは、妙に感慨深い。寝坊さえしなければ、新幹線と在来線、近江鉄道を見て回っていたかもしれない。次回来るときは、注文を予約しておいた方がいいようだ。

GPSロガーによるログ

行きの米原駅までは中央道経由、米原駅から戻るときは新東名経由で素早く戻るコースをチョイス。

行きの中央道ではペースが上げられない分、登坂区間での余計な再加速をすることなく走ることができて、燃費は落ちていない。諏訪を過ぎてから多治見までの下り坂では、エンジンブレーキで燃料噴射が止まっている距離が非常に長かった。米原駅に着いた時点で、ガスは半分残っていて、帰りの新東名でどれだけ燃料を使わずに走れるか。

最高速度120キロ区間で、トラックに混じって80kmhで淡々と走り続ける。事故渋滞に赤い三角マークという不吉な案内情報を見て、唐突に始まった燃費レースは終了。

リッター19のEK9

駿河湾沼津SAで38Lを給油、残り7Lほど。区間燃費はリッター19となり、高速道路主体かつエコ運転の成果。ただし、西日に照らされ続けながらエアコンは使っていないので、軽い熱中症気味というオマケまで付くが。

総走行距離は850km。寝坊で1時間の遅れ、帰りは事故渋滞で通過に40分掛かり、何かと遅れが響き続ける日帰りドライブとなった。

ひるめし

前にもどこかで書いたが、昼食はサンドウィッチ1個と野菜サラダ1個という必要最低限の量で、かれこれ10年以上は続けている。そんな量で足りるのか?とツッコまれること多々あり、それがいつしか見慣れた光景になると誰も気にしなくなる。

そんな状況の中、職場で契約している仕出し弁当を頼んでみると「そんなに食うなんて珍しくねぇ?」なんて逆に言われるほどで、食に対して本当に興味がない人間と思われているようだ。ブルーカラー向けの仕出し弁当だけあって、活力に直結しそうなメニューばかり。それだけ食べれば、午後からのパフォーマンスは少々アップする。ただし、安く仕上げるために脂っこいメニュー(揚げ物)が多く、胃腸の負担を考えれば頻繁に頼むわけにはいかない。

慰労やその他いろいろな理由で、会社から昼食が提供されることがあり、今日の昼食はソレになるとか。後先考えず「あ、じゃあサーロインでいいっす」と言っておき、実際にやってきたサーロイン弁当。肉の量はともかく、米の量が尋常ではない。弁当箱の凹凸を埋めるパテの如く、ビッチリと詰め込まれている。

先述したとおり、現在は大量の昼食を食べる人間ではない。米の量があまりにも凄まじく、お残しのキーワードが頭に浮かぶが、いろいろと失礼にあたるので胃に押し込んでいく。普段よりも時間を掛けて、なんとか食べきる。

適量を大幅に超えた昼食のおかげで、午後からの業務はいつまでも続く胃の重たさを実感しながらこなしていく。カロリー消費を促そうと、少しオーバーアクション気味で動き回ってみたが、状況はあまり変わらず。それどころか、夕食前になっても空腹感があまりなく、食事量は抑えることになる。

加齢に伴う胃腸の衰えは、意識した小食化で自然と馴染んでいるようだ。これが以前なら、普通に食べていただろう。弁当に、さらにカップラーメンを併せることは当たり前のようにやっていて、ここまで食えなくなるものかと再認識させられた。

5万円

2月にシビックRの冷却水漏れトラブルが発生し、その修理費用は5万円近くとなった。この手の予定外の大出費は特別損失の一種としてカウントしておき、後々埋め合わせて辻褄を合わせることになる。

デスク上のパソコンのケースには、特別損失が発生した原因と金額を記した付箋紙を貼り付けるようにしている。こうすることで嫌でも目に入り、絶対に忘れないからだ。埋め合わせ処理が終われば、剥がしてゴミとして捨てる。

冷却水漏れトラブルが無事解決してすぐ、付箋紙に『クーラント漏れ、5万円』と書いてケースに貼りつけていた。額面が額面なので、処理が完了するまで時間を要すると捉えていたが、思ったよりも早く片付けることができて、今日付けで無事に付箋紙も捨てることになった。

貯金の観点でいえば、全て計画通りに進んでおり、ペースは乱れていない。今回に限らず、予定外の出費はデスクの引き出しに収めてある、一種のタンス貯金でカバーすることが多い。あらゆる予定外に対応できるよう、一万円紙幣だけでなく、五千円紙幣、千円紙幣といった各紙幣を含めている。その金額、5万円。

5万円あれば、何かと対応しやすい。車関連では、今回のようなトラブルですぐに対処できる。過去にはオルタネーターの故障があり、さらに古い記録ではキーの閉じ込め、かつて起こした自損事故でのレッカー費用等々。今はJAFとホンダトータルケアに加入しているので、費用は抑えられるかもしれないが、それでも備えはあったほうが絶対にいい。

生活面でも同じ。過去の経験上、ライフラインの緊急対処費用は数万円単位が多く、解決までの時間を短くすることができるかもしれない。大事な人に何かあって、緊急で駆けつけなければならない場合でも、計算上は5万円もあれば日本全国どこからでも行動することができる。

キャッシュレス払い(含、クレジットカード)が主流になっても、機動的に使えるまとまった現金が常にスタンバイしてあるだけで、日々の精神的余裕はまるで違ってくる。