56年ぶりの偉業を見届けて

NASAが打ち上げたアルテミス2は、無事に月の裏側を回り、地球へ戻り始めたようだ。このとき、アポロ13号が樹立した有人宇宙飛行の最遠距離記録を更新することになった。

アポロ13号では、酸素タンクの破裂で緊急帰還となり、そのときに月の裏側をグルリと回る自由帰還軌道を使った。この飛行では地球から最大400,171kmを離れており、長らく人類最遠距離としてギネス記録にも記載されていた。いよいよ記録が塗り替えられることになり、アルテミス2では最遠距離が406,771kmとなり、56年ぶりの更新。

アルテミス計画では延期が繰り返され、アルテミス1で無人飛行として月を周回し、地球に戻ったのが2022年。当初は2018年後半の打ち上げとされていたが、数々の問題から合計4年も延期していた。

今回のアルテミス2では実際に人間を載せて、月の裏側を観測するフライトとなった。NASAによる有人宇宙飛行は、マーキュリー計画から始まり、ジェミニ計画、アポロ計画。スカイラブ計画があり、スペースシャトル計画、現在進行形の国際宇宙ステーション計画と続く。なんだかんだで有人宇宙飛行のノウハウを維持し、月まで人を送り込もうと思えば実行できてしまう、アメリカの技術力の高さは心底驚かされる。

なにかとトイレの問題が付きまとうのも、NASAの有人宇宙飛行計画あるあるだろうか。今回のアルテミス2でもトイレの故障が発生して、完全解決には至っていないとか。野郎だけのフライトならともかく、今後は女性クルーも含まれてくることになり、よりデリケートな問題になってくる。いかにして壊れないトイレにしていくか、継続的なブラッシュアップが求められるのではないか。

ジェミニ7号ではウンコを溜める袋が爆発。アポロ10号はウンコ袋の密封が悪かったらしく、船内にブツが漂う事態に。アポロ13号では緊急帰還中、小便を船外に放出するとその反動で軌道がズレる恐れがあり「船外放出禁止」。スペースシャトルでもトイレが故障した経歴があり、現在運用中の国際宇宙ステーションでもトイレの故障は起きている。

月の裏側を巡り、ここからは地球へ向けたフライトになっていく。中間軌道修正、支援船の切り離し、大気圏再突入と予定されているイベントはまだまだあり、乗組員が地球に安全確実に戻ってこそアルテミス2は成功となる。

春の嵐

今日は荒天予報。職場に着いて早々に雨が降り始め、どうやらギリギリのところで濡れずに済んだ。その後、次第に雨と風が強くなっていき、デスク上にいつも表示してある風向データと雨雲レーダーは、これから嵐になることを伺わせる。

予想通りに天候は悪化し、帰りの時間帯になるとピークに達していたようだ。雨はそれほどでもないが、とにかく風、風、風。強い南風で、自転車の速度を維持するのも一苦労。陸橋や運河の橋では横風になるため、これはこれでヒヤヒヤさせられる。

こうして、今年も荒天下での自転車走行が始まる。通勤手段は自転車につき、今日のように雨と風に見舞われようが台風が上陸しようが関係なし。人間は完全防水というある種の名言は、実体験となるだけに「ずぶ濡れでも動作そのものは問題なし」と実証できていたりする。

晩秋から冬場にかけて気まぐれで降ってくる雨と違い、高い湿度と中途半端な気温により、早くも不快感を覚える。しかし体がまだ高温多湿に慣れていないことが大きく影響しており、今だけのこと。高温側に体が慣れてくると、5月後半から10月にかけての暑さの本番でも意外と耐えられる。

週間天気予報では周期的に雨マークが出るようになり、季節が移り変わっていることを示す。今週は雨の中を走る機会が多く、通勤時間が僅かばかり遅くなる。

2026年の花見は

時間軸としては先週になるが、井川線の乗り鉄。アプトいちしろ駅にて、編成のケツにED90形電気機関車を重連で連結し、次の長島ダム駅で解放となる。

一仕事終えた電気機関車は編成から少し離れて、構内踏切を支障しない位置で一旦停止する。久しぶりにED90を見ることになって、デッキ部分にはヘッドマークが掲げられており、しかも伝統のある「さくら号」だ。

初めて乗った寝台特急が東京と長崎(佐世保)を結ぶさくら号だったので、このヘッドマークは非常に思い出深いものがある。原型は白ベースにピンク色の花びらだが、私個人としてはEF66が使っていたこの葉桜バージョンのほうがお気に入り。

編成の組み方も独特で、東京長崎用の編成がJR九州熊本運転所所属、東京佐世保編成がJR東日本品川運転所所属となる。所属が異なる二社の編成で仕立てられている点も、今となっては車両使用料の取り決めや検査体制はどうなっているのかと次々に疑問が浮かぶ。

東京駅から出発する各寝台特急の中では最初に出発するため、列車番号はトップナンバーである『1』を使っていた。東京駅からの客車列車が無くなっている2026年現在では使われておらず、これからも使われることはないと思われ、この点でも輝かしい歴史が刻まれている。

こうして再びさくら号のヘッドマークを見ることができたことに感激し、スマホとデジカメの両方でしっかりと記録に残していた。

長島ダム周辺の植えられていたサクラも開花しており、2026年の花見は列車と木の両方となった。

ビニールと竹とビニール

「ビニールですって」「飛んだっすかね?あっち風強いんだ?」

「竹が倒れたそうです」「竹!」

「またビニールっす」「さっきと別物かい!」

何かと神経を使う週末の金曜日だけに、静かに過ごしたいと思っていた面々を試すかのように、次から次へと問題が発生する一日だった。

今回に限らず、架線にビニールが付着するトラブルはけっこう多く、都心部では路面に落ちているコンビニ袋かな?と思ってしまう。その実態は、例えば農業で使うような巨大なビニールシート、家畜用の草を詰めて巻いているビニールなどなど。

コンビニ袋程度なら走行風や強風が落ち着いた瞬間に取れてしまうことが多いものの、先に取り上げたビニール製品の場合、一旦架線に引っかかってしまうとまず取れなくなる。

そこに電車が進入しようものならパンタグラフに絡まってしまい、架線の切断やパンタグラフの破損に繋がってしまう。破損して二次災害を引き起こすくらいなら、見つけたら即運転を止めるほうがいい。

除去するにしても、まず電車の運行を一旦止める。同時に電力関係の専門職員が現場に急行し、到着したらすぐに状況を確認。もちろん、架線に流れている電気を止めないと近づくことができないので、停電措置を行う。

感電事故を防ぐために、二重三重の安全措置を行ってからビニールの除去作業を開始。除去ができたら、他に被害状況が無いことを確認し、職員は現場から離脱。作業完了報告と安全に離脱できたことを連絡して、通電再開。最終的な安全を確認できたら、順次運転再開という流れ。

作業者の安全確保はもちろんのこと。損傷の有無を入念にチェックして、人や設備全てが万全の状態であることを確認しないと電車は走らせることはできない。1秒でも早く運転を再開しなければならないプレッシャーの中で、ミスが許されない作業を続けている。「運転再開までしばらく時間が掛かる」なんて放送があるかもしれないが、決して牛歩作業ではない。

昔のように、勢いでイケイケ運転する時代ではない。僅かでも不安全状況が確認されれば、すぐに運転を止める。鉄道に限らず、全ての公共交通機関はそうなっているため、遅れが許されない大事な用事があるときは、交通機関が大遅延する可能性を含めて余裕を持った行程を組むのがベスト。

ビニールの飛散防止対策のお願いとして各Webページが見つかる。例としてJAさがのWebページだが、架線にビニールが絡まっている様子がよく分かる。

赤い6900

既に報道で飛び交っているところだが、ホンダは2026年3月期の通期業績予想を修正し、最終損益が4200億円から最大6900億円の赤字になる見通しを発表。

ホンダのニュースリリース→四輪電動化戦略の見直しに伴う損失の発生および通期連結業績予想の修正と今後の方向性について

2021年にホンダは、2040年までに販売する新車全てをEVか燃料電池車(FCV)にする目標を掲げて、「脱エンジン」を宣言。EVを通じて第二の創業と位置付けてきたが、この宣言の時点で誰もが撤回すべき、挑戦する姿勢はホンダの基本だが、脱エンジンとは?と、自動車業界にいなくても、ネガティブな印象を抱かせることになった。

運転者に優しく、同乗者に厳しいとされるホンダ車ならではの性質について、EVでも当てはまってほしいとか、低速から強力に加速できるEVの走りに期待なんてのもあったりして、賛否両論。いや、否定的な意見のほうが多かったと思う。

それから5年が経過し、世の中の情勢は確かに大きく変わった。今回の赤字発表とEVの開発中止は、誰もがああやっぱりと思ったに違いない。遅過ぎたとも思えるが、ここで止めて正解だったのではないか。変なプライドで、売れもしないEVの開発と販売を続けていたら、ますます傷口が広がっていただろう。

今後はハイブリッド車をメインに、グローバルな競争力を取り戻していくことが目標となる。もちろんエンジンの効率を今以上に高めなければ、厳しくなっていく環境規制に対応できなくなるため、引き続きエンジン屋としての本質を磨き続けなければならない。

やるからには一番困難な道を行く』とは、本田宗一郎の名言だそうな。今のホンダは、なにかと本田宗一郎の考えややり方を否定しつつ、都合のいいときは本田宗一郎の名言や挑戦、夢といったことを引っ張り出すようなダブルスタンダードなところがある。立て直しという困難な道を確実に行け!

もし本田宗一郎が生きていたならば、ここまで会社を壊しかけてしまった経営陣は、全員スパナで殴られていてもおかしくはない。

15年

東日本大震災から15年が経過。あっという間か。それとも、まだなのか。

ここ都心部においても震度5弱を記録していた。あの揺れで5弱だったならば、震源に近い地域での震度7は想像以上の揺れ方になり『立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある』と定義されていることから、身を守ることで精一杯になってしまう。

耐震構造の家だが、震度5弱に達する揺れにより、少なからずダメージは受けていたことを知ったのはつい最近のこと。フレームではなく、内装面の見た目だけのダメージだが、震源から遠く離れた土地でも影響が出るのかと驚かされることになった。

ズレが生じた廻り縁

廻り縁がズレて隙間が生じており、襖の上部レール部分に相当する鴨居にも隙間がある。今のところ、襖が開けにくいといった悪影響は出ていないので放置しているが。

当時は職場で作業していた。その後の顛末を目の当たりにし、体験してきた人間だ。災害があっても会社は助けてくれないし、いつものように指示待ちでモタモタしていれば、逃げ遅れることになる。ドラクエの作戦名「いのちだいじに」ではないが、非常のときは自分の身を真っ先に優先しろと常々指導している。

必要な寒さ

朝から冬に戻ったような寒さで、ついでに雨まで降ってきた。その後の情報では、みぞれまで降っていたそうなので、相当な寒さだったらしい。

今年は2月から高温傾向にあり、もういいやーと冬用の布団や足元ヒーターを片付けていた。そうしたらこの寒さだ。今夜は少し我慢しながらの就寝となりそうだ。

2月1日から、日々の最高気温を足していき、その累計温度が600℃になるタイミングが桜の開花となるそうな。2月に雪が降って寒い思いをした一週間後には15℃を上回る気温になり、「2月なのに暑い!」なんて報道まであった。

600℃の法則と高温傾向の日々が続いてしまうと、3月に入って早いうちに開花するのでは?と思ってしまう。今日のような急激な気温低下は、実は必要な日なのかもしれない。

明日の朝の気温は今日よりも下がるようで、来シーズンから使うつもりだった冬用グローブを投入することになりそう。2月の雪と高温から続く大きな気温変動で、体力が消耗しやすくなっている。どうにか今週末までは耐えなければならず、常にギリギリ。

ルーツは大田区だった

小学校時代の給食に揚げパンなんてものが出ようものなら、争奪戦になっていた記憶がある。そんな揚げパンは東京都大田区の小学校職員が考案したとかで、後々全国に広がっていたそうな。

セブンイレブンに立ち寄った際、大田区発祥の揚げパンなんてものが売っていることに気付き、それでなぜ大田区発祥なのか?と興味を抱いたら、冒頭の理由が出てきたのだった。とりあえず買ってみる。

大田区発祥揚げパン

二種類あったので、両方購入。

記憶にある揚げパンの味と、コンビニで売られている菓子パンとしての揚げパンの味は、全く異なるものだった。記憶にあるのは油でギトギトながら、強烈な甘さだ。この菓子パンでは、確かに甘いがベタベタ感はなく、思ったよりもあっさりした印象。

とはいえ、揚げパンの歴史を知り、小学校時代の記憶を蘇らせる商品であることは間違いない。もう一度買ってみようかと思うあたりは、販売戦略にやられたのかもしれない。

3個追加

長らく探し続けていた旧世代のIC、74HC181を入手したのが2022年11月18日のこと。

たった1個なので、何かに使ってしまえばそれで終わり。ICソケットを介することで使い回しが可能になるが、何かのためにもう少しストックしておきたいとなり、引き続き探すことになる。

すると長期在庫の放出品なのかは分からないが、販売しているところを見つけて発注してみる。個数としては、正、副、予備の計3個で設定。何事もなく購入手続きが進み、あっという間に到着することになった。諦めることなく、検索し続けていたことが正解だったか。

東芝の74HC181

東芝製の74HC181で、恐らく1991年27週目製造。

2022年11月に入手した74HC181も東芝製だったが、この時は1985年製造ながら傘マーク仕様の旧ロゴ品。今回は1984年以降に制定された、現行に近い横長のゴシック体仕様になっている。

74181ファミリー

過去に入手していた74LS181を含めて、手元の74181ファミリー。2026年にもなって1980年後半から1990年前半のICを集めていることになり、これも石(半導体)集めの醍醐味の一つ。すぐには使わず、観賞から始まるのがいつもの流れ。

春準備

朝から調子よく雨が降っていて、予報によれば今日は一日を通してこんな天気が続くとのこと。長らくまとまった雨が降っていなかったので、こういう悪天候の日も悪くはない。

この時期は気温の変動は大きいが、想定していたよりも暖かくなりやすい傾向にあることから、冬物を片付けることになった。部屋に居ながらしもやけになってしまい、悪化を防ぐために設置した足元ヒーター、冬用の毛布、上着等々。

寝汗のベタベタに気付き、目覚まし時計よりも早く起きるようになっていて、もう冬寝具は暑すぎる。自転車通勤となれば、痛みすら感じるような冷たい走行風は無くなっている。これで体が温まりやすくなって、防寒用の上着も不要になってくる。

片付けるにしても、ヒーターはブロアを使ってホコリの清掃。毛布や上着はクリーニングに出したり、洗濯と熱風乾燥で消毒を兼ねたりと、これはこれでやることが多い。物心ついたときから、このシーズンの変わり目における入れ替え…衣替えの類は、入念に行ってきた。長く使うものだからこそ、区切りのタイミングでしっかりと手入れとは、なにも趣味の分野だけではなかったようだ。

毎年のことだが、春仕様に切り替えたら気温がガクッと落ちて、体調不良に陥るのも定例パターン。