胃腸風邪それから

16日から始まった胃腸風邪は、先週後半になってようやく回復。食事で満腹になっても胃腸系の不快感や痛みが発生せず、長く続いていた軟便も出なくなり、これで治ったと判断することになった。私の感覚では、早めに寝るなりして安静にしていれば数日で回復すると思っていたが、実態として二週間も要した。これはもう若くはない証拠で、この先も体調不良で長くダウンすることは、ある程度覚悟しないとダメらしい。

加齢に伴う身体の変化は、回復力だけでなく前兆も違ってきている。以前なら少しずつ時間を掛けて具合が悪くなっていったが、ここ数年は一日でいきなり悪化する。以前も、日中は動き回っておきながら、帰ってきた途端に突然体調が悪化し、その日のうちに激しい下痢と嘔吐を繰り返すことになった。そのときも今回と同じく、止瀉薬と制吐薬の処方に留まっていた。体調を崩すと胃腸が真っ先におかしくなるなんて、昔は一切なかった。

下痢や軟便が続いたことで、体内の水分量が狂いっぱなしになり、体重が58kg台に落ちることもあった。病気痩せはすぐに戻ってしまい、歓迎できるものではない。これから風邪の季節になっていく。無病で過ごすには、日ごろの体調管理と体重維持が、大きく関係してくる。

原点回帰

今年は普通のドライブ、酷道ドライブを合算しても過去最高の走行本数となっている。山道が冬季通行止めになるまで、あと少しの猶予があることから、平日休みを利用してひとっ走り。今回は、酷道ドライブの原点とも言えるR299を走ることにした。都心に最も近い酷道といえば、かつてはR139の松姫峠だった。松姫トンネル(バイパス)の開通により、酷道区間は旧道へ格下げ、しかも通行止めが続いているので、現在のところはR299が都心に近い酷道と言えるか。

振り返ってみれば、免許取得後の初心運転者期間中は三菱PE8WデリカSGを乗り回しており、MT車は教習所を終えてからは全く運転していない。そこでY氏と共にMT車のレンタカーを借り、MT車の再練習を兼ねてドライブに出発。その経由地がR299だったわけで、なかなか思い出深い場所だったりする。

2016年10月28日の走行ログ

埼玉県入間市からR299に入り、長野県茅野市に向かってひたすらトレースする。途中、日高市の久保交差点から正丸トンネルにかけては、深夜にローリング族が出没する区間だ。これまた昔話になるが、深夜の同区間を走行中、やたらと後方からせっついてくるシルビアを先に行かせたところ、先にある緩いカーブを曲がりきれなかったのか、壁に衝突して大破したてのところに出くわしたことがある。頻繁に事故が起きる区間で警告看板が林立し、先日も西武池袋線の東吾野駅近くのカーブで死亡事故が起きており、たくさんの花が供えられていた。この事故多発区間だけでなく、少々南側に向かったところにある成木街道もそうだが、走行環境が全く良くない区間でのローリング行為は楽しいのだろうか。

休憩を挟みながら、秩父から志賀坂峠を越え、上野村に入るといよいよ酷道区間が近づいてくる。近年は群馬r124のぶどう峠を経由することが多く、十石峠へ向かう経路は数年ぶり。

群馬r45との交差点付近

酷道といえば、まずは大型車通行不能の看板を拝むのがルーティンワークだ。群馬r45との交差点のすぐ先に、『大型車の通行は御遠慮下さい』と表記された看板がある。その下には『交通死亡事故発生路線』という看板も追加されていた。

大型車通行不能

大型車通行不能を告知する名物看板。R425やR157と比較すると路面の荒れは少なく、ガードレールも設置されているので安心感は大きい。ただし、ブラインドカーブだらけで慎重な運転を強いられ、対向車との離合が難しい区間が続くことから、酷道であることを再認識させられる。

R299のおにぎり

当たり前のように対向車が来る区間だけに、常に前方と後方の警戒を続けてピリピリしながら運転し続ける区間だが、酷道に変に慣れてしまったおかげか、今回は少し走っては車を止めて撮影…なんてことを繰り返してみた。写真はR299と林道らしき獣道との分岐点で、機会があれば矢印とは逆の方向に足を踏み入れてみたい。

十石峠の展望台より

酷道趣味のベースとなった道だけに、感触を再確認しながらローペースで十石峠に到着。現地の気温は9℃だった。夏場なら緑一色のこの場も、紅葉の時季だけに色とりどり。雨に降られることなく長野県茅野市に出て、R299の走破を完了。撮影しながら走っていたので、R20に入ったときは既に11時だ。このまま都心に向かうのもありだが、もう一つ、GPSログを採取しておきたい道がある。それはR300で、山梨県の身延町から富士吉田市を結ぶ道だ。バイパスとなるトンネルの建設が進んでおり、開通後に旧道となればアクセスしにくくなってしまうかもしれないので、今のうちに走っておく。

雨のR300

車外に出るのを躊躇するほどの大雨で、R300内で撮影した写真はこれ一枚のみとなり、今回はGPSログの採取だけに留めておく。バイパスが開通すると、下部温泉を含めてアクセス環境が大きく変わり、同時に急カーブが続く険しい道も過去の話になってしまうかもしれない。あちこちで法面のメンテナンス工事が行われており、スムーズには程遠い通行となった。本栖湖に出てしまえばもう庭みたいなもので、夕方のラッシュが始まる前に帰宅。総走行距離は545km、総合燃費は15.4km/Lだった。

胃腸風邪その後

回復途上での夜勤はちょっとヘビーだった。

目に見える吐き気や強い腹痛は落ち着いたものの、完全には治ってはいない。疲れてくると下腹部が痛くなり、一本糞には程遠い軟便が続いている。この軟便が、回復の良否を判断するポイントだ。現状では腸内環境が派手に荒れてしまっているらしく、出てくるウンコは少ないのにおぞましい悪臭を放っており『通常より臭気レベルは高いが、直ちに健康に影響はない』という逃げの言い訳が一切通用しない。無風の夏場の炎天下に設置され、まともにメンテナンスされていない仮設のボットン便所を思い出させ、人間からここまでヤバいものが出るのか…と関心させられるのと同時に、そのニオイで吐き気を催すほどだ。良好な腸内環境は、風邪の引きにくさに直結する部分もあるので、ヨーグルト(イカスあいつを思い出した人挙手)を普段よりも多く食べ、少しでも善玉菌を取り戻しているところだ。

感染性胃腸炎は普通の風邪とは違い、原因菌が体内から排出され、消化管の環境が元に戻るのを待つしかない。身体はもう若くはないし、かつてのようにちょっと回復したらもう遊んでOKとはいかない。着実に体調が良くなってきている今は、安静状態を継続しないとぶり返すことから、明日の日帰り酷道ドライブは延期だ。

限度額

EK4シビックSiRIIを購入した2005年5月以来、契約し続けているクレジットカード。借金を抱えていたころは、コレを含めて3枚持って自転車状態を演じていたこともあったが、完全に返済してからは全てのカードの使用率が激減した。過去と決別する意味を込めて、次々と契約を解除し、最も契約年数が長いこのクレジットカードだけが残っている。ネット絡みの支出(プロバイダーやサーバ代)はクレジットカード払いが基本で、高速道路に必需品のETCもあるおかげで、契約は解除できない。Amazonでの買い物は、Pay-easy(銀行口座からの即日引き落とし)があるし、5桁請求があるときは大抵遠出が重なったときになる。

クレジットカード会社からのメールマガジンや案内系のメールは全てカットしているので、基本的にはなにも来ない。それでもメールが来るときは、セキュリティ絡み等の重要通知系が多いし、今回もその類だと思っていた。ところが、件名を見ると『<大切なお知らせ>ショッピングカードのご利用…』となにやら様子が違う。さっそく内容を読んでみると、『よくぞカードをたくさん使ってしっかり支払ってくれた。褒美として限度額を引き上げてやろう(要約)』というもので、さっそく照会サイトにログインしてみると、7桁の限度額になっていた…。

限度額的には車をカードで買えるようになってしまったが、それ以上に突然の大増額サービスも恐ろしいものがある。最初の契約時は20代前半で、クレジットヒストリーが浅く、限度額は30万円以下だったはずなので、それからしてみればずいぶん信用されたものだ。どんなに借金を抱えても、延滞だけは絶対にしないよう配慮し続けてきた。車のローンが終わり、他の複数の契約もほぼ同じタイミングで一斉に解除し、以後は新たな契約を結んでいない(スマホは全て現金一括払い)。こうなってくると、カード会社側からしてみれば『借金は確実に返し、複数の契約もない者』と認識されているのかもしれない。

人生の次のステージに立ち上がるには、残ったクレジットカードに関係するいくつかの項目を処理しなければならない。AmazonのPay-easy使用やスマホの現金一括購入も、今後のことを踏まえた基盤そのものだ。今回の自動増額を含め、信用情報はいったいどうなっているのか。本人請求で開示できたはずなので、チェックしてみるのも面白そう。

胃腸風邪と言われても

さて、昨日からスタートした体調不良ネタの続きだ。

最初の異変は土曜日の夜で、なにもしていないのにやけに疲労感を強く覚えて、21時前には就寝。そして日曜日は、昼過ぎから腹痛を感じ、ケツから水が出るという状態に陥る。次第にみぞおち部分も痛みはじめ、夕方あたりからは吐き気まで起きてしまい、消化器官のどこかでトラブルが起きていることを予感させた。日曜日の昼食以降はなにも口にしていないので、実際に嘔吐するまでは至らなかったものの、吐けばすっきりする系の胃の不快感に、ずいぶんと悩まされることになった。

みぞおちの痛みは一晩中続き、さらに足腰の関節までギンギンに痛くなって、一睡も出来ないまま朝を迎える。相変わらずケツから水が出る状態で食事していない(できない)、寝ていない、吐き気もある。こんな体調で仕事ができるか!というわけで、今日は休む。さっそく、病院へ行って診察してもらうことになる。

言われた診察結果が「胃腸系の風邪だよねぇ」というものだから、大方の予想どおり。処方された薬も、なるべく避けたかった止瀉薬に制吐薬といったものだが、常に吐きそう、ケツから水という二つの症状から開放されるなら割り切るしかないか。胃腸風邪とは総称でしかないために、実体はノロウィルスをはじめとする感染性胃腸炎に分類できる。処方された薬は、原因菌を駆除するようなものはなく、下痢や嘔吐を止めるものだけだったことからも、基本的には自己治癒力だけが頼りになる。

夕方あたりから小便の色が茶色から薄い黄色に戻り、体内の水分状況はずいぶんと良くなったようだ。腹がグルグルと鳴り、ブバッと悪臭付きの屁が出るようになったことからも、蠕動運動が再開していることが実感できる。回復行程に入ったことは間違いないので、あとは食事がこなせるかどうかだ。事細かに変化を掴み取ると、体調がどんどん変わっていることがよく分かる。これだから、人体観察は止められない。

昨日から寝ていないこともあって、引き続き今日いっぱいはこのままダウンしていようと思う。

休み前の明け

夜勤明けの日。明日から休みなので、多少生活リズムを乱しても問題はない。

普段の夜勤明けなら、午前中は起きたままで、昼過ぎから2時間程度の仮眠に入り、そして夜は早めの就寝となる。ただし、翌日も疲れを引きずってしまうのが弱点。翌日のパフォーマンスを維持させたいなら、午前中に最低3時間は寝て、12時ごろに一旦起きて、夜は早めの就寝をするといいらしい。実際、同僚の一人はこの生活リズムを続けており、異常とも言えるようなハイテンションとパフォーマンスを発揮している。

どこかの夜勤明けのタイミングで試してみたいが、部屋の窓が東向きで、カーテンも薄手となれば、暗い環境を作り出すことが難しい。環境整備から行わなければならず、重い腰が上がらなかったりする。

あたり

仕事中「体調崩したから云々」というメッセージを送ってきた母親。夏前に大病を患い、入退院を繰り返しており、そういう出来事も加齢や家系的なものがあったりするわけで。「ちょっと話がある」と切り出され、それから言われることは平静を保ちつつも、内容はヘビーなものが多かった。医学書を普段の読書ネタにしている私…というか、母親がもともと『保健室のセンセー』だったこともあって、内容が濃くなりやすい。さて、今回もまた覚悟せねばなるまいか?と用心しつつ、どういう体調不良か聞いてみると、「鯖にあたった」というオチだ。ネガティブな方向を予想していただけに、この鯖の大当たりという報告には、本当に気が抜けた。さすがにこちらも平静どころではなく「もったいぶった言い方するんじゃねぇ!!ふざけてんのか!心配させやがって!」と。

鯖といえばアニサキスという寄生虫を連想させるほどだが、症状を聞いてみると明らかに異なる。

鯖を食べたのが昨日の夕食で、若干生焼けだったことには気づいたそうだが、今まで魚介類であたったことがないから、大丈夫と判断したら見事にヒットしたらしい。夕食後、だいたい4時間を経過したあたりから妙な腹痛を感じ、5時間後の23時に吐き下したそう。ここが判断のポイントで、アニサキスに寄生されると、8時間前後で強烈な腹痛、嘔吐を生じる。そしてアニサキスが胃や腸の壁を食い破ろうとすることから、激痛が継続することになる。鯖の食後から4時間程度で最初の症状が発覚し、アニサキスの標準時間より4時間も早い。そして24時間経過したところで、残っている症状は倦怠感や微熱だったことから、どちらかというと細菌による食中毒の疑いが強くなる。

細菌による食中毒となれば、原因菌を出し切ってしまうのを待つしかない。下痢止めや吐き止めは、それだけ長く体内に細菌を留めることになるので、使用しない。胃にモノが入ってくるだけで驚くので、最低48時間は絶食。そして水分補給だけはしっかり行い、体内の電解質バランスを崩さないためにポカリスエット、OS-1あたりが適する…と、診てみたが、どうだろう。当の母親も「そう考えるのが自然」と納得したようなので、とりあえずの間違いはないようだ。

もともと魚介類が嫌いな私には、あたるなんて別世界のことだと思っていたが、こうも身内がヒットすると、これがあたりか!と納得できる実例となった。この経験は忘れないようにしたいところ。

冷える冷える

9月からの天気を振り返ってみると、残暑がダラダラと長く続いており、10月に入っても気温が25℃を上回る日が続いていた。そして10月4日と6日に30℃オーバーを記録している。最低気温も20℃付近までしか落ちず、そして高い湿度が保たれたままだったことで、20℃という気温でも体感上は蒸し暑い状態が続くことになった。関東地方だけでなく、西日本も似たような傾向だったおかげで、週末の酷道キャンプでは防寒対策を一切せず、荷物を減らすことができてこの点は助かった。

それが昨日から20℃を下回る最低気温になり、北海道を思い出させるような冷えた朝を迎えるようになった。今朝に至っては、出勤のために早い時間から家を出た瞬間、涼しいを通り越して寒さを感じたほど。動き回っている日中はいくらか暑く感じるが、それでも空調の効いた室内に長時間留まるのは辛い。こうも突然、気温が落ちるようになると身が追いつかない。体調不良の前兆は既に出ているが、二週連続の酷道キャンプの慢性的な疲れも関係しているかもしれず、ひとまず余計な負担を掛けずに早めの就寝を心がけるしかない。

気候、特に気温に関係する記事は定例なネタ。一年が経過して読み直したとき、当時の感覚や体調具合を読み取ることができる。その一方で、疲労によって考えがうまくまとまらず、お茶を濁しているという側面もあったりする。それでもなぜ続けるのか。理由は様々にあったりするが、ある知人によれば、ここの記事は生存や精神状態の確認を兼ねているらしく、数日もアップしないと遂に壊れたか?と思ったりするそう。MMORPGでネトゲ廃人になっていたときは完全に放置しており、そのときは死亡説まで登場したほどだ。そういった事情も、継続する理由の一つに数えられる。いったい、どれだけの人が見ているのだろう。

死にGO

キャンプ場の大混雑により、大人子供両方の大きな奇声が響く夜を我慢しつつ、夜明け前の4時。事前の予報どおり大雨で、雨粒がテントを叩き続けていた。さすがの大雨では浸水は避けられず、スマホや着替えはすっかり濡れてしまい、寝袋やマットもアウト。そして次第に強くなっていく雨脚にも関わらず、キャンプは晴天だけなんて誰が決めた?と割り切って静かに行動を開始。ひとまず炊事場内にテント一式を移動して、拭いて水気を落としながらの撤収作業、そして朝食となった。

池原ダムからスタート

425の語呂合わせで『死にGO』とはよく言ったもの。そんなコースのスタートは池原ダムに設定。天端を国道が通る珍しいパターンで、ダムカードもあったようだが、早朝すぎてゲットできず。

425のおにぎり

大きく、ハッキリ記載されたR425のおにぎり。ここは紀伊半島を横断するルートだが、路面状況から分かるように、道幅は一台分でガードレールもない区間が続き、舗装もガタガタ。大雨で地盤が緩んでいる恐れがあり、法面の崩落も覚悟しなければならないか。低速で走り、ハンドルをせわしなく左右に切り続ける。

名物転落死亡

R425の名物看板、転落死亡。これを見に来た。R157の『危険 落ちたら死ぬ!!』の看板もそうだが、死亡を警告する看板や道路を訪れて喜んでいる様子は、ある意味ではマゾなのかもしれない。

極小規模の土砂崩れはあちこちに

大雨で路上は水溜りがあちこちにあり、山の上から流れ落ちてきた木が道幅をより狭めている。天候一つで道路状況が大きく変わり、今日のような大雨で崩落の危険性を孕んだ道を通過した経験から、今後は多少のことでは驚かなくなるかもしれない…。

洗い越しを通り越している

洗い越しは道路と平面交差しているものとされるが、ここでは擬似的なもの。大雨で自然に発生した水の流れで、ホイールやブレーキローターから湯気が立ち上がるほど、深い部分もたくさんあった。

車幅完全一台分でも国道

デリネーターすら存在しない、崖を舗装したようなレベルでも、一応は国道だ。元林道だけあって、状況は極めて劣悪。興味本位で踏み込むな、マニア以外は決して近寄るなとまで言われるだけある。酷道らしい楽しい道なのは間違いなく、四輪の位置を腰の感覚だけで察し、車幅感覚を鍛錬するには最高の環境なので、もう一度通りたいか?と聞かれれば「Yes!!」と答えたくなるほどの充実した道だった。

元信楽高原鉄道のKR301

R425を抜けると和歌山県御坊市に出る。紀州鉄道線なる全長2.7kmの超ローカル線があり、時刻もちょうど良かったことから、帰宅前の休憩を兼ねて乗り鉄遊び。観光案内では二軸車のレールバスが描かれていたが、現在はこの信楽高原鉄道から譲渡されたKR301形による運行となっている。

初、大阪上陸

いよいよ帰宅開始。高速道路上のみとはいえ、車で大阪と京都に初上陸。首都圏と明らかに違った走行感覚に戸惑いつつも、安全運転に徹して名神高速に向かう。最短帰宅コースは新名神と伊勢湾岸道を使うようだが、混雑と走り難さを回避することから、名古屋中心部を避けるようにして大回りルートをチョイス。

近畿を縦断

下北山スポーツ公園キャンプ場をスタートして、紀伊半島を横断。そして近畿地方を通過して東海地方に入っていく。今日一日だけで801kmの走行となり、たっぷりと運転を味わった。6時半にスタートし、自宅には23時過ぎに到着。雨と酷道で車外、車内問わず汚かったので、洗車で再出発。全ての処理が終了したのが23時半だった。同行のY氏も無事に帰宅し、酷道キャンプは終了となった。お疲れ様でした。

総走行距離は1,352km、総合燃費は16.4km/L。帰宅走行中に235,000kmを突破し、短期間で一気に走ったことによるタイヤの負担を考えて、ガソリンスタンドにてタイヤローテーションを即実施。オイル交換は後日を予定。

西へ西へ

一週間前に、R471とR405の酷道キャンプをやったところだ。そして今日からまた、酷道巡りの前泊キャンプだ。今回は『死にGO!』ことR425、日本三大酷道の一つに踏み入れることになった。

奈良県までの走行ログ

キャンプ場は奈良県の下北山スポーツ公園キャンプ場に設定。ここからR425に直接アクセスできるので、出発には具合が良かったのだが。

キャンプ場も近づく

R309を北上し、奈良県に入ってR169にスイッチすれば下北山スポーツ公園キャンプ場に到着する。あまりにも早く着きすぎてしまうことから、道中でスーパーやホームセンター、スポーツ用品店に立ち寄り、食料を購入、使えそうなキャンプ用品を探し回って時間調整を行っている。

設営準備中

その下北山スポーツ公園キャンプ場。せっせとテント設営を続けるY氏は、2010年9月の北海道ドライブで同行している人だ。インプレッサからフィットにチェンジしている。キャンプ場は既に満員状態で、奥にある炊事場周辺のフィールドをフリーサイトに転用していた。写真の奥で聳え立つ壁は、池原ダムの堰堤。フリーサイトは車の立ち入りが不可能となっていたが、その駐車指定場所が極めて曖昧で、写真内には含まれていないが、車の右側に水が流れる場所があり、その横に寄せて駐車することになった。

喧騒から離れ、ランタンの明かりのみでひっそり過ごす…というのがキャンプだったと思うが、この下北山スポーツ公園キャンプ場は大混雑。電気設備や生活環境が整った区画が特に酷い。なにが楽しくて、文明の利器が予めスタンバイされ、他のグループと隣り合った狭くて混雑した場所でキャンプをするのだろう。幸い、私たちのグループは混雑から離れた場所で設営できたので、その点は良かったが。

そして日が沈んでも、子供のわめき声、酒に酔った大人が上げる奇声が遅くまで響いていた。ちょうど三連休だったこともあり、低質なファミリーキャンプ場そのもの。他のサイトに向かって高照度LED懐中電灯を向ける、コテージ内で跳ね回って音を響かせるなんてこともあった。『日本のキャンパーはマナーがアレ』という言葉に間違いは無い。