事の発端は、こちらのS15オーナーによる「青函連絡船を見に行きたい」というもの。船の科学館で公開されていた青函連絡船の羊蹄丸は公開終了し解体されたので、今も見れるとすれば青森の八甲田丸、函館の摩周丸となる。ついでに私のシビックRも、5速のギア比を変更してから超長距離走行による燃費の変化を調査したかったこともあって、それならば青森に行くか!となり、出発することになった。
3時半起床、4時ジャストに雨の中出発。路面状況が悪く、安全確保のため首都高内は若干遠回りのコースとして、集合地点の蓮田SAには5時に到着。小休止した後、いよいよ北上開始するが、この時点で福島西IC→福島飯坂IC間で事故による通行止めという不吉な情報をキャッチ。現場までは200km以上あるので、到達するまでに通行止めが解除されることを願って、走行を続ける。東北道の全線走破は今回で四回目となり、さすがに目新しさもなくなった。またもや雨模様だが、長時間日に照らされてしまうよりマシかもしれない。

基本的には左車線のペースメーカーと化する。エンジン回転数は2,500rpm、速度は80km/hを少々上回るあたりを維持すれば、ずいぶんと静かな車内になることが分かった。特に急ぎの旅ではないし、のんびりペースで走り続ければ燃費も良くなるだろうか。懸念していた福島西IC→福島飯坂IC間の通行止めは解除されて、走行に支障はなし。

休憩を挟みつつ、出発から6時間が経過。東北道下りの中間地点を通過する。さらに走り続け、昼食目標及び東北道下り線最終給油ポイントの岩手山SAに近づき、燃料計の指針を確認すると、去年の北海道ドライブのときとは、ガソリンの残量が明らかに違っていた。

トリップメーターの数値は、できるだけ揃えてみた。去年はこの距離数で岩手山SAに到着できたが、今回は首都高内を遠回りした関係でまだ到着しておらず、ここからさらに3kmほど北上する。岩手山SAには川口ICから7時間、12時半前に到着した。昼食休憩後、さっそく給油。580.5km走って32.19L補給し、燃費は18km/Lとなった。18台後半に届くかと思っていただけに、少々期待外れの数値だ。気を取り直して北上を再開、途中で時間調整を兼ねて休憩しつつ、15時40分に青森駅到着。駅ビルに車を止めて、軽い散策を開始。

今回の目的地となった、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸。中に入るのは明日にするとして、今日は周囲を歩き回るだけにする。激しく錆びる喫水部分。

船尾は車両搬入口となる。信号灯、巨大な扉、貨車海中投棄装置の跡、僅かに見える線路と、普通の船とは明らかに違う装備がたくさん。ついでに日本国旗はボロボロ。

唯一残っている可動橋より、八甲田丸の船尾を眺める。船体を岸壁にガッチリと繋留しているため、目に見えるほど傾いている。

スクリュープロペラは船体から外され、広場で展示されていた。船体に装着させたままだと、海水が媒体となって電食を起こしてしまうため、こんな展示方法に落ち着いたそうだ。可変ピッチプロペラで、プロペラピッチを変えることで、回転方向は維持したまま、前進と後進が可能となる。

スクリュープロペラの表面には、キャビテーションによるエロージョンと思わしき傷があった。
今日は津軽海峡線で、快速海峡が復活運転を行う日となっていた。駅のホームは、既に鉄道ファンが集結しつつあった。列車の到着予定時刻まではあと少し。ついでに見に行くことにして、入場券で駅構内に入り、列車を待つ。

来た。ED79形電気機関車に牽引され、ホームに滑り込む快速海峡。到着後、機関車はすぐに列車から離れて、入れ換え線に転じて行った。集結した鉄道ファンといえば、某大宮駅の混沌な環境をイメージしていたが、ここでは静かなもの。

久しぶりに14系座席車と対面。こうもまじまじと14系座席車を眺めるのは、もしかしたら10年以上ぶりかもしれない。

列車の反対側では、回送準備が進められていた。DE10形ディーゼル機関車を連結し、近くの車両基地へ持っていく。
こんな具合で、八甲田丸以外にも津軽海峡の役者だった海峡号まで見ることができた。満足のうちに撤収を開始、予約していたホテルに移動して、青森合宿の初日が終了した。