目的コースはR25の名阪国道

会社が休みになって、時間もある。それならばと、久しぶりに長距離ドライブに出かけることにする。問題は向かう先。東北方面はまだ路面凍結で冬タイヤ規制が行われ、昨日の地震の影響から向かうわけにはいかない。西日本方面なら悪くないだろうと考え、「そうだ 名阪国道、行こう」とJR東海のキャッチコピーの勢いで、R25の名阪国道を走ることを目的に出発。

朝から大雨で、気温も低い。単純に新東名を使うと平日真っ只中の名古屋市を横断することになり、大混雑に巻き込まれる恐れがある。往路は中央道経由で、名古屋市に近寄らないようなコースを取る。平地でも10℃にならない朝、高地となる中央道諏訪市近辺は大丈夫だろうか。

中央道最高地点

中央道最高地点付近を通過中。路面凍結は無いが塩カルが残っており、周辺気温は2℃。諏訪湖SAで小休止したら、次の休憩地点は給油を兼ねて養老SAとなった。道中は殆ど雨に降られっぱなしで、景色を楽しむ余裕は殆どなし。いつの間にか京都大阪奈良と経由しており、天理PAで名阪国道に入る前の準備を整える。

名阪国道は事故の多さで有名で、今日は平日かつ大雨という悪条件揃い。緊張でトイレに行きたくなって、例えば針テラスや伊賀SAに立ち寄ったとして、あの極端に短い加速車線で、80kmh以上で流れている道に合流するというのも…。名阪国道は目的のコースとしながら走り慣れていない道だけに、ノンストップで通過するように心掛けていたりする。よって天理PAに必ず寄ってトイレ休憩、そして亀山PAまでの一時間は一切水分を摂らないという徹底ぶり。

名阪国道突入

さて名阪国道だ。雨で視界が悪く、路面状況も良くない。ここに訪れた目的はもう一つ、エナペタル製ビルシュタインのオーバーホールに向けて、セッティング状況を煮詰めるため。

峠道は最高、新東名のような整った路面もいい。しかし、旧東名や中央道、名阪国道のように劣化したアスファルト路面では、もう少し角の取れた減衰性能が欲しい。実走による自分なりのデータを積み重ねていく。

名阪国道は慎重に走る

慣れている大型トラックは構わずハイペースで走り、次々と追い抜かれていく。

きっちり一時間で名阪国道を抜けて、亀山PAで休憩。東名阪自動車道まで戻ってきてしまえば、もう馴染み深い路線。愛知県、静岡県、神奈川県、東京都と全て大雨で、淡々と走り続けることになる。東名の上り線渋滞を避けるため意図的にペースを低く保ち、横浜町田IC付近の渋滞も回避してドライブ終了。総走行距離は1,024km。

GPSロガーの動作は正常

GPSロガーの動作もOK、今年も存分に使いまわすことができる。GPS Photo TaggerはVer1.2.6.h1となっていたが、管理者モードでないと採取したログの保存ができなくなっている。少々使いにくいが、次の更新で改善されるだろうか。

例の踏切

夜明け前の東名高速をスイスイ走り、2時間ほど走るとナビから「休憩しませんか?」と。それもそうだと、由比PAに滑り込む。ようやく空が明るくなり始め、波の音を聞きながら小休止。

夜明けの由比PA

何気なく撮った写真には、照明による紫の光のスジが。ロケットエンジンから噴射された燃焼ガスにも見える。

飲み物の類を一切持っていなかったことを思い出し、自販機でコーヒーと茶を買って戻ってくると、すぐ後ろと前に他車がやってきていた。駐車スペースはシビックR以外は空いているにも関わらず、なぜ近くにわざわざ寄ってくるのか。ここに限らず、ガラガラの駐車場ながら、隣に駐車させられることも多い。気持ち悪いし気味悪い。駐車中の車を目印にしないと駐車できないなら、車で出かけるなと。

不愉快な気分もハンドルを握れば次第に落ち着く。引き続き東名高速を西へ進む。

東名高速下り線

御殿場JCTより西は基本的に新東名を使うので、旧来の東名高速を使うのは久しぶり。プラス、エナペタル製ビルシュタインでの走行は初。大型車の通行が多く、経年している路面状況から、乗り心地は悪くなりがち。距離に関わらず、運転した際の一つひとつの発見が、次のオーバーホール時におけるセッティングの煮詰めに関わってくる。

西伊場第1踏切

目的地はJR東海浜松工場の西伊場第1踏切。いつもは歩いて渡る踏切は、車で走ってみるとどんな具合か。浜松工場周辺も走ってみたかったというのもあり、朝っぱらから徘徊していた。浜松工場正門の奥、陸橋側に向かって行くとローソンがあることを知る。朝のあまり時間がないタイミングで寄ることは可能だろうか。

実走調査(?)が終われば、早くも帰宅ルートに入る。帰りは新東名を使って一気に戻るとして、成子交差点からR152を北上していく。スピードを抑える意図があるのか、わざと信号タイミングを狂わせているのでは?と感じる制御が続く。それゆえの、どうせすぐに次の信号に引っかかるから…という諦めと割り切りがあるのか、新東名に入るまでは本当にゆっくりとした加速が繰り返されることになった。

東名、新東名ともに凍結や雪は全く無かったものの、塩カルの粒が散乱。下回りを含めてしっかり洗車しておき、すぐに次の運用に入る。総走行距離は500kmジャスト。

峠道ドライブが楽しい

足回りの調子がいいので、とにかくドライブに出かけたい。そこで近所の峠道に行く。

ハイビームで右カーブへ

昔ならタコメーターはレッドゾーン近く、スピードも出していただろうが、今は大人しく大人しく。というのも、先ほど道路横断中のイノシシを見つけてしまい、動物が出るかもしれないと警戒しながらの走行をしていたため。事実、今度はフクロウと思わしき鳥が道路にいて、またもや驚かされることになった。

ストレートを流す

山間の峠道だけに、基本は真っ暗。ハイビームとロービームを積極的に切り替えて、前方の視界をできる限り確保する。カーブに設置されている街灯がありがたい。

デリネーターの反射光が頼り

谷や橋部分ではデリネーターがあり、こういった設備は本当に頼りになる。ゆったりとした峠道ドライブながら、ハンドリングが軽快で、不快なロールがなくなって走りやすくなっている。

三枚目の写真から分かるように、空が明るくなり始めた。日の出前には帰巣し、眠たい一日がスタート。

峠道テストドライブ

有休の日。設定した記憶はないが、「青森往復用の予備日じゃね?」と言われて、その可能性はありそう。それならば、シビックRで空いた日を使ってしまえと、さっそく出かける。不意の路面凍結が怖く、峠道は近づかないようにしていたが、せっかく調子のいい脚なので早いうちに走っておきたかった。

ビルシュタインよ!山道でどう本性を現すのか?軽快な走りこそ我が喜び。カーブを走る車こそ美しい。さあ、我が腕の操作で存分に走るがよい!と、ゾーマ並みの気合いでテストドライブ開始。

上信越道下り線

天気がよく、程よく冷えた空気は絶好のドライブ日和。上信越道をスイスイ走り、長野県佐久市で一旦給油。そこから向かうはR299の麦草峠。

麦草峠付近は11月18日から2022年4月21日まで冬季通行止めになる。その一週間前となるギリギリのタイミングで、走ってみることになった。事前情報では既に積雪が見られ、峠付近の気温は日中でもマイナスとなっているそうだ。通過が無理そうなら引き返そうと決めて、慎重に峠道を登っていく。

路面凍結を予感させるR299

標高が上がるにつれて、路面が雪に覆われていく。轍をトレースしながらゆっくりと登坂。既に凍結している可能性を考えれば、状況を見ようと停車するわけにはいかず。急な運転操作をしたら間違いなくマズいことになり、警戒感と緊張感はどんどん高まる。

麦草峠通過中

無事に麦草峠の看板を通過。山は下りが本番で、峠を通過したあたりから雪が舞うようになり、路面状況だけでなく視界まで悪化。途中、登坂を諦めたのかブラインドカーブの真ん中でUターンしようとするプリウスに遭遇してヒヤヒヤさせられ、曲がり切れずに外側に膨らんでくる対向車に突っ込まれそうになるなど、自然条件以上に他ドライバーのほうが怖かった。

峠道の走行については、本当に面白い。カーブに進入するのと同時に滑らかにロールし、姿勢を乱さないので今まで以上に軽快に走り回ることができる。山道での最高の玩具とは、このことかもしれない。カーブがキツいR299でこの楽しさ、近所のビーナスラインでは痛快な走りを実感できるに違いない。

テストドライブに満足したところで、茅野市街地に戻ってきた。ここから中央道に入ってしまえば、自宅まではすぐのこと。総走行距離は500km。

長距離走行は上々

青森から都心に向けて、戻ることにする。午前3時に起きて、睡眠時間は6時間ほどで体調は良好。昨日の疲れを残している様子はなく、ホテル出発は3時半。

青森ICを通過したのが3時55分。今日からETCの休日割引が再開され、変な混雑を避けたいという意図もあった。真っ暗ながら、星空の津軽平野を抜け、南下を開始。

秋田で夜明け

夜明けを迎えるころには、青森、秋田、岩手と県を跨いでおり、盛岡も通過。出発から3時間に達する直前、北上金ヶ崎PAにて本日一発目の休憩。

東北道を南下中

9時頃には福島近くまで達している。相変わらず上り線は車の台数は少ないが、逆の下り線、東京方面から行楽地へ向かうであろう車が少しずつ増えてきている。栃木に入るころには明らかにスピードが落ちており、最終的には混雑渋滞まで発生していた。そんな渋滞を横目に、上り線はスイスイ進み続けて、12時に首都高突入。自宅到着は13時過ぎ。

ダンパー交換を経て、高速道路を合計1,500kmを走った。復路でも疲労は少なくなっていることが分かり、費用が掛かっただけのことはある。もう一つ、ダンパーが硬くなったことでハンドリングにも影響が出て直進状態、中立付近での曖昧な遊びが減っていることも分かった。荷重の変化が早く変わるようになり、僅かにステアリングハンドルを動かしただけでも、その方向に曲がろうとする。片手でハンドルを支え、もう片方の手で飲み物を取ろうするよくあるシチュエーションでも、進む方向が乱れることがしばしあった。

二日間のテストドライブで、ダンパー交換による変化を掴むことができた。ハンドリングが若干シビアになった感じだが、すぐに慣れるレベルのことで、いつの間にか気にしなくなっているだろう。やはり疲労感が減っていることは大きく、この二日間では走り足りない。遠出ができていない今シーズンを補うかのように、来シーズンは期待が本当に膨らむ。

高速道路を使って地方から帰ってくると、バンパーやフロントガラスは潰れた虫だらけで散々な状態になる。まずはラジエターやコンデンサのフィンをブラッシング。フィンのこまめな清掃が、水温上昇を抑え、クーラーの効きを良くする手段の一つ。

地方走行の痕跡

フロントバンパーのグリルにはメッシュを装着しているので、虫とフィンの衝突は最小限に抑えられている。メッシュで体を切断され、砕けた破片が少々付着しているのがいつもの光景だが、今回はキタテハのような虫が丸々残っていた。

グリルメッシュの強力な防御力

路面に舞う枯れ葉はメッシュでガードされ、フィンへの突入はゼロ。引っかかっているだけなので、簡単に掃うことができる。外装部分については、明日がコーティング後の定期点検/無料洗車日なので、そこでやってもらうことにする。

長距離テストドライブ

エナペタル製ダンパーに取り換えて、高速道路で100km程度の短距離走行を行い、ある程度の感触は掴めた。それならばと、さらに距離を伸ばしていき、日帰りドライブを想定した500km超ではどういう感触か。さっそく走ってみることにする。世間は平日で、このご時世から混雑したところはまだ避けたい。人が減るであろう東北方面へ。

この実態は、毎年恒例の青森往復ドライブ、リンゴを使った食品の買い出しだったりする。新品ダンパーの装着から距離を伸ばさないうちに東京青森間の1,500kmを走っておきたかったことや、タイミングよく緊急事態宣言が解除されたこと。そしてここ最近、まともにシビックRを走らせていなかったという事情もある。

青森の初雪は、平年11月上旬に観測されることから、11月の第一週がシーズンオフ突入前の最終ゾーンになる。放射冷却や北風による気温低下で路面凍結も避けたく、青森には夕方前に到着するような走行パターンを組み立てる。過去の走行データ…東京青森間=750km、休憩含めて所要10時間から勘定すると、家を出る時刻は夜明け後。体への負担は減りそうか。

紅葉の東北道

青森方面へのドライブは、夜明けが早くて日が長い春先と夏が主体。後方に流れていく景色は、新緑や生い茂った木々、どこまでも広がる畑で緑色の印象が強い。それが今回のような晩秋で紅葉のシーズンになると、茶色ながらも鮮やかな景色に変わっている。北風で上空の空気が澄み渡り、遠くまで見渡せる。

雨上がりの青森IC

15時ごろ、青森ICに到着。青森の日没時刻は東京に比べて15分ほど早いとはいえ、既に影が延びていく様子から感覚的には16時前後になっている気がして、何度も時計を確認していたほど。

八甲田丸定例ポイント

八甲田丸前に到着し、小休止。買い物を済ませ、帰りに向けた車内整理をしてホテルに到着。

ここまで750kmを走った。いつもならフラフラした車体に翻弄され続け、けっこうな疲労感を覚えていたが、ダンパー交換によってフラつきがなくなったことで、余計な修正舵や体の緊張具合が低減されたようだ。おかげでまだ走れる余力と体力が残っており、疲れによる眠気はなかなか来ない。長距離ランナーこそ、ダンパーのコンディションはシビアにならないといけないのではないか?と思えた夜。明日の復路はどうなることやら。

登山初心者につき

秋口になってきたので、ちょっとした小旅行をやりたくなるもの。前々から「山を登ってみたい」と希望を出しており、初心者ながらもそこそこ登れる山はないか?とY氏に探してもらい、「それなら乗鞍岳の剣ヶ峰っすねー」と決まる。バスで乗鞍岳畳平(標高2,702m)まで行き、剣ヶ峰(標高3,026m)へは徒歩となる。

登山経験と言えば、長野県南佐久郡の飯盛山しかない。ついでに、富士スバルラインの五合目から六合目まで散策したくらいのビギナーだ。体力面は日常的に20,000歩を歩いているくらいで、廃道歩き用に登山靴は持っているが。こんな調子で、山頂に到達できるのだろうか。

早朝の中央道を走る

まずは乗鞍高原へのバス停へ行くために、中央道を走っていく。このあたりはいつものドライブ旅行と全く変わらず、淡々と進む。乗鞍高原の駐車場に車を置いて、乗鞍畳平までは路線バスとなる。

乗鞍岳剣ヶ峰口

畳平バス停から肩ノ小屋近くの剣ヶ峰口までは、砂利道の足慣らしゾーン。肩ノ小屋をパスして、剣ヶ峰口から本格的な登山がスタートする。今までの砂利道と異なり、ガレ場らしい大小様々な石や岩がゴロゴロ。浮き石も存在するので、足からの感覚に神経を尖らせておく。

登山道の岩場

昔から岩場やガレ場をヒョイヒョイと登っては動き回る遊びが好きなので、こういった登山道はむしろ得意分野だったりする。いい足場だなと楽しみながらどんどんペースが上がるので、ゆっくりとしたペースを保つ同行者たちとは、大きく差が開いてしまう。

剣ヶ峰三角点にGPSロガー

一時間半ほどで、全員剣ヶ峰に到着。三角点にGPSロガーを置いて、しっかりとログを記録させておく。剣ヶ峰は広くはなく、次から次に登山者が訪れるので、写真を撮影したらすぐに退避。少し下ったところに広くなっている休憩スペースがあるので、そこで昼食。

広場で昼食休憩

現地で湯を沸かして食す。これがやりたかった。夜明け前の朝食に、登山によるエネルギー消費で、体はガス欠寸前。後に分かったことは、計算上は300mの登山だったにも関わらず、消費カロリーは900kcalを超えていたことが判明する。そりゃ腹が減るわけだ。

バナナはおやつに含まれるか

職場公式食料のバナナ。左:私、中:S氏、右:Y氏。食事休憩でエネルギーをしっかり補給したら、いよいよ下山。山は上りより下りのほうが難しいという言われは、間違いない。浮き石に足を置いてしまい、足の小指を挟んでしまった。登山靴のおかげで、出血や捻挫はなかったが。

山頂を振り返って眺める

山頂を振り返る私。神社と鳥居が見えて、ついさっきまであそこにいたのか…と標高の高さを実感する。懸念していた高山病の兆しはなく、アドレナリンラッシュなのか体調は最高。山頂に到着したときは雲は無かったが、昼食休憩中に一気に雲が広がった。

眼下の乗鞍エコーライン

眼下に見える乗鞍エコーラインを眺める。かつては有料道路で一般車両も走ることができたそうだ。

無事に乗鞍畳平まで戻り、再びバスに揺られて駐車場に戻る。都心から300kmもなく、距離的には日帰り圏内なのだが、登山した後の脚と疲労具合で無事に車を制御できる自信はなく、宿を確保。

結果として、日帰り圏内ながらも宿泊パターンを採ったのは大正解。温泉では痛み始めていた脚のマッサージができて、大量の夕食としっかりとした朝食が用意されたので、疲労の急回復が可能。ただし、宿も1,500m近い標高にあり、気圧の変化が不眠を引き起こしていた可能性がある。

登山初心者ながら、剣ヶ峰の往復に成功。脚の痛みや疲労具合から、他の山ではこうもいかない。乗鞍岳剣ヶ峰が初心者向けとされるが、簡単ではないことがはっきりと分かった。今後も登山が行われるとすれば、今の装備ではまるでダメ。少しずつ揃えていくことになった。大変お疲れさまでした。>総員

登山中のGPSロガー

GPSロガーのデータには、畳平から剣ヶ峰までの山の形状がしっかりと記録されていた。短距離ながら、一気に標高を上げていく様子が分かる。ということは、他の山はどうなのか?と自然と思うところで、これが今後の登山計画に繋がっていく。

競技会場を走る

「本当にオリンピック、やるんね…」という感想しか出てこない、東京オリンピック。盛り上がりはともかくとして、自転車競技(ロード)は細切れながらも見ることになりそうか。走るコースが、R16、R412/R413の道志みち、R138の篭坂峠といった、日常のドライブでも散々走り回っている馴染み深い経路を使うため。庭感覚で訪れている場所で、その勾配や路面の形状を知っているところだけに、どういうスピードで走るのか興味深い。

オリンピック開催直前のR413道志みち

オリンピック会場の一つ、道志みちを山中湖方面に向かって走ってみる。自転車のツーリングコースとしてすっかり有名になり、必死に走るチャリ一行はいくつも見た。走行の邪魔にならないよう車たるこちら側は、十分なゆとりを持ってパスすることを繰り返す。私自身も自転車乗りなので、抜かされ方ひとつで受けるプレッシャーはだいぶ違うことを知っている。

道中では、エアコン動作状態かつ5速でスピードが維持できない上り坂が出現する。ここを自転車が駆け上っていくのか…と、競技で臨む選手の凄さを早くも実感。競技コース全体を見渡すと、完走させる気があるとは思えない経路という印象。

沿線には多数の幟が設置され、いくつものサポーター(救援)用の駐車スペースが確保されていた。沿線観戦はご遠慮くださいとなっているが、コロナ禍が無ければ全く違った光景になっていただろう。

新潟港へひとっ走り

新日本海フェリーの『あざれあ』を見に新潟港へ行く。北陸地方は速報値で梅雨明けが発表されており、気持ちよく晴れてドライブ日和。出発前の打ち合わせでは「300kmちょっとなら4時間プラスアルファぐれぇか。すぐ着くじゃん?」と口にしていて、GPSロガーによる実際のリザルトでは実走4時間33分で、精度はまずまず。

あざれあとEK9

新潟港に到着。「乗船ですか?」「いえ、見送りっす」「お疲れさまです、そちらの駐車スペースへどうぞ」と誘導され、フェリーは目前。これに乗れば翌朝4時には北海道入りができて、フェリーの乗船趣味を持つ以上は乗りたくてウズウズしてくる。世間の状況はなんのその、待機列は混雑して空き部屋もないとか。

苫小牧港では立ち入り禁止エリアに近づくだけで「離れて!」と追い払われるが、ここ新潟港はかなり緩いらしい。少しウロウロして港内調査。出港まで一時間少々あるので、乗船ターミナル内で土産物を買い込み、食事休憩を兼ねて体を冷やしておき、12時近くになったら離岸作業の見物開始。

手を振って見送り

ロープを外し、サイドスラスターの音を響かせて離岸。北海道の小樽港へ向けて出港。2017年に就航した一番新しい船で、外観上の特徴は垂直船首となったこと。クリッパーステムの船首を見慣れていると、こちらは「鋭い先端で海水と波を切り裂く」イメージを抱く。従来形状と比べて、どのような特性があるのか。また興味を引く新たなネタが見つかった。

新潟港から戻るときは、途中で下道を使って時間調整し、首都高の帰宅ラッシュ渋滞を回避する。総走行距離は795km、大変お疲れさまでした。>参加者 気を付けていってらっしゃー>Y氏

100歳越えの発電所

記録上の観点では、宮城県の三居沢発電所が日本で最初の水力発電になるそうだ。営業開始は1909年5月で、なんと112年目。なんでぇ、仙台ならすぐ行ける位置じゃん?ということで、仙台市の ア・バオア・クー 青葉区にある三居沢発電所までひとっ走りしてきた。

雨の東北道

いつもどおり、午前4時過ぎには出発。時期的にこの時間帯でも既に明るいが、雨雲に覆われて少々暗い。目が覚めるまでには時間が掛かりそうだ。

三居沢発電所案内板

朝っぱらから快調に走り続け、ナビからは「そろそろ2時間です、休憩しませんか?」なんて言われるが、構わず走り続けて三居沢発電所に到着。三居沢電気百年館が併設されているが、開場時間前の到着。今日は発電所周辺の見学に留めておき、PR館は次の機会に訪れればいい。

三居沢発電所建屋

三居沢発電所の建屋。この建物の写真は、斜め方向から撮った写真ばかりで、真正面から撮影されたものは少ない気がした。そこで真正面から撮ってみる。建屋そのものは小さく、一見すると平屋の家そのもの。

登録有形文化財登録証

建屋は登録有形文化財に認定されているので、その登録証としての標識が掲げられている。建屋内部には1924年製造の発電機、1907年製造の水車があって、非常に長寿な機械が現役で営業運転を続けていることになる。発電所出力は最大1,000kW、常時290kWとささやかなもので、動態保存的意味合いが強い気がする。

白熱電球の玄関灯

正門上部に装着された、白熱電球の玄関灯。遠い昔、このような白熱電球の街灯が道路のあちこちに残っていたが、もう絶滅寸前な設備になってしまった。

水圧鉄管と余水吐管

建屋の背後には、発電水車に水を送り込む水圧鉄管と、その左側、木々に隠れているが余水吐管(オーバーフロー管)が設置されている。

三居沢不動尊

三居沢発電所の裏側には、三居沢不動尊がある。雨に濡れて静かな境内とは落ち着いた雰囲気があって、荒れた精神を沈める効果があるのかもしれない。

三居沢発電所の送電系

三居沢電気百年館の右手には、真新しい印象の送電設備がある。ここ数年のうちに、リニューアルが行われたのだろうか。

三居沢発電所の送電設備は三系統

送電線は三系統あった。発電出力は小さいながらも立派な送電設備を備えており、周辺の発電所と連携して電力需要に応えている。

下道メインで南下開始

三居沢発電所から戻るとして、素直に東北道を走っていくとは面白くはない。そこで宮城→山形→福島→新潟→群馬と下道をひたすら走って、少しずつ関東都心へ向かう。走った下道の距離は合計300kmに達し、その殆どがワインディングロードとなれば十分過ぎるほど満足。

走行ログ

GPSロガーにおいても、いくつもの山道を走り抜けたデータが記録できていた。総走行距離は976kmで、久しぶりにたっぷり走った印象だった。毎年恒例の青森ドライブを中止しており、オドメーターの回りかたは悪いと思っていたら、全く変わらないペースに自分でも驚くことになった。