気温の慣れ

連日の、災害レベルの暑さから一転、気温が落ちて涼しい日となった。いや、決して涼しいわけではなく、最高気温は33℃で相変わらずの厳しい暑さらしいのだが、連日の熱気で体が高温に慣れてしまっているらしく、この気温でも涼しいと感じるようになっていた。

気温が33℃だったとしても、冷房の効いた室内に長時間居ると寒気を感じてくる。時間の経過と共に「クーラー入れてんじゃねぇ!消せ!」「寒いぞ殺す気か!」と文句が出るわけで、一旦慣れた温度範囲から外れてしまうと、思っている以上にダメージを受けるようだ。こんな具合に、極端な温度変化に弱いので、事務所内のロッカーには常に長袖の上着をスタンバイしているほどだ。

厳しい暑い日が続くと、そう簡単に疲れが抜けなくなってくる。そして今日のように気温が落ちると、溜まっていた疲れがどっと出てしまい、さっそく口内炎がズキズキと痛む。今夜に至っては、久しぶりに熱帯夜から開放される見込みが立ち、暑さからの寝苦しさで、目覚めてしまうことから逃れられそうか。いい加減、ゆっくり寝たいもの。暑さのあまり、クーラーをつけて室温を下げてみると、寝ている間の体温低下がより進行してしまい、翌朝に著しい疲労感を覚えることになる。

週末の心配事は、台風がどういう進路になるか。台風の動きによって翌週の気温が大きく変わるので、これで体調の具合も違ってくる。

ストレステストクリア、そして

鉄道時計を再度分解して、歩度が安定しない原因に損傷した部品が関係していることが分かった。プロの時計師ならば個々の部品単位での修正や調整、状況によっては部品作製を行うのだろうが、こちらは機械いじり趣味レベルの素人だ。壊れた部品が特定できたならば、素人は素人なりの手段を採る。

時間軸は少し戻って、7月21日の土曜日。富士山の周囲をぐるりと回ってくるドライブから帰ってきて、雑務処理と給油が終わったのが15時過ぎ。ここから時計の分解、エピラム処理液の調合と部品への浸透、注油と組み立て、ザラ回しを経て、歩度はどうあれ、動作をすることを確認しておく。よしよし、今度は悪くは無い。

再組み立て後の歩度を診断中

一回目の組み立て後のグラフよりも、ずいぶんキレイになった。日曜日、月曜日と動かし続けていくうちに、ヒゲ持ちと緩急針を動かした瞬間、タイムグラファー上でグラフがどう暴れるかを徹底的に勉強する。調整している相手はバネなので、ちょっとした動きでビヨンビヨンと動き回る。ビートエラーは0.2msまで、日差+30秒以下を目安に調整を繰り返していく。

さて大吉の本日早朝。実用に足る歩度が出たことで、ストレステスト。今日の仕事の時間計測は、この鉄道時計に頼ることになった。実際に身につけた状態で20,000歩近く歩き回り、衝撃や振動を存分に与え、安定して時を刻めるか、実用懐中時計として使えるか判定していく。家を出て早々に走り、途中で踏み荒らされた犬のウンコをジャンプして避けたことで、普段以上のストレスを与えることになった。仕事中は実際に運転台に設置してみて、運転席からの見栄えと風防の透明度を見直す。結果、風味よし。

帰宅後の再調査では、年差クォーツと比較して+30秒の進み。それ以上に、大きな白い文字板と太い針で、時刻が非常に見やすいことが分かり、「これは、いいものだ」。ジーンズのウォッチポケットにもピッタリ入り、普通に使える。正直なところ、返却するのが惜しくなった!と思えるくらいの出来栄えになった。

残るは風防内の再清掃を行い、しっかりと拭いて返却準備OK。長らくお待たせしました。

大暑の日

今日は二十四節気における『大暑』の日で、一年で最も暑い日とされる。

これまでも二十四節気をネタにした記事を書いてきたが、長年の観察によれば的中しているように思えてきた。次は立秋、処暑となって、まだまだ残暑が厳しいが、このあたりの時季前後くらいから、標高の高い高原などでは早くも空気が変わり始めてくる。九月の白露、秋分まで達すれば、平地や都心でも気温に変化が出てくる。そういった背景から、厳しい暑さも毎日のイベントみたいに捉えれば、平成最後の夏を楽しむ意味でも、決して悪いものではない。

夏は80回しかこない

誰が言い出したか、『人生を80年とすると夏は80回しか来ない。そして同じ夏は二度と来ない』という言葉と共に、いろいろな夏の画像がアップされ、拡散されていった。その中で、一番のお気に入りとなったのがコレ。保存したのは2010年で、その言葉の重さにかなりの衝撃を覚え、それまで鬱陶しいとしか思えなかった夏が、これはこれでありなんだな…と、少しずつ変わっていき、いつしか毎日の時間が、絶対に無駄にできないと感じるようになった。

埼玉県熊谷市で、観測史上最高の41.1℃を達成。現場の温度のほうが高いので「外でここ(現場)と同じだと、さすがにやってられねぇだろ」と、速報をみんなで楽しんでいた。

EK9の純正テンパータイヤの装着状態

今は昔、サーキットを走っていたころのお話。

スポーツ走行枠でコースを走り回っていたところ、オーバースピードのまま最終コーナーに突入し、アウト側に膨らんでグラベルゾーンに左側のタイヤが乗り上げた。そのままチェッカーフラッグを受けて終了、ベストラップも出た。意気揚々とパドックに戻ってくると、どこからともなくシュー…という変な音が。

同行していたS15オーナーはすぐに異常を発見し「リアタイヤの空気が抜けてるよ!」ということで、もしかして先ほどのグラベルゾーンに落ちたダメージか。空気を入れてみても、やはり盛大にエア漏れの音が響く。

パンクの原因になった大きな穴

グラベルゾーンの石を踏んでパンクしたらしく、穴も見つけた。穴の開いたタイヤは使えないので、ひとまずテンパータイヤを装着して走れるようにしておく。

EK9シビックRでテンパータイヤを装着

EK9シビックRで、実際にテンパータイヤを装着したのがコレ。あまりのダサさと不恰好な姿に自然と笑顔になり、タイヤ交換の作業がなかなか進まなかったほど、楽しい思い出となった。

テンパータイヤはサイズの都合上、非駆動輪に装着しなければならないので、FF車であれば必ずリアタイヤに装着する。今回はたまたまリアタイヤがパンクしたのでそのまま装着したが、駆動輪となるフロントタイヤがパンクした場合、正常なリアタイヤをフロント側へ持っていき、空いたリアにテンパータイヤを装着する。

タイヤサイズが小さくなるので、左リアの車高が若干沈み込んだ状態で走ることになった。街乗りで一般道なら、直進性やハンドリングは普段と変わらず。ただ、接地面積が非常に小さくなっているため、なるべく路面の凹凸を避け、いつも以上に緩やかな加速とゆとりある減速、滑らかなコーナリングを意識し、ヒヤヒヤしながら走っていた。サーキットの帰りは高速道路を経由することになるが、安全を考えて地元までの自走は避け、サーキットの近くにあるガソリンスタンドに駆け込んで、パンク修理を行ってもらって元の状態に復帰することができた。

イマ車は「路面事情が良くなった」「使うことが無く、環境保護」「低コスト化」といろいろ理由をつけてテンパータイヤを省略することが多くなったが、実際に使ったことが二度もある身としては、けっこう恐ろしいものがある。酷道や険道に踏み込むことが多いので、なおさら予備は持っておきたく…。

富士山を反時計周りに

子供のころから数えれば、山梨県の富士五湖周辺は散々訪れており、もはや庭、ご近所レベル。遠くまで足を伸ばすことはお休みして、『近所』のドライブに留めておくことになった。

Google EarthでのGPSログ

Google Maps Platformの提供が始まったことで、これまで使っていたGPSロガーのアプリケーション(HOLUX ezTour for Logger)は地図表示に不具合が出るようになった。当面は代用のGoogle Earthを使うことになりそうだ。

中央道の都留ICからスタート。道志みちから山中湖と河口湖を経由して、富士山が常に左側に存在するようなコースで、東名高速の御殿場ICから一気に帰宅。山中湖到着は午前6時半前で、場所柄、合宿の朝練でランニングしている学生を眺めながらのドライブとなった。

R413道志みち

6時を過ぎたあたりの、道志みちことR413を走る。つい先日も死亡事故が起きたようで、車やバイク、自転車の量は年々増えていることは確かだ。ずいぶん走りにくい道になった気がする。

森の中を走る

ただ単純に国道や県道を走るのは面白くないので、森の中に入ってみたりする。気温が低く、爽快な運転が続いて心地いい。完全に避暑モードに入っている。

静岡県道180号内

静岡の県道r180とr152を経由。窓を開けっぱなしで走っていたところ、アブか蜂の類が車内に飛び込んで、ブンブンと大暴れされて困ったこともあったが、御殿場市街地に滑り込んで東名高速に入れば、午前8時半ながらも早くも帰宅開始。

ご近所ドライブだけあって、淡々と走り続けていた。走り慣れている道だからこそ、油断せずに慎重な運転に徹することを再確認し、気を引き締めておく。総走行距離は360km。

再分解結果

鉄道時計を再分解して、歩度が安定しない原因を特定していく。一回目の分解の時点で、長期間に渡って油切れのまま運針していた痕跡が見つかっており、組み立ててみてよりハッキリすることになった。

軸の焼きつきと錆

変色を起こしている四番車の軸。秒針用ギヤだけあって、一分間に一回転するシビアな環境下なのに、定期的なメンテナンスを怠ったせいで、このような状況になってしまった。長期間に渡って金属同士が直接接触していたため、磨耗も発生しているはず。

香箱内部は良好

香箱内部の主ゼンマイはどうなっているのか?と分解してみた。少々の汚れはあるものの、錆や切断といったダメージはなく、これは一安心。

偏心しているヒゲゼンマイ

テンプを分解し、ヒゲゼンマイのチェック。思わずお見事…と呟くほど、偏心していた。ヒゲ持ちを外して、テンワとヒゲゼンマイだけの状態にして調整となれば、もはや時計職人の分野であり、非常に高度な技術を要する。素人がどうこうできるレベルではない。

不自然な調整で仕上げたところで、必ずどこかでボロが出る。手をつけたからには、途中で投げ出すわけにはいかない。

いちまんえん

私は生まれてからこの方、一度もタバコを銜えたことが無いので、タバコに関係する支出は一切分からないまま。今どきのタバコの価格は分からないが、だいたい500円で少々のお釣りがくる程度だろうか。

会社の職人は、タバコを買うのにいちいち小銭を用意するのが面倒のようで、いつも千円紙幣でタバコを買い、10円玉、50円玉、そして500円玉のお釣りが返ってくる。私が500円貯金をやっているのを知っているので、10,000円分の500円玉が貯まれば「10,000円貯まったよー」と声を掛けてくれて、こちらからは一万円紙幣を渡して両替をしてもらう。

10000円分の500円玉

こうしてゲットした10,000円分の500円玉=20枚は、勢いよく100万円貯まる貯金箱へ流し込んでいく。ドスドスと独特の音が響きながら、140gの増加となる。

今年3月末の時点では7.4kgで、重量からの予想では50万円前後。よりますますキャッシュレス化が進んでいる世の中において、2020年での満タンという想定を立てたが、本当に達成できるのだろうか。

鉄道時計は再分解へ

一応は仕上がった鉄道時計をオーナーに見てもらう。「元に戻って動いてるんですか」という、予想通りの反応。復活した以上は、時計として使いたくなるのは当然の流れで、机の上に置いて眺めるだけでなく、実際に運転台に置いてみるとか。観賞用懐中時計ではなく実用懐中時計となれば、現状の不安定な歩度では満足できなくなるので、何がダメで歩度が良くないのか、さらに詳細に調べることになった。

ムーブメント単体で歩度調査

ケースからムーブメントを取り出し、ある程度分解したところでタイムグラファーにセット。この状態なら、姿勢差による違いが分かりやすく、調整もしやすくなる。

文字板上(寝かせた状態)で調整し、運転台に設置した状態(12時上)にすると、とたんに遅れていく。それならばと12時上で具合が良くなるように調整すると、文字板上ではビートエラーまみれで遅れが酷くなる。どういうこっちゃ。

いくら調整しても、姿勢差で大きく歩度が変わってくる原因は、テンプの軸(天真)が正しい直線状になっておらず、僅かばかり曲がっていることが考えられる。この曲損が軸の上下にある軸受けに対して、微妙な片当たりを生じてしまい、スムーズな回転運動が妨げられている可能性がある。まさかテンプ本体まで手を出すことになるとは、正直思っていなかった。

平日は、会社からの帰宅後は暗くて作業に適さず、詳細な調査ができるのは次の休日の日中。もうしばらく預かることになるが、一旦手をつけた以上は、しっかりと仕上げたいところだ。

INPEXのサービスステーション

先日の田口峠訪問においては、即R141に出て南下することなく、小海線の臼田駅から沿線に沿うようにして一旦北上。中込駅付近まで出て、それからR141の南下を再開している。中込駅付近にあるガソリンスタンドがあって、そこに立ち寄るのもドライブの目的の一つとしていたため。

地元を出発する前の給油では、田口峠を越えて臼田市街に出るタイミングで、給油ランプが点灯するように調整していた。酷道、険道に突入する前には、ガスは満タンにしておくのがセオリーだが、あえて無視。自分でやったこととはいえ、峠道内で貧乏ランプが点灯するとやはり心細くなる。

ハイオク満タン給油中

目的のガソリンスタンドに到着して、給油開始。給油量は34Lで残り11L、平地なら100km以上は走れたか。峠道の傾斜とカーブで燃料タンク内のガスが波打ったことで、貧乏ランプセンサーが点灯し続けていたようだ。

そのガソリンスタンドは、日本国内では長野県と新潟県に計10箇所しかない、INPEXブランドのサービスステーションだ。

(株)木内石油/佐久第一給油所

日本国内で採掘(秋田県の八橋油田)した原油を精製し、出来上がったガソリンをこれらのサービスステーションで販売している…という噂は本当かどうか、確かめるのが真相。

サービスステーションの管理者に聞いてみたところ「分からないからINPEX本体に聞いてほしい」という返答で、帰宅後に国際石油開発帝石株式会社に問い合わせた。同社から回答を得て、秋田の国産原油をベースにした純国産ガソリンの販売は、大昔の話、旧帝国石油時代とのことだ。同社の事業環境の変化によって、国産原油を原料としたガソリン製造は、現在は行っていないそうだ。

純国産ガソリンの製造は、年代的には20世紀までの出来事で、ずいぶん古い知恵を今まで持っていたことに驚かされたが、長年の謎が解けて良かった。長野県内のサービスステーションなら、都合よく定例のドライブコースに近いところにあり、ずいぶんと丁寧な回答を得たことで、同社を応援する意味でも、今後は優先的に給油するようにしたい。

業務中、一個人の疑問に回答していただきありがとうございます。>INPEX

油モノの一時保管場所

シビックRのリフレッシュ作業において役目を終えて取り外した部品、もしくは廃車から入手した予備部品は、まとめて保管するようにしている。理由は簡単、汚れが酷く、ついでに少々クサいため、部屋に持ち込むことができない。

一時保管場所

仕分けは単純で、油脂類が付着しているか否か。ブレーキマスターシリンダーASSYはブレーキフルード、スロットルはブローバイガス、漏斗とホースにはミッションオイル、セルモーターはクラッチ由来のフェーシング材まみれ…と、カーペットに付着すれば完全除去は不能、撒き散らせばどこまでも漂うものばかり。

主な用途はリビルト用のコア、万一の時の緊急復旧用となってるが、殆どの部品は二度と使うことなく、新品が購入できる部品ならば置き換えていくことで、時間を掛けて廃棄していくのが実態。未整備のブレーキマスターシリンダーASSYなんざ、そのまま使うなんて危険極まりない。

「パーツリストの部品を全部持っているのでは?」と言われることが少なからずあるが、そんなことはない。月(384,400km)までの航行に耐えられるよう、クローゼットが部品倉庫になるくらいは確保したが、部品取り車には適わない。その一方で、某つぶやきツールで「余ってませんか」「あれば譲ってください」と言われる部品は大抵あるわけで、これが不思議なところ。