黒部峡谷鉄道の乗り鉄

快適なテント泊となった翌朝、5時起床。今日はいよいよ、黒部峡谷鉄道の乗り鉄となる。簡単な朝食、ゴミ類の後片付け、EK9シビックRのタイヤローテーション(!)という、三つの作業を並行して行い、7時過ぎにキャンプ地を出発。

宇奈月駅の時刻表

宇奈月駅に到着。狙いは始発となる7時57分の列車。前回の全線運休に比べても、時刻表や駅構内はとても賑やか。ネット予約があるようだが、空席があって当日券の購入でも間に合う。

牽引は黒部峡谷鉄道EDV形電気機関車

公式での愛称は『トロッコ電車』だが、その実態は電気機関車の牽引による客車列車。当然のようにトロッコ車両を選び、撮影を済ませたらさっそく乗車。

トロッコ電車の車内の様子

線路幅は762mmで、在来線の1,067mm、新幹線(標準軌)の1,435mmと比べてもかなり狭い。応じて車幅も細くなっており、まくらぎ方向に設置されたシートに横3人で座ると、もういっぱいになる。朝のトンネル内は寒く、開放型のトロッコ車両は体が一気に冷やされ、なかなかの苦行。天候によっては、防寒着が必須になりそうだ。

ピンリンク式連結器

トロッコ電車に揺られ、一時間少々で欅平駅に到着。下車してすぐに台車や床下機器、車両といったメカをあれこれ眺めてしまうのは、もはや職業病。こちらは日本の営業線では唯一の、ピン・リンク式連結器。

黒部峡谷鉄道EDV形電気機関車

下の宇奈月駅から牽引してきたEDV形電気機関車。VVVFインバータ制御の機関車であることを示す、V字(ルート、√)のラインが描きこまれている。欅平駅にて、一時間ほどの小休止後、今度は上り列車で宇奈月駅に戻る。

宇奈月駅方面の上り列車

登山客で大混雑し、身動きが取れない下り列車に比べ、下山客もいない時間帯だけにガラガラ。「空いている車両へどうぞ」ということで、貸切状態で車両を占有することができた。カーブで先頭の機関車を撮ることや、連結装置の動きを見物することも自由。

関西電力新柳河原発電所と引込み線

柳橋駅付近にある関西電力新柳河原発電所は、ヨーロッパ的なデザインになっており、ダム湖からの見栄えを良くするための工夫。発電所内への引込み線が、本来は観光鉄道ではなく資材運搬用鉄道であることを示している。

EDR形の運転台

運転室の撮影に挑戦。今回のドライブでは、8月に購入したSIGMA 17-50mmF2.8のデビュー戦で、練習を兼ねてあれこれ設定を変更しながら撮影し続けていた。望遠側が少々足りず、変にボケてしまった感じで、なかなか難しい。

EDR形の車輪。なんとスポーク式

台車をよく見ると、スポーク式の車輪だった。ホイールとタイヤ部分を分割し、タイヤだけを交換できるのが特徴だが、その一方で熱に弱いという欠点がある。勾配でのブレーキングがありながら、あえてスポーク式車輪を使う設計は、素人には分からないメリットがあるのかもしれない。

これにて、今回のキャンプドライブは終了となる。再び宇奈月駅に戻ってくると、既に11時を回っていて昼食時。昼食後、乗車券の精算やそれぞれの帰宅ルートを決め、現地解散。

参加車両たち

趣味車に乗り、揃ってドライブに出かけることが多々あるのが、昔から変わらない流れ。「帰宅するまでが遠足」という校長先生の言葉を守り、安全運転に徹して帰宅。総走行距離は852km、久しぶりにカウントした総合燃費は17.2km/Lとなった。

お疲れ様でした。>全参加者

関電トンネルトロリーバスへ乗りに行く

キャンプの日。

前々からの予定では、 長野県大鹿村にある天空の池へ行くつもりだったが、道路の崩落によりアクセス不能になった。代替案として上げられていた、黒部峡谷鉄道の乗り鉄に変更。黒部峡谷鉄道については、2017年7月上旬に一度出かけているが、大雨で線路へ土砂が流入し、全線運休となって乗ることができずにいた。一年前にやり残していた課題を片付けるべく、出発となった。

雲が厚い道中

事前の天気予報では、22日の午前中は雨。キャンプ地となる富山も似たような傾向だったが、午後からは晴れてくるという予報だ。雨に見舞われれば車中泊に切り替えることにして、まずは「東芝のGTOに乗りますよ!」とサボリーマンの一言で決まった、関電トンネルトロリーバスに乗るため、長野県大町市に向かう。

関西電力300形無軌条電車のケツ

関電トンネルトロリーバスは、立山黒部アルペンルートを構成するルートの一つ。見た目はバスそのものだが、実態は電車。大型二種免許だけでなく、動力車操縦者免許(いわゆる電車の免許)という全く別物の免許が必要となる。このトロリーバスは今年で廃止になり、来年度からリチウムイオンバッテリーを使った電気バスに切り替わる。今日の時点で残り69日だった。

道路上に架線が張られ、車両の屋根には集電装置があり、モーターを回して走行する。しかもモーターの制御にはVVVFインバータが使用されており、少し古い電車のようにウイーン…ウイーンと独特の磁励音を発しながら加速する。東芝製のGTOを使っているので、音としてはJR東海の383系、300系新幹線にそっくり。

関西電力300形無軌条電車の運転台

架線やバッテリーの電圧計、やけに大きな空気圧計が備えられ、バスではなく電車であることが強く実感できる運転台(運転席?)。

黒部ダム駅

大勢の登山客を一気に輸送するため、4両が連なって走っていく。GTO素子のVVVFインバータ車は古いシステムだけに、ずいぶんと見かける機会が減ってしまった。

黒部ダム

天気のいい黒部湖

好天に恵まれた黒部ダム。今回はトロリーバスの乗車が目的なので、ダム本体は駆け足での観光になった。80mの破砕帯を突破するのに7ヶ月掛かった、けが人はいない=ミスは死ぬといった歴史がある。諏訪湖から足を伸ばせばすぐに到着できる場所で、片道300kmもない意外と近場だったことから、次回は建設の歴史や設備などを重点的に見ることにする。

SARU

再びトロリーバスに乗って扇沢駅に戻ると、ニホンザルがいた。会社にはニホンザルにそっくりで酒飲みな後輩がいて、地面の白くなった部分を眺めている様子から、「飲み過ぎて吐いたゲロを眺めているみたい」。実際は、コンクリートの成分に使われている塩を舐めて、塩分補給をしていた。

廃止前に、関電トンネルトロリーバスに乗車することができてよかった。長野県大町市から富山県の日本海側にあるキャンプ地までは、100km以上の距離がある。混雑は一切無くスムーズに走り続け、夕暮れ前には到着することができた。晴れた空と、日本海側に沈む夕日が美しかった。

久しぶりのテント泊。3時過ぎの起床だったことも関係して、眠れないということは無さそうだ。

ミネルバ2-1さん、出発

小惑星探査機はやぶさ2に搭載されていた、MINERVA-II1が分離されたことが、速報で発表された。

振り返ってみれば、2005年11月12日、初代となるはやぶさにもミネルバが搭載されていて、分離したまではよかったが、母艦となるはやぶさが上昇中に切り離してしまったため、着陸に失敗してしまった。

9月10日からスタートしたタッチダウンリハーサルについても、高度600mで降下中止して上昇に転じており、一筋縄ではいかないことをギャラリーとしても実感していた。先のリハーサルの中止、ミネルバの失敗の記憶がある背景から、今日のMINERVA-II1の分離は、けっこうドキドキしながら速報を待っていた。

13時過ぎに分離、15時過ぎにリンク確立。その3時間後に通信が断たれ、リュウグウの自転で裏側に入ったらしく、これがまたヒヤヒヤタイム。続報は明日以降になりそうだ。

明細書

クレジットカードの利用明細書が送られてきて、さっそく中身をチェックしていく。キャッシュレス化が少しずつ進行中とはいえ、クレジットカードとは距離を置いたままであり、この先の使用率についても、当面は上がる兆しはゼロだろう。

利用実態としては、殆どがETCによるもの。いったい、どこを走り回っていたのか…とblogを読み直しながら、ああ、そういえばと思い出す。比較的短距離でも、高速道路を使うことが多く、応じて件数もどんどん増えていく。応じてETCマイレージも同時に確認し、順調に増加していくポイントを見て、有効期限も頭の片隅に入れておく。

キャッシュレスの大きな弱点として、北海道で発生した地震のその後だ。オンラインが頼りのキャッシュレスでは、停電や決済システムの被災で、一切使えなくなることを示していた。その一方で現金払いならば、日本という国が機能している限りは、通貨として使い続けることができるわけで、行き過ぎたキャッシュレスも考えもの。金に使われるのではなく、上手に金を使うために、いつどこで大きな震災が起きるか分からない以上は、現金とキャッシュレスをバランスよく両立させなければならない。

私なりのキャッシュレス化は、Suicaを二枚、持ち歩くことか。合計40,000円分をチャージしておけば、かなりの支払いをカバーすることができる。チャージ額がそれなりなので、一旦使い切って再チャージするとき、現金が減ることには今なお慣れない部分がある。

先々の予定

365日営業中の輸送業界に身を置く都合からか、仕事とプライベートの両面で、向こう三ヶ月くらいの予定が早々に決まっていく傾向がある。仕事をネタに記事を書くことは、当然ながら節度を持たないといけないので、主にプライベート方面で。

キャンプやホテル泊など、泊りがけで超長距離ドライブを計画するとなると、だいたい三ヶ月先が目処になる。例えば6月末で「○○あたりに行きたいねぇ」という雑談から、走行ルートや行動プランが固まり始め、体調、仕事の状況、ドライブ先の気温や気候を考えると、9月中旬以降に目星を付けるという具合。

ここから、今度は車の状態を万全にしていく。旅行中にオイル交換の規定距離数に達しないよう、予め走り込んでオドメーターを回してオイル交換を行ってしまうことや、逆に走りをセーブして、ドライブで一気に巻き返すなんてことも行われる。もちろん、ドライブ中にトラブルを起こすことは避けなければならず、不具合があれば早めに直しておく。超長距離走行は、オプションパーツによる変化具合を調査する絶好の機会なので、装着してスタンバイなんてこともある。

状況によっては半年先、十ヶ月先に設定することがある。会社が会社だけに、私だけでなく、頻繁にあちこちへ出かける他の社員も似たような傾向がある。たまたま同じタイミングで長期間休むことが重なってしまうと、さすがに通常どおり出社している社員の自由も利かなくなることがあり、ここはお互いの配慮…というより、職位の絡みもあって、一旦こちら側が引き下がることにしている。

こうして先々の予定がどんどん埋まっていくので、下旬に「来月の出勤日が変わるから!」と宣告されると、地味に面倒な事態に陥るが、微調整で乗り越えられることから、まだいい。これが突然「来週、この日休みでいいぞ」と言われると、いきなりの一日休みでできることは限られ、さて困ったもの。

幸いな点は、あくまで変更であって、休日が出勤日に変わってしまう逆転現象ではないことか。年間休日は基本120日、年休もビシバシ取れるため、こうしてだらけきった不良社員揃いになっていく。

AA inside

メーカーやブランドを印刷したステッカー、状況によってはパロディなステッカーを車体に貼り付けている姿は多々見かける。長年、様々なステッカーを見てきて、最もインパクトがあったのが、実はこれ。

2ちゃんねるステッカー

2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のAAキャラクターたちのステッカーだ。

(・∀・)スンスンスーン♪と歌うジサクジエンは、ZOOM-ZOOMでお馴染み、マツダのキャッチコピー。コトの始まりは2002年4月とのこと。リアガラス上部に大きく貼られているのは無限ではなく、無念。首を吊っているのはギコ。そしてリアワイパーアームに小さく貼られているのは、NISSANのように見えて、実は>>1さんだったりする。

今ではすっかり見かけなくなった、AAキャラクターたち。応じてFLASH黄金時代をリアルタイムに眺めていたので、AAキャラクターが戦闘を繰り広げるNightmare City、Nightmare City -Catastrophe-は極めて印象強い。ついでに、初音ミクのトレードマークが長ネギになった背景、のまネコ騒動などなど、懐かしいものばかり。

撮影は2000年代初頭。まだまだアングラなイメージが強く、馴れ合いを好まない、それこそ殺伐とした空気に包まれたWebサイトだった。それを車にステッカーで貼るとは、本物の精神力は違うのか…と驚いた記憶がある。

更新…Y18#09

『EK4(SiR)用リアシートに交換する』『EK9(EK系/3DH)シビックのリアシートの外し方』を追加。

リアシート絡みのレポートを二件アップ。リアシートの外し方については、リアセクションをいじるときに行う、前提作業になっていることが多い。Webサイト上に組み入れておけば、他の作業でレポートを作ったときに参照ページとして扱えることから、同時にアップした。

今日でEK9用純正リアシートは手放すことになり、そうなるとEK9オリジナルでの写真が撮れなくなる。まずはリアシートの写真を撮ることに専念し、EK4シビックSiRのリアシートを移植することを一旦頭の中から消しておく。写真を何度も見直して、これで良さそうと判断して、ようやくリアシートの移植作業を開始した。

これまでなら、他の人が助手席にたまに乗るくらいで、基本的にはドライバーのみという扱いだった。周辺環境や使い方の変化があって、今は四人フル乗車は珍しいことではなく、しかも私自身がシビックRのリアシートに納まることも少なくはない。そこで後部席の居住性の悪さと万一のときの危険性が気になってきて、EK4シビックSiR用のリアシートを流用、装着に至った。安全面を第一に考えるようになるとは、間違いなく加齢によるものだろう。

昨夜、浜松から帰ってきて、後片付けや今日の作業に向けた最終準備で、寝るころには1時を回っていた。そして今朝は6時に起きてしまい、変な疲れを引き摺ったまま、7時過ぎには作業を開始したのだった。さすがに午後からは常に眠気を感じているところで、レポート作成のスピードはいまいち。お疲れ休みがもう一日欲しいところだ。

なるほど

JR東海の浜松工場にて、新幹線なるほど発見デーが行われるそうで、組織の取締役から「行く?」とお誘いが来た。浜松の頭脳屋とも久しく会っていないことから、出かけることになった。

浜松工場の看板

仕事上では出入りしている場所に、一般公開での客/プライベートで立ち入る違和感が強烈だ。大前提として子供向け、ファミリー向けのイベントなので、応じて家族連れがとても多く、そして大混雑ゆえ基本的にはまっすぐ歩けない。そして広大な敷地を歩き回ることになる。

自動研ぎ機

新幹線業界初の、先頭車研ぎロボット。塗料が乗りやすくするため、塗装前に車体表面をある程度荒らし、下地を作る。今までは人力で行っていたが、ロボットによる自動化で一時間も掛からなくなったそうだ。

700系の廃車体

700系9号車の廃車体。床下装置や車内のあらゆる部品が撤去され、解体待ち。フレーム(車体)に床下装置の重量が掛かっていないためか、目に見えるほど車体が弓なりに歪んでいた。

浜松工場の社員食堂

社員食堂は、来場者用のレストランと化していた。並んでいるのだから、おいしいのかな?わーお。

マルタイによる保線作業の実演

マルチプルタイタンパー…通称マルタイ(あの棒ラーメンではない)による、保線作業の実演。保線屋さんの動きは、遠目から下準備作業、構内保守作業くらいしか見ることができず、実演ながらも目前で見れたのはうれしかった。バラストに爪が刺さって突き固めると、周辺の地面がグラグラと揺れるほど、強い振動を与えていることが体感できた。今回のイベントで、大収穫だったのがこの実演だったりする。

仕事でいろいろ見ているだけに、写真撮影枚数は最低限だった。それでも合計5時間近く歩き回って、熱中症で視界が歪み、工場から出る。浜松に来たならば、うなぎ。

うなぎ

何年かぶりに食べた。疲れた体には最高の栄養補給だ。今度はタカりに行くので、そのときはよろしく。>頭脳屋

18時40分、浜松を出発。浜松市街地の混雑で東名高速に入ったのが19時半ごろ。大和トンネル渋滞を避けるため、80km/h巡航をキープして、途中で長時間の休憩を繰り返しながら時間調整を行い、渋滞に引っ掛かっていたのは10分程度だった。帰着は0時前と、ギリギリで日帰りとなった。暑い中、大変お疲れ様でした。お大事に。>組織

白煙と炎

昨日の予報どおり、朝から雨となった。ちょうど秋雨前線が停滞しており、季節が移り変わっている真っ最中だ。

今日はサボリーマンのVM4レヴォーグの整備支援及び、水平対向エンジンのいじり方を学習させてもらうことになった。

レヴォーグのマフラー

等長エキマニを採用していても、微かにボクサーサウンドが聞こえてくる。水平対向エンジンは、セスナ機等小型飛行機に多用されるタイプなので、飛行機趣味に絡む好きな機械。ついでに、生まれて初めて運転したMT車がBC5レガシィであり、しかもターボの凄さを実感させてくれた。そんな過去と飛行機趣味があって、スバルは嫌いにならないメーカーの一つか。

マフラーから排出される白煙

マフラーからブボッと出てくる白煙は、ものすっごい悪臭を伴っていた。

インタークーラーを外したところ

インタークーラーを外して、いくぶんスッキリしたエンジン部分。この直後、バックファイヤー(吸気系統での燃焼)も発生して、心底驚かされることになった。配管から吹き出す炎は、けっこう恐ろしいものがある。

吸気系統の分解方法を学習できたので、次回オイル交換時はもう少し外せる範囲を広げてみたいところだ。本日はお疲れ様でした。>総員

消臭剤

日本人の特性として、香りに敏感なことだろう。巷には家庭用から人体用まで、ありとあらゆる消臭剤が溢れている。自ら嫌なニオイを発散させないよう、大人としての最低限のマナーもあったりするか。

さて「車に使える、よく効く消臭剤ってのはあるかな?」という疑問に対し、レイのGP5氏は「東芝の消臭剤が、すんげぇ効くんですよ。あのレカロに使って効果抜群でした」ということでオススメされたのが、東芝マテリアル製のルネキャット光触媒スプレーだった。

東芝ルネキャット光触媒スプレー

180mlのスプレー缶で、だいたい2,000円でお釣りがくるくらい。この商品の不思議な点は、東芝本体、東芝マテリアルの公式Webサイト上では存在が分からない、つまり製品項目からのリンクが張られておらず、検索しないと出てこないようになっていることだ。

さっそく使ってみると、すぐに効果が出るらしく、確かにニオイが弱くなっている。これは効くぞとスプレーして、薬液を吹き付けて、部屋の蛍光灯にて光触媒効果を継続させておく。スプレーの容量はとても少なく、満遍なく広範囲に散布していたら、あっという間にブスブスブス…と空になってしまった。

あとは実作業に入るだけとなったが、明日は朝から雨予報。周期的に天気が変わるようになり、すっかり秋めいた感じだ。