電池交換へ出発

2020年1月に復帰したカシオPROTREK PRT-71/2356は、現在はウレタンの加水分解の状況調査用のサンプルとして扱っている。使用することで適度なストレスを与え、これがウレタンの保護と長寿命化に繋がるのかどうか。

カシオの腕時計では、プレミアムブランドならば専用の修理サービスがあるが、普及価格帯モデルにおけるサポートは早めに打ち切られる傾向がある。「買ってはいけない」とか「裏切られた」という文言と共に打ち切りを嘆いた記事が多数見つかる裏には、G-ShockやPROTREKがそれだけ愛されている時計とも言える。

PROTREK PRT-71/2356はあまりにも古すぎるこので、当然ながら修理対象外モデルとなっているが、どうやら電池交換なら現在でも受け付けているようだ。

PROTREK PRT-71/2356はカシオで電池交換OK?

カシオのサポートページで、製品名(PRT-71)かモジュール番号(2356)を入力すると、スクリーンショットのように3,000円+税と表示され、メーカーでの電池交換が可能のようだ。

しかも、『防水検査料金、部品代(防水パッキン(Oリング)、電池)を含む』となっているので、防水検査だけでなく状態によってはOリングの交換もありうるとなれば、長期維持の観点からも是非ともやってほしい内容。電池交換は2019年7月に行っているものの、躊躇せず電池交換依頼を出す。

持込窓口なら60分前後となっているが、混雑した街中へ行くのは憚られるので、修理センターへの送付扱いとする。WEB修理受付サービスから時計の梱包キットを申し込むと、二日程度で送られてきた。あとは時計本体を包み、発送するだけ。

カシオの時計梱包キット

カシオの時計梱包キットはレンタル品となっており、300円が掛かる。使いまわされているためかけっこうボロボロで、時計を包み込むスポンジも薄くて若干不安がある。専用の箱に収めると、ある程度は固定されるようになってはいるが。期待するのは酷だが、精密機器かつ下積み厳禁扱いで輸送依頼を出すしかない。

レンタル料の他に送料、返送時送料、代引き手数料を含めると総計は5,000円近くになるが、こればかりは仕方ない。発送は週末にするとして、連休を挟むことになるので、返却は5月の中頃になりそうか。

店が潰れても

秋葉原の店は入れ替わりが激しく、突然閉店してしまうことは珍しいことではない。定期巡回で立ち寄っていた店が潰れてしまい、部品の入手が困難になって途方に暮れたことは多かった。

数年前のこと。秋葉原のビルで、テナントとして入っていた店で物品を注文した。一種のワンオフ品であるために、詳細な個人情報を提供していた。昨日、再び注文しようとして秋葉原の店舗情報を調べたところ、その店は既に閉店していたことを知る。立地条件は決して悪くなかったのに、閉店してしまうとは家賃や売り上げ条件が厳しかっただろうか。やはり秋葉原の店は開店と閉店が繰り返されるようだ。

今回は大した問題ではない。実態はチェーンストアなので、全く別の地域にも支店が存在し、そちらに出向けばいい。さっそく出かけて、店員と相談。

「以前に当店を利用されたことあります?」「ありますが、そのときの店はもう潰れて…」

ああなるほどと納得した店員は、名前と電話番号で検索開始。すると顧客のデータベースに、私の個人情報全てが残っていたことを発見し、「アキバですね?」と。まさか現在まで顧客情報が保存され続け、今なお有効になっているとは。非常に驚かされた。

個人情報が活用できるなら、各種手続きはあっという間に終わる。秋葉原での購入当時の経験からして、一時間以上の対応になることを覚悟していたが、実際は30分も掛からなかった。

チェーンストアではなく、単独の事業や店舗だったとして、潰れてしまった場合の個人情報の扱いはどうなるのか。再生、廃業問わず、金になりそうな価値のあるものと認められれば、譲渡、売却の可能性はあるようだ。現在まで、三菱UFJ銀行やYahoo!BB絡みで何度も流出したところだが、何もないとなればその程度の価値でしかないということ。

写真整理

気が付けばデジカメのSDカードに保存されている写真番号が9000以上を突破しており、カンストまで残り1000枚を切っていた。デジカメの仕様上、9999以上は記録できなくなるので、失敗した写真や撮影しておいて使わなかった写真を消して、SDカード内を整理することになった。

デジカメを持ってドライブするようになったときから記録し続けており、機種やメディアが変わるたびに写真のファイル名を書き換えたうえで引き継いできた。よって0001のExifを参照すると撮影日は2004年5月5日となっており、カメラのモデルはキヤノンIXY DIGITAL 200aとなっている。

Exifデータ

しかもEK9が納車され、維持レポート作成の初期段階ではIXY DIGITAL 200aがまだ現役だったらしく、思っていた以上に長く使っていたようだ。他に出てきた機種として、同じくキヤノンPowerShot G10…これは恐らく借り物。他にはパナソニックのLUMIX DMC-FZ20なんてのも。いよいよリコーの名前が出てくるのは2009年11月からで、当時はR8。以後、接写能力の高さから現在までリコーを使い続けている。

以前は定期的にメディアのフォーマットを行っていて、これは小容量のメディアしか持っていなかったため。時代の流れで、メディアの大容量化と急激な低価格化が進む。メディアを買い替えるたびに写真データを引継ぎが行われる中で、いつの間にか保存したままになっていった。その結果、写真番号は9000を上回ることになる。

写真を見返せば当時の記憶や状況は思い出すので、ある意味では脳のバックアップも兼ねているかもしれない。昨日の記事のように、過去にR151を走り回っていたときの写真は全く残っておらず、写真が失われてしまうとドライブの記憶もあやふやになってしまうことが多い。

慎重に写真を消去していき、その枚数は433枚。日を改めて見直すと、やはり不要と判定される写真が必ず出てくるので、総削除数はまだまだ増える。

SDカードのエクスプローラを見る

ファイル番号が9326に対し、ファイル数は8893。ある程度目途がついたら、写真データのバックアップを行って、最後にファイル番号の書き換えとなる。バックアップを取ってしまえば、メディアそのものはフォーマットして、0001から再カウントさせていくのもありか。先述したように、写真は脳のバックアップを兼ねている部分がある。わざわざ見直す機会といえば、今回の整理作業くらい。8,893枚もの写真をデータというカタチながら、常に持ち歩く必要はないかもしれない。

久しぶりの中距離走行

ここのところのドライブパターンとしては、100~200km程度の短距離の走行に留まっている。そろそろ体も鈍ってくるころなので、500kmオーバーの中距離ドライブを行っておき、長時間に渡る運転感覚を取り戻すことにした。

地図をバラバラッとめくっていたところ、国道151号が目に入った。過去に一度だけ走っており、当時はEK4シビックSiRII…となれば、再訪問は悪くはない。途中にあるループ線をGPSロガーで記録することも兼ねて、大雨の中走り続ける。

GPSロガーによるループ線の記録

GPSロガーは5秒間隔で地点データを採取し続けているので、どうしてもカーブのログは粗くなってしまう。それでもループを描いた記録が採れたので、こちらは目標達成。

雨模様のR151

ループ線に入るところで小休止。雨模様で視界は悪く、周辺の景色は全く分からず。標高は610mほどで、平地より明らかに寒い。あちこちで鮮やかなヤエザクラが咲いており、ちょっとした花見気分。

行く先が見えるループ線

山の中腹にあるガードレールは、これから進むループ線のもの。写真右側から左側へ走り抜けることになる。短距離で標高を上げつつ、ギア比を変更しているためか5速では厳しい場面が多く、4速メインで新野峠へ向かう。

新野峠

雨の新野峠到着。腰を伸ばしつつ、再び小休止。ここから鳳来峡までは基本的には下り坂となり、1,000m級の峠道かつ雨で寒いとなれば、スリップしないように慎重に下っていく。三遠南信自動車道の鳳来峡ICまで来てしまえば、ダム巡りで散々訪れている場所だけに、走り慣れたコース。とはいえ、引き続き緊張感を持って運転することになるが。

EK4でR151を走り抜けた遠い昔の記憶は全くなく、辛うじて阿南町、豊根村の標識を覚えているくらい。走り直したことで道中の雰囲気もしっかりと把握できた。

総走行距離は640kmで、狙い通りの中距離運転となった。日々の筋トレ効果で、鎮痛剤を服用するような腰痛、肩の痛みはなし。長時間続く集中力維持や周囲の状況把握は問題ない。が、昼食後に来る眠気が我慢できないほどキツくなっている。3時半に起きて、それから走り続けて昼食となれば、眠くなっても仕方ない部分はある。とはいえ、居眠り運転の恐れということで、安全性に直接関わる問題を抱えていることが分かり、休憩配分を見直す必要がありそう。

時計は見るな

体調や疲れ具合によっては、夜間の睡眠中に起きてトイレに行くことがある。このとき、不完全な目覚め状態が続くが、再び熟睡に入れるか否かは、自分自身の行動に左右される。ふとした拍子に、枕元の目覚まし時計を見て現在時刻を知ってしまうと、もう寝れなくなる。

大きな地震で揺られようと起きない性質なので、二度寝すると起きることが極めて困難になってしまい、朝っぱらから地獄を味わうことになる。起床時刻は4時48分。目覚まし時計の時刻表示が4:xxとなっていることを見てしまった以上、二度寝の苦しみを回避するためには、そのまま起きていたほうが都合がいい。その代わり、睡眠時間が極端に短くなるので、日中のパフォーマンスは大きく落ちる。

目覚まし時計を裏返しにして、時刻表示を物理的に見せない方法も試してみた。今度は目覚まし機能のON/OFFスイッチが枕とぶつかって切り替わってしまうことが分かり、二度寝以上に恐ろしい『目覚まし機能停止』に見舞われることになった。

結局、トイレに起きたら、何が何でも時計を見ないという自身の縛りでコントロールするしかない。作業デスク上には腕時計が並べられていて、不要な時に限っていつまでも光り続ける夜光塗料は、けっこう厄介な存在かも。こうして、わき見することなく布団に戻ることだけに集中し、睡眠に戻るのだった。

旧世代の生き残り

平日は大井ふ頭を横目に通勤することになるので、そこで荷役するトラクター(トレーラーヘッド)を大量に見る。

大手国内トラックメーカーのトラクターがいれば、スカニアやボルボ、メルセデスといった海外のトラクターも混じっていて、暇つぶしには事欠かない。ここから発展して、タミヤで国内トラックメーカーのRCモデルが出ないかなとか、最近発売した四軸トラックを流用して6×2(前2軸・後1軸/1軸駆動)のトラックを作れないか?といった話に発展することもしばしば。

行き交うトラクターの中に、僅かばかり旧型車両が混じっていて、まだいるのかと目で追う存在がいる。

いすゞ ギガ

例えばいすゞ自動車のギガ。フロントガラスの上に緑色の三連ランプ…速度表示灯が装着されており、走行速度に応じて順番に点灯するようになっている。大井ふ頭に並ぶ旧型トラクターは、今も相変わらず点灯させながら走っており、昔は当たり前だった光景が懐かしい。

1999年に法改正されて、この速度表示灯は廃止された。以後に新発売された車両は速度表示灯がなく、すっきりとしたフロントフェイスになっている。

2003年10月からは都心部においてディーゼル規制が施行され、旧式ディーゼル車はディーゼル微粒子捕集フィルター(DPF)を追加装着する改造を施すことで、運行規制対象から外れることができた。もう一つ、自動車NOx・PM法も忘れてはならない。車種、初度登録日、使用の本拠の位置、排出ガス規制区分によっては車検が通らなくなる厳しい規制によって、都心部からは黒煙を吐き出しながら走るディーゼル車は年々姿を消していった。

よって、速度表示灯が備わる旧型トラクターは、どうやって今の時代まで現役で荷役を続けられているのか、けっこう不思議だったりする。まずナンバーを確認すれば状況を予想できるが、対向車線の離れた位置にいて、走りながらのすれ違いになるので、それはできず。旧型トラクターが現役で走っていると、今もいるのかと思ってしまう点では旧い乗用車と全く同じ。

今年一発目の「あっつい」

雨に降られる前に出勤しようとしたら、南寄りの強風に乗った雨雲に一気に追い付かれてしまい、強い雨が降る中での徒歩通勤となった。予想天気図を見ると、上空には温暖前線が移動してくる気配。前線に向かって南風が吹き込んでくることから、日中は早くも蒸し暑さの我慢が続きそう…と嫌な感じ。蒸し暑いと、呼気が当たり続けるマスクが湿っぽくなって不快感が増すことが辛い。

首から背中に掛けて妙な痛み、ついでに片頭痛まで感じるのは、気圧のせいなのか。蒸し暑い、痛いとくればあまり動き回ることなく、静かに過ごしたいところだが、こういう日に限って次から次に追加作業が出る。「雨が降ると仕事が増える」というある種のマーフィーの法則は、相変わらず通用するらしい。

現場は蒸し暑いとはいえ、機器からの廃熱が籠っている環境で歩き回っていることが大きく関係しているようで、建物の外に出ると実はちょうどいい気温。試しにエアコンの冷房運転をしてみると、むしろ寒いくらい。この温度ギャップで体が参ってしまい、疲労の溜まりかたはハイペース。

午後、日が傾き始めるあたりから風向きが急に変わり、今度は寒冷前線が近い。夕方にはもう一雨が来て、気温は本格的に落ち始める。一日を通して高い湿度の空気だったので、明日の朝まで続く気温の低さは心地よさを感じる。北風を伴ってやってくる寒気で乾燥した空気になり、明日は晴れて乾燥した日になりそうか。

こうして、今年も高い湿度からくる蒸し暑さに耐える日が始まっていく。その日を耐えられるかどうかは、前日にどれだけの睡眠時間を確保できたか。これで大きく変わってくることが分かった。

準備継続中

久しぶりにホンダの発電機、EX300の記事。

とりあえずエンジンが始動しないと分かったのが、去年12月。それから冬の寒さで点検作業どころではなくなってしまい、冬季休業状態となっていた。月日が流れて暖かくなり、機械いじりには最適な季節に入っている。このベストシーズンを逃すと、今度は暑くなって作業しにくくなり、夏季休業に入ってしまう。

コロナ禍で電車の運行本数も見通せず、これで5月は自然と連休が発生してしまうらしい。相変わらず遠出しにくい世の中で、かといって外出自粛を続けていては時間がもったいない。後回しにしている各種課題を片付けていくには好都合なので、それならばと修理用の道具を少しずつ買い揃えていた。

キャブのオーバーホール用

まずはキャブのオーバーホールをしてみることにして、ヤマルーブ キャブレタークリーナー、クリーニングニードルを入手。次にホンダ純正のパッキンセットを購入して、あとはサービスマニュアル片手に実作業を行うのみ。

手元のパーツカタログでは、パッキンセット(16010-ZA8-003)は590円。それが値上がりや希少化なのか実売価格は1,000円を突破しており、そこに送料が加われば2,000円近く。ホンダの一部を除く旧い機械は、基本的には補修パーツが無いと踏んで遊んでいるだけに、いくら高くても純正品が手配できるならまだいいと割り切っている。

あとはキャブのオーバーホールの流れを掴もうと、ひたすら事前調査が続く。2ストエンジンという基本構造から、原チャリのWebページがよくヒットする。エンジンRCカーも2ストで、こちらもキャブがあってオーバーホールは行うが、原理は似てても構造がまるで違うので参考にならず。新しい物事は、とりあえずやってみることが大事。

こっちのアンテナも…

アンテナをネタにしたことで、ふと思い出したのがレシーバー(受信機)用のアンテナ。

羽田空港の航空無線を聞くために窓際に受信機を置くことがあり、装着しているアンテナは第一電波工業(DIAMOND)のSRH789。伸縮式のロッドアンテナで最大長は80.5cm。航空無線の周波数では伸ばしきる必要はなく、だいたいの目安がロッドに貼られているので、迷うことは無い。

第一電波工業(DIAMOND)SRH789

使っていくうちに、その長さで取り回しが悪くなってしまうことが多くなってしまい、気が付けば殆どが純正アンテナを使うようになっていた。航空無線が入りやすい環境から純正アンテナでも満足し、ますますSRH789の出番が失われており、今ではペンケースの中に収められている。

もう少し取り回しが良くて、純正アンテナよりも良い性能を示す航空無線向きのアンテナはないかー?と調べてみる。目についたものを片っ端からリストアップし、あとは気分的な問題。今はアンテナが欲しいかも?と感情を抱いている状態なので、まずは冷却期間を置く。もうしばらくして、やはり買うしかないと判断すれば、注文に至る。

今年度はいろいろと生活方針が変わりそうなので、勢いや物欲に任せたまま買い物を続けるわけにはいかず。

上を向いてアンテナ見物

散歩や通勤では歩きスマホ…となることは無く、しっかりと前を向いて歩く。ただでさえ交通量と人の交差が多い街中なので、それこそターミネーターの眼内モニター(視覚情報画面)の如く、周囲の状況を把握し続けながら歩くことになる。

歩いている中で、家々の屋根が視界に入る。アンテナが設置されていることは別に珍しくはないが、揃いも揃ってみな同じ方向を向いている光景が、無線のちょっとした勉強に繋がってくる。テレビ受信用のアンテナは向きがあり、設置された先には送信局があって、ここでは東京スカイツリーに向けられていることが多い。

UHFアンテナ

屋根上に設置されている地デジ用UHFアンテナの例。電波は写真右側の奥方向から飛んできて、アンテナの方角を向くと確かに東京スカイツリーが見える。

少なからずアナログテレビ放送用のVHFアンテナが残っている家もある。

VHFアンテナとUHFアンテナ

上にあるのが地デジ用のUHFアンテナ、下にあるのがアナログテレビ放送で使っていたと思われるVHFアンテナ。それぞれが別の方向を向いており、送信局は全く別。UHFアンテナ設置時のテストで、受信状況が変ったのかもしれない。

地デジ放送によって、テレビの受信用アンテナはVHFアンテナからUHFアンテナに切り替わり、役目を終えて取り外されていった。少なからず残っているVHFアンテナを見て、そういえば昔はこんなアンテナだったなと思い出すことになった。