オメガのコンプリートメンテナンスサービスを受けてきた

アポロ11号が月面着陸に成功した1969年7月21日(日本時間)からちょうど50年後、スピードマスターのオーバーホールを依頼した。銀座のニコラスGハイエックセンター、オメガ カスタマーサービスへ持って行き、そのまま預けてきた。コンプリートメンテナンスサービス、いわゆる正規オーバーホールだ。

流れとしては、その場でカスタマー インフォーメーション システム(CIS)の登録を行い、店員に登録メールを見せてアカウントができたことを報告し、伝票を受け取って店舗手続きは終了。以後はWebサービス上でのやり取りに変わる。

■7月21日
銀座のオメガ カスタマーサービスへ行き、時計を預ける。CIS登録。

■7月22日
スウォッチグループジャパンから時計を預かったとメールが着信する。

■7月24日
分解され、見積もり作業完了とのメールが着信する。CISのマイページにも時計の状態が表示される。時計の状態によっては本国送り扱いとなり、そうなるとWeb上からの確認はできなくなって、郵送で見積書が届くという流れに変わるそうだ。

時計の状態詳細

外装の傷が全てチェックされ、表示されている。ムーブメントについて記載がないのは、遅れや進み、帯磁といった不具合が特にないためだろう。オーバーホールにはライトポリッシュ作業が含まれているので、これらの傷がどう修正されるか。

最初からオーバーホールを依頼していたため、見積もり結果による作業の続行、キャンセルという判断待ちはなく、このままオーバーホール作業が進むことになる。この時点では、仕上がり予定日は8月22日。

■8月15日
オーバーホールが終わり、時計を渡せるようになったからオメガ カスタマーサービスへ来てくれというメールが着信。お盆休みを挟むため多少日数が延びることを覚悟していたが、実際は予定より一週間ほど早く終わり、少々驚かされることになった。

■8月18日(本日)
台風10号からの南風と熱気で、最高気温が34℃に達する危険な暑さの中、銀座まで時計を引き取ってきた。あまりの暑さと日光の強さで、歩行者天国になっている大通りも、殆ど人がいないという環境。

それでは、オーバーホールにおけるライトポリッシュで、スピードマスターはどのような変化をしたのか。作業前と作業後の比較写真だ。

作業前の竜頭周辺状態

作業前の竜頭、クロノグラフのプッシュボタン周辺。カップラーメンタイマーから経過時間の測定等でクロノグラフ機能を使う場面はけっこう多く、このように垢由来の汚れがたっぷり付着。

作業後の竜頭周辺状態

オーバーホールで洗浄され、キレイになった。正規オーバーホールによる最大の強みがココにあって、竜頭、クロノグラフ用のプッシュボタン二つは、純正新品に交換されている。防水性を確保するための措置だそうで、分解してOリングだけを交換するのではなく、一式で交換するとは初めて知った。問答無用で交換するほうが、品質確保と作業時間の短縮に繋がるメリットも存在する。

世間の時計修理業では、Oリングの交換に留めるのではないか。しかも、スウォッチグループは社外への純正部品の供給を止めているので、細かい部品が入手できないとジェネリックと呼ばれる互換品か、純正部品であっても非正規ルートによる高価格での仕入れになってしまう。こうした流れを受けて、将来的にはスウォッチグループの時計全てが、メーカー取次ぎ扱いに変わっていく可能性もありそうだ。

作業前のケースの傷

ケースの側面に入った縦傷。

研磨され傷は消滅

研磨によって傷は消えており、表面のヘアラインもキレイに維持されている。

作業前の裏蓋の傷

裏蓋には放射方向への傷が入っている。腕に砂埃が付着したまま、時計の装着と外しを繰り返して、このような傷になってしまったのかもしれない。数ある傷の中で、最も消したかったのがこの部分。

研磨を終えてキレイになった裏蓋

無事に消えて、本当に一安心。この部分は傷つけないよう、今後は丁寧に扱っていきたい。

作業前のブレスには傷がある

ブレスのバックルは、机の上に置いたときなどに傷が入るようだ。傷の方向性はバラバラ。

傷は消えて元通り

研磨によって、ヘアライン地の整ったバックルが戻ってきた。

正規オーバーホールに付帯するライトポリッシュによって、ここまでキレイになるなら十分なサービスだ。肝心のムーブメントについても、分解と洗浄における異常は見当たらず、しっかりと注油して組み立てたことが報告された。

修理明細とレシート

オーバーホール後の保証期間は2年間。正規オーバーホールなので、総費用は84,240円。この中には竜頭と二つのプッシュボタン代が含まれており、部品代だけでも30,000円近くに達するものと思われる。これら交換部品代や作業料等を考えると、メーカーの正規オーバーホールと世間の時計修理業でのオーバーホールでは、費用の差は縮んでくる。しかも保障期間が2年と長く、正規ならではの特長。

オメガの正規オーバーホールなら部品供給問題を無視できて、高価と思える総費用の中には交換した部品代が含まれ、保障期間が長い。オメガの時計に限れば、オーバーホールは世間の時計修理業よりも、オメガカスタマーサービスで受けたほうが有利と判断できる。「機械式腕時計のオーバーホールの重要性を説く→正規料金はこんなに高い→○○時計店では正規に比べてこれだけ安い」という三段オチのアフィリエイトサイトには記載されない、実際のリアルを目の当たりにすることになった。

純正ケースがプレゼントされる

店頭引取りでも、時計の輸送ケースがプレゼントされた。ちょうど会社用に一つ欲しかったので、これには大助かり。

増えたぞ追補版

車の内部を知り、調整の基準値や正しい整備手順を知るることができるサービスマニュアル=整備書は、機械いじり趣味の一環としてのコレクションだけでなく、車が旧くなって台数が減っていくことで、応じて情報や資料が失われていくことへの保護対策も兼ねている。

以前、EK9/EK系シビックのサービスマニュアルについての記事をアップしたところだが、この時点では完全には揃っていなかった。乗っているシビックRが前期型(E-、100番台)なので、サービスマニュアルもEK9前期型の追補版だけだった。純粋な前期型なら問題はないが、インパネ、エアコン制御周辺は後期型にコンバートしており、故障対応を考えれば後期型(GF-、110/120番台)のサービスマニュアルも持っておきたい。

マイナーチェンジや特別仕様車の追加、オプション設定や部品の統合による整備作業の変更等で、サービスマニュアルは『追補版』が追加発行されることがある。それら追補版に後期型の欲しい情報が記載されており、さらには後期型に乗っている方から問い合わせがあってもすぐに動けるように、Webサイト運営でも役立つ可能性を考えて揃えていく。結果、ベースとなるシャシ整備編に4冊の追補版が合わさるという、かなりのボリュームのサービスマニュアル集になった。

サービスマニュアル集

これでシャシ整備編と追補版はコンプリートできたと思われる。揃えてみて分かったことは、スバルの年次改良ではないが、毎年何かしらの変更点があったことか。特に最後ではEK3のフェリオでGH-(平成12年排出ガス規制)に適合しており、さらにはOBD-IIコネクタまで装備していたようで、もはや別物のEK型シビックに変貌している。

公式資料集めはだいたいOK。サービスマニュアルを全て揃えるまでに時間や金はそれなりに掛かったが、今の維持に役立つ強力なツールになっている。

戦時のお話

終戦の日。

母方の祖父、祖母は戦争真っ只中の世代。体が動くうちに慰霊祭に出ておきたいと、長崎からはるばるこちら、東京に来ている。戦争の体験を聞く…なんてことは、テレビや各集会でいろいろ見て聞いてきたが、実は今に至るまで、当の祖父母たちから戦争体験というのを聞いたことがない。歴史の勉強を行うのは小学生後半あたりで、その内容があまりに衝撃的だったことを覚えており、今更過去の辛い体験を口にさせるのは当人にとっても嫌なものだろう…という配慮があって、現在も変わることは無い。

母親伝いで聞いたところでは、祖母の父、つまり私にとっての曽祖父は、船の機関長をやっていたそうだ。1945年当時50代で、4月に赤紙が来た。遠征前、祖母が曽祖父に背負われ、夕暮れの海岸を歩いたのが最後の記憶とのこと。その船は、フィリピンへ向かう途中に攻撃されて沈んでしまい、曽祖父は船と運命を共にした。祖母は子供心に「50歳の人間すら招集させるくらいだ、この戦争は勝てん」と直感していたという。機関長だったので、当時は相当裕福だったらしいが、赤紙一枚で全てが狂ってしまい、何もかも失われたというオチまでつく。

聞いたのはこれくらいで、しかも人伝だから正確性もない。祖父母の記憶はだいぶ薄れてきており、耳が遠くなってきている点もあり、既に電話越しでは会話が成り立たない。もう直接聞くチャンスはないだろう。1945年4月に召集、フィリピンへ向かう途中で撃沈という二つが、今のところ分かっている内容。現代は『調べようと思えばどこまでも調べられる』世の中なので、あとはやる気次第。

少し前、FLASH黄金時代とされている過去。『大日本帝國の最期 第壱幕~大平洋、波風立ちて~』『大日本帝國の最期 第弐幕~帝国皇軍 斯く戦へり~』『大日本帝國の最期 第参幕~日はまた昇る~』という三本のFLASH動画がアップされていた。公開していたWebサイトはなくなってしまったが、ファイルそのものはローカルで保存しており、誰かがYoutube等に代替アップしているので、見ることは不可能ではない。合計45分近くになるが、あっという間に見ることができる動画だ。その中に、曽祖父の謎が少しでも解けるかな?と見直したが、やはり解決に至るヒントは見当たらず。

この動画を改めて見ると、学校で習うであろう「太平洋戦争を起こした日本は残虐だった」という特定アジアの喧伝に沿った内容とは、まるで違うことに気づく。アジア極東の小さな島国=日本が白人たちの国を含めた奴隷を解放し、最後の最後まで抗戦し続けてきたわけで、戦勝国にはそのトラウマが今なお生き残っている。日本が再び強くなると、なにをするか分からないから恐れているわけだ。

戦時の話からもう一つ分かったことは、代々乗り物に関わる仕事でメシ代を稼いでいることか。悲惨な内容だけでなく、血筋からか仕事の方向性が似てくるとか、そういった発見もあったりする。

0日到達

2014年5月11日、初めてスピード違反で捕まった。ネズミ捕りを食らった場所は首都高湾岸線東行きの東扇島出口先、R357内だ。湾岸線特有のハイスピード状態のままR357に出てしてしまい、最高速度50km/hの道路だったこともあって、自動的に検挙。三脚で設置された測定器も目視できたが、見えた時点でスピードを落としてももはや遅く、止まれの赤旗を振られることになった。

無念の青きっぷ

青きっぷを受け取るときに、印鑑、印鑑を持っていなければ指印(指紋)を求められるが、これ、押さなければならないという法的な根拠はないそうだ。「押さなければならないと決まっている」と言われれば「法的根拠を説明せよ」と応じればいいそうな。その指紋が警察内部でどのように扱われているか、全く公開されていないのも気になる部分。得た個人情報と合わせて、データベース化されていても不思議ではない。

こちら側が素直に応じないと、供述調書とか裁判を口にして脅してくるが「やればいいじゃん?やれよ、今すぐ」で対処できる。ここで車から出てしまうと、手が当たっただけで転び公妨(当たり公妨)をでっち上げられる可能性もあるので、決して車外へ出ないことが重要。ついでに、動画でも撮っておくのもよろし。

捕まった後、何度か現場を通って再確認したところ、同じ場所でネズミ捕りをしている様子をチェックできた。さらに調べてみると、Web上で見つかった最も古いネズミ捕り記録は2001年。神奈川県警の交通公開取締情報では、R357の川崎区東扇島付近は毎回掲載されている、いわばお馴染みの地点だった。ついでに、今ではTwitterの公式アカウントでご丁寧に予告してくれるので、むしろカメラを持って取り締まりを観察する傍観者モードに徹するのも面白そうだ。

2014年は免許更新のタイミングで、このスピード違反によってブルー免許に戻った。地味に痛いのが、任意保険料の割引がなくなったこと。さらに物損事故により、事故有等級で計算されて割引率はかなり悪化することに。

ゴールド免許になるかどうかを判定する期間は、更新年の誕生日41日前までの過去5年間となっている。この期間内に無事故無違反かどうか。2019年の免許更新のタイミングから逆算して、ブルー化してから次の更新40日前までをカウントする構文を家計簿用エクセルのファイルにセットしておき、2,000日近くの日数を毎日のように眺めていた。そして0日になっていることに気づき、ひとまず優良判定の基準はクリア。

この優良判定期間の関係で、二輪免許の取得を5年に渡って先延ばしにしていた。ここで二輪免許を取ってしまうと更新期間が延びて、ブルー免許が続いてしまうため。無事に縛りもなくなったわけで、ようやく動き出すことができるが、再び自動車学校通いとなると、現実は面倒で億劫になるものだ。

雨のち晴れで雨の日は

朝から天気がコロコロと変わり、雨が降っていたと思ったらスカッと晴れて、冷たい風が吹いたら大雨に見舞われる。しばらくしたらまた晴れて。

・午前
雨が降っているうちは、Webサーバの設定をいくつか書き換える。レンタルサーバ屋の都合から、当サイトにはいくつかの別URLが設定されており、これら全てhinata.jpへリダイレクトするように変更。

雨雲が通り過ぎたところを見計らって、今度はシビックRの作業。昨日、右側ヘッドライトのバーナーを交換した際、バーナーが明後日の方向を向いたまま、作業を終えていた。せっせとバンパー、バンパービーム、ヘッドライトユニットを外してバーナーを取り付け直す。

走行中、突然インパネに装着していたV-AFCIIが落下して、どうやら両面テープの劣化によるもの。再装着作業は午後に回す。

・午後
落下したV-AFCIIを再装着。雲行きが怪しくなってきて、冷たい風も出てきたので、ここで作業終わり。続きはまた明日。

黒く、低い雲が空いっぱいに広がり、急激に天気が悪くなってきている。先ほどから、航空機のエンジン音がやたら響いている。原因は悪天候により、羽田空港でのゴーアラウンド祭りとなっていて、次から次に航空機が着陸せずに空へ戻っていたため。ゴーアラウンドをカマされると30分の遅延となるが、着陸までのプロセスを二回見れて(窓際かつ主翼後ろ側限定)、考え方によってはお得感ありか。ゴーアラウンド、一度は経験してみたい。そして大雨。

・寝
この連休中は布団に入るのが20時過ぎ、6時を回ってから起きる生活になっており、睡眠時間は9時間から10時間。平日は睡眠時間が7時間弱まで短くなるので、連休明けは辛い思いをすることになるかもしれない。ただ、平日は平日で合計1時間以上の昼寝をしていることから、24時間における睡眠時間は平日休日共に大きな変化はないらしい。

インバータやバーナーの交換

先日、予備車検場で右側(運転席側)のヘッドライトが暗いことが指摘され、さっそくバーナーの取り替えを行うことになった。ついでに、ヘッドライトユニットを交換する際に、インバータの取り付け穴が割れていることを発見し、こちらも同時に交換する。

割れたインバータ

インバータはバンパービームに木ネジで固定しており、12年近くに渡る振動のストレスを受け続けて、取り付け穴から割れてしまった。つい最近、振動に弱いのがアルミ合金の特性と知ったばかりで、こういうことなのかな?と実例を見ることになった。内部基板はオスラム・シルバニア(アメリカ)製。

交換したインバータ

インバータを交換したところ。写真には撮っていないが、ヘッドライト内のバーナーも交換している。これで2セット目のHIDキットの部品は全て使い果たしたことになり、いよいよ最後となる3セット目が待機状態に入り、意外と早い段階で交換することになりそうか。

バーナーは右側と左側で使用時間が大きく異なっており、点灯してから安定するまでに明確な差が出ている。左側はすぐに白くなるが、今回交換した右側は青い光を放ってから、白い輝きが強くなる。安定してしまえば両目で白く発光しているが、あまり長くは持たないかもしれない。

4セット目はLEDタイプが有力か。LEDは常に進化し続けている半導体。後から発売される製品のほうが性能が良くなるので、HIDが点灯しなくなることを恐れてストックするわけにはいかず。4セット目が青く光ってしまうようになってから買えばいいとして、自然冷却とか電動ファンによる強制冷却とか、まるで遠い昔のCPUのようだ。

バーナーの発光部分その1

何度か再撮影を繰り返してみたが、ガラス特有の輝きがあまり引き出せず、美しく撮れない。

バーナーの発光部分その2

取り外したバーナーの発光部分は、まだ光る状態で外したこともあって、若干白くなっているだけ。完全に点灯しなくなると中央の発光部分が黒くなったりするそうだ。

ヘッドライトユニットやバンパービームを取り付けて、作業終了…と思ったら、交換した右側バーナーの位置が若干悪いことに気づく。バーナーが明後日の方向を向いており、特に職場内では喜ばれる状態になっている。暑さで集中力が尽きていたこともあって、位置調整の続きはまた後日とする。

リフォーム立会いとか

8:15
「おはようございます」と訪れたのは、空調服を着た作業担当者だ。挨拶から簡単な事前説明が始まり、傷防止の養生をセッティングを行って、さっそく作業開始。ベリベリと壁紙を剥がす音が響き渡って、あっという間に下地ボードがむき出しに。

今日は便所リフォームの日。「この日しかない」と作業店側から提示され、それならばとこの日をチョイス。家の中のトイレは暑い、臭いと悪条件が揃っている。私も便所設備系のメンテナンスは経験しているので、少しでも作業環境の改善に繋がるよう、扇風機を複数設置してエアコンからの冷気を流し込んでいく。

二人目の職人が登場し、頭にねじり鉢巻をした中年のおじさん。親方らしいスタイルの職人さんが、今なおいることに感動と驚き。

9:00
ガコガコと音がしたと思ったら、いつの間にか便器が外れており、旧便器が玄関先に運び出されていた。タンクと便器が分離した状態でまとめており、観察してみると便座と陶器部分の間には、見慣れた汚れが固着。外された便器は破砕され、埋め立て処分されるのだろうか。

10時過ぎに「ちょっと一服入れてきますねー」と、休憩に入る。小休止から戻り次第、作業再開。ひたすら壁紙の貼り付け…というよりも、今回の作業を通して最も時間がかかっていたのは、実はこの壁紙の貼り付け。貼り付けてからも、ある程度乾くまでは次の作業に着手できず、ひたすら待ち続けていた。便器の取り外し、汚水管の位置調整、新便器の設置はあっという間に終わっていた。

11:50
新便器が廊下に仮置きされ、これもある意味では見慣れた光景。ゴミや梱包材を清掃し、汚水管の微調整。電動ノコギリとハンマーからの聞き慣れた動作音が、妙に心地よかった。そして新便器をセットする。

12:50
取り外していた便所内備品を再セットし、交換作業は終了。損傷等がないか職人さんたちと合同でチェックし、異常が無ければ書類にサインして、リフォーム作業は完了となる。

・トイレのリフォームは半日を要する。この中でも壁紙の張替え時間が殆どを占める。

・便器本体とタンクそれぞれは、片手で持てるほどの重量しかない。この「持ち運べる重量」が関係して、海外では便器を遠くに投げる大会が存在し、信管を取り付けて実戦で投下した「便器爆弾」が存在する。

・工事時間中は便所が使えなくなるので、朝から水分の摂取を抑え、利尿効果のあるカフェインは口にしないという、客側も我慢が強いられる。

・便器は進化しており、より少ない水で洗浄するようになっている。大量の水で汚物を押し流すことが前提にされている配管系統において、少量の水による洗浄となるため、配管内にウンコが留まることはないのか、疑問が残る。

車に限らず、取り外しから組み立てまでの一連の流れについて、興味深く見てしまうのは機械いじり趣味の一環だろう。既に建設されている建物でこの状態なのだから、家を建てるときには暇さえあれば飽きることなく眺めているのかもしれない。

方針を受け継いで

休日出勤の日。世間は夏休みのシーズンで、通勤もラクラク。朝から高速道路の事故情報を見ることになり、各交通機関の下り線の混雑状況を眺めることになった。混むと分かっていながら、人ごみや渋滞に突入していく光景を大変だべなぁとせせら笑うのが私というもの。

父親も運輸業の人間なので、お盆期間中においては書き入れ時。そんな家庭環境から、子供のころの家族旅行は世間が夏休み期間が終わってからだった。学校の夏休み期間を基準にすれば、8月後半のタイミングになってくる。しかも両親揃って根っからの渋滞嫌いという性質があるため、家の出発は遅くても6時。5時前には起きて準備や朝食を済ませて、終わり次第出発!みたいな。

遠出の際の、この行動パターン。現在でもドライブで出かける際の基本方針となって受け継がれており、ちょうど下り線が混雑する時間帯には、既に観光地近くの道路を走っていたりする。下り線の渋滞に巻き込まれていた人たちが、観光地に押し寄せてくるあたりでは、また次の目的地に向かって移動を開始することになり、人ごみに紛れてしまうことは殆どない。だいたい、人々の喧騒から離れるのがドライブや旅の良さなので、あえて人が多い中に飛び込むなんてナンセンスではないか。

お盆期間中が終わりに近づき、Uターンラッシュで上り線が詰まっている横をスイスイと下り線を進む爽快感も、子供のときに覚えていた。上り線での事故が起きれば、見物渋滞で下り線も詰まることは多々あるが、早朝出発のおかげで渋滞に巻き込まれることは無く。

ピーク中の現地では人の波に飲まれ、店員や係員に余裕がなくなってくる。そういったネガティブな環境から解放されるのが、お盆期間が終わってから。すると、接客にもゆとりが出てきて普段どおりの親切な対応に戻っていく。

以前までの仕事環境であれば、お盆期間中でも普通に仕事していて、連休は全く無かった。現在はピーク期間中は列車を大量に走らせる営業パターンから、お盆期間中に連休が設定されるようになり、これが地味に困るようになった。どこへ行こうにも混雑と渋滞を考慮せねばならず、それで疲れるくらいなら、体調を整えるための休暇にするしかないようで。

どこかへ行くなら、やはりお盆期間を外すに限る。まとまった有休も取りやすいことから、今は大人しく過ごしていたほうがよさそう。混雑を避けて休むいう両親の方針を受け継がなかったら、人ごみに向けて突き進んでいたかもしれない。

ピーク輸送スタート

今日から夏休み、お盆における多客輸送期間に突入。東海道新幹線は需要に応じて臨時列車の設定を毎日細かく調整しており、今日はビジネス客と旅行客が重なる日という背景もあって、過去最高の436本の運転本数となった。

この時期になると、毎年「過去最高の運転本数」というフレーズを聞いているような気がするが、それは思い込みではなく年々増加して、最大運転本数が更新し続けていることによるものだった。

2019年:436本(8/9)
2018年:434本(8/10)
2017年:433本(8/10)
2016年:432本(8/10)
2015年:過去最多としか表記していない

このように、毎年じわりじわりと増えている。

今日のような平日であれば、定期検査で運用を一時的に離脱する編成が何本か出ており、ついでに足の遅い700系が僅かに残っている。そんな悪条件揃いで436本とは、理想の上司フリーザ様ではないが「新形式が増えるたびに運転本数が増す。その意味がわかるな?」ということになり、まだ増える余地がある。

以前の報道で出ていたように、2020年春のダイヤ改正で東京駅での折り返し時間を2分短縮する計画があるそうだ。既に定期検査による一時的な運用離脱の時間は減っていて、検査が終われば営業準備を整えて運用に戻るようになっている。700系が全廃されれば、急加速性能と車体傾斜システムで連続的な高速走行が行えるN700(A)系に統一され、列車種別全てが最高285km/hで東西を走り抜けることができる。これらの積み重ねによって、運転本数と提供座席数がより増加することになる。

国鉄分割民営化のゴタゴタで、現在の品川駅にあった東海道新幹線の車両基地は大井ふ頭の埋立地へ移転させられ、これが今の大井基地となる。その大井基地までの回送線は、東海道新幹線のボトルネックの一つであり続けている。もしも大井ふ頭への移転が発生せず品川基地として残り続けていたら、現在とはまるで違う運転パターンになっていたに違いない。

立秋と日没時間と

今日は立秋ということで、秋の気配が立ち始める日となっているそうな。秋なんてなんのその、実際は厳しい残暑が続くことになり、この暑さがいつまで続くのか?とウンザリすることになる…と思っていた。

7月が長らく冷え込んでいた影響か、今シーズンの夏は突然の高温に見舞われたような印象になっている。そんな高温に見舞われる日中は厳しい環境になるものの、日没を迎えてみるとハッキリと体感できるほど気温が落ちていると感じているのは、私だけだろうか。帰宅後、外気温の状況に応じて冷房設定温度を少しずつ上げていかないと、寒い部屋に変わってしまうなんて、ここ数年では無かったこと。

帰宅してからのフロメシが終わるのが19時。外はもう暗い。6月22日の夏至における日没時間は19時過ぎ。そこから立秋となる8日の日没時間は、18時40分前後。僅か20分でもけっこうな差があって、いつまでも明るい野外は気がつけば見れなくなっており、今年はもう終わりとなっていた。8月31日になれば、下車駅に着いた時点で日没時間だ。

下車駅に着いた時点で自身の影は長くなっており、こういったところからも秋に突入していることを実感。二十四節気をベースに、毎日の小さな変化を拾い集めていくと、四季がどんどん移り変わっていく様子が観察できる。