終戦の日。
母方の祖父、祖母は戦争真っ只中の世代。体が動くうちに慰霊祭に出ておきたいと、長崎からはるばるこちら、東京に来ている。戦争の体験を聞く…なんてことは、テレビや各集会でいろいろ見て聞いてきたが、実は今に至るまで、当の祖父母たちから戦争体験というのを聞いたことがない。歴史の勉強を行うのは小学生後半あたりで、その内容があまりに衝撃的だったことを覚えており、今更過去の辛い体験を口にさせるのは当人にとっても嫌なものだろう…という配慮があって、現在も変わることは無い。
母親伝いで聞いたところでは、祖母の父、つまり私にとっての曽祖父は、船の機関長をやっていたそうだ。1945年当時50代で、4月に赤紙が来た。遠征前、祖母が曽祖父に背負われ、夕暮れの海岸を歩いたのが最後の記憶とのこと。その船は、フィリピンへ向かう途中に攻撃されて沈んでしまい、曽祖父は船と運命を共にした。祖母は子供心に「50歳の人間すら招集させるくらいだ、この戦争は勝てん」と直感していたという。機関長だったので、当時は相当裕福だったらしいが、赤紙一枚で全てが狂ってしまい、何もかも失われたというオチまでつく。
聞いたのはこれくらいで、しかも人伝だから正確性もない。祖父母の記憶はだいぶ薄れてきており、耳が遠くなってきている点もあり、既に電話越しでは会話が成り立たない。もう直接聞くチャンスはないだろう。1945年4月に召集、フィリピンへ向かう途中で撃沈という二つが、今のところ分かっている内容。現代は『調べようと思えばどこまでも調べられる』世の中なので、あとはやる気次第。
少し前、FLASH黄金時代とされている過去。『大日本帝國の最期 第壱幕~大平洋、波風立ちて~』『大日本帝國の最期 第弐幕~帝国皇軍 斯く戦へり~』『大日本帝國の最期 第参幕~日はまた昇る~』という三本のFLASH動画がアップされていた。公開していたWebサイトはなくなってしまったが、ファイルそのものはローカルで保存しており、誰かがYoutube等に代替アップしているので、見ることは不可能ではない。合計45分近くになるが、あっという間に見ることができる動画だ。その中に、曽祖父の謎が少しでも解けるかな?と見直したが、やはり解決に至るヒントは見当たらず。
この動画を改めて見ると、学校で習うであろう「太平洋戦争を起こした日本は残虐だった」という特定アジアの喧伝に沿った内容とは、まるで違うことに気づく。アジア極東の小さな島国=日本が白人たちの国を含めた奴隷を解放し、最後の最後まで抗戦し続けてきたわけで、戦勝国にはそのトラウマが今なお生き残っている。日本が再び強くなると、なにをするか分からないから恐れているわけだ。
戦時の話からもう一つ分かったことは、代々乗り物に関わる仕事でメシ代を稼いでいることか。悲惨な内容だけでなく、血筋からか仕事の方向性が似てくるとか、そういった発見もあったりする。