ボーナスがあれば大丈夫?

夏のボーナスの時期だったことをすっかり忘れており、明細書の話が出てからやっと思い出した。支給額についても完全に頭から抜けており、部下に「今回って何か月分?」と聞くほどの状態だった。

財布の口が緩んだ物欲優先では、カメラのレンズ、望遠鏡に顕微鏡、シビックRのストック部品買い増しが思い浮かぶが、今回ばかりは何もできないと思われる。というのも、5月にシビックRのナビを換装しており、この諸費用が合計20万円近くに達する。まずはナビの支出を補填するとして、次に秋口の旅費と時計のオーバーホール費用の積み立てがあり…と考えると、ナビの大出費を取り戻す以外は、普段とあまり変わらないような気がしてきた。

いや、この考え方がマズいか。ボーナスで補填というのが、実は金が貯まりにくくなるパターンの一つ。EK4シビックSiRII、DC2インテR、EK9シビックRと続いてきた三重のオートローンに縛られていたころは、ボーナスが生命線そのもの。積み重なった赤字は、年二回のボーナスでカバーという、一番やってはならないサイクルが続いていた。当然、金なんか貯まるわけがない。

地獄だったあの日々から5年も経てば、辛かった記憶も薄れてしまい、気も緩んでくるか。というわけで、久しぶりの「ボーナスがあるから高額商品(ナビ)を買ってしまえ」をやってしまい、振り返ってみれば計画的に準備できた部分が多々あったなと反省。今後の大出費計画は、ブレーキキャリパーの再交換だ。長期的に維持するつもりが、ホイールクリーナーでメッキを剥がしてしまい、今なお表面の肌荒れが進行中。ナビの痛い支出の経験から、同じ失敗をしないよう、準備スタートとなった。

Master Alarm

朝8時前、現場の事務所。

始業前の事務所内の柱に掲げられているテレビのチャンネルは、NHKになっている。8時になれば、そのまま連続テレビ小説が始まるという、いつもの光景になるはずだった。

緊急地震速報のチャイムと同時に、一斉にテレビに注目する面々。「関西か!」「大阪?」とザワつき始めるが、ここ関東と関西では場所が違いすぎ、どうすることもできず、次第に明らかになっていく被害状況を見守ることしかできなかった。迷惑と分かっているが、関西方面の知人が無事かどうか問い合わせておき、後に確認が取れて一安心。

本線では運休や遅延でダイヤが大きく乱れ、少しずつ運転が再開されたが、しばらくは影響が残りそう。その中で、ある『医者』が関西方面へ向かって往診に出発していったようだ。Twitterのタイムラインを眺めていても、目撃情報と走行スジから想定される 検測 診療パターンが次々とアップされていく様子や、ところどころで頑張れ、頼んだ!というメッセージを見て、これはこれで気が引き締まる思いだった。

2011年3月11日の東日本大震災のときにも話題になったが、震災が起きて被災地から遠かった人は、自分のやることに集中するのが第一ということ。次いで、ワケの分からない募金を求める集団があちこちに現れてくるので、安易に金を出さないように…というのもあった。

大きな地震に誘発され、別の地域でも地震が起きる可能性は否定できず。今はこれが一番怖い。

ボルトの交換、ECUの廃棄

昨日のフィット整備の影響から、腹筋と背筋に痛みあり。姿勢を保つために、意識して筋肉を使っていたので想定内。

さて、ラジエターとコンデンサーの保護のため、フロントバンパーのグリルをメッシュ化しており、固定はブルーアルマイト加工されたアルミ製ボルトだった。銀色のバンパーに鮮やかなブルーのボルトはけっこう目立ち、八重歯と名づけられていた。

青色のボルト

アクセントみたいなものかもしれないが、ふとボルトを交換してみようと思い立つ。バンパーの色に合わせて銀色…未着色のアルミボルトを購入し、交換して様子を見る。

銀色のボルト

明るい銀色で、これはこれで目立つような気がする。時間の経過と共に、汚れて目立たなくなることを期待して、当面は銀色のボルトを継続使用することになった。

小ロット専門の工場へアルミ製のM8トラスネジの作成を依頼してみたところ、4本で15,000円近くの見積もりとなった。現在はちょっと手が出ないが、遠い将来、こういったメーカーにワンオフのパーツ等も相談することも視野に入れる必要がありそう。

6月9日に、それまで使っていたECU(1998年春製造)から、予備のECU(1997年秋製造)に交換。外したECUは経年に対する改造ベースに転用し、実際に手を入れてみたが、基板の一部に重大なダメージを与えたことや部品の選定がオーバースペック過ぎてしまい、逆に長期使用には適さないものになった。危なくて使えたものではないので、レアメタルのリサイクル行き(廃棄)。

270,000km

ECUを代わる代わる交換して試運転しているうちに、270,000kmに到達。前回(265,000km時)のオイル交換後に注入し過ぎが判明し、300cc程度抜いて量を微調整している。規定の5,000kmを走る中で、エンジンオイルをどれだけ消費するかは常に注意を払っているが、オイル量を派手に動かしたことから、今回は未調査とした。

フィットのラゲッジランプ増設、完結!

<これまでのあらすじ>
4月7日にレイのGP5氏のフィットに対し、ラゲッジランプを増設しようとした。リアハッチに連動して、増設したラゲッジランプが点灯と消灯ができるようにしたかったのだが、どうも回路がうまく構成されず、結局時間切れ。その後、丁字路を止まることなく突っ込んできたアホに側面をドゴン!とやられ、次の施工日は無期延期に。

事故処理が続く間に、レイのGP5氏はサービスマニュアルを入手しており、イマ車の回路図を勉強させてもらう。それをベースに、増設したラゲッジランプの回路を構成し直し、必要なパーツを再手配しておく。いよいよフィットが復帰、さぁ施工するべ!と思ったら、今度は梅雨入り。しかも、休日に限って天候が悪いときたもので…。
</これまでのあらすじ>

梅雨ながらも、どうやら今日の日中は雨らしい雨は降らないらしく、ここを逃せばまた延期が続いてしまうはず。朝の時点では小雨が舞っていたが、途中で止むと判断して作業開始。

FIT3の天井パネルを外したところ

午前中は内装を外して下準備をしておき、少し早めの昼食を済ませてから午後から本格的な作業に入る。私はラゲッジランプの増設用回路のセットアップに専念し、レイのGP5氏とS15オーナーは同時追加施工となる、オーディオ系統の音質改善作業となった。

ラゲッジランプ用リレーを組み込む

イマ車だけあって、電装部品は車載のコンピューターを経由するようになっているようだ。リスクを考えれば標準の回路を直接いじるわけにはいかず、リレーを組み込んでコンピューターから隔離しておく。このリレーは、敗退後のブラッシュアップ中に用意したもの。

作業中に点灯試験を行い、検査良好。点灯したことにまずは喜んで、いそいそと内装を戻していく。分解にはけっこうな時間が掛かるが、組み立て作業は本当に短時間だ。道具を取りに、僅かな時間だけ車を離れていても、多くの内装パーツがセットされていたりする。

増設したラゲッジランプ

完成!内装を戻した状態で点灯させると、ラゲッジランプの増設効果がよりはっきりする。左側にオフセットしていてもトランク部分全体を照らし、とても明るい。3月3日に行った、Y氏のフィットへのラゲッジランプの増設では、リアハッチではなく乗降ドアに連動して点灯と消灯するようにしていた。今回は、リアハッチに連動するようにしたので、Version2といったところ。リアハッチを開ければ点灯、閉じれば消灯することを何度も確認、リアハッチが閉じていても、独立して点灯できることもしっかりと確認すれば、作業は完了となる。

抜群の明るさ、独立点灯もOK

夜間での使い勝手は、増設前とは比べ物にならないほど向上した。ジェイドではトランク部の天井にラゲッジランプがあるのに、フィットでは装備されておらず、側面の小さなラゲッジランプのみというのが本当に不思議だ。

北風で寒い中、本当にお疲れ様でした。>作業者全員

探査機のリアルタイムデータを見る

本日の記事における画像データ及び数値データ全ては、ISAS/JAXAとNASA-JPL(ジェット推進研究所)に著作権が帰属している。

毎日のWebサイト定期巡回のコースの中には、ISAS/JAXAが公開している『はや2NOW』がある。小惑星探査機はやぶさ2の電波通信の運用状況について、ほぼリアルタイムで眺めることができる。詳しい説明に関しては、はやぶさ2プロジェクトの公式Webサイトのトピックスにて掲載されている

平日の日中であれば、日本の臼田宇宙空間観測所とはやぶさ2が通信している様子が表示されることが多い。海外のアンテナを使うこともあるようだが、日本から一旦海外のアンテナを経由し、それからはやぶさ2という遠回りになるためか、使っている様子を見る機会は少なかった。

昨日の22時前にはや2NOWを開いたところ、はやぶさ2に搭載されている高利得アンテナ(ハイゲインアンテナ=丸い円盤型のアンテナ)が点滅しており、何かしらの通信を行っていることを示していた。リュウグウ到着がいよいよ近づき、高い精度でのコントロール等を行っているのかもしれない。

はやぶさ2高利得アンテナを使用中

はやぶさ2の背面に装備されている、二つの高利得アンテナのうち、向かって左側が動作中。右側にあるアンテナ表示欄においても、XHGAが点灯している。

マドリード深宇宙通信施設経由で通信中

今度はNASAのジェット推進研究所にて公開されている、Deep Space Network NOWへアクセスしてみる。すると、スペインのマドリード深宇宙通信施設にて、HYB2という略称と共に、アンテナからデコボコした波が出て、または向かってくる様子が描かれている。 HYB2はそのまま、はやぶさ2を意味する。

デコボコの波はデータ信号を表しており、滑らかな波であればキャリア信号となることが、Deep Space Network NOW内のインフォメーションページにも記載がある。

DSS54にて通信中の様子

通信中のアンテナをクリックすると、アンテナのコードネームと共に、向きや角度が表示される。AZIMUTHはアンテナから見たはやぶさ2の方位角、そしてELEVATIONは角度(仰角)となる。はやぶさ2に限らず探査機の位置が、地球の自転の都合で俯角側…地平線より下側になってしまうと、当然ながら通信はできなくなる。世界中に張り巡らされたアンテナ群を使い、常に仰角側で探査機を追跡できるような仕組みが構築されている。

左側がDeep Space Network NOWでの表示、右側がはや2NOWでの表示。日本とスペインの距離…通信速度の差もあって、微妙に数値が異なっているが、方位角159度、仰角69度が一致している。はやぶさ2との通信はマドリード深宇宙通信施設のDSS-54を使っているためか、はや2NOW上でのDSS-63は未表示、通信状態には何も出ていない。

Deep Space Network NOWでの表示枠の中に、小さく+more detailの一文があり、クリックするとアンテナと探査機のリンク状態を表示する詳細画面が広がる。

アップリンクとダウンリンクの数値

アップシグナルが地球からはやぶさ2、ダウンシグナルがはやぶさ2から地球となる。このときの送信速度はなんと秒速15.00バイトという、ダイヤルアップもびっくりのチビチビとした通信だ。対する受信速度も、秒速4.10キロバイトとギガ級の速度に慣れた身からすれば、本当にゆっくりとした速度。ちなみに、この直後に送信速度が秒速999バイトまでアップした。

地球とはやぶさ2の電波が往復するのに、約30分は掛かる。「調子はどう?」と聞いて「万事OK!」と返事が来るまで、30分。地球と月での電波の往復が2.6秒だった点からしても、相当遠くの位置を飛んでいることまで分かる。

地球からは17.70kWで送信しているが、はやぶさ2からの返信は2.91×10のマイナス20kWとは、相当微弱な電波と何となく分かるし、それを識別できる解析能力も凄い。電波の送信と受信に絡む計算は、全く分からないのが残念。

Deep Space Network NOWでは、その他の探査機(…というより、NASAの管理下なので、こちらが本命)との通信が表示されている。例えば、こちら。

ボイジャー2号の通信の様子

1977年8月20日に打ち上げられたボイジャー2号は現役で運用されており、数年以内に太陽系を脱出する見込みとのこと。ボイジャー2号は、オーストラリアのキャンベラ深宇宙通信施設にて追跡されており、秒速159.00バイトで観測データを受信していた。

アポロ計画だけでなく、宇宙の探査や各種観測計画の大ファンだったりするので、この手のリアルタイムなデータ表示のWebサイトはお気に入り。刻々と変わる数値を眺めているだけでも、宇宙の彼方とはいったいなんだろう?と夢が膨らむ。電波の通信時間で地球と探査機の距離計算、通信速度の換算はアタマの体操にはちょうどよく、今回は新たに電波の計算にもチャレンジできそう。

小惑星への到着前からトラブル続きだったはやぶさに対し、はやぶさ2は順調なフライトが続く。今日の時点でリュウグウまで700kmを切っており、東京から青森までの距離と同等になった。2020年末の地球帰還まで頑張れ!

方言とか

実はワタクシ、長崎の人間だったりする。今も本籍はあっちにあり、いい加減移さないと面倒かも?と思いつつも、実害がないので全く動く気がない。

食べ物に関して。長崎ちゃんぽんは感動的な食べ物ではなく、そこらのラーメンと同じような扱いで、ついでにリンガーハットは行ったことがない。カステラは特別なものではなく、コッペパンと同等品。あごだしが高級品なんてマジ?と思っている。もっと言うと、土地柄、肉より魚介類がメインだったりするのに、魚介類は少々苦手(現在克服中)。先日、初めて瓶入りのウニを口にしたが、程よく塩が効いていて御飯のお供か?意外と食えるぞ?というレベルであり。

ある日、電車に乗っていたところ、極めて聞き覚えのあるイントネーションで「せからしかっ!」なんて口にしていた観光客がいて、長崎からの人だったのかな?と感じた。関東人には、マシンガントークのように聞こえてしまうような方言は、同じ長崎でも、地域によって微妙な違いが出てくる。その違いが分かっていれば、ある程度の特定ができるのかもしれないが、関東圏にどっぷり浸かっている耳では、もう不可能だろう。

場所は変わって、横浜にも住んでいた。下町だったためか独特の方言(神奈川弁とも)が数多く残っていて、それを耳にしたり実際に使っていたものだから、方言による出身地判定のWebサイトでは、神奈川県出身判定が出るほど。「かったりー」「わりぃけどさー」あたりは日常的に使っているが、これも一種の神奈川弁らしく、そうだったのかー!とびっくり。

引越しする機会が多く、応じて地域特有の方言も接してきたためか、混乱することなく会話が成り立つことがある。調子よく会話していると、相手も分かっていると感じてしまうらしく、方言丸出しで話が進んでしまいボロが出ることも。このあたりは、外国からの訪問者に対し、片言の英語でも会話が成り立ってしまって、いろいろ語られてどうしよう…となるのと近いものがある。

通勤電車の車窓から

通勤時における電車の乗車位置は、素早く改札口へ向かえるよう、上り線、下り線共に定位置を決めている。当然、その日の混雑具合や人の流れによって変わることがあり、実際のところは人の流れに身を任せることが殆ど。

今日の場合、妙に空いている部分があって、本当に空いているだけなのか、それともゲロやウンコ、その他の要因による空きが生じているかのどちらか。電車に乗った時点で、車内のニオイである程度判断できる。異物/異臭系ではないことに安堵しつつ、空いているドア付近へ移動。

電車内では流れていく景色を眺めつつ、踏切や並走道路に珍しい車がいないか見ていたり、あの青いビルはなんだろう…と記憶しておいて、後からビル所有会社を調べることや、大きな工場が解体され、跡地には再開発で大きなマンションが建っていく変化を見ながら、価格帯はどうなのかな?と気になってみたりする。

猛スピードで変わり続ける景色の中から、一瞬見えたものを覚えておき、その後に落ち着いてからやっと検索。こうして動体視力と短期記憶力のトレーニングを続けて神経に刺激を与えておかないと、アタマと目の劣化が抑えられなくなってしまう。死んだ目と緩んだ顔で、スマホを眺めている暇は一切無い。

空いている部分は、いつもと違って反対側…進行方向左側となる場所だった。そこから見える景色は、向かう方向は同じなのに、ずいぶんと違って見える。あったはずの広大な建物が撤去されて空き地になっていることに気づき、ついでにロケットの部品メーカーを見つけたりと、新しいネタを見つけることができた。

乗り慣れた路線においても、進行方向の右側に立つか左側に立つかだけで、全く違う景色が見えることがけっこう新鮮だった。となれば、普段の景色トレーニングはマンネリ化していて、あまり効果的でないのかもしれない。駅構内を長く歩く気力があれば、先頭や最後尾の車両に乗ってみると、また違った景色が楽しめるはず。

クーラーの点検とか

車齢に応じて、20年に達したEK9シビックRのクーラー系統は、今のところ配管のダメージに伴うガス抜け、コンプレッサーの動作不良は発生していない。冬場でも週一回、5分程度はコンプレッサーを動作させ、内部の潤滑油が循環するよう心掛けており、これが現在の快調な状態に繋がっているのかもしれない。

毎年、夏本番を迎える前に、クーラーの入念点検を行っている。と言っても特別なことではなく、日常点検レベル。エンジンを止めた状態で、まずは補機ベルトにたるみや傷がないかチェックし、次にアイドリング状態でクーラーを全開で動作させる。コンプレッサーの電磁クラッチがON/OFFする際、異音や妙な振動が発生せず、正しくアイドルアップするか。コンデンサーの冷却ファンが正しく回っているか、室内側では冷風はちゃんと出ているか。クーラーの配管に軽く触れてみて、熱いパイプと冷たいパイプにハッキリと分かれているか。

そしてクーラーレシーバタンクのサイトグラスを見て、適正な冷媒量になっているか。ここだけはいつも苦労して、そのサイトグラスは長年の汚れですっかり透明度が失われており、点検窓としての役目を果たしていなかったりする。ガラスそのものが変色しているような状態で、LEDライトを当てて3分近くじっと見つめて、目が慣れてきたころにようやく判断できる。

レシーバタンクの透明度が失われたサイトグラス

灰色と化したサイトグラスで、冷媒量が適正か否かの判定がとてもやりにくい。写真撮影時はクーラーが動作しており、気泡が勢いよく流れて行く様子が微かに見えたので、冷媒は多少なりとも抜けているのかもしれない。ディーラーにて冷媒のリフレッシュサービスがあり、オイル交換時に併せて依頼。かつてはエアコン関係の仕事もやっていたことから、実車ではどのような作業が行われるのか、けっこう楽しみ。

その他、『フロントバンパーグリルにメッシュを取り付ける』を加筆修正した。

時の記念日ということで

シビックRを運転しながら、BGM代わりのFMラジオ(J-WAVE)からは「今日は時の記念日でー」とナビゲーターの声があって、そういう日があると知る。CMがシチズンのXCだったことも納得。

拙いスキルながらも、時計修理に携わっているところだ。指先を精度良く動かす訓練、微細な歯車の具合を見抜く眼力、機械修理技術力を得るための勉強をさせてもらう機会でもあるので、請求する修理代といえば缶コーヒー一本分くらい。修理が終わる日は全く見通せず、軸折れや焼き付き等の致命的な故障が見つかれば諦めてもらうといった制限はあるが、預かった時計は今のところは無事に直せていて、それぞれのオーナーの下で、日々元気良く運針しているそうだ。

時計はオーナーの人生に寄り添っているため、必ずと言っていいほど時計に絡む思い出や、忘れられない出来事がある。修理してほしいと持ち込まれる時計を預かるときは、いつ買ったのか、どういう使い方をしていたのかといった話を絶対に聞くようにしている。そんな過去を語るオーナーの表情は穏やかながらも、時計の運針が止まって使えなくなった寂しさと諦めが見え隠れするもの。

修理が完了し、オーナーへ無事に返却できたときの喜び方は、また使える嬉しさと再び運針している様子に対する驚きも含め、手を付けた私も嬉しくなる最高の笑顔を見せてくれる。この瞬間が、部品代や技術料代わりになっているのかもしれない。ムーブメント内部の写真も一緒に見せ、どこが悪かったのか、どのように修理したかも細かく説明し、医者ではないが「何かあればまた持ってこい」「次回もオーバーホールやったるぜ」。修理した以上は、後に何か不具合が見つかれば、再び預かって対応せねば技術屋として失格だ。

腕時計たち

誕生日は覚えていても、生まれた時間までは知らないという人は多いのではないだろうか。生まれたその瞬間から、時間は片時も離れていない。学校、約束、仕事、嬉しいとき、悲しいとき、全てにおいて時間が関わっている。モータースポーツの世界においても、コンマ以下のタイムを競い合っている。宇宙においても、探査機との電波通信に掛かる時間で、地球からの距離も分かる。

腕時計に限らず、携帯電話や街中の時計を見るかもしれない。時計を見て、応じて次の行動を取ることから、実際のところは『時間を見るだけの道具』ではなく、『時計は人生のポイントレール』みたいなものか。失った時間は取り戻せないので、これからの時間をどう活用していくか。時計に支配される人生より、時間を支配する人生のほうが面白いと思うのは、私だけではないはず。

時計修理を通じて、貴方の人生を僅かばかり見せてもらいます。

ECUのチェック作業開始

手元にはEK9前期型のECUが二つ、EK9後期型のECUが一つある。滑らかなフィーリングが持ち味の後期型は、変換ハーネスを介さないと接続できないので、常用はできず。二つある前期型用ECUが、予備品として保管し続けている。

保管とはいえ、ある意味ではナマモノなので放置したままというわけにはいかず、予備のECUに通電させて動作チェックを行うことにした。正常に走れるか、不具合やトラブルが起きないか、現車のECUと一週間毎に入れ替えていくことにして、今日は一回目。

三つのEK9用ECU

これら積みECUは、全て純正品(37820-PCT-003)。

EK9の前期型は1997年10月から1998年9月の製造になり、応じてECUの製造タイミングも違ってくるはず。合計三つのECUで、n数としてサンプルは少ないが、基板上のチップの製造年数とケース側面のシリアル番号から、なんとなく予想ができるようになった。

最も古いのが1997年6月以降で、EK9の発売に備えた初期ロットの可能性がある。現車に使われているECUが1997年の終わりから1998年の3月と幅があり、ここはチップの在庫が増えている関係か。車体が生産工場で製造されて最初に登録した日や、その他の車台番号の絡みから、さほど長く在庫せずに車体へ搭載されているように思える。そして最も新しいのが1998年4月で、恐らく前期型の終盤…マイナーチェンジ直前の車体で使われていたと考えるのが自然。

今回は1997年製のECUを装着して、何事も無くエンジン始動。そのまま異常なく走り回れることを確認して、長期保管でのダメージは感じられず。車齢が20年に達し、電子部品のケアも考慮せねばならない時期に入った。