時の記念日ということで

シビックRを運転しながら、BGM代わりのFMラジオ(J-WAVE)からは「今日は時の記念日でー」とナビゲーターの声があって、そういう日があると知る。CMがシチズンのXCだったことも納得。

拙いスキルながらも、時計修理に携わっているところだ。指先を精度良く動かす訓練、微細な歯車の具合を見抜く眼力、機械修理技術力を得るための勉強をさせてもらう機会でもあるので、請求する修理代といえば缶コーヒー一本分くらい。修理が終わる日は全く見通せず、軸折れや焼き付き等の致命的な故障が見つかれば諦めてもらうといった制限はあるが、預かった時計は今のところは無事に直せていて、それぞれのオーナーの下で、日々元気良く運針しているそうだ。

時計はオーナーの人生に寄り添っているため、必ずと言っていいほど時計に絡む思い出や、忘れられない出来事がある。修理してほしいと持ち込まれる時計を預かるときは、いつ買ったのか、どういう使い方をしていたのかといった話を絶対に聞くようにしている。そんな過去を語るオーナーの表情は穏やかながらも、時計の運針が止まって使えなくなった寂しさと諦めが見え隠れするもの。

修理が完了し、オーナーへ無事に返却できたときの喜び方は、また使える嬉しさと再び運針している様子に対する驚きも含め、手を付けた私も嬉しくなる最高の笑顔を見せてくれる。この瞬間が、部品代や技術料代わりになっているのかもしれない。ムーブメント内部の写真も一緒に見せ、どこが悪かったのか、どのように修理したかも細かく説明し、医者ではないが「何かあればまた持ってこい」「次回もオーバーホールやったるぜ」。修理した以上は、後に何か不具合が見つかれば、再び預かって対応せねば技術屋として失格だ。

腕時計たち

誕生日は覚えていても、生まれた時間までは知らないという人は多いのではないだろうか。生まれたその瞬間から、時間は片時も離れていない。学校、約束、仕事、嬉しいとき、悲しいとき、全てにおいて時間が関わっている。モータースポーツの世界においても、コンマ以下のタイムを競い合っている。宇宙においても、探査機との電波通信に掛かる時間で、地球からの距離も分かる。

腕時計に限らず、携帯電話や街中の時計を見るかもしれない。時計を見て、応じて次の行動を取ることから、実際のところは『時間を見るだけの道具』ではなく、『時計は人生のポイントレール』みたいなものか。失った時間は取り戻せないので、これからの時間をどう活用していくか。時計に支配される人生より、時間を支配する人生のほうが面白いと思うのは、私だけではないはず。

時計修理を通じて、貴方の人生を僅かばかり見せてもらいます。