自分は大丈夫?

世間一般で『スポーツカー』と分類される車は、加速、減速、旋回といった走行性能が優れており、いわゆる大衆車より一段階上の走行を舞台を選ばずに実現できる。ということは、危険なシチュエーションを回避できるかもしれない。その一方で、高性能が仇となり、自身や他者を重大な事態に追い込むかもしれない。この基礎原則は、高性能車両を支配下に置く以上は、絶対に忘れてはならない。

黄線上でのはみ出し追い越し
Youtubeより、動画もあり。

人馬一体な走行性能を売りにしている、オープンスポーツカーの追い越し。見通しの悪いワインディングロード(公道)で、黄線が設置されていることから、追越禁止区間での出来事だ。僅かな車間に車体をねじ込み、そして一瞬の隙を突いて合計3台もの車を追い抜いていた。ポンポン跳ね回るリアとキツめのキャンバーから、足回りのモディファイを行って、より性能を高めているのは明らか。ブラインドコーナーなのに挙動に迷いがなく、普段から危ない運転が当たり前になっているのだろう。恐怖を感じたアップロード主は、表題に『拡散希望』『危険運転』とつけて、「怖いしムカつきます」とコメントを残している。

追い越しが終わった直後に対向車が来ており、もしも早いタイミングで来ていたら、避ける場所がないことから正面衝突していた可能性がある。何かが起きて、最悪の状況になってから後悔しても遅い。だからこそ追越禁止区間として黄線が施されており、線の色は本当に遵守しなければならない。

車系SNSに、追い越しを掛けたオープンカーのオーナーが存在していたことから、炎上してID削除に追い込まれた。削除前に一連の記事を読んでみたが、典型的な『自分は大丈夫』と思っているパターンだった。

1.全世界に公開して第三者も見れる状態ながら「内輪だけ」の楽しみ方になっていた。
2.それなのに上から物を言うような記事が少なくない。
3.特徴的な車とその外観(ロールバー、世間的には銀のパイプ)の印象を含め、事細かに仕様をアップ。
4.年齢や居住地、自宅画像までアップしていた。
5.オフ会を開催、もしくは参加を繰り返しており、特定しやすくなっていた。

ドライブレコーダーが安く入手できるようなっていることから、誰でも録画していると思っておいたほうがいい。先の追越禁止区間でやったことが世間に晒されてしまい、危険な思いをしたと批判されるのは当然のこと。同時に、自身が全世界に向けて公開していた情報の欠片。そんなコマを一つ一つ積み重ねて、特定されて炎上するとは思っていなかったのかもしれない。これが相互監視社会の現代だ。

完全法令順守の自動車運転してます!なんて無理なハナシで、そんな発言をするほうが嘘だろう。少なくとも、他人に不快感や不安感を与えないように配慮はしているつもりで、今回の一件で更に気を付けようと思った。

太郎発見

長野県の菅平ダムに立ち寄ったとき、くま出没注意!という看板を見つけた。熊出没注意といえば北海道の土産グッズで見かけるアレだが、本州内の地方圏で森林がほど近いところだと、冗談とは思えなくなるから不思議だ。

くま出没注意!

この看板内で、咆哮する熊の写真…明らかに見覚えがある。

なんなんだよ、おら!!

こいつだ!太郎と名づけられた熊で、ただの熊ではない。裁判の異常性を訴え、突然英語の独演会を3時間にも渡って行い、撫酒、這得、羅難相手に大暴れし、チート級の強さを誇る。

これはFLASH黄金時代に、アップロードされた作品に登場する熊だ。内容からして、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降に公開されたFLASHで、既に15年前。看板を見た瞬間に「太郎だ!」と即判別できたのは、そのFLASHファイルをローカルディスク内に保管し続けているため。FLASH時代の黎明期、全盛期、そして衰退と、目まぐるしい変化をリアルタイムで見続けてきた人間だけに、太郎(熊)の元画像を偶然見つけたときは、とても懐かしい気分になった。

通過時間

高速道路の渋滞にハマっていると、渋滞している距離と通過時間が表示される電光掲示板を目にする。そこには具体的な数値がハッキリと示されているので、例えば数キロの短い距離に100分なんて表示されていれば、一般道に逃げて抜け道ランナー…なんて代替手段を考えたり、30分程度なら我慢するかなぁと覚悟を決めたりする。

渋滞時間と距離の表示

表示されている通過時間は、本当にその時間を要するのか。気になった私は、電光掲示板をくぐるタイミングと同時に時間計測を開始。ジリジリと車列が進み、走行速度が40km/h(警視庁の統計による数値)を上回った時点で渋滞を抜けたと判断する。すると、確かに10分程度の時間を要した。撮影した区間はたまたま1km10分という表示だったが、それ以前での区間においても計測しており、表示されている時間にほとんど誤差はなかった。表示内容に誤差はほとんどなく、信用性はかなり高いと言われていただけに、実体験してみるとその精度の良さに驚かされることになった。

渋滞中は、少しでも前に進みたいのか、詰まった車の僅かな隙間を縫うようにして、車線変更を頻繁に繰り返すバカが必ずいるが、渋滞解消はどの車線もほぼ同じタイミングだったりする。しかも、スムーズな流れが再開するのは、大抵は左側の走行車線だ。運転スキルや車の性能が完全にバラバラである以上、追い越し車線は最後まで詰まりっぱなし。一生懸命、車線変更を繰り返した挙句、最後に留まっているのは追い越し車線だったりして、どんなアホ面を下げて運転しているのだろう。高速道路は巨大な一方通行の道である以上、変な挙動の車は印象に残りやすい。静かに追いついて軽やかに抜き去り、ザマ見れ!と思っている人は少なくないはずだ。

後片付け、そして準備

酷道ドライブから帰宅した昨夜から、後始末が始まっていた。調理器具は再洗浄、持ち帰ったゴミは可燃系と不燃系に分別、消耗品の勘定を行ってから、寝慣れた布団で泥のように眠る。10時間の睡眠を経て朝。雨予報だが、幸いなことに午後から雨なので、午前中に寝袋、テント、グランドシートを干して乾かしておく。

雨が降ってきたら、さっさとベランダから取り込んで、シビックRに載せておく。今週末もまた酷道キャンプを予定しているので、早くも準備となった。今週末まで載せっぱなしになり、重しそのものになってしまうが、週末の出発間際にバタバタとした準備を行うよりかはマシだ。

そして道具の再選定。もともと携行品は可能な限り抑えてはいるが、まだ減らせる部分はある。その一方で、夜間の睡眠をもっと快適にするため、改めて道具を追加することも躊躇しない。

道具選定中

道具をあれこれ並べて、まるで見本市のようなキャンプは好きではない。少ない道具で野営を充実させつつ、シンプルかつコンパクトに成り立たせるのが、キャンプの楽しみの一つだと思う。

R471、R405

今回のドライブの目的は「開かずの国道」ことR471の楢峠を走破するためで、飛騨市で前泊キャンプをしていた。事前情報では通行止めは無さそうなので、問題なく通行できそうだ。夜明けと共に活動を開始し、まずは最初の目的地、楢峠を目指す。

走行ログその2

本日の走行ログ。キャンプ地から目的地の楢峠はすぐなので、北陸道で日本海側をぐるりと回り、新潟県のR405を経由して都心に進路を取る。R405とR353については、7月下旬の雑魚川林道巡りで走っており、再通行となった。

消された行き先

JR東海の高山本線の列車を眺めつつ、R471の楢峠に向かう。R360とR471との分岐点では、行き先が消された看板を目にする。このような、あまり近寄らないで欲しいという意識の現われの看板を目にすると、妙にワクワクするのは悲しい性だ。

大型車通行不能の看板

そして登場する『大型車通行不能』の看板。R299の十石峠への進路もそうだが、大型車通行不能ということは、それなりの道幅しかない、急カーブが存在することを意味するので、楽しみながら走れそうだ。

デリネーターのみの道

デリネーターだけで、ガードレールがない。R157と違って落ちてもケガで済む程度の高さだが、集落すら存在しない場所に舗装路があるということは、多数の建設機械を持ち込んでアスファルトを敷いていることになり、建設業界の根性というか、日本の道路事情の底力を垣間見ることになった。

これでも国道

荒れ放題の道で、中央付近には草やコケが生えている。アスファルトの状態は非常に悪く、まともな舗装路ではない。これでも国が管理している国道であり、酷道という扱いは間違いない。

楢峠

走り出してから1時間半ほどで楢峠に到着。峠の看板らしいものはなく、道路脇にお地蔵さんがいたので、「無事故祈願!よろしくお願いします!」と手を合わせておく。早朝だったこともあり、他車はごく僅か。明らかに同業者(酷道ランナー)と思わしき車が通過していった。

岐阜r34との分岐点

岐阜険道r34との分岐点。以前は県境まで走れたようだが、現在では分岐点から通行止めになっている。道路の起伏が最も激しい部分のようで、道の状況をよく確認しないまま車を走らせていたら、ガリッという大きな音と共にリップスポイラーに擦り傷を与えた。

おにぎりと

このあたりはR471とR472の重複区間であるため、常におにぎりは2枚セットだ。ようやくおにぎりとまともな記念撮影ができた。

快走中の北陸道

富山県砺波市からは、北陸道を使って新潟県上越市まで時短コースをチョイス。親不知付近では日本海を望むことができた。今年は日本海を見る機会が多い。

R405突入

上越市からはR405に突入。ダム関係の大型車が通行できるように広い道があれば、酷道らしい狭い道も存在する、変化に富んだ道だ。

R405の七曲り

七曲りと名づけられたヘアピンカーブが連続する区間を走行中。カーナビにも『七曲り』と表示されていた。狭い部分に設けられた複数のヘアピンで高度が大きく変わるため、眼下に走る道を見ることができる。下にいるのはサボリーマンのレヴォーグ。次にR353を経由し、典型的なワインディングコースだったために走りに集中しており、撮影したり止まることなく一気に南魚沼市に出て、予定していた酷道は無事に走りきった。

関越道にて帰還開始

塩沢石打ICから関越道に入り、都心へ向かう。休日特有の上り線渋滞に巻き込まれたが、腹を括ってひたすら我慢。普段なら深夜の帰宅となるが、早い時間帯に関越道に入ったことで、19時半に到着することになった。

総走行距離は910km、総合燃費は15.9km/L。北海道ドライブの低燃費に慣れていたおかげか、今回の燃費は悪く感じた。道中は渋滞の街乗りと急勾配区間の連続ながらも、リッター15を超えれば良好と言えるだろう。

飛騨へ

岐阜県飛騨市までひとっ走り。今回もまた夜明け後の出発となり、都心を出発したのは9時半。夜勤明けのサボリーマンが合流した都合上、八王子まで下道を使うことになったが、多摩地区の混雑がけっこう強烈だった。雰囲気的に神奈川県大和市の混雑に似ていて、渋滞慣れして諦めが入っている感じだ。

走行ログその1

中央道は中央道で、勾配区間での速度維持ができないサンデードライバーにペースを阻まれ、我慢の走行がひたすら続く。混雑を回避するため、藤野PAで小休止を挟んで諏訪湖SAまで一気に走る。道中は小雨がずっと続いていたが、長野道に入ってようやく晴れ間が広がってきた。多摩地区の混雑、そして中央道のペース乱れが関係しているのか、北海道と違って面白いように燃料計の針が落ちていく。

長野道

今日の撮影はここで終わっていた。というのも、飛騨市街地のスーパーで買出しを行い、キャンプ場に着いたら休憩も無しに即設営、温泉で一汗流したら、夕飯の準備となる。私はご当地モノとして、飛騨牛を使った野菜炒めだ。食べ終わったら早くも撤収の下準備だけを行っておき、翌朝をスムーズに出発できるようスタンバイ…。こんな具合で、寝るまで動き続けていたため。アウトドア特有のゆったりした時間の流れに身を任せるなんてことはなく、あくまでドライブの一環としてのオートキャンプ、野営となると、寝る間際まで翌日の準備に追われることになる。

飛騨市内の森林は動物が豊富らしく、テント近くまで鹿の類だろうか、動物が近寄って様子を伺っていた。そして「ホーホー♪ゴロスケ ホーホー♪」とフクロウまでいた。真っ暗で姿までは確認できなかったが、準絶滅危惧に指定されていながらも、こうして鳴き声だけでも聞けたのはうれしい。