出っ張り

少し前に「大阪に行ってこい」と出張命令が出て、なんですと!?普段の出張といえば静岡県の浜松市なので、プライベートならどうってことのない浜松以西へ業務で行くとなれば、けっこうしんどいものがある。

東京と大阪の往復は新幹線になり、二時間以上の乗車となる。乗っている間は本を読んだり、スマホのナビ画面を眺めたりしていれば、けっこうあっという間。暇つぶしもずいぶんとラクになったと思う。

職場のローカルルール(?)においては、スタバで飲み物を買って写真を撮り「こんな感じ。」と一言報告を入れる必要がある。とりあえず、いつもの呪文(キャラメルフラペチーノグランデホイップ増し) を詠唱しておき、さっそくアップする。

ローカルルールの課題

こんな感じ。

少しだけ寝てみたりしながら、いつの間にか名古屋駅を出発していた。強力な加速力が長く続き、走行音や振動は明らかに大きくなっている。これはもしかして?とGPSレーダーを眺めていたら、255…260…270…275とスピードがぐんぐんアップしていき、285km/hに到達。

速度285km/h

285km/hにおいては、後方に流れていく夜景が桁違いに早く、目が追いつかない。東海道新幹線におけるかつての最高速度は270km/hで、そこから285km/hにアップしてこの迫力。山陽新幹線区間における300km/h運転はもっと凄いのかもしれない。

日勤終了後、そのまま新幹線に乗って大阪に移動し、ホテルに着いたら21時過ぎ。さっさとシャワーを浴びて、体調の悪化を防ぐため22時前には寝る。翌朝から大阪の職場に入って、仕事を処理。革靴で歩き回ったせいか、足が痛い。

帰りの新幹線は自由席に乗るカタチで、ショートカット作戦に出る。

ズレの無い線路

線路上を車輪が通ることによって磨かれて銀色に光る部分と、車輪が接しない茶色の部分に目に見えるズレが生じないで、それぞれの筋がずっと続いていく。明るい時間帯ならば、一定の状態を保ったまま流れていく線路をぼけーっと見ているだけでも時間潰しになる。

線路は列車が繰り返し通ることにより、荷重によるストレスで少しずつ沈んだり、レール間隔が広がる等の軌道狂いが発生してしまう。高速で走る新幹線の場合、僅かな狂いが乗り心地に悪影響を及ぼし、放置すれば脱線等の大きな事故に繋がってしまう。そこで定期的に電気軌道総合試験車(ドクターイエロー)が走って線路の状態を確認し、規定以上の狂いがあれば、随時修正されるようになっている。

暗くなったら線路を眺めることはできなくなり、再びナビ画面を見て現在位置をチェックしつつ都心圏内に入り、無事に出張終了。ここでしっかり休んでおかないと、良くなりかけている体調がまた悪くなってしまう。

静かに、静かに

昨日の記事において、無茶な生活リズムで体が壊れやすくなったことを書いたところだが、車絡みにおいても変化が出始めており、音に対して疲れやすくなっている。EK9シビックRの場合、純正状態で遮音材等が殆ど装着されておらず、タイヤの転がる音やエンジン音、排気音等のあらゆる音が車内で響き渡る。どのような速度域においてもガーガー騒がしい車内において、音楽をかければ自ずと音量が増し、さらに音の疲れが増していく。

音によるダメージが大きいことが気になるだけで、どこか遠くへドライブへ出かけたりすること等、暇さえあれば意味も無く走り回りたいことは全く変化なし。そんな具合を持ったまま暇つぶし目的で新車や中古車の情報を見ていると、だいたい見ているのは2000cc以上の排気量を持つ3ナンバー車やハイブリッドカーといった、静かながらも走りも追求している車が中心となっていた。

自分でも驚きなのが、その興味を持った車種。引き続きホンダ路線で行くならばフィットRS択一となって、それ以外に視野を広げてみるとレクサスCT200h(F SPORT)、ベンツAクラスあたりが筆頭で、以前では絶対に考えられない方向性になっている。相変わらずハッチバック系がメインだが、このあたりは普段の使い方が大きく影響している。現在乗っているEK9シビックRにおいては、後部座席からトランク部分までゴミを満載して輸送するといった、道具としてのゲタ車用途があるためだろう。FK8シビックRについては、横幅が駐車場の規格外となってしまい、選択肢には入らなかった。

振り返ってみれば、音に対するダメージ軽減策は、2014年9月のミッションオーバーホールから始まった。このとき、5速ギヤを0.848から0.787に上げることで、90km/h程度の巡航速度においては3,000rpmを下回るようになり、ずいぶんとラクになった。さらには去年の夏から、より静けさを求めてタイヤをYH ADVAN FLEVA V701に交換。トランク内のコルクボード上にはフェルトシートを敷いて、高い音を抑えている。

ヒョー越にて

だからと言って乗り換える理由には至らず、月面着陸を目指したドライブは継続だ。音に弱くなったならば、対策すればいいだけの話。ルーフパネル内に吸音材を仕込むとか、やれることやネタは次々と見つかる。ある場所を静かにさせると、今度は別の部分の音が目立つようになる…なんて自動車メーカーですら口にするほどで、いわばモグラ叩きになってしまう。過去にはパソコンの静音対策で経験があるため、どこかで割り切りが必要となる。車版静音対策のはじまりはじまり。

体調不良につき

3月1日は大雨の中、始発電車で通勤。3月2日は車でJR飯田線の大嵐駅に行くために、夜明け前に出発。3月3日は二台のフィットをいじるため、朝から夕方まで動きっぱなし。さすがに無理しすぎたらしく、3日の夜から風邪の初期症状が出始める。発熱前の強い倦怠感が発生し、背中にも変な痛みがある。

昨日も引き続きぐったりしたままで、咳が止まらない。体調が良くないときの車の運転は、全く楽しくない。しかも音と振動に対する疲労感が普段以上に強く、距離にして20km、一時間も満たない程度の運転なのに酷く疲れていた。もともと体調が良くないまま、車の運転がとどめになったらしく、昨夜の就寝時間は20時前。

今日に至っては、午前の小休止時間中にレッドブルを飲んでいた。「珍しいね、そんなの飲むなんて」とまで言われるほど。レッドブルをもってしても具合が悪い体には勝ち目が無く、飲んでも眠気や疲労感は飛ばずに昼食後はしっかり寝ていたことから、残念ながら翼を授かることはなかった。

時期が時期だけに、花粉症か?と思ってしまうところだが、鼻水に違いがあるようだ。花粉症の場合、サラサラとした透明の液体といったところだが、風邪だと黄色い粘り気のある液体が出てくる。出てきたのは後者で、これで風邪と推測しておき、治癒能力の底上げを行っておく。

三日程度の無茶な生活リズムで、あっという間に体が悲鳴を上げるなんて。いや、前々から無理できない体になっていることは実感しており、以前は「勢いで対処」していたかもしれないが、ここ数年は「勢いでも対処できない」状態になっている。無茶な三日間を過ごして体調不良というオチは、勢いで無茶すると手痛い反動を食らうことを意味する。これで一旦体調崩すと、そう簡単に治らないのが辛いところ。

変化があって

静岡県道288号大嵐佐久間線の終点側(夏焼集落側)ゲート近くには、草ヒロ状態で放置車両が打ち捨てられている。

ダイハツ コンパーノ

ダイハツ コンパーノ・ライトバン、今に続くリッターカーのルーツとも。1963年から1967年に掛けての製造販売で、最も新しい年式でも51年が経過している。この写真を撮ったのが2013年2月のことで、このときはドアは固着して開かず、ボンネットの隙間から覗いて車種を特定した。

最初の撮影から3年後の2016年3月の踏破チャレンジにおいても、引き続き車体の状態は変わらないことを確認している。再びドアを引っ張ってみたが、やはり開かなかった。サボリーマンのレポートにおいても、その様子が記事になっている。

さらに2年が経過し、2018年3月。先日の大嵐駅ドライブのついでに終点側ゲートのチェックを行った際、コンパーノの存在が気になり、見に行ってみる。

ドアが開けられたコンパーノ

なんと固着していたドアが開けられていた。プラスして、車体に絡みついていたツタや枝まで取り払われ、白い車体が露になっている。車内は土砂や枯れ枝まみれだったはずだが、それらも無くなってずいぶんスッキリしている。明らかに人為的な変化だ。

運転席側も覗ける

これ幸いと、運転席を見てみる。細くて大きなステアリングに、イグニッションキーの左側にはヘッドライト等のスイッチが並んでいた。運転そのものだけなら、50年が経過してもイマ車と大きな差は見られなかった。

プルタブ式の缶

車内に転がっていたプルタブ式の缶。引っ張り出すことはしなかったが、僅かに見える缶のデザインから三ツ矢サイダーの空き缶らしい。廃道区間にはプルタブ式の缶がけっこう落ちており、缶のデザインからどの時代まで人が往来していたか、予測を立てることができる。

道路の形状に変化あり?

コンパーノ周辺に積もっていた土砂や枯葉は殆どなくなっており、地面が広く露出していた。風雨等で、佐久間湖側に流出していったのだろうか。アスファルトの強度はまだ保たれていそうで、蹴ってみても硬い感触だった。ただ、長い時間掛けて自然に返っている場所なので、将来的には崩れ落ちていくのかもしれない。となれば、ゆくゆくはコンパーノも谷底へ転落してしまう可能性もありか。

装備面や時間の都合上、コンパーノの先にある崩落区間のチェックまでは行わなかった。廃道区間を突破した当時よりも、さらに崩落が進んでいると考えるのが自然で、再び突入した場合は撤退も視野に入れておいたほうが良さそう。どのような変化が起きているのだろうか。

フィットいじりの日

フィットいじりの日だ。午前の部は、レイのGP5氏の純正流用ネタのお手伝い。ここしばらくの記事を読むと後期型化が進んでおり、さらにステアリングハンドルの質感を高めるため、他車種からの流用となった。イマ車の勉強を兼ねてサポートに回る。

事前打ち合わせで、道具の手配や確認を行っていたところ、どうも話が噛み合わない部分が出ていた。それはステアリングの固定方法で、私はナットだと思っていたが、ボルトを使っています!という返答。ステアリングのセンターは、ナットではないのか。

イマ車のステアリング固定ボルト

送ってもらった写真がこれ。一般的なボルトかと思っていたら、まさかの低頭型のボルト。いじり止めのない、普通の六角穴タイプなので、緩めと締めは普通の六角ソケットを使える。ナットと思い込んでいたことから、ハンドルの交換方法の知識が2000年の初めあたりで止まっていることを知る…。

ステアリング外しその1

確かに低頭型のボルトだ。緩み止め剤が大量に塗布されており簡単には緩まず、合計三人の共同作業になったほど。

ステアリングの取り外しに関しては、予めバッテリーのマイナス端子を必ず切り離しておく、エアバッグの固定にはトルクスねじを使っている、ステアリングを外すときはシャフトにボルトを少し噛ませておき、引っ張った際に身が飛ばないように注意する…といった注意点は、今なお現役だったことに一安心。

ステアリング外しその2

ボルトを外すと、中空軸となったステアリングシャフトを見てさらにびっくり。スプラインの肉が薄く、これで強度を保っているのだから、金属の素材レベルから相当進化していることが容易に想像できる。

ステアリングのスポーク部分に取り付けられている各種スイッチやパドルシフト、ガーニッシュ等を交換するステアリングに移植し、装着していく。その後、昼食時に試運転を行ってもらい、ステアリングが正しく中立位置にあるか、全てのスイッチやパドルシフトが動作するかチェックして、全て良好。トラブル無くステアリングの交換作業が終了した。

午後の部はY氏のフィットだ。フィットのトランク部分には荷室を照らすランプがあるのだが、側面に一個だけだ。荷物を重ねていくとランプが隠されて照らさなくなり、特に暗い中だとトランクが見えにくくなるという欠点がある。しかもルーフパネルの中央部分にある室内灯では、トランク部分は殆ど照らさない。そこでラゲッジランプを増設しようと考え、まずはルーフパネルの取り外し訓練を行っておき、後日の取り付け本番に備えようとしたのだが。

フィットのルーフパネルを外したところ

ルーフパネルを外すには、周囲の内装部品を徹底的に外す、とにかく外す。作業人数四人で、一時間近くはせっせと外し続けていた。そして、リアセクションのフレームを避けつつ、トランク部分を照らせる位置を見つけて、ここに取り付けようか?と目星をつけておく。

すると背後で「穴、開けちゃいますか!」と穴開け作業が突如開始され、え?やるの?まじ?ラゲッジランプの固定方法については、その場にあるものを使うそうで一切任せておき、私は配線の加工作業に徹する。

トランク用天井ランプ増設

増設したラゲッジランプの様子。ルーフパネルの中央に取り付けなかった理由は、5人目用のシートベルトの巻取り装置と、装置取り付け用に大型化したフレームで、天井空間に余裕が無かったことが関係している。

あえて左側に寄せたことで、車中泊ドライブが好きなY氏にとっては、ちょうど頭上に増設したラゲッジランプが来ることになり、横になったまま枕周りを照らすこともできるメリットも生まれることになった。横になったまま腕を上に伸ばせば、ONOFFの切り替えもできる、ちょうどいい高さだ。あえて電球を使って、寝起きの目への負担を低減を意識した。

トランク用天井ランプ設置部分

増設前のルーフパネルの様子で、実はレイのGP5氏のフィット。グレードが違っても部品は共通なので、要所要所で相互に確認しながら、作業を進めるシーンがあった。

純正品を使い後付け感はゼロ

増設したラゲッジランプは、純正品を使用。穴の形状をラゲッジランプのシャシーに合わせて切ったことで、絶妙なはめ込み具合で装着することができ、後付け感は全くなし。スイッチをいじったくらいでグラついたり、撓むことのないよう、ガッチリと固定している。

電源は中央のルームランプから分岐しているので、リアハッチではなくドアの開閉で点灯と消灯が行われる。既存のトランク用ランプから配線を分岐させれば、リアハッチの開閉で点灯と消灯ができるようになる。これを実現する二次的な配線増設は、今回は無し。とはいえ、ラゲッジランプを増設したことで夜間や車中泊時に威力を発揮するだけでなく、普段からの使い勝手が大幅の向上することになった。あれ?この増設ネタは、もしかしてオンリーワンかも?

普段の車いじりが1990年代末から2000年代初めに掛けての車…当サイトではEK9シビックRやS15シルビアが中心となるために、イマ車の構造や思想の違いを目の当たりにすることになった。具体的には、EK9やS15あたりでは、使用終了後の解体作業をなるべく短時間で済ませるため、比較的外しやすい構造となっている。その分、組み付けに時間が掛かる。

イマ車といえば、短時間で組み立てられるよう、部品数とコストを増やすねじやクリップをできるだけ使わず、予めアッセンブリー化された部品を爪でバチンバチンと順番に組んでいく構造が中心となっていた。組み立て時間と部品数を抑えればコスト低減にも繋がるが、破壊しないで分解するには、少々時間を要する。

EK9から見て、これらのフィットは15年以上20年近くの時間差があり、それだけ経過すれば構造面は大きく変化している。たくさんのスイッチが装備されたイマ車のステアリングの構造や固定を知り、ルーフパネルの取り外し方法から突発的なラゲッジランプの増設といった、とても濃い一日を過ごしていた。ミスやケガなく作業を終えられ、かなりの勉強になった。
本日はお疲れ様でした。>総員

大嵐駅へ行く

天竜川水系のダムと発電所は、自宅からの往復距離が600kmに達するちょうどいい距離だ。今回は長野県道・愛知県道・静岡県道1号飯田富山佐久間線(以下、r1)を経由し、JR飯田線の大嵐駅に行ってみることにした。r1については二度ほど走っているが、GPSロガーによる走行歴の採取は初となる。

県道1号のGPSログ

GPSロガーによる取得データ。2016年3月26日に、佐久間湖の左岸側(静岡県道288号大嵐佐久間線)を踏破しており、今回のドライブで佐久間湖の両岸を制覇することができた。

佐久間ダム到着

佐久間ダムに到着。これで四回目の訪問となった。すぐに大嵐駅に向かうことはせず、まずは佐久間湖の水位、静岡県道288号大嵐佐久間線の終点側ゲートをチェックする。

佐久間ダムの水位

佐久間湖の水位は、取水塔の網(スクリーン)の枚数を数えて判断する。上から一枚目、二枚目ときて、三枚目の半分あたりに水面が位置する。冬が終わり、ついでに昨日までの大雨で水位は上がったかもしれない。2016年8月に訪れたときは、二枚目までの水位だった。

静岡県道288号大嵐佐久間線の終点側ゲート

終点側ゲートをチェックする。何か変わったところはないか…?と調べまわってみたが、以前と全く変化が無かった。廃道となっているので、通行止めとなっている。この廃道を起点側ゲートへ歩いていく(レポート=サボリーマン)と、18kmの道のり、休憩を含めて6時間の行程となる。

新豊根発電所入口ゲート

佐久間ダムの天端はr1として機能しており、佐久間湖の対岸へ渡る。今日は平日で、佐久間湖に溜まり続ける土砂をダンプカーで運び出す作業が行われていて、通行に注意を要する場面がいくつかあった。すぐに新豊根発電所の入口ゲートに到着する。今年の1月に新豊根ダムへ訪れており、新豊根ダム(上池)→新豊根発電所→佐久間ダム(下池)という揚水式発電の舞台を一通り巡ることができた。

通行規制多し

順調に走っていると、通行止めの通知があって一瞬ヒヤッとするが、よく読むと時間を区切っての通行止めだった。工事による片側通行は二箇所ほどあり、慎重に進むことになった。

夏焼集落その1

佐久間ダムから40分ほど走ると、ようやく夏焼集落が対岸に見えてくる。今回のゴールは大嵐駅に設定しているが、最終目的地は夏焼集落のすぐ近くとしている。

夏焼集落その2

ズームして夏焼集落を見る。舞空術を使えば数秒で到着しそうだが、陸路となると話は別。ここから大嵐駅まで9km近く走らなければならない。

大嵐駅にて

ようやく大嵐駅に到着。到着タイミングがとても良く、10時ジャスト。駅舎に掲げられた時計をよく見ると、アナログ時計が最も美しく表現できる10時8分まであと少し。ストレッチをしながら時間を潰していると、ハイキング客と思わしき夫婦から挨拶と共に声を掛けられて、ここまでどういうルートで訪れたのか聞かれ、佐久間湖沿いに走ってきたことを告げる。通行可能とは思っていなかったらしく、遠回りしてやってきたそうな。その後10時8分になり、駅舎と共にシビックRを撮影。

中部天竜行き普通電車

さらに数分待っていると、中部天竜行きの普通電車がやってきた。中部天竜駅と大嵐駅は車でも一時間以上掛かるが、電車だと25分程度で到着する。電車を見送ったら、ゴール地点のさらに奥、夏焼集落方面へ移動する。

静岡県道288号大嵐佐久間線の起点側ゲート

夏焼集落の奥には、静岡県道288号大嵐佐久間線の起点側ゲートがある。こちらもチェックして、状況調査となった。廃道で自然へ帰っていくプロセスが現在進行形で進んでおり、新たな崩落が発見されることになった。

夏焼第二隧道から出る

ゲートそのものは変化が無かったことから、大嵐駅方面に戻る。夏焼トンネルはもともと国鉄飯田線のトンネルで、佐久間ダムの建設で線路を付け替えることになり、道路トンネルに転用された経歴がある。

夏焼第一隧道を見る

かつては電車が走っていたであろう狭い道をトコトコ走って、大嵐駅に戻る。佐久間ダムまでは再びr1の走行となり、「対向車は来ないだろう」運転をして突っ込んでくる地元住民の車に注意しながら、浜松市街地へ南下していく。同じく南下していくダンプカーについては、職業ドライバーだけあって道を知り尽くしている。車間をしっかり空けて先導させるコバンザメ作戦により、終始スムーズに走ることができた。

富士川を渡って関東へ

どんどん近づいてくる富士山を見ながら、富士川を渡る。夜明け前の出発により強い眠気が続いてしまい、各PA/SAで休みながら関東へ戻る。こんなときのレッドブルが意外とおいしく、カフェインの覚醒効果を実感しながら帰宅することになった。総走行距離は600km。

始発電車に乗って

毎月一日は、会社での某争奪戦が行われるため早く行く必要があり、自転車通勤となっている。自転車通勤は天候に左右されやすく、今日は朝っぱらから大雨予報。しかも出勤時間帯が雨のピークで、当然ながら自転車通勤は不可能となってしまった。

こうなると始発電車しかないか。始発への乗車は学生時代ならよくやっていて、ずいぶんと久しぶり。4時台の始発に乗るには、午前3時半には起床しなければならないようだ。休日は基本的に3時半起きだったりするので、起きることに関しては問題なし。ただ、その後の過ごし方といえば休日と出勤日という大きな差があり、普段どおりの仕事ができるかは未知数で、もしかしたら社会人初か。1月31日から2月1日に掛けては、初めて会社内で24時間以上過ごすことになり、今回の3月1日については、初めて3時半起きのまま仕事に向かうことになった。

外は大雨で、数分歩いただけで服や靴が濡れていく。運よくタクシーを捕まえて、駅までひとっ走り。そしてけっこうな人が乗っている始発に揺られて、会社近くの駅に向かう。その後、駅から会社までの2.7kmをずぶ濡れになりながら歩いていく。会社到着は5時半過ぎで、某争奪戦はそこそこの順位をゲット。その後、天気予報どおりに雨のピークに達し、ゴーッと低音が響く明け方の空を眺めながら、始業時間を待つことになった。

日中はどうも腹の具合が良くないような。ついでに、夜勤明けなのに寝ないで活動を継続しているような、頭がクラクラする感覚をずっと伴っている。振り返ってみれば、寝たのは昨夜23時で起きたのは3時半だから、4時間半の睡眠だ。ロングスリーパーの傾向があるので、睡眠時間が短くなるとすぐに体調がおかしくなる。「寝溜めは意味が無い」というのは体験済み。体調を戻すには、とにかく早く寝ることが唯一の解決手段。