疲れが抜けない!

16日、17日と遊び回って、18日は実質お疲れ休みとなった。日曜日は大人しくしていれば回復するべー…と思っていたが、今日は朝からグロッキーモード。どうも疲れを引きずったらしく、駅から職場までの2.7kmウォーキングも妙にしんどい。仕事中は、動きを必要最低限に留め、なるべくじっとしている時間を稼ぐようにしていたほど。

疲れのきっかけは、やはり16日の松阪牛弾丸ドライブか。とはいえ、夜明け前の早朝出発パターンと800km少々の走行距離ではダメージを受けるとは思えず、最も違う点はフェリーに乗っていたことだが、55分という短い乗船時間ではドライブ中の休憩タイムみたいなもの。そして帰ってきたのが22時ジャスト。この行程でヘトヘトになっている点からして、体が長距離ドライブに耐えられなくなってきている可能性が出てきている。となれば、毎年恒例の青森日帰り弾丸ツアーは、定例として引き続き継続できるか、それとも一旦区切りとするか。後の方向性を決める、重要なドライブになりそうだ。

東北道下り安代JCT

東京と青森を往復するとなれば、一日で1,500km近くを走ることになり、総走行距離をたっぷり稼ぐことができる。日帰りが無理になったところで、もう青森方面へは行かないということではなく、青森にて泊まればいいだけのこと。そうなってくると、会社には年休を申請しなければならないし、宿の手配…は最悪車中泊でもいいが。走っている間は食欲が一切無くなるので、ダイエットにも効果的(?)だから、なるべくなら日帰りを継続したいところだ。

「長く走れなくなったことは、若くない証拠」なんて笑われたが、本当にそうなのか。昔から腹や腰に掛けての筋肉が少なく、長時間に渡ってシートに座り続けていると背中から腰に掛けて強烈な痛みに見舞われ、4時間毎の鎮痛剤が手放せなかった。そこで筋トレを継続してみると、次第に痛みが起きるタイミングが遅くなっていき、現在は帰宅前まで耐えられるようになった。体というのはとても正直で、年齢に関係なく鍛えれば鍛えるだけ、筋力や基礎体力がついてくることが分かった。

実際のところは、疲れやすい→それなら疲れにくくするためのトレーニングを見つけて行う!という流れになりそうな気もする。無理かも?というニュアンスを含んで書いたが、まだまだ諦めるわけにはいかず。考えすぎるからダメで、まずは走ってみて、それから行動を決めてみよう。

右か左か

東名高速の下り、大井松田IC~御殿場IC間、上りであれば焼津IC~静岡IC間が右ルートと左ルートに分岐し、昔であればどちらを走ろうか?なんて考えたもの。さらに遠い過去、子供だったころは親父が運転しながら「どっち行く?」と聞かれ「今日は右!」なんて言っていた。

今は9割方下り線、上り線問わず右ルートを走るようにしている。どちらも追い越し車線からのアクセスになることから、車の量が減って走行ペースが乱れにくくなり、僅かな時間だが磨り減った神経をリラックスさせることができるため。下り線の右ルートは、右カーブと左カーブがテンポ良く続き、運転する楽しさを存分に楽しめる。映画トップ・ガンのテーマ曲であるDanger Zoneを流していれば、おのずとペースが上がること請け合い。正義(笑)の神奈川県警もそこのところは分かっているらしく、けっこうな頻度で覆面パトカーを見る。そして捕まってしまう車も少なくはない。

東名下り線右ルートと左ルートの分岐直前

その右ルートはもともと上り線だったことは有名な話で、経緯は調べればいくらでも出てくる。その歴史があるためか、ある速度域から急にキツく感じるカーブがあるのは、ある意味では上り線を逆走しているから。現在でも右ルートが上り線として使えるよう、渡り線が維持管理されており、工事や災害復旧等の非常時に転用されることがあるそうだ。

下り線の右ルートと左ルートの分岐点は、下り坂かつ緩い右カーブの直後という悪条件揃い。しかも追い越し車線が右ルートへ進入する構造から、下り坂を利用してスピードが乗った状態の車が流入する構造となっている。第二走行車線(中央車線)から分岐に気づき、右ルートへ入ろうと慌てて車線変更すると、後方からハイスピードで走ってくる車から追突されてしまう恐れがあるので、無理は禁物。急な車線変更に驚き、後方の車が挙動を乱す瞬間を見たことは一度や二度ではない。

線形的には純粋な下り線だった左ルートが安定したハンドリングで走れるようで、鮎沢パーキングエリアは左ルートのみ。安全なドライブをサポートする意図があるためか、上り線下り線問わず、ナビ上では左ルートが推奨となっている。こちとら軽快に走りたいんでね、迷わず右ルートへ入るのさ。

装置撤去へ

松阪牛から帰ってきたのは昨夜の22時ジャスト。今朝は普段と変わらない時間に起きることができて、いつもどおりの土曜日がスタート。午前はS15シルビアのナビ換装作業の事前チェックと打ち合わせ、昼食休憩を挟んだ午後からは、サボリーマンのVM4レヴォーグの夏タイヤへの付け替えとオイル交換の支援となった。

EK9シビックRにおいても、近代化改修と称してドラレコの装着、ナビの換装やETC2.0化を計画して準備を続けているところだ。その改修作業において、2007年の納車と同時に装着し、かれこれ10年以上に渡って高速走行を支えてきたスピードリミッターを戻すことになった。最大の理由が、スピードメーターの針が右どころか下を向くような速度域は目が追いつかなくなって、単純に恐怖心が芽生えた点だった。ついでに、余計な電装品を撤去することで、将来のトラブルの発生率を下げる目的もあった。

BLITZ POWER METER SJ

使用していたスピードリミッターカット装置は、BLITZ パワーメーター SJだ。リミッターカット装置に徹しているHKS スピード・リミット・ディフェンサーに比べ、リミッターを解除しながらスピードや目安ながらもエンジン出力が表示され、追加メーターとしての性格も併せ持っている。かつてはEK4シビックSiRIIでも使っており、再び入手するほどお気に入り。

200km/h以上になると、路面の白線やネオンは点滅するような感じで、周囲の車は止まっているように見えてくる。車重、エンジン出力、各種走行抵抗が複雑に絡み合うので、5速6,000rpmを超えてハイカムに切り替わっても、なかなかスピードアップせず230km/hあたりで頭打ち。FF車でフロントが重く、しっかりとした足回りと車体が台形なデザインをしているためか、速度上昇と共に前が浮いてハンドルが軽くなる…という不安を感じる要素は一切なく、エンジンにパワーがあればもっと出せると思わせる安定性だった。

所有年数に応じて年齢も上がっているわけで、車に対する考え方や走り方も変わってくる。それに伴う撤去作業、廃棄については、勿体無いと感じることはなく。

8年ぶりの松阪牛

8年前の2010年3月。当時、『ETC休日特別割制度』が行われており、高速道路の通行料金が上限1,000円に設定されていた。これを利用して、松阪牛を食べに三重県松阪市まで出かけていた。

それから8年が経過した2018年3月。酷道ドライブやキャンプで一緒に遊んでいるY氏が出向で職場を離れることになり、復帰するまでのシメを兼ねて、8年前と同じメンバーで再び松阪牛を食べに、三重県松阪市まで出かけることになった。

新東名全線踏破

今年に入ってから新東名を走る機会が多く、もはや何の印象も無いまま全線を走り抜けた。

伊勢湾岸道名港東大橋を通過

伊勢湾岸道もそこはかとなく通過。平日の業務時間帯だけあって、かつての首都高湾岸線のように遅い、普通、速いという三車線の機能が正しく作用していた。道路情報板では、四日市JCTから鈴鹿ICの渋滞が表示されており、うんざりしながらも渋滞に突入していく。

四日市JCT-亀山JCTの渋滞

渋滞長は7km、きっちり30分。今後、西方面へアクセスする際は、別のルートを考えておかなければ。

松阪牛を補給

12時前に松阪市に入って、いよいよ松阪牛を喰らう。ふつーの肉とは段違いのウマさだ!一方で、14日の会合のダメージから引き続き回復中なので、量はいくらか抑えておく。やはり昔とは違い、外食は量より質を求めるようになっている。かつては一口でも多く食べて胃袋を満たして満足度を高めていたが、今は質と栄養バランスの優れた食事を求めるようになっていた。

8年前は松阪市から都心に向かって再び走っていたが、現在はさすがにそんな気力は無く。「船で伊良湖港に出ましょう」というスイフト卿の一言で、フェリーを組み入れた帰宅進路が決定。今年1月中旬に伊勢湾フェリーを見物していて、さっそく乗ることになった。

港での待機列で休憩

鳥羽港に到着して乗船手続きを終え、しばしの待機。予約なしでの飛び込み乗船となったが、先着順ということもあって参加者全員が難なく乗船できることになった。

伊勢湾フェリー 伊勢丸

伊良湖港からやってきたフェリーが港内で方向転換中。今回、乗船するのは伊勢丸。車好きとして最も気になるのは主機(エンジン)のスペックで、排気量は148リッター、3,000PSの6気筒ディーゼルを二機搭載しているようだ。

乗船の瞬間

どのようなフェリーでも、乗船する瞬間は心が躍るもの。

鳥羽港を出航

そして鳥羽港を出る。さらば松阪牛、また喰う日まで。ここからは海上国道のR42となり、また一つ海上国道を制覇することができた。

伊良湖港到着直前

横風と高い波にもられ続けられること55分。見慣れた伊良湖港に戻ってきた。

参加車両

参加者は8年前と同様5人で、計5台。

山小屋での5台

こちらが8年前の写真、サボリーマンより提供されたもの。EK9シビックR、S15シルビア、31スイフトスポーツについては変化なし。Y氏のGH8インプレッサとサボリーマンのDC5インテRが変わったくらい。

下船した伊良湖港で現地解散して、各人それぞれ自由なルートで帰宅開始。R259で豊橋市市街地へのコースを採ってみたが、平日でちょうど帰宅時間帯だったことから、豊橋市のトヨタ系工場からの帰宅ラッシュ渋滞に巻き込まれ、一時間をロス。なるべく主要道路を避けて東方向へ進むよう心がけ、ようやく静岡県浜松市に突入。浜松市に出てしまえば近所みたいなものなので、走り慣れた東名高速に入って無事に帰宅。

GPSロガーでのログ

GPSロガーのログ。フェリー内では、強風と高波による大きな揺れに耐えながらずっと外に立ち続け、航行中のログをキレイに取得することができた。総走行距離は835km。お疲れ様でした。>参加者

暴食リセット中につき

昨日の会合は、食べ放題と飲み放題の飲み屋だったことから、とにかく肉、肉、肉となった。以前ならばダイエットの都合から、体重の増減に神経を尖らせていた部分もあったが、今年に入ってからは加齢もあってトータルバランスで考えるようになり、そこまで神経質にならなくなった。ただ、長年の体重コントロールと食生活が習慣化しているので、羽目を外すような行動は全く無かった。

会合中は肉、野菜、肉、野菜のローテーションを続け、タレはレモンと玉ねぎのミックスタイプのみ。飲み物はソフトドリンクとしての烏龍茶だ。ご飯は一切抜きにして、炭水化物は一切摂らず。アルコールはラストオーダーのタイミングでカシスオレンジ一杯に留めておき、酒が入った後の肉は薄いカルビを一枚だけ。シメのデザートやラーメン等も一切無し。

翌朝…つまり今朝は、多少胃が重たい感じがあった。朝食は、パン、目玉焼き、カフェオレといういつもどおりの組み合わせでスタート。会社に着いてからは、お茶や水を意識して摂取するようにして、同時によく小便するようにして、体内の水分を入れ替え続ける。昼食は野菜サラダ(ドレッシング無し)、ヨーグルトとバナナで、食物繊維を意識して摂り、同時に摂取カロリーを抑える。幸い、仕事中はやけに歩かされる場面が多く、これで運動によるカロリー消費増加を実現できたはず。

帰るタイミングになって空腹感を覚え、胃腸系が回復してきたことを実感。ここで油断することなく、引き続きセーブを続ける。野菜炒めと味噌汁、そして少量のご飯に納豆。納豆は薬味として青ねぎを追加。昼食のバナナと夕食の納豆で、ビタミンB群を連続的に補給することができる。

肉を食べ過ぎたことで、下痢気味というオチ。このような一回の暴食をリセットするには、72時間が必要になっている。かつては36時間程度で済んだものが、いつの間にか倍に。ついでに、肉や酒についても、量よりも質を求めるようになっていた。

酔いが覚めた訃報

ちょっとした会合で飲み会となり、ラストオーダーでようやく酒が入る。名目上は話し合いなので、ひたすら烏龍茶攻め。そして残り僅かな時間でアルコールが入って、一気に酔いが回る。焦点が合わなくなり、世界が傾斜したような感覚を伴いながら電車に揺られていると。

スティーブン・ホーキング博士死去。

この一報を見たとき、しばらくスマホをいじる手が止まった。車椅子に乗って、コンピュータによる人工発声で会話する物理学博士で、だいたいの説明がつく。宇宙関係のことを調べていると、関連して出てくることが多い人だった。

過去に契約していたディスカバリーチャンネルで、ホーキング博士が出ていた番組はよく見ていた記憶がある。近年で印象的なのが、霊の存在や死後の世界を否定したことか。「天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎない」なんて、ずいぶんパンチの効いたことを述べていた。

いやはや、アインシュタインの誕生日だった今日に亡くなるとは。しかもホーキング博士の誕生日は、ガリレオ・ガリレイが亡くなった日でもあった。偶然というより奇妙な運命か。博士は宇宙の真理をチェックしに永遠の旅に出かけたのだろう。心からの哀悼の意を表します。

SRSエアバッグコンピュータ

EK9シビックRのSRSエアバッグコンピュータ(以下、SRSは省略)は、センターコンソール下部、ドリンクホルダーの裏側付近、クラッチペダル左側に位置するフットレストから、さらに左側にあるカバー内部に設置されている。

エアバッグコンピュータのカバー

写真左側のカバー内側。

エアバッグコンピュータのカバーを外す

フットレストを外し、クリップとカバーを外すと、エアバッグのコンピュータが見えてくる。

エアバッグコンピュータ内部

そのエアバッグコンピュータの中身がこちら。

1990年代(EKシビックの発売は1995年、20年以上前)の旧い車なので、イマ車のようにフロントフレームの先端や車体サイド部分にインパクト(衝突)センサーが装着されているわけではなく、コンピュータ内部にある半導体センサーのみに頼っている。

基板中央部にある白い長方形部品がインパクトセンサーで、衝撃がフロントフレームからフロアパネルに伝わり、センサーが衝撃を感知すると、コンピュータはエアバッグを展開させる信号を発する。

写真下側が前進…進行方向になるので、センサーも進行方向と平行になっている。よって、斜め方向や後方、側面、潜り込み及び落下といった衝突ではエアバッグが動作しないことがあり、これらの条件は取扱説明書にも記載されている。

マイクロコントローラは日立(現ルネサスエレクトロニクス)のH8/3292を使用。CPUはH8/300 16MHz、ROMは16KB、RAMは512Bとなる。基板上には大きな電解コンデンサがあり、イグニッションキーをOFFにしても3分程度は充電された電力が残る。キーを抜いた直後にエアバッグコンピューターに衝撃を与えると、エアバッグが暴発する可能性があり、サービスマニュアル上にも記載がある。

オーディオやナビを入れ替える等、エアバッグコンピュータ周辺をいじる際は、イグニッションキーをOFFにしてバッテリーのマイナス端子を外し、3分以上経過してから作業を開始するほうがいいかもしれない。

エアバッグは一種の爆発物だけに、「気になったからいじってみた」系のノリは一切なし。エアバッグ関係はハーネスを含めて慎重に扱い、もし取り外した場合は遠くに離しているほど。先に掲載したエアバッグコンピュータは現車のものではなく、内部が知りたくて別途入手したもの。暴発の可能性や使い捨て部品という性質上、使えるかどうかは試していない。

サービスマニュアルの訂正その1

EK系シビック用のサービスマニュアルは、エアバッグ関係の章は訂正だらけになっていたりする。

このように、ページの上に訂正済みのページが直接貼り付けられており、何がどう間違って訂正されたのか、けっこう気になるところ。手元のサービスマニュアルはどこかの整備工場での使い古しで、こうして訂正済みとなって助かっているが、訂正されていないサービスマニュアルは参照として使えるのだろうか。エアバッグ関係に限らず、あちこちに訂正や注意点が書き込まれている部分が見つかる。

サービスマニュアルの訂正その2

過去、インパネの2DIN化に伴うダッシュボードの脱着に伴い、エアバッグの一時的な切り離しや、サーキット走行時はエアバッグの動作を止めており、正常復帰する手順を調べるために、エアバッグ関係の章は何度も開いてきた。頼りなく薄いページが、訂正済みページを大量に貼り付けたおかげでやたら硬く、開きにくかった。

災害への備え

2011年3月11日、東日本大震災が発生。この日からしばらくの間、ここ関東都心エリアではガソリンパニックが発生した。地震により、都心に近い製油所が停止して石油精製品が出荷できなくなり、「製油所の操業再開時期不明」「ガソリンの供給が滞るかもしれない」なんて不安感を煽る報道が続いた。そしてあちこちのガソリンスタンドで駆け込み給油が相次ぎ、程なくして売り切れ休業が出始めた。

大震災より前の原油価格高騰のときには「ガソリンを満タンにしないでタンク重量をセーブし、少しでも燃費を稼ぐ」なんてホームラン級のアレなことを口にする人がいたが、震災が発生して今度は慌てて満タン!満タン!だ。こうして、必要の無い給油で限りある在庫を使い果たしてしまう。ガソリンスタンド側もなるべく多くの人に給油してもらいたく、レギュラー10L、ハイオク20Lという制限を掛けたが、これが逆に仇となってしまい、「ハイオクだけが無いのですよ…」と給油できなくなる直撃弾を食らうことになった。

ハイオクだけが無いのはなぜか。少しでもガソリンを多く入れておきたいがために、レギュラー車がこぞってハイオク燃料を給油していき、最初にハイオクの在庫が尽きたというわけ。ハイオク車に乗る以上は、非常時にリスクがあることを身を持って知る。こうして給油できずに震災発生から一週間が経過、シビックRの燃料も残り少なくなっていた。

ガソリンを求めるために、ガソリンスタンド前に長蛇の列ができていることが連日報道された。しばらくはガソリンの入手が難しくなるかも?という雰囲気になっていたのは間違いない。毎日車を動かしている以上は、いよいよ給油しなければならない事態に陥った。震災発生から10日目、開店前から並び始め、先頭から5台も満たない位置につけて、30分程度の待機でハイオク満タンゲット。給油後、行列の様子を見ると大変なことになっていて、早めの行動が吉と出た瞬間だった。

震災発生から7年が経過しようとしていたある日のこと。当雑記帳のWordpress化に伴い、旧来のhtml直打ち記事の大半はサーバから削除してローカルに保存しており、たまたま2011年3月の記事を読み直していた。そこで給油が困難だった記憶が蘇り、今ではすっかり忘れていた。車内にはラジオ、インバータ、懐中電灯、応急救護処置セット、防寒ブラケットなどが常にスタンバイされており、車が無事ならば避難道具の一つに数えられる。ガソリンがあれば、エンジンを動かすことで冷房や暖房も確保できる。活かせるもの、残ったもので何ができるかだ。

EK系シビックの燃料計

記事を読み返すまでは、この程度の残量なら給油はしていなかったが、今では残量に関わらず定期的に給油するようにしている。年月の経過と共に、だんだん記憶が薄れていくことは間違いなく、このタイミングでローカルの記事を読み返して正解だった。これをもって、各種震災対策の一つに加えることになった。

ABSコンピュータ

EK9シビックRのABSコンピュータは、アクセルペダル付近のカバー内部に設置されている。

EK9用ABSコンピュータ

ABSはEK9専用となっていて通常グレードとは別物となっており、ついでに前期型と後期型でも部品番号が異なる。ABSを動作させるためのアクチュエータも、前期型と後期型で違うものが使用されている。コンピュータへ入力される速度信号の解析能力や、アクチュエーターを含めた回路の動作タイミング等、絶妙な演算パターンの上で成り立っているシステムで、安全に大きく影響する部分となることから、流用は行わないほうが吉。

ABSコンピュータ内部基板

電源系回路、各車輪からの速度信号を受信し、ABSアクチュエータを動作させる制御回路などが基板にセットされている。左下にある正方形の集積回路のメーカーはなんとintelで、正真正銘intel insideだ。AN87C196JTという16bitマイクロコンピュータで、クロック周波数は16MHz、32KBのROM、RAMは二系統あって1KBと512Bとなっている。

ABSアクチュエータの内部

ABSコンピュータと対になるABSアクチュエータの内部。ソレノイドバルブが計8本あり、1タイヤ(ブレーキ)につき2本のソレノイドバルブでブレーキ油圧…スリップ率を制御している。

先日の、大嵐駅訪問からの帰り際のこと。県道1号線をダラダラ南下して右カーブに入ったところ、対向からやってきた地元住民の車が突っ込んできて、久しぶりにABSがゴロゴロ鳴るほどのハードブレーキとなった。こちら側は狭い車線内でも用心して左に寄せていたが相手は車線のど真ん中で走ってきており、「あっちから車が来るかもしれない」と「あっちから車は来ないだろう」という大きな違いそのもの。もしもABSが無ければ、ハンドル操作が効かなかった可能性があり、ABSがあって助かった…と実感することになった。

ピピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ…ピ

旧いホンダ車は、エンジンが停止状態で、イグニッションキーを刺したままOFFの位置にあり、ドアを開けるとキー抜き忘れ音の警告音として「ピピピピッ…ピピピピッ…」と目覚まし時計のような電子音が鳴り続ける。なかなか鬱陶しい音で、すぐさまキーを抜き取ってポケットに突っ込むことは、もはやお約束的な行為かもしれない。

その電子音はどこから鳴り続けているのか。

EK9のヒューズボックス

実はヒューズボックスの裏側から鳴っている。車載状態でのアクセスは地味に面倒だ。

EK9のヒューズボックス単体

これがヒューズボックス単体。横幅20cm程度でずっしりとした重さがあり、ヒューズだけでなくパワーウィンドウ、リアデフォッガー、ウィンカーリレーが装着されている。本体右側にある三つの黒い筒が、各種リレーとなっている。

ヒューズボックスズーム

保管していたヒューズをかき集め、EK9シビックRでは接続されていない端子部分にもセットしてある。ここから持ち出すことは基本的には無いが、いつの間にか捨ててしまうことを防ぐための処置。

ヒューズボックス裏面

ヒューズボックスの裏面に白い箱…インテグレーテッドコントロールユニット(ICU)、もしくは統合ユニットと呼ばれる装置がセットされている。ここからキーの抜き忘れ警報音が鳴り、さらにライト消し忘れの警報音も鳴る。音絡みの回路だけでなく、間欠ワイパーの動作タイミングを決定する回路も含まれている。

インテグレーテッドコントロールユニット内部

インテグレーテッドコントロールユニットを開ける。右下の円筒形の部品が電子ブザーで、ここから警報音が鳴る。基板の構成としては、第一印象がエレキットの基板のようで、部品の打ち換え作業は困難ではなさそうだ。サービスマニュアル上ではコネクタがどの装置に繋がっているか全て記載されていることから、その気になれば回路を一つひとつ追っていくこともできる。

今となっては、なぜヒューズボックス単体を入手したかは覚えていなかったりする。ヒューズボックスそのものについては壊れることは考えられず、構造調査や手元で回路の追跡を行いやすくする目的があったのかもしれない。インテグレーテッドコントロールユニットをよく見ると部品番号が記載されており、ここから調べてみるとEK系シビックなら共通部品のようで、前期後期問わずあらゆるグレードで同じ部品番号となっていた。