復活、再開

以前から無断転載が見られるようになり、ついでに近所で自動車盗が発生。その他、背後では手に負えない事態も発生していたりして、こりゃもうやめだと、5月10日『シビックタイプR EK9 report!』を一旦閉鎖。Googleにも、検索してもヒットしないように申請し、無事に受理されて全てが終わったはずだった。

それからというもの、問い合わせメールや応援メールが次々と着信。返信しても次が来るような状態が毎日続くようになり、38クォーツの修理に手をつけられなくなるほど。内容は共通して「残念」「再開希望」という、心にグサッと響くものばかり。しかも、EK9業界においては超有名どころの『EK9で快適生活』の管理人様からも、メールが着たほどだ。

Yahoo!の検索においても、関連キーワードが大変な状態になっているのを確認した。

関連キーワードが凄いことに

混乱を生じさせたことは間違いないようで、こうなるとは一切考えていなかった。おかげでポルナレフ状態に陥る。

ポルナレフ状態

これ以上、期待を裏切るわけにはいかず、止めるのを止めた。朝、少し早めに起きてサーバに再アップして、復活、再開。削除してしまった項目が一部あるので、しばらくは整合性の調整が続きそう。

余計な混乱、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。本日、再開です。

SOL゚A゚TO

どう考えても顔文字を意識したとしか考えられない、このSOLATOというガソリンスタンドのロゴ。

SOLATO

(゚Д゚)

いや、

(゚A゚)

゚A゚
゚Δ゚
゚Д゚

悪くない。むしろ、印象強いロゴではないか。

地元ではSOL゚A゚TOのタンクローリーが出没することがあり、やはり顔文字にしか見えず。地元周辺にSOL゚A゚TOのガソリンスタンドはないのに、タンクローリーだけが走り回る謎。油の融通の都合かもしれないが、発見するとどうしても顔文字を見ている感じになり、目で追うことはよくあること。石油精製・販売を行っている太陽石油のブランド名で、西日本がメインとのこと。レシートもなかなか味があるそうで、遠出しているときに見かけたら給油してみたい。

日向坂峠

山梨県の国道137号に接続する、蕪入沢上芦川林道。その道中の峠が日向坂峠(ひなたざかとうげ)と名付けられており、hinataという単語を使っているからには、これも縁ということで訪れることにした。下調べによれば展望が良さそうだが、事前の天気予報どおりの雨となってしまい、景色は今後の宿題に。それでも走っておけば、雰囲気くらいはつかめることから、さっそく出発となった。

2017/05/13の走行ログ

当初の予定ではR137から日向坂峠を経由し、r719で河口湖に出るつもりだった。それが道を間違え、精進湖側にアクセスするという遠回りコースになった。

御坂みち側入り口

R20から分岐し、R137に入ってしばらく登坂。蕪入沢上芦川林道の入り口はオービスを過ぎてすぐなのだが、案内看板は昔から存在せず今に至るようだ。ぱっと見た感じでは、民家への私道そのもの。

舗装状態は悪くない

林道とはいえ舗装状態は悪くなく、走りやすい。早朝かつ雨なので、他車はゼロだった。軽やかなエンジン音をかき消すかのように、雨粒が木々の葉を叩く音とウグイスの鳴き声が響き渡り、完全に森林浴状態。

撮影してみる

木漏れ日がまぶしくなってきた。

落石注意その1

落石注意の看板があり、ついでに雨なので、路面には落ちてきたばかりであろう石があちこちに転がっていた。

落石注意その2

小石程度は当たり前、握りこぶし大の石、そして成人男性の頭部よりも大きな石が落ちていたりする。大きな石が運悪く車体にヒットしたら、最悪崖下への転落に繋がってしまう。実際、今年の4月末に、埼玉県秩父市の県道で、落石により車ごと崖下に転落、4人が死傷する事故が起きている。危ない道のりが続く。

日向坂峠到着

日向坂峠に到着、まずは看板をチェック…峠の名称が三つもあり、どんべい峠、どんべえ峠、なんと括弧書き扱いで日向坂峠。どれも正解なのかもしれないが、当サイトとしては、やはり日向坂峠を推したい。標高は1,450mのようで、確かに寒い。

日向坂峠

その日向峠全景。今は笛吹市に全て含まれているが、かつては村と町の境目だったらしく路面の舗装状態等の管理具合がまるで違う。一休みしたら再出発。

ダウンヒル

ところどころでガードレールやデリネーターがない区間があり、林道らしい光景になるが極短距離に終わる。というのも、近くにすずらんの群生地として観光スポットがあり、応じて多くの車を収容する必要があるためか、キレイな舗装区間になっている部分が目立ってくるため。

林道での丁字路は右へ

そこの丁字路を右に。左に行こうとすると、行き止まりという看板が出てくるので迷うことはない。この後、道を間違えて精進湖に出て、R138からの山中湖を経由して走り回る。

道志ダム

山中湖に出ても朝だったこともあって、車も少ない。そんな好環境なR413の道志みちを走りたくなり、一気に走破して道志ダムに出てみる。今日のような雨降りの日だと、洪水吐ゲートから放流を行っていることがあるのだが、これまでの降水量では道志川の水位はそれほど上がらず、いつもどおりの静かなダムだった。道志ダムのダムカードが欲しければ、ダムのところで自撮りせよという課題が非常にキツいが、一応撮影して後日回収に向かう。ここから帰路に入り、昼前には帰宅。総走行距離は322km、近距離だったことから、燃費は計測しなかった。

銀貨

ずいぶん前のこと。通勤中に立ち寄ったコンビニでの昼食の買出しで、いつもどおりに買い物をして、いつもどおりに現金で支払い、いつもどおりにお釣りを受け取る。その時、受け取った硬貨を小銭にジャラジャラと流し込んでいたときに、いつもと違う音を立てたことから、妙な違和感を覚えた。またお釣りの間違えか?と思って、よく見てみたら。

100円銀貨

お釣りで受け取った百円硬貨のうち一枚が旧硬貨で、まさかの銀貨。こち亀のどこかに「昔の100円玉は銀だから、落ちたときにいい音が出た」という趣旨の発言があったはずで、これが違和感の正体。確かに、現在発行中の硬貨と違った音を立てる。昭和41年、1966年製なので、東海道新幹線が開通して二年後、アポロ1号における死亡事故が発生したあたりになる。

銀貨というくらいなので、構成成分は銀60%、銅30%、亜鉛10%となる。今日の銀の相場は、買い取りでグラムあたり62.43円。この銀の品位は.600、銀貨の重量は4.8g。これらを計算すると62.43×4.8×0.6≒179.8円となり、銀の価格は額面金額を超える。こんな関係からか、百円銀貨は地金ベースとしての価値があるそう。たった一枚の銀貨でも売るつもりはないし、鋳潰すわけにはいかず、タンス貯金を構成するお金の一つとして保管し続けている。

清掃前状況

引き続き、38クォーツの精度調整に取り掛かっているところだ。青崩峠のキャンプドライブにより、38クォーツには60時間ほど触れなかったことで、精度調整の方向性がよりハッキリしてきた。こんな具合で預かっている時計ばかりに気が向いているが、自分の時計はどうか。

プッシュボタン周辺の汚れ

クロノグラフ機能の使用頻度はそこそこ高く、タキメーターを使って1kmを走るのに何秒掛かるか、そして次の休憩地点まで何分掛かるのか等、特に高速道路を走り続けるときに使うことが多い。おかげでプッシュボタン周辺には手垢由来の汚れが溜まっており、クリーニングクロスを使ってもなかなか取れず…。

ベゼル溝の汚れ

手首の垢が、バンドの隙間から通じてベゼルにまで達しており、溝にはかなりの汚れが付着している。装着後は拭いているのだが、極僅かな拭き残しやクリーニングクロスが入らない部分の汚れが溜まっており、かと言って下手に道具を使って清掃すると傷だらけになってしまう可能性があり、手入れはなかなか難しい。そこで、オメガのカスタマーサービスへしっかりとした清掃作業を依頼することにした。風が殆ど吹かない夏日、連休の真っ只中で混雑、そして太陽は真上で、どこにいてもジリジリと熱せられる正午という暑苦しい条件が揃った銀座、ニコラス・G・ハイエックセンターまで出向く。

よく言われることが「カスタムを施すとオメガ正規店でのメンテナンスは不可能になる」ということ。使っているスピードマスタープロフェッショナルにおいても、カスタムと言えるレベルではないものの、スピードマスターX-33(Ref.3990.50.06)のラバーストラップを流用している。純正品を流用したカスタムネタはEK9シビックRで飽き足らず、時計でさえもやっていたりする。

バンドを換装したカスタム仕様

ラバーストラップは一応はオメガ純正だし、事前確認では「このまま持ち込んでくれてOK」と言われていたが、実際はどうなんだろう?とこの状態のまま、本来のステンレスブレスも同時に持参してオメガブティックへ持ち込むと、何事も無く受け付けてもらえた。清掃後も再び、ラバーストラップ仕様で仕上げてくれるそう。

連休を挟んでいる都合上、清掃完了までには最高で3週間は掛かる見込みとのこと。もともと2週間は掛かるとアナウンスされていたし、急ぎを要することもないので、必要日数については全く問題なかった。何かあればその都度連絡をするということで、オーバーホールまでは至らないが、実態としては時計全体の点検作業なのだろう。何事も無く、きれいに仕上がって戻ってくるときが楽しみだ。

青崩峠へ

キャンプでは、人間=昼行性動物として太陽と共に活動を開始するサイクルに即切り替わるので、午前4時過ぎには目が覚める。標高がある場所柄、けっこう冷え込んだが快適に寝ることができた。

朝食の準備

後の撤収準備のことを考えて、後片付けがしやすいレトルトが朝食となる。冷えている身体を暖かくしておき、太陽が昇って気温が上がってくるのを待つ。朝の撤収作業は急ぎになることが多いが、今回は暑さを感じられるくらいまでダラダラとしたペースで撤収作業を続ける。おかげで朝露まみれのテントを乾かすことができて、後のメンテナンスがラクになった。

最高の晴れ間

9時過ぎ、いよいよ青崩峠に向かって出発。最高の晴れ間に恵まれ、散策日和となった。連休ともあってか、青崩峠の迂回区間となるヒョー越林道は車やバイクでいっぱい。10月の峠の国盗り綱引き合戦以外、物好きしか訪れない場所と思っていたが、現実的にはドライブ感覚で来ているようだ。ただ、酷道区間を走り慣れていない人は少なくないようで、バックができない、「対向車は来ないだろう」という前提でカーブに入ってくる、左に寄れないといったネガティブな要素が多く見られ、危険性は普段よりも高く感じられた。

GPSロガー

GPSロガーに記録された青崩峠の経路。今回の参加者は4人、車両も4台。長野県側からスタートし、R152とヒョー越林道の分岐点近くに2台を置いて、残る2台に分散乗車してヒョー越林道を越え、静岡県側のR152から青崩線に入る。青崩線の終点にある登山口に駐車しておき、徒歩で青崩峠を越えて長野県に入り、分岐点近くに止めておいた2台で再びヒョー越林道を越える。静岡県のR152と青崩線をもう一度走り、登山口に残した2台を回収して、4台体制に戻ったところで、浜松市街地へ抜けるコースとなった。

登山道に入る

登山口があるので、ここから青崩峠に入る。「ちょっとだけ崖から落ちてみてよ、先っちょだけでいいから」とサボリーマンに無理難題をふっかけるのはもはやお約束。

5分で青崩峠

登山道を歩いてすぐに出てくるこの看板。「青崩峠まで5分かよ!」と。静岡県側からは青崩峠の近くまで車でアクセスできるし、実態としては本命となる熊伏山への足慣らしの意味が強そうだ。

青崩峠の石碑

その青崩峠に到着。これまで、あちこちの峠を越えるときは車と自転車が全てだったが、今回初めて徒歩による峠越えとなった。

青崩峠からの展望

峠だけに展望よし。遠州側からは海の幸が運ばれたことから塩の道と呼ばれ、武田信玄の軍が遠州に攻め入るときにも越えたそうで、ついでに近代では少女たちが製糸工女として働くために越えたそうな。その時代における人物たちは、長野側、静岡側の両方で足場の悪い道を黙々と歩き、峠で開けるこの景色を見て何を思ったのだろう。

青い岩盤

青崩峠で一休みしたら、いよいよダウンヒルだ。山は下りが本番というように、慎重に足を進める。道中、『青』『崩』と呼ばれる由来になった、青い地盤を目にすることができる。石と石をぶつけてみると、簡単に砕けてしまうほどで、前日の中央構造線博物館での、脆く崩れやすい地質という解説が分かってくる。ついでに、昭文社の地図(マップル系)には「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」と記述されている理由まで納得。

流れてくる青い石

治山しても、再び崩落に見舞われている場所をいくつも目にする。緑が主体の山の中で、青い地盤が露出して崩れているところがあちこちにあり、独特の不気味さを感じることができる。

崩落し続けるR152

既にR152の国道区間へ入っているが、車が走れるような環境ではない。人の背丈よりも大きな岩が転がっており、崩落し続けている場所なので、将来的にはこの岩も谷底へ落ちていくのかもしれない。あちこちに沢が自然とできており、冷たい水が流れている。

沢を眺める

普段は穏やかに流れる水も、一度雨が降ればどういう状態になるのか想像がつかない。脆弱な地盤が広がっている環境なので、水を含むと崩落が一気に進むのだろうか。

ここでもやはり青い岩盤が見れる

崩れた路面から見える、脆くて青い岩盤。小さな石がポロポロと崩れ続けている。それでも谷側部分では、青崩トンネルが掘削され続けているところだ。とはいえ、完成時期や総事業費は決まっていない現状では、もはや後戻りできないネタであり、事業者にとっては金のなる木そのものだろう。

R152の最も有名な地点

距離にして7km、休憩を含めて2時間で青崩峠を越え、R152のおにぎりがあるあの分岐点に出た。無事に車を回収したまではいいが、浜松市街地に出るまでは60km以上の距離を走らなければならない。初めての徒歩による峠越えの疲れが出たのか、眠気に悩まされてしまい、青崩線の登山口から秋葉ダムまでの記憶が一切無かったりする。

新東名で帰宅開始

浜松市街地で昼食だか夕食だか分からないタイミングで食事を済ませ、浜松浜北ICより新東名高速で帰宅開始。

連休中の帰宅時間帯だけに交通集中による渋滞は避けられず、しかも事故まで重なって長泉沼津ICから30kmの渋滞、通過に110分!当然のように大和トンネルの渋滞もあるわけで、東京ICまで3時間以上とか狂った表示に唖然。そこで沼津から下道に出て回避してみることにする。箱根まではノンストップで走れたが、箱根新道でついに渋滞に巻き込まれ、普段なら15分程度の道のりが65分の所要時間となるほどで、結局浜松から自宅まで、僅か250kmの距離を7時間も掛けて走ることになった。とはいえ、事故やトラブル無く、総員無事に帰宅することができた。総走行距離は664km、総合燃費は16.4km/L。お疲れ様でした。>全参加者

GWキャンプドライブ

連休二日目からは、キャンプドライブだ。今回の目的地はR152の点線国道、未通区域となる青崩峠だ。普段ならヒョー越経由で日帰りコースとなるが、あえてキャンプ泊を組み込んで、青崩峠を歩いてみようという趣旨だ。前日からキャンプ道具を車に積み込んでおき、ついでに車体そのものに一手間加えておき、運転がより楽しくセッティングをしておく。いつもと同じく、午前3時半出発。連休初日(5月3日)の高速道路は、行楽地等へ向かう下り線で金曜日の深夜あたりから混雑し続けていたようだが、二日目となると早朝ならば幾分落ち着いているだろうと予想、見事に的中する。

談合坂付近

中央道の渋滞の名所となる相模湖ICは難なく突破し、談合坂SA付近の3車線区間もこのとおり。運転に不慣れな人たちが高速道路に入っているおかげで、右車線から詰まる典型的パターンが始まろうとしている瞬間だったりする。「渋滞を避けるなら走行車線へ」と何度もしつこく言われようと、右車線を走りたがる傾向があるらしい。対する左車線はガラガラで完全占有中。

八ヶ岳を望む

長坂IC付近から見える八ヶ岳には、少しだけ雪が残っている。ここまで来れば、諏訪ICまであと少し。

R152突入

諏訪IC近くのスーパーやホームセンターで食材その他を入手しておき、いよいよR152へ入る。まだまだ快走区間な部分で、地蔵峠やヒョー越といった酷道らしい雰囲気は全くない。

中央構造線博物館の中央構造線に立つ

大鹿村には中央構造線博物館があり、実際に地盤の違いを目にすることができて、触ることもできる。アツい解説をしてくれた学芸員は地質学の第一人者だったらしい(後で気づいた)。大学の講義等で出てくるような解説がどんどん出て、それについていくY氏のおかげで学芸員もさらにヒートアップするという好循環で、全く素人の私らはついていけず…。近くの川からは露頭がよく見えるらしく、こちらはマイペースで動き回れそうだ。今後改めて訪問する宿題とする。

引き続き、R152を走行

次第に狭くなっていくR152。地蔵峠を越え、川上村へ入ると今日のキャンプ地となる矢筈公園キャンプ場に到着する。夏休みシーズン以外は無料、水場とトイレは一箇所、直火もOKとなれば手練れ向けとなり、静かにのんびり過ごせるはず。そんな予想通り、いいキャンパー揃いでひっそりした夜を過ごすことができた(=下北山スポーツ公園キャンプ場があまりにも酷すぎ)。

設営地点を決め、素早くテント等を展開し、一風呂浴びるために飯田市までは車で片道20分弱。そこから夕食や後片付けをやって、焚火のセッティングをしているとあっという間に時間が過ぎ、写真を撮っている暇なんて無かったりする。夜明け前から動き回っていたおかげで、22時過ぎには強い睡魔を感じ、このまま就寝となった。

バンパー交換のお手伝い

連休初日は、サボリーマンのレヴォーグのフロントバンパー交換の支援となった。車を使うと渋滞に巻き込まれることは目に見えているので、珍しく公共交通機関に頼ることにした。

東急8500系の扇風機と分散式冷房

道中、乗車した電車は古さと懐かしさを感じさせるものだった。首振り扇風機と分散式空調装置の組み合わせは、久しぶりに見た気がする。酷暑においては、この組み合わせのほうが、今時の集中式空調装置とラインデリアよりも有効だった印象がある。一瞬で身体が冷えて、それどころか寒ささえ感じるほどの冷房効果を発揮していたからだ。

電車に揺られ、ダイヤどおりに到着。準備を整えたら実作業に取り掛かる。

新旧バンパー

レヴォーグのバンパーは外しやすいほうで、短時間で取り外すことができる。旧バンパーからグリルやライト、エアロ部品を新バンパーへ移植し、同時にバンパーグリル内への異物の混入及び突入によるエアコンコンデンサのフィン潰れ防止用に、下側グリル内にメッシュを装着する加工を追加。

メッシュ切り出し中

型紙を当ててある程度の採寸を取り、メッシュを切り出してグリル内へ装着する。新バンパーへのメッシュの追加加工が終われば、移植した部品の忘れ物がないか確認して車体に装着する。そしてライト関係が全て正常に機能するか点検し、確認が取れれば作業終了となる。

余計なトラブルが起きることなく、途中の休憩を含めながらも5時間ジャストで作業を終えることができた。お疲れ様でした。>サッボリーマン

腰痛につき

今年のはじめくらいだろうが、寝相が酷く悪くなってしまい、うつ伏せ状態で寝ていることが多くなった。気絶と大差ない長時間睡眠において、枕に顔を鎮めた状態で長く動かないことにより、背中から腰にかけては軽い海老反りが保たれてしまう。おかげで猛烈な腰痛に悩まされており、痛み由来の吐き気さえあるほどなので、過去最悪の腰痛レベルだ。

うつ伏せ状態になってしまう原因を追究すると、マットレスの劣化と筋肉が弱くなっているという二つが絡み合っているようだ。全く気に食わない事実として、自室の布団セットよりも、会社の仮眠室の布団セットのほうが柔らかく、自然な体勢で寝れている。マットレスがとても厚く、体重をベッド全体に分散してくれるので、起きた後は全身の痛みが一切消えていたりする。これが自室だと、長年使ったマットレスは劣化して弾力が失われており、硬い合板上で体重が集中してしまい、痛みから逃げるようにしてうつ伏せになってしまうらしい。解決には、新しいマットレスを買うしかない。

筋肉については言わずもがな。着実に中年へ突入していく身に対し、もっと負荷を掛けい!ということ。ここのところ、38クォーツ(時計)の修理で、家にいるときは猫背が続いてしまい、これも関係あるかと思ったが、現在は精度調整で半日に一回程度のタッチになるので原因から除外できる。普段の筋トレでは効果が出なくなっているので、追加筋トレはH鋼で組まれた足場が多い会社でやることになりそう。ただ単純に、足場からぶら下がっているだけでも背中と腰がラクになるので、相当弱っているはず。平日は一日10,000歩と無駄に多い前屈と屈伸運動で、下半身だけなら満足のいく状態に仕上がっている。対し、上半身が追いついていない。

寝るたびに腰痛に悩まされ、日常の生活にも支障が出ているほど辛いので、なるべく早く解決したいところだ。