青崩峠へ

キャンプでは、人間=昼行性動物として太陽と共に活動を開始するサイクルに即切り替わるので、午前4時過ぎには目が覚める。標高がある場所柄、けっこう冷え込んだが快適に寝ることができた。

朝食の準備

後の撤収準備のことを考えて、後片付けがしやすいレトルトが朝食となる。冷えている身体を暖かくしておき、太陽が昇って気温が上がってくるのを待つ。朝の撤収作業は急ぎになることが多いが、今回は暑さを感じられるくらいまでダラダラとしたペースで撤収作業を続ける。おかげで朝露まみれのテントを乾かすことができて、後のメンテナンスがラクになった。

最高の晴れ間

9時過ぎ、いよいよ青崩峠に向かって出発。最高の晴れ間に恵まれ、散策日和となった。連休ともあってか、青崩峠の迂回区間となるヒョー越林道は車やバイクでいっぱい。10月の峠の国盗り綱引き合戦以外、物好きしか訪れない場所と思っていたが、現実的にはドライブ感覚で来ているようだ。ただ、酷道区間を走り慣れていない人は少なくないようで、バックができない、「対向車は来ないだろう」という前提でカーブに入ってくる、左に寄れないといったネガティブな要素が多く見られ、危険性は普段よりも高く感じられた。

GPSロガー

GPSロガーに記録された青崩峠の経路。今回の参加者は4人、車両も4台。長野県側からスタートし、R152とヒョー越林道の分岐点近くに2台を置いて、残る2台に分散乗車してヒョー越林道を越え、静岡県側のR152から青崩線に入る。青崩線の終点にある登山口に駐車しておき、徒歩で青崩峠を越えて長野県に入り、分岐点近くに止めておいた2台で再びヒョー越林道を越える。静岡県のR152と青崩線をもう一度走り、登山口に残した2台を回収して、4台体制に戻ったところで、浜松市街地へ抜けるコースとなった。

登山道に入る

登山口があるので、ここから青崩峠に入る。「ちょっとだけ崖から落ちてみてよ、先っちょだけでいいから」とサボリーマンに無理難題をふっかけるのはもはやお約束。

5分で青崩峠

登山道を歩いてすぐに出てくるこの看板。「青崩峠まで5分かよ!」と。静岡県側からは青崩峠の近くまで車でアクセスできるし、実態としては本命となる熊伏山への足慣らしの意味が強そうだ。

青崩峠の石碑

その青崩峠に到着。これまで、あちこちの峠を越えるときは車と自転車が全てだったが、今回初めて徒歩による峠越えとなった。

青崩峠からの展望

峠だけに展望よし。遠州側からは海の幸が運ばれたことから塩の道と呼ばれ、武田信玄の軍が遠州に攻め入るときにも越えたそうで、ついでに近代では少女たちが製糸工女として働くために越えたそうな。その時代における人物たちは、長野側、静岡側の両方で足場の悪い道を黙々と歩き、峠で開けるこの景色を見て何を思ったのだろう。

青い岩盤

青崩峠で一休みしたら、いよいよダウンヒルだ。山は下りが本番というように、慎重に足を進める。道中、『青』『崩』と呼ばれる由来になった、青い地盤を目にすることができる。石と石をぶつけてみると、簡単に砕けてしまうほどで、前日の中央構造線博物館での、脆く崩れやすい地質という解説が分かってくる。ついでに、昭文社の地図(マップル系)には「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」と記述されている理由まで納得。

流れてくる青い石

治山しても、再び崩落に見舞われている場所をいくつも目にする。緑が主体の山の中で、青い地盤が露出して崩れているところがあちこちにあり、独特の不気味さを感じることができる。

崩落し続けるR152

既にR152の国道区間へ入っているが、車が走れるような環境ではない。人の背丈よりも大きな岩が転がっており、崩落し続けている場所なので、将来的にはこの岩も谷底へ落ちていくのかもしれない。あちこちに沢が自然とできており、冷たい水が流れている。

沢を眺める

普段は穏やかに流れる水も、一度雨が降ればどういう状態になるのか想像がつかない。脆弱な地盤が広がっている環境なので、水を含むと崩落が一気に進むのだろうか。

ここでもやはり青い岩盤が見れる

崩れた路面から見える、脆くて青い岩盤。小さな石がポロポロと崩れ続けている。それでも谷側部分では、青崩トンネルが掘削され続けているところだ。とはいえ、完成時期や総事業費は決まっていない現状では、もはや後戻りできないネタであり、事業者にとっては金のなる木そのものだろう。

R152の最も有名な地点

距離にして7km、休憩を含めて2時間で青崩峠を越え、R152のおにぎりがあるあの分岐点に出た。無事に車を回収したまではいいが、浜松市街地に出るまでは60km以上の距離を走らなければならない。初めての徒歩による峠越えの疲れが出たのか、眠気に悩まされてしまい、青崩線の登山口から秋葉ダムまでの記憶が一切無かったりする。

新東名で帰宅開始

浜松市街地で昼食だか夕食だか分からないタイミングで食事を済ませ、浜松浜北ICより新東名高速で帰宅開始。

連休中の帰宅時間帯だけに交通集中による渋滞は避けられず、しかも事故まで重なって長泉沼津ICから30kmの渋滞、通過に110分!当然のように大和トンネルの渋滞もあるわけで、東京ICまで3時間以上とか狂った表示に唖然。そこで沼津から下道に出て回避してみることにする。箱根まではノンストップで走れたが、箱根新道でついに渋滞に巻き込まれ、普段なら15分程度の道のりが65分の所要時間となるほどで、結局浜松から自宅まで、僅か250kmの距離を7時間も掛けて走ることになった。とはいえ、事故やトラブル無く、総員無事に帰宅することができた。総走行距離は664km、総合燃費は16.4km/L。お疲れ様でした。>全参加者