埜口(のぐち)三部作、揃って読了。

写真下、『自転車野郎養成講座(山海堂1993年、絶版)』は、現在に至るまでの自転車趣味をスタートしたとき、たまたま近所の図書館においてあった本だった。あまりの読みやすさに唯一の参考書となったもので、期限日に返して、そのままもう一度借りてくることを繰り返していたため、一時期はその図書館の貸し出し人気ランキングに食い込んでしまった過去がある。
まずは5kmから走ることが始まって、10km、20km、30km…と距離が増えていく中で、距離を走るための心構えやアドバイスが書き込まれている。初心者向けの内容だけに、メカニカル的、技術的なことは殆ど書かれておらず、自転車趣味を始めた当時の私にはぴったりだった。
写真中央、『自転車漂流講座(山海堂1989年、絶版)』は、先述した自転車野郎養成講座の続編。発行順序としては、これが最初。内容が出版社の意向に近かったため、続いて初心者向けの自転車野郎養成講座も案内されたそうだ。
世界を舞台にしたチャリツーリングの遊び方。国境の越えかたから、旅先での病気やトラブル、日本とは違った厳しさなどが記載。その実態は野宿(キャンプ)を中心にしたアウトドアライフのノウハウ集で、キャンプしながら外で遊ぶ人間でも楽しめる内容。一日の疲れを回復し、翌日につなげるために重要な夕食について、1980年代末の時点で飯テロ的な記述がなされており、空腹のときに読むと極めて攻撃力のある文章に変貌する。
本の終盤に入って、旅先で出会った仲間やツーリング中の他の楽しみ(登山)についてのページがあり、そこに出てくる「河野兵市」なる人物について、あっさりながらも妙に印象深く書かれている。が、河野兵市氏は2001年5月に北極で転落死しており、この件に関する本も、埜口氏は著している。それが次の本。
写真上、『みかん畑に帰りたかった(小学館2003年、絶版)』。世界を自転車で旅行している最中の埜口氏が河野兵市氏と出会い、共に登山仲間としてあちこちの山を制覇していく様子が記されている。のっけから「世界地図を用意してほしい」と書かれており、何事かと思いつつ読み進めてみるとすぐに納得。全く聞いたことの無い土地や山の名前が次々と出てきて、GoogleマップとWikipediaを開きながらでないと、地球のどこを歩いているのか、追跡できなくなる。
山を越え、サハラをリヤカーを引きながら徒歩で縦断し、途中で河野氏は結婚、二人の子供がいる父親となるが、旅へ出かけたい衝動が止められない。最後の旅路となる北極へ向かうことになる。
なんとなく分かってはいたが、北極の旅費は凄まじいものがあり、額にして3,000万円。それも一個人のポケットマネーではなく、スポンサーによる提供というから、それは旅行ではない。埜口氏も「もはや旅行ではなく仕事である」と断じているほどだ。このときは北極点へ単独かつ徒歩で向かい、日本人として初成功を収めているが。
そして、リーチングホーム計画がスタートする。北極点をスタートし、地元の愛媛県佐田岬半島まで徒歩やカヤックにより6年がかりで帰還する、壮大な旅。日本人初の北極点単独徒歩到達で有名になったことで、リーチングホームではスポンサーから集まった資金は、なんと3億円。この章に限らず、第一章のニューヨーク編から旅費に関する記述が多数あり、常に旅費=金とトラブルはリンクしていることを暗に示している。
振り返って、私自身が小学生になってすぐの時代。大勢の友だちと共に自転車で隣町を越えて「冒険」し、帰るころには夕方17時が門限だった約束は守れない。日没で周囲が暗くなって、街の様子が変化していき、不気味なものを感じるようになる。無事に帰れて、初めての「冒険成功」に達成感を抱き、その一方で帰ってこないことに心配していた両親から、強烈な落雷を食らうことになる。怒られたから止めようと思うことはなく、何度も繰り返すことなって、ドキドキ感、達成感はクセになっていくわけだ。
そんなドキドキ感が、河野氏はいつまでも忘れることができなかった。最初は世界の自転車旅行から、各地を歩き回りながら山を越えるようになり、サハラ、北極と、フィールドはどんどんレベルアップしていく。困難に挑むドキドキ感、冒険の達成感を味わい続けるために、更なる困難に挑んでみたくなるもので、それがまだ自分の力で稼いだ金で遊んでいるなら、問題にはならない。
行動が世間に知られてスポンサー…金が絡むようになると、莫大な額になればなるだけ、短時間のうちに当人の力では制御できなくなる、いわば呪いを受けてしまう。このあたりは、2018年に滑落死した栗城史多氏にもあてはまることで、金を提供してもらったからには、世間を裏切るわけにはいかなくなる。本当にやりたい「自分の旅」と、世間が思う「その人が行う旅」のミスマッチが大きくなれば、最終的には死を招く。
私自身、EK9シビックRで384,400kmを目指すなんてことをやっているからか、サハラ編、北極編、リーチングホーム編の行間から見えてくる世間の期待、醜さと怖さ、裏切ることができない緊張感をヒシヒシと味わっていた。というのも、2017年5月、当サイトは一度閉鎖しているのだが、その直後から閲覧者以上に私側が大混乱に陥っている過去があり、河野氏のようにスポンサードされていた場合、閉鎖後にどうなっていたかは全く想像できず、想像するのも怖い。当人の遊びで済ますか、世間の期待を背負って仕事にするか。答えは一つしかないが。
みかん畑に帰りたかったを読み終えてから、リーチングホーム計画のことを調べてみると、愛媛県佐田岬半島にある道の駅瀬戸農業公園がゴール地点となっていて、今もその計画を伝える碑が立っているそうだ。次のドライブの目的地は、愛媛県佐田岬半島になりそうだ。片道900km程度なら、一日で走っていける距離。
…と、ここまで書いておきながら、実は昔から読書感想文が苦手。本を数冊読んで、その読書感想文を書けという夏休みの宿題が、いつもいつも最大の壁だった。現在でも、かなり難しいものがある。