高騰の影響?

某三島へ出張中につき。

研修中の数少ない楽しみとなる食事だが、材料価格高騰の煽りを受けてか、随分と寂しくなっていた。かつては、たくさん食べて基礎体力をつけよう!なんて古いマンガのワンシーンのような量を喰わされたものだが、現在は本当にスッカスカ。え?これだけ?というのが第一印象。

おかずの量も目に見えて減らされている。満腹感やカロリーを得るためには揚げ物に頼ることになり、低コスト食事に見られる典型的なパターンになっていた。ギリギリのところで粘っている様子が伺えるというもの。外からの視察が多いから、食事には気を使っている…とは聞かされていたが、すっかり過去のハナシになってしまった。

コロナ禍を経て、ここでもコスト削減の影響だろうか。親睦会という飲み会が無い。研修初日が終われば、待ってましたと言わんばかりに「予約します?」「会場使うなら決めてほしい」と促されていたが、その類のことは一切なし。たまたま一緒になった別職場の後輩もこの飲み会を警戒しており、「呼ばれても行かないですよ」と言っていたが、お互い助かったーと喜んでいた。

出っ張り準備

明日から研修出張で、三島のアレに。

コトの発端は今年の4月くらいか。「モーター好きなんだからいいだろ?」と、後先を深く考えない低脳上司に、11月に行けと強制指名される。私以上に物事を深く考えるのが苦手なので、この手の出張に行かされるのはいつも決まった人間で、過去の出張歴の一覧をチェックすると、完全にパターン化している。以後、この低脳上司とは殆ど口を聞いておらず、物事を尋ねられても「さぁ?」と席を立つ。

視野と知見をより拡大し、職場への水平展開が求められている。私のように、年齢的に不釣り合いになりつつある人間より、入社して10年前後の人間を幅広く次々と送り込まなければならない。現在の上司は「その考え方で間違いない」とのことで、来年度からは引っ掻き回すつもり。

出張に絡むゴタゴタもあった。新幹線の切符は自分で手配しなければならず、職場に備えてあるエクスプレス予約は使えなくなっている。厳密には使えるようだが、自分らの出張のときには存分に使いながら、他の人間には使わせないというジャイアン的思考。コスト削減を名目に自由席のみというトンデモルールまであったが、上層が「そんな指示していない」ということで、ギリギリで撤回。変なルールを勝手に制定した人間は怒られたのか、苦虫を噛み潰したようなツラをこちら側に向けることがあった。ちなみに勝手な行動で混乱を呼んだことに対し、謝罪は一切なし。誰かカエンタケ持ってこい。

2022年5月末に某が亡くなってからというもの、社風や縛りが変わってきたようだが、事前に配信されている研修ルールも変わってきているような?『運動に適した服装、靴。ジーンズ不可』という、悪魔の一文が見つからない。それどころか、『上着・ネクタイ省略可』とまで。かつては軍隊のような規律だとか、新興宗教的とまで言われていたが、このあたりも変化している最中なのだろうか。

異物検査機

引き続き、うなぎパイファクトリーの見学ネタより。

製造ラインを眺めていると、「OK」と表示されたモニターが設置されている区画を通り抜けている。「あれなんですかね?」と聞かれ、「金属探知機系の機械だろ」と答えると、納得していた様子。

異物検査機その1

これが異物検査機。OKと表示されているのが見える。重要管理工程とステッカーが貼られているだけに、相当シビアな管理が求められている。写真に収めることは難しかったが、機械内をうなぎパイが通過する様子は、モニターにも表示される。

異物検査機その2

OKマークの下に、僅かに見えるうなぎパイの影。見るからにレントゲン写真のような撮影パターンだが、X線異物検査装置だろうか。

X線を使った検査装置となると、放射線に絡む規制から管理区画をイメージする。しかし調べてみると、食品検査用のX線異物検査装置ならばX線の量は少なく規制値以下になるため、管理区域を設定する必要はないとのこと。こんなところで、別職場にあるX線検査装置がごく普通に置くことができている理由が判明していたりする。

ちょうど同じころ、組織の副社長も菓子の製造工場を見学しており、検査装置の写真を送ってきた。

異物検査機その3

放射能標識のステッカーが貼られており、すぐにX線異物検査装置と判断することができた。標識のおかげで、見る人によっては変なヒステリーを起こすかもしれない?

X線異物検査装置に限らず、金属検出機等を組み合わせて異物の混入を防いではいるが、金属片の混入が見つかり、全品回収という騒ぎは毎年どこかで発生している。機械も万能ではないため、製造工程の一つひとつから気をつけないといけないのは、どの業界も共通となる。

人間クルコン、やってます。

昨日の浜松ドライブでは、往復に新東名高速道路を使っていた。行きは隊列を組んで走り、帰りは現地解散で各自自由なルートで帰宅するのが定例となっている。

隊列を組んで走る場合、だいたい私が先頭になる。最も言われる理由が「EK9が先頭切ってくれるとめちゃくちゃラク」とのことで、どういうことか。

エンジンとギア比の関係から、3000rpmを越えてくるとエンジンの回転音が目立ってくる。長距離を走るとなれば、騒音は少ない方が疲労は少ない。そこに燃費や隊列内の同行車、同方向に走る全く関係のない、大小様々な車の存在を踏まえると、メーター読み90kmhで淡々と走り続けることが最もベストとなる。

実際、メーター読み90kmhで走ることは部活内でも知られており、駿河湾沼津SA(72.0km)に集合し、次の休憩ポイントとなる遠州森町PA(173.7km)までの走行ログをチェックすると、以下のようなグラフが描写される。

100kmの走行ログ

最高速度120kmh区間において、GPS計測では90kmh以下で左車線を走り続けていた。クルーズコントロールといった装備はないので、右足による制御、つまり人間クルーズコントロールによる結果。

途中で100kmh近くまでスピードアップしているが、これは大型トラックを追い抜くための加速で、パスしたらすぐに左車線へ戻り、再び90kmh以下での走行となる。これで同区間においては、走行時分は1時間10分だった。

なお、このときの東京→浜松市街地までの燃費は17.9km/Lとなった。もう少し伸びるかと思ったが、浜松浜北ICから浜松駅前までの流れの悪さでガスを消費してしまったのかもしれない。

食品工場見学の日

久しぶりの、シャブ(会社自動車部)ドライブ日。某工場へ出向いている後輩に会いに、浜松までひとっ走り。

うなぎパイファクトリーの様子

土産物はうなぎパイと決まり。その製造工場は見学できるようになっていて、浜松市の主要観光ルートの一つとなっているようだ。

次々にパイが作られていく様子に見入る一般客に対し、作業員の動線をチェック、製造設備の様子をズームレンズを使って事細かく見たりと、見ているところが明らかに違う部員の面々。

「最終判断は人間の目っすかね」「AIには無理か」

V.S.O.Pバージョンは別ライン

少しお高い、うなぎパイV.S.O.P.に関しては別ライン。人の手による梱包となっていた。

梱包用パッケージのリール交換直前

製造設備をよく見ると、パッケージ用のリールがゼロになる寸前で、黄色い警告ランプが点滅している。ちょうどいいタイミングで、リールの切り替え作業が見られるかも?と待っていると、作業員がやってきてあっという間にスタンバイしているリールに切り替わる。リールの切り替えでパッケージングに少々のズレが生じるのか、切り替え直後のうなぎパイは弾かれていた。

製造ラインの見学が終われば、次のお楽しみは昼食。

二輪でお馴染み、ヤマハ発動機株式会社の本社の真横に、「スズキラーメン」なるラーメン店がある。青いラインと赤い文字の組み合わせは、スズキのディーラーを思い出させてくれる。実際、ヤマハ本社の前でスズキというツッコミがあるとかないとか。

スズキラーメンのネオンサイン

バイカーと肉体労働者向けの、ボリューミーで濃厚な味付け。都心にありがちな、キレイに盛られたラーメンと清潔感のある店内とは程遠く、これぞラーメン屋!と思い出させてくれる印象。

昼食休憩を終えたら、寸又峡まで一気に移動。大間ダム湖の夢の吊橋を見物して、再び浜松市街地に戻って解散となる。後輩も元気にやっていることが分かって一安心。

関東に向かって出発したのが21時過ぎ。帰宅は日付が変わって1時を回っており、さすがに眠いのなんの。総員無事の帰宅が確認できて、さて寝ようとなったのが2時だった。大変お疲れさまでした。>総員

GTO世代なので

電車の仕組みを勉強してこいと言われ、一番困るのが今どきの制御方式に疎いこと。もちろんVVVF制御方式であることは間違いないが、頭の中にある知識といえば、回路上で使われるスイッチング素子はGTOサイリスタ。次の世代で、現在もあちこちで見かけるIGBT…絶縁ゲートバイポーラトランジスタも実はギリギリ。では、これから採用例が増えるかもしれないSiCとなれば、もうお手上げ。

GTOサイリスタや、単純なサイリスタは実習や趣味分野で扱ったおかげで、いろいろと覚えることができた。しかし、IGBTやSiCになると机上での学習のみになってしまい、どうしても覚えが悪い。そこに同期電動機のことも覚えなければならないので、興味が出てきた部分から虫食い状態での予習が続くことになる。

このようなことを含めて「自分、GTOが限度っすよ」と上層と面談すると、まぁそうだよなぁという反応。野外から正式かつ正しい情報を調べるとなると、一般公開されている論文くらいで苦労が続くなんてことも口にする。「ネットに書いてあるの、けっこう適当ですわ。Wikipediaのコピペってのもありますし」とまで。

やらなければいけないことはまだまだ残っているが、今日の上層との面談が前半の山場。あれこれツッコミが入るかと覚悟していたが、何事もなく終わって拍子抜け。

懐かしきVFD

物流職場に出向いてみると、あちこちに電卓が配備されていて物品数の計算でミスしないよう、自由に使うことができる。その中に一台だけレトロで、異彩を放つモデルが置いてあった。一目見て、「これは絶対に捨てんでくださいよ!」と進言しておき、さらには「手放すときは連絡ください」と。

出どころを聞くと「私物だよ」「昔はこういうのが適当だったからなぁ」とのことで、これはあまり期待しないほうがいいか。それからしばらく月日が経過して、A4サイズの封筒を渡される。「約束だ。持っていってくれ」と件の電卓を渡された。

蛍光表示管の電卓

その電卓とは、カシオ計算機 S-2という非常に古いモデル。詳しい資料は見つかっていないが、恐らく1970年代後半あたりの製品と思われる。ディスプレイ部分が液晶画面ではなく、蛍光表示管(Vacuum Fluorescent Display、VFD)が使われている。

当時は当たり前だったディスプレイ部分も、今はすっかり見なくなった。遠い昔に家にもあった気がするが、久しぶりに見ることになって、妙な懐かしさがあった。それから冒頭のハナシに繋がっていく。

もう少しで50年程度の年数が経過することになるが、今のところは普通に使うことができる。それだけの年数があるため、桁数の多い計算を行わせると、現行の電卓よりも明らかに遅い。それもまたレトロな雰囲気で、むしろいい印象に繋がっていく。ボタンの押し心地や蛍光表示管特有の鮮やかさから、非常に使いやすい。

普段のカム切り替え回転数

懐かしきVFDとはいえ、よくよく考えてみればEK9シビックRに装着している、A’PEXi V-AFCIIもVFDを使っていた。直射日光が直撃する明るい車内でもハッキリと表示が読めるので、見やすさそのものはLED以上。

眠い眠い眠りたい

昨日は帰ってきたのが20時半で、そこからフロメシとなるので、落ち着くのは21時を過ぎる。

以前も書いたが、夕飯が遅くなるとそれだけ消化タイミングも遅くなり、苦しい夜になってしまう。事前の予想通り、そう簡単に胃が休まるわけがなく、それで眠ることもできず、0時を過ぎて1時近くまで我慢を強いられた。4時半過ぎには起床時刻に達するので、胃の不快感と寝不足を伴って、最悪の一日となる。

辛抱たまらん!というわけで、定時で逃げ出すようにして退勤。細々としたことは残っているが、明日以降に回せばいい。

帰ってきて、今日はもういいや…とデスクを見ると、保険の封筒が視界に入り、年末調整の申請書記入が終わっていないことを思い出す。ネット上で申請できる内容なので、10分も掛からない。こうしておけば、明日の朝一で残った書類を提出することができて、期限までは余裕を持たせることができる。

終業時刻ギリギリになってから「おい、あの件だけどさー」と話を振ってくる上司、もう少しタイミングを考えてほしいもの。

800字

小論文における「800字以内で書け」という、毎度恒例のアレ。日々、ここで雑記を書いている身からすれば、課題が予め設定されている点ではある意味気楽で、書くことそのものは難しいことではない。

しかし、極度のパソコン野郎につき、殆どがInput Method Editor頼り…つまり、キーボードからローマ字入力で打ち込んだひらがなを漢字に変換し、文章に仕上げることに特化し過ぎている。よって、漢字が本当に書けないという、別の問題が発生して頭を抱えることになる。なるべく難しい漢字は避けつつ、論文として仕上がるように配慮しなければならず、しかも制限時間はどんどん減っていく。

聞くところによると、小論文のテーマは毎年似たようなものらしい。「ん?なんか聞いたことがあるような?」と、記憶を辿ってみると、この時期定例の『浜松参勤交代』で出される小論文のテーマそのもの。そうなると、記述内容の方向性は定まってくるが、異動して一年も経たないうちに、あれこれ見えてくることは問題だらけということか。自職場の課題と解決について具体的に書け。

ここでいつものノリが発生し、自分の立場ばかり気にして仕事しない連中は、山から持ってきたカエンタケに処すとか、意見交換会というなら飲酒しなければできないのかといった、半ば愚痴めいた内容ばかりが飛び交うようになる。雑談においては冗談だが、実際の小論文ではこれに近い内容を書いて提出したことがある。その後に呼び出されたり、不合格通知を喰らったことはなく、あの組織には危ないヤツがいると思われたくらいだろうか。

素早く書くことも重要。普段は製図用のシャーペンや多機能ボールペン内のシャーペンで書いているが、今日のような場面では指先が疲れやすく、筆記速度はすぐに落ちる。そこでDr.GRIPの出番。その太さゆえ疲れにくく、筆記速度は保てる。気が付けば800字を超える勢い。逆に文を減らして、キッチリ800字で提出することになった。

↑なお、ここまでで790文字程度となり、800字以内において最低記述量の目安となる9割以上はクリア。

算数、やり直し。

ビートたけしは、フライデー襲撃事件後の謹慎期間中、小・中学生が解くようなドリルを使って勉強していたことは有名な話か。これが縁となって平成教育委員会シリーズに繋がっていく。

そんなことを思い出しながら、こちらも小中学生向けの計算問題をやり直しているところ。思考回路としては義務教育期間で止まったままであり、加齢で脳内の演算回路に支障が出始めているわけで、計算問題のやり直しがちょうどいい刺激になったようだ。そうそう、こんな解き方だった…と感覚を取り戻していく。応用が利くあたり、まだ一般常識として通用するのだろうか。

今の時代、計算に必要な公式や例題はネット上で大量に見つかる。想像以上に役に立ったのが、家庭教師のトライの公式Webサイト。知りたかったナゾがしっかりと記載されているあたり、助けられた。ちなみに同社のCMで一番好きなのが、津軽弁全開の青森編。

当時の教諭連中は、カリキュラムで定められたコマ数を進めていくことに気を取られ、私のような下っ端の人間は切り捨てていたことがよく分かるもの。授業以外にもやることが積み重なって多数のストレスを抱え、余裕が無かったのだろうが。今でこそ教諭の精神的な崩壊具合がクローズアップされるようになったが、壊れた教諭なんて昔からあちこちにいた。