災害への備え

2011年3月11日、東日本大震災が発生。この日からしばらくの間、ここ関東都心エリアではガソリンパニックが発生した。地震により、都心に近い製油所が停止して石油精製品が出荷できなくなり、「製油所の操業再開時期不明」「ガソリンの供給が滞るかもしれない」なんて不安感を煽る報道が続いた。そしてあちこちのガソリンスタンドで駆け込み給油が相次ぎ、程なくして売り切れ休業が出始めた。

大震災より前の原油価格高騰のときには「ガソリンを満タンにしないでタンク重量をセーブし、少しでも燃費を稼ぐ」なんてホームラン級のアレなことを口にする人がいたが、震災が発生して今度は慌てて満タン!満タン!だ。こうして、必要の無い給油で限りある在庫を使い果たしてしまう。ガソリンスタンド側もなるべく多くの人に給油してもらいたく、レギュラー10L、ハイオク20Lという制限を掛けたが、これが逆に仇となってしまい、「ハイオクだけが無いのですよ…」と給油できなくなる直撃弾を食らうことになった。

ハイオクだけが無いのはなぜか。少しでもガソリンを多く入れておきたいがために、レギュラー車がこぞってハイオク燃料を給油していき、最初にハイオクの在庫が尽きたというわけ。ハイオク車に乗る以上は、非常時にリスクがあることを身を持って知る。こうして給油できずに震災発生から一週間が経過、シビックRの燃料も残り少なくなっていた。

ガソリンを求めるために、ガソリンスタンド前に長蛇の列ができていることが連日報道された。しばらくはガソリンの入手が難しくなるかも?という雰囲気になっていたのは間違いない。毎日車を動かしている以上は、いよいよ給油しなければならない事態に陥った。震災発生から10日目、開店前から並び始め、先頭から5台も満たない位置につけて、30分程度の待機でハイオク満タンゲット。給油後、行列の様子を見ると大変なことになっていて、早めの行動が吉と出た瞬間だった。

震災発生から7年が経過しようとしていたある日のこと。当雑記帳のWordpress化に伴い、旧来のhtml直打ち記事の大半はサーバから削除してローカルに保存しており、たまたま2011年3月の記事を読み直していた。そこで給油が困難だった記憶が蘇り、今ではすっかり忘れていた。車内にはラジオ、インバータ、懐中電灯、応急救護処置セット、防寒ブラケットなどが常にスタンバイされており、車が無事ならば避難道具の一つに数えられる。ガソリンがあれば、エンジンを動かすことで冷房や暖房も確保できる。活かせるもの、残ったもので何ができるかだ。

EK系シビックの燃料計

記事を読み返すまでは、この程度の残量なら給油はしていなかったが、今では残量に関わらず定期的に給油するようにしている。年月の経過と共に、だんだん記憶が薄れていくことは間違いなく、このタイミングでローカルの記事を読み返して正解だった。これをもって、各種震災対策の一つに加えることになった。