多摩川スピードウェイ

ホンダの聖地といえばどこが思い浮かぶだろう。アート商会の浜松?熱いお茶の鈴鹿サーキットか?コレクションホールで涼めるツインリンクもてぎ?本社の青山?そんなメジャーな聖地に対して、マイナーな聖地が多摩川にあったりする。東急東横線の多摩川橋梁のすぐ近くにあった、多摩川スピードウェイだ。

多摩川スピードウェイは日本初の常設サーキットで、左回りのオーバルコースだ。世の中が戦争に傾き始めようとする1936年にオープンし、公式レースは僅か4回で戦争によって終了。戦後は草レースが行われていたようだがいつの間にか廃止となり、鈴鹿サーキットがオープンする1962年まで、日本国内にはサーキットが存在していなかった。

我らがオヤジ、本田宗一郎も多摩川スピードウェイで第1回目のレースに出場しているが、クラッシュで3回転半もの横転となってしまい、同乗していた弟の弁二郎と共に重傷を負っている。

そんな歴史を持つ多摩川スピードウェイ。秋の長雨で出歩きにくい天候が続いているが、小康状態となった昼過ぎから軽い運動を兼ねて訪れてみた。

多摩川スピードウェイのメインスタンド

写真右側が元メインスタンド。多摩川の土手にコンクリートで直接造られたことから、座席の跡や階段がそっくり残っている。旧称多摩川サイクリングロード時代、中学の頃から走り込んでいて、この区間だけ護岸の形状が全く異なることに違和感を覚えていたが、その正体を知ったときは本当にびっくりした。

多摩川スピードウェイ開設80周年を記念するプレート

2016年5月に、開設80周年を記念するプレートが観客席跡地に設置された。あまり目立たないように埋め込まれていた。プレート設置理由と1周約1,200mのオーバルコースだったこと、3万人の観客を収容したことが、当時の写真と共に記載されている。本田宗一郎の名がしっかり出ていることからも、聖地の一つと言える。

自宅から多摩川沿いを経由して小田急の多摩川橋梁までを往復すると、ジャスト50kmだった。軽く流して2時間強なので、当面はこれが走り込みの定例コースになりそうだ。