体力18きっぷ

青春18きっぷを使った、普通列車での旅行の名残。探しても見つからなかったので捨てたと思っていたら、先日の本棚の整理で出てきた。切符の状況を見ると、かなりの強行軍での行動だったことが分かる。今も昔も体力がない中、ずいぶんと無理が利いたらしい。

青春18きっぷ

青春18きっぷ旅行の出発は、品川23時55分発の9375M、通称大垣夜行と決まっていた。狭いボックスシートと強すぎる冷房にやられ、既に疲れた状態で迎える翌朝。大垣駅では恒例の「大垣ダッシュ」に講じるわけで、今もあるのか『構内10km/h以下』の標識は、当然のように無視だったりする。

北陸のほうで撮影を楽しんだ後、いよいよ九州方面への移動を開始。京都から博多まで、ムーンライト九州号にて移動。初日に続き、座席と強い冷房の車内で眠れるわけがない。一日掛けて九州内で乗り鉄を楽しみ、その日のうちに再びムーンライト九州号を使って博多から明石(関西)に戻り、今度は四国を目指す。連日の寝れない夜で力尽きてしまい、世間では通勤ラッシュ時間帯なのだが、おおっぴらに言えないことをしでかしたのがココ。

四国上陸には宇高航路を使い、今は亡き本四フェリーだ。四国内では、普通列車が2時間掛かるところを特急列車が30分程度で走り抜けるという『JR四国の相対性理論=低速で走る列車の中では、時間はゆっくり進む。』を確立するに至る。ノーベル賞は狙えないから、ぜひ発表するといい。やけに流れの速い四万十川で遊ぶなりして、また夜に。高知から京都までは、ムーンライト高知号。もう何度目かの、座席と強冷房の車内の夜。いい加減、横になって寝たいと思っていたのは間違いない。そして最終日、関東へ向かって移動を開始したのだった。

青春18きっぷは体力勝負。重たい荷物を持ったまま動き回り、しかも鈍行で長時間座り続けるためにケツが割れそうになるし、当時は旧国鉄時代の古いオンボロ車両ばかりだったから、車内は冷えっぱなし。それらに耐えることに体力を要し、それでも何とかなってしまったのは、若さゆえか。現在の状況で、18きっぷ強行軍を行えるのだろうか。職場の乗り鉄上司と議論したところによれば「夜勤がなければ何とかなる」という結論が出たが、実証するにも「時間がない」と言い訳するあたりでは、やはり身が追いつかないのかもしれない。