佐久間発電所、佐久間第二発電所

夜中に降る大雨の音に目が覚めて、テント泊にしなくて正解だったことを実感。朝食を終えてしばらくすると雨が止み、気温が上昇し始める。今日は佐久間ダムの電力館に寄ってから帰宅となり、開館時間に合わせて活動開始。川まで降りてみて、昨晩の雨による増水や異変が発生していないかチェックする。

雨上がりの天竜川

天竜川の水は透き通ったままで、急な増水による放流や土砂の流入は起きていなかった。夜中の大雨と川の中洲を見て、ふと1999年に発生した玄倉川の水難事故を思い出した。木が斜めになって生えていたり、草が殆ど生えていないこと。そして石は踏めば動くことから、増水した川の流れであっという間に地形が変わることを意味する。こういった危ない要素はいくらでも見つかり、ここでのキャンプはできない。玄倉川の例では、雨が降って地元住人や警察、ダム管理者の増水するから退避しろという警告を無視した挙句、取材班の目の前で流されて結局13人が死亡。無知は罪とは、よく言ったものだ。

コテージに持ち込んだキャンプ用品の撤収作業と室内の清掃を終え、佐久間ダムの電力館へ行く。ここで収集しておきたかった資料は、佐久間発電所と佐久間第二発電所の構造の解説など。

天竜川橋梁から眺める佐久間発電所

昨日の、JR飯田線天竜川橋梁から眺める佐久間発電所。目立つのは変圧器群や送電線で、ここからでは内部の様子は分からない。

佐久間発電所の概要

佐久間ダム電力館に掲示してあった、佐久間発電所の概要図。佐久間ダムの取水塔から取り込んだ水は、導水路を通じて佐久間発電所内の水車を回し、発電。そして放水口から発電所の外へ出る。

展示模型での佐久間発電所

展示してあった佐久間発電所模型にて、天竜川橋梁からの眺めを改めて見直す。佐久間発電所の背後にある山のすぐ内側に、導水路が設置されているようだ。この展示模型は『故障中』の張り紙があり、照明が消されて詳細が分かりづらくなっていたのが残念。

山の中に導水管、そして発電設備

佐久間発電所内の発電機も再現されており、奥を見ると四機の装置が省略されることなく組み立てられている。

山の中に調圧水槽、サージタンクもある

山の中には調圧水槽…いわゆるサージタンクがあって、水車の回転数の変化やバルブの開閉で水圧が急に変わったときに、衝撃を吸収できるようになっている。

佐久間ダムの放水口

こちらは本物の佐久間発電所の放水口。放水口のすぐ裏側に発電機や水車があって、今まさに発電で使われた水が大量に出てきている。この水は天竜川に戻ることなく、写真手前側に吸い込まれている。この水が向かう先には。

天竜川の対岸に佐久間第二発電所

天竜川の対岸に佐久間第二発電所があって、佐久間発電所から放水された水は、ここへ導かれているようだ。

天竜川を交差する構造

天竜川の地下で佐久間第二発電所へ導水されており、あえて天竜川を横断した経緯は、土地の絡みや開発技術に関する何かがあったのかもしれない。佐久間ダムで取水した水で発電し終えて川に戻すのではなく、さらにもう一つの発電所へ導くとは、アーモンドグリコではないが、一粒で二度おいしい。

大きくカーブする取水経路

佐久間第二発電所の取水口に向かって、大きくカーブする導水経路。

オーバーフロー用の導水口も見える

増水や取水ゲートを閉じても水が溢れないように、オーバーフロー用と思われる導水口もあった。水門が開いていることから、いつでも水が入れるようにスタンバイしているようだ。

佐久間第二発電所の模型

その佐久間第二発電所の模型。落差を利用できないために横型の水車となっているそうで、確かにプロペラ付きの横型水車になっている。

横型水車の様子

横型水車のデザインは概略的なものだろうが、ぱっと見た感じではタグボートのアジマススラスターそのものだった。佐久間ダムの建設に伴う補償問題、当時の新聞資料を片っ端から収集しておき、佐久間ダム電力館の見学は終了となった。

その他、JR飯田線の天竜川橋梁から見えた設備など。

佐久間発電所の変圧器その1

佐久間発電所に設置されている変圧器。写真だと小さくなっているが、TMT&Dのエンブレムが掲げられており、今は無くなっている東芝と三菱電機の合弁会社の製品だった。この会社が存在していたのが2002年4月から2005年3月なので、その期間中に製造されたものと予想できる。佐久間発電所そのものは1956年に運転を開始しており、その後の経過年数に併せて設置設備が次々とリプレイスされていることが見えてくる。

佐久間発電所の変圧器その2

こちらはエンブレムなどが無く、どこの変圧器かは分からなかった。最も目立つ冷却用のファンは高速回転しており、この裏側にある熱交換器は汚れが溜まるので、定期的に清掃してやる必要があるが…。ここは都心や鉄道用と違って清浄な大気なので、面倒な清掃作業にはならない…はず?

佐久間発電所の碍子群

あまり近寄れないはずの、送電設備の碍子群に近づくことができる。天気が悪くなっていたためか、ジリジリというコロナ放電特有の音が響いていた。不思議なことに、佐久間発電所の見えるところに『立入禁止』の看板がなく、放水口等を含めてもっと近づくことができるらしい。このあたりの再調査や実際のところを調べるため、五回目の佐久間ダム周辺散策を行うことになりそうだ。

GPSロガーによる走行ログ

今回のドライブのGPSログ。R152では大雨の影響で2018年3月に土砂崩れが発生、通行止めになっており、秋葉ダムから県道285号へ迂回するようになっている。たまたま秋葉ダムへ立ち寄って、抜け道を使うことにしてr285へ入ったら、それがR152の迂回ルートだったことが後から分かり、余計なUターンや時間の浪費をせずに済んだが…。

県道285号、恐怖の30分待ち

なんと30分待ちという恐ろしい看板が出ていた。幸い、並んだのが規制時間終了近くで、待ち時間は10分程度で走り出すことができた。r285は酷道ランナーなら何ら問題の無い道路だが、一般の人が多く訪れる迂回ルートになってしまうと問題になる。次々と車が押し寄せてしまい、狭隘区間でのすれ違いができなくなってしまう。そこで時間を区切って一方走行とすることで、すれ違いが発生しないように配慮していた。通過に15分掛かり、全ての規制車が通過するまでさらに15分かかるとなれば、30分待ちというのも理解できる。自然災害が起因するものなので、こればかりは仕方ない。

総走行距離は587km、お疲れ様でした。>参加者

天竜川橋梁を歩く

四回目の佐久間ダム周辺訪問だ。自宅から片道300kmほどなので日帰り圏内だが、そうなると散策するには時間が不足気味となってしまう。そこで今回は、佐久間ダム近くで泊まることにして、十分な時間を確保。行きたかった場所をじっくり歩き回ることにした。

佐久間ダムは、飯田線と密接に絡んでいる。佐久間ダムの建設に伴って飯田線の一部区間が水没することになり、補償として1955年(昭和30年)に新線に切り替えられた。旧飯田線の線路跡はダム湖の底に沈んでいるが、冬場でダムの水量が減るとトンネルが露出することがある。

佐久間湖に沈んでいる旧飯田線のトンネル

沈んでいた旧飯田線のトンネルが露出した様子。2013年2月撮影。ここ以外にも旧飯田線の線路跡はあるようで、中部天竜駅と佐久間駅間にも、今も僅かながら残っているそうだ。旧飯田線のトンネルを眺め、静岡県道288号大嵐佐久間線を踏破しても、佐久間ダム周辺の宿題はまだ残っており、それが天竜川橋梁の線路跡というわけ。

走り慣れたR152、右側に見え続ける天竜川はやけに濁っている。いつもと違う川の色の謎はすぐに解けて、秋葉ダムでは放流が行われていた。

秋葉ダムの放流

中央の二ヶ所のゲートが開いて、ダムの水を放流している。R152の浜松市街地側から秋葉ダムへ入るのはラクだが、秋葉ダムからR152の佐久間ダム方面へ戻るには、見通しの悪いトンネル内交差点を曲がらなければならないという、難易度の高い運転を強いられる。無灯火+高速走行で対向車がバンバン来る場所だけに、入るとなかなか戻れない罠みたいなもの。

それでも放流しているダムを間近で見たことが無かったため、あえて秋葉ダムを経由する。

ゲート上より放流を観察

轟音が心地よい。ゲートは少しだけ開いているようだが、放水量はかなりのもの。

塗り替えられた取水口

秋葉第一、秋葉第三発電所の取水口。2016年8月に訪れたときは、取水口のスクリーンは錆で茶色くなっていたが、 メンテナンスの一環で塗りなおされたらしく、鮮やかな水色でリフレッシュされていた。

そんな寄り道を経て、中部天竜駅に到着。近くにある駐車場に車を置いて、ここからは徒歩。線路沿いに歩いて、佐久間駅方面に歩いていく。

天竜川橋りょう入口

すると線路の盛土区間へ入れそうな細い道に出てくる。もしかしてこれか。

三信鉄道殉職碑

細い歩道を歩いてくと、まず出てくるのは三信鉄道の殉職碑。三河川合駅と天竜峡駅の間は三信鉄道によって開通しているが、中央構造線の脆い地盤で工事が進まず、そこに暴風雨の崩壊などがあって50人以上が亡くなっている。

飯田線沿を歩く

歩道はそのまま線路のすぐ横にまで近づく。

振り返ると引込み線

振り返ると中部天竜駅から伸びる引込み線があった。線路が設置されている場所柄のためか、旧飯田線の跡に見えてしまう。

まるで保線員の気分

線路の横を歩いていく。保線屋になった感じで、線路の脇に出た瞬間、人差し指が動いて左右を確認してしまい、すっかり毒されていることを感じた。

鉄橋部分に到着

目的地である天竜川橋梁に到着。住人からの要望と利便性向上のため、一般の人が歩けるように開放されたそうだ。

旧飯田線の橋脚の跡

天竜川橋梁から川を見下ろすと、旧飯田線の橋脚跡が二つ見えてくる。

土台部分は残っている

一つ目の橋脚跡は川の中にあって、ついでに囲いができている。

ダム設備に混じった土台部分

二つ目の橋脚跡は、佐久間発電所の放水路のコンクリートに混じっているが、特徴ある形状だけは残っている。

飯田線の電車が通過

飯田線の電車が通過。人が往来することが当たり前の場所なので、警笛を鳴らされたりすることもなく、あっという間に走り抜けていった。

橋脚の土台部分に降り立つ

天竜川に下りて、橋脚跡を間近に見る。鉄橋部分から見えた囲いは、古い線路だった。製造年数やメーカーの刻印があれば詳細なことが分かったが、いくら見回してもそれらしい表記は一切なし。

天竜川橋りょうを川から眺める

先ほどまでいた天竜川橋梁を見上げてみる。

旧飯田線の方向を見る

佐久間発電所の放水路に組み込まれた、二つ目の橋脚跡方面を見る。この方向に旧飯田線は伸びていたはずで、現在は発電所の建物がある。

旧飯田線の線路はこの下

川から戻り、R473側から佐久間発電所内の線路があったはずの場所を探してみる。方角的に、この写真の奥に進んでいくと中部天竜駅があり、この下が旧飯田線があったことになる。

何か怪しい建造物がある

その線路跡はこのあたりにありそうだな?と金網越しにチェックしていくと…。

旧飯田線のトンネル跡

あった。これこそが、旧飯田線のトンネル跡だ。ネット上ではこの鉄格子を目前にした写真がいくつも見つかり、発電所内部なので立ち入っていいものなのか。たまたま職員と会話することができて、「線路はあることはあるけど、作業用のトロッコ線路でしかないら」「今はいわば物置みたいなもの」「過去にどうしても撮影したい!という人が訪れてねぇ…」とのことだった。

こうして天竜川橋梁の橋脚跡をチェックする宿題を片付けて、日が沈む前にキャンプ地へ。本来ならテントを張る予定だったが、これから雨が降る予報になっており、コテージでの宿泊となった。

ハタチになっていました!

夜勤や副支社長への頭髪切断報告書を優先したため、こちらで取り上げることは後回しにしていたが、今週月曜日の5月14日をもって、EK9シビックRの車齢が20年に達した。

車齢20年のEK9シビックタイプR

このシビックRの経歴としては、1998年5月14日から2007年10月あたりまでは初代オーナーだ。前オーナーよりも長い年月、長い距離を乗っているとはいえ、中古車として入手していることもあって、車齢が20年という大台に達しても特に感動的なものはなく、ここまで達したかー…という、山場を越えたかのような印象のほうが強かった。

2007年12月に納車され、即行で月面着陸(384,400km走破)を目標に設定。そのためには旅費…、いやコストを度外視して、後の経年による問題が起きないよう、始めからリフレッシュ作業やメンテナンス、パーツストックを淡々と行ってきた。おかげで現在は納車当時よりも調子が良く、一日1,500kmを走っても、先に運転者が音を上げるような安定性と耐久性を確立している。

月まで残り12万キロを切っているところで、今の走行ペースでは四半世紀越えとなるのは間違いなさそう。月に到着できるよう、日々安全運転で、これからも走り続けたい。

切断の儀

BGM:ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ セビリアの理髪師

まさにこの曲の如し。軽快で活発に、ところどころで緩急がある様子は、大胆に切りながら、それでいて細かい微調整をして仕上げていく印象を抱かせる。とてもリラックスできて、あっという間の時間だった。

切断前

僅か二ヶ月で超高密集化。髪が伸びていく速度は一日0.3~0.5mmとされるが、本当かそれ…というくらい、ハイペースで伸びる。まるでhair LABO ラウンド 植物栽培キットみたい。普段の生活サイクルに至っては、『髪の毛を早く伸ばす方法』に記載されているパターンに沿うようになっているためか、好条件揃いになっているのかもしれない。

さて、このぼーぼーになってしまった頭髪が、美容師の腕に掛かるとどうなるのか。「美容師としてやり甲斐がある」「一つの毛穴から何本も生えてる」「頭蓋骨の形状と毛穴の向きのバランスが難しい」と絶賛(?)されて…。

切断後

こうなった。熱が篭って、長くて鬱陶しかった髪がすっきりカットされ、これから気温が上がる季節に向けて準備万端。それ以上に、誰だお前!と突っ込もうかどうか迷ったほどの、印象の激変ぶりに自分がびっくり。

落とされた量

カットされた髪の毛は、ジャリジャリと音を立ててシートへ落ちていく。完全に小石や砂利の落下音で「石かよ」と苦笑。

というわけで、初の美容カットとなった。ワックスを落として、セットしていない状態でも普段の伐採とは違うことが分かり、今まで知らなかった体験を味わうことができた。業務上の都合や皮膚の弱さから、ワックスは常用できないが、髪型一つでイメージが激変することが分かって大満足。

出勤前にも関わらず、ありがとうございました!とんでもないデータが入ったブルーレイは永久保存版にします。>副社長一家

体調不良の日曜日

昨日の夜から体調が悪く、先週の急激な冷えにやられたらしい。毎年、春から初夏にかけての気温の大変動で、体調を崩している気がする。

あまり出歩きたくない日だが、午前はETC2.0のセットアップで、ディーラーまでひとっ走り。未セットアップでは車両情報が無いために、エンジンが始動する度にピーッ!という警告音が長く鳴り、ETC本体の確認用LEDは常に点滅しているという鬱陶しさ。作業そのものは15分程度のようだが、混雑でしばらく待つ。

ディーラーへ行ったならば、当然のように何点かの部品を注文した。今回はリストした半数近くがゴソウダンパーツとなっていて、こればかりは仕方ないこと。買える部品は即注文し、後日使用予定。さて、ETC2.0のセットアップが終わり、明細書を見るとセットアップが3,240円、そこに値引きが540円となっていて、計2,700円。ここからETCの管理組織へ500円が渡り、諸経費を引いた残りがディーラーの利益になるそうだ。これでETC2.0が使用可能になり、近代化改修第二弾は完了となった。第三弾も計画しており、もう少し先のこと。

午後からは歯医者で、歯のメンテナンス。久しぶりに痛い。そして預かっている機械式鉄道時計の精度を調査するため、計測装置の準備を行う。必要なものは全て揃ったと思っていたら、足りないものがさらに見つかり、追加注文となった。コンビニでの支払いとなることから、自動車税も併せて納めておく。

結局、ゆっくり出来たのは15時過ぎ。咳が止まらなくなって、体調回復に専念できず。

更新…Y18#05

『EK9(EK系)シビック(後期)のインパネセンターパネルの外し方』を追加。

久しぶりの外し方系の解説記事。計画中の記事に備えた、事前準備のためのアップロードだ。ナビ背面のUSBケーブル用延長コードを追加するついでに、撮影して記事に仕上げたのだった。

乗っているシビックRは前期型だが、ダッシュボード周りは後期型となっているため、表題には括弧書きで後期という単語を入れた。僅かばかり後悔していることは、正規の前期型インパネ(1DIN)の時代にも、外し方の解説記事をアップしておけば…という点。一つのWebサイトで、前期型と後期型の情報が掲載できたかもしれない。初見では手間の嵐に感じる流れは、前期型も同じ。

今回はインパネセンターパネルを外すまでの記事だが、近いうちにエアコンのダイヤルコントローラーを外し、オーディオ部分までのアクセス方法も掲載予定。インパネセンターパネル裏のネジ穴はあちこちにヒビが入り、クリップは割れてしまっており、頻繁な脱着はダメージを蓄積させてしまう恐れがある。今日は緊急用補修剤が無かったので、延期とした。

グリーン化税制

今年の自動車税納税通知書がやってきた。今更詳しく述べることではないが、EK9シビックRの自動車税は、排気量が1.5L以上2.0リットル以下の枠になるので、本来は39,500円。グリーン化税制の絡みで、新車新規登録から13年が経過すると概ね15%高くなる仕組みにより45,400円、5,900円の割り増しとなっている。

毎年、3月あたりからこの時期になると、旧い車の自動車税が高くなっている記事がアップされ、大抵の場合は『旧車いじめ』『古い(旧い)車に乗り続けることがエコ』といった内容になっている。ただ、長きに渡って旧い車に乗り続けているためか、旧車いじめだとかエコだとか、そういった意見に対する違和感を覚えるようになった。

自らの意思で旧い車に乗っており、増税を決めた行政側による命令ではないことから、実際のところは旧車いじめには当てはまらないのではないか。極端なたとえ話だが、渋谷のスクランブル交差点で、自分から素っ裸になって歩いていれば変な目で見られて、ついでに警察のお世話になるかもしれないのに、それを「周りからキモい目で見られた、警察に追いかけられた、これはいじめだ」と言うのか。ニュアンスとしてはそんな感じで、旧車いじめという表現は少々違和感がある。今の日本国内において、増税の仕組みがイヤならば旧い車を手放すしかなく、その旧い車でないとイヤなんて、語弊はあるものの当人の我侭でしかない。

古くて(旧くて)も載り続ければエコなんてのも、本当にそうとは限らない。機械である以上は経年で不調になりやすく、または劣化を防いで本来の調子を保つために補修や部品交換を意識せねばならず、役目を終えて外した単体部品を廃棄しながら走り続けているためだ。外した部品は、売却や譲渡で誰かが再び使う可能性があり、または予備部品として保管するかもしれないが、最終的に行き着く先はゴミ。整備工場やショップであれば産廃業者に委託され、DIYでの作業なら一般の不燃ゴミとして排出することになる。近年のゴミの処理システムは、再資源化やサーマルリサイクルが行われるようになっているが、それでも限度がある。

今どきの車はそう簡単には壊れず、車検毎のメンテナンスでも走るだけなら間に合うため、増税が適用される13年を目安に新車へ乗り換えていく。降りた車は廃車としてリサイクル法に従い、適正に処理されていくことも『エコ』ではないのか。イマ車よりも次世代車のほうが、環境規制の都合もあって車のエコ性能は必ず良くなっていく。そんなエコを優遇し続けることが、将来の環境を守ることに繋がり、新車を発売して経済を回していく点でも悪いことではない。優遇の裏側で、相対的に環境負荷が大きくなる旧い車へ、しわ寄せが来てしまうのは仕方ない。

増税された分、少々頑張って稼ぐのもありではないか。本来の税額が39,500円だとして、一ヶ月あたり3,300円とする。増税されたところで一日あたり17円程度、一ヶ月で500円弱を追加すればいいだけのこと。このように、一つひとつの額面を見直せば、そう怖い数字ではなく、年間5,900円の増税も無事に乗り切れるはず。それなのに「金が無いから増税反対」とは、アレな意味で別格な意見であり、金の計画性の無さを口にしていることそのもの。5,900円も払えずに、車の維持が可能なのだろうか。

増税は嫌なものだが、なにも対処する方法まで制限されているわけではない。縛られたルールですぐに感情的になるのではなく、一旦立ち止まって冷静に考えた方が、最良な結果を見つけやすくなると思う。少なくとも、私はグリーン化税制による増税は、旧車いじめとは考えず、そういうものだと割り切っている。

木星見えた?

今日から木星、土星、火星が地球に最接近することから、夏に掛けて見やすくなる。約1世紀ぶりの珍しい現象だそうで、この見るチャンスを逃すと、この先の残りの寿命においては二度目はない。

木星が見える方角は、調べればすぐに出てくる。ここ関東…東京基準にして、21時ならば、東南方向に見えるそうだ。その情報をベースに、その方角を眺めてみると、確かに二つの強い輝きが見える。比較的低い位置にアンタレス、そのまま視線を上に上げていくと、薄茶色の輝きが見えて、それが木星のようだ。さすがに手持ちの機材では撮影は無理で、見たという記憶がこの先少しでも残ればいい。

今日の位置、つまり最接近の状態で、地球と木星の距離が630,000,000km(6億3000万キロ)となり、光でさえ33分近く掛かる。つまり、今見ていた木星の輝きは、33分程度前の光ということ。太陽の光で8分前、月の光で1.3秒。木星がいかに遠いかよく分かる。

次の最接近は土星で、6月28日木曜日、火星が7月31日火曜日。ちなみに、5月22日は月面のクレーターの影でV、X、Lの字が浮かび上がるそうな。夏に向かって、天体ショーが続いてうれしい。

鉄道時計をお借りして

会社でたまたま時計の話をしていたところ「鉄道時計を持っている」一言があった。どういう時計か詳しく聞いてみると、自分でぜんまいを巻くタイプだそうで、そうなると61スカイライナーベース…セイコーの鉄道時計だろう。そして秒針の位置は、普通の腕時計のようにセンターセコンドタイプ。ただ、「調子が悪くてすぐに遅れる」「直せれば直したいが、どうしたらいいかも分からない」とのこと。

どういう不調なのか興味を持ち、実際に会社へ持ってきてもらい、その場で簡易的な診断を行ってみた。遅れについては、15分で4秒の遅れなので、時計としては使えたものではない。ただ、ぜんまいの巻き上げは軽やかで、止まっているわけではなく、動作だけならば生きていて、しかも内部に錆はなし。不調の原因調査と解決方法を見つけるために、しばらく預かって詳細なチェックを行ってみることになった。

SEIKO PRECISON 6110-0010

セイコーの鉄道時計。いつか入手しようと思っていた憧れの手巻き式機械時計の一つで、調査名目で一時的ながらも手に取ることができた。運転台に置かれていると計器らしいちょうどいいサイズは、部屋に持ち込むと妙に大きく感じる。文字板には伝統の諏訪マークが入り、今なお通ずるデザイン。1977年4月製、国鉄内で使われていたそうだ。

SEIKO Cal.6110

ムーブメント、Cal.6110とご対面。駆動音がとても大きく、裏蓋を閉じていてもハッキリと聞くことができ、開放状態ではより大きくなる。スペック上では、テンプは毎時21600振動のようだが、動きが悪いのか緩やかに見える。テンプのヒゲぜんまいに絡みはなく、美しい渦巻きは保たれていた。遅れの原因は、まず脱進機あたりを見直すことになりそう。

オーバーホールの痕跡

ムーブメントの固定ねじ周辺には、大きな傷が見受けられることから、何度かオーバーホールを行っている可能性がある。それにしても、この派手な傷は酷い。どこの誰が分解したか分からないが、プロがやったならば失格、職人/時計師を名乗る資格はない。先に掲載した写真においても、文字板に二つ、締め過ぎたねじ(通称乳首)のようなものが写っていることから、無理なオーバーホールで、余計なダメージを与えていないか不安が出てきた。

長針と短針のズレ

さらなる不安要素が、この長針と短針のズレ。適度に圧入されている部分なので、ズレるとなれば落下させてしまうのも原因の一つに含まれている。製造から今日まで41年以上に渡り、どういう扱いをされてきたかは分からず、道具として使われ続けてきた過去ならば、一度や二度、落としていたとしても不思議ではない。各歯車の軸も点検せねば。

不調の原因を探るのと同時に、どうにかして直せないか、血が騒ぐもの。幸い、返却期限日等は設定されていないので、焦らず時間を掛けて、チェックしていこうと思う。

大和

「やまと」と言えば、大日本帝国海軍の戦艦大和、漫画『沈黙の艦隊』に登場する原子力潜水艦やまとの二つが、真っ先に思い浮かぶ。

現在も大和の名前を持つ船は活躍しており、そいつは音も無く突然静かにやってきた。独特の存在感がかっこよく、遠目の撮影には不利なコンデジで、何枚もシャッターを切っていた。

深田サルベージ建設 大和

深田サルベージ建設の起重機船、大和だ。座礁した船の救援だけでなく、橋の建設や海洋土木に携わっていることから、工事のためにやってきたのかもしれない。

同社が所有する船舶の名前を見ると、今回取り上げた大和だけでなく、武蔵、金剛、富士あたりは聞き覚えのある名前で、揚錨船についてもおやしお、あきしお、はるしお…こちらもまた、聞き覚えあり。どの船も、由緒ある名前をリスペクトしているのだろうか。