グリーン化税制

今年の自動車税納税通知書がやってきた。今更詳しく述べることではないが、EK9シビックRの自動車税は、排気量が1.5L以上2.0リットル以下の枠になるので、本来は39,500円。グリーン化税制の絡みで、新車新規登録から13年が経過すると概ね15%高くなる仕組みにより45,400円、5,900円の割り増しとなっている。

毎年、3月あたりからこの時期になると、旧い車の自動車税が高くなっている記事がアップされ、大抵の場合は『旧車いじめ』『古い(旧い)車に乗り続けることがエコ』といった内容になっている。ただ、長きに渡って旧い車に乗り続けているためか、旧車いじめだとかエコだとか、そういった意見に対する違和感を覚えるようになった。

自らの意思で旧い車に乗っており、増税を決めた行政側による命令ではないことから、実際のところは旧車いじめには当てはまらないのではないか。極端なたとえ話だが、渋谷のスクランブル交差点で、自分から素っ裸になって歩いていれば変な目で見られて、ついでに警察のお世話になるかもしれないのに、それを「周りからキモい目で見られた、警察に追いかけられた、これはいじめだ」と言うのか。ニュアンスとしてはそんな感じで、旧車いじめという表現は少々違和感がある。今の日本国内において、増税の仕組みがイヤならば旧い車を手放すしかなく、その旧い車でないとイヤなんて、語弊はあるものの当人の我侭でしかない。

古くて(旧くて)も載り続ければエコなんてのも、本当にそうとは限らない。機械である以上は経年で不調になりやすく、または劣化を防いで本来の調子を保つために補修や部品交換を意識せねばならず、役目を終えて外した単体部品を廃棄しながら走り続けているためだ。外した部品は、売却や譲渡で誰かが再び使う可能性があり、または予備部品として保管するかもしれないが、最終的に行き着く先はゴミ。整備工場やショップであれば産廃業者に委託され、DIYでの作業なら一般の不燃ゴミとして排出することになる。近年のゴミの処理システムは、再資源化やサーマルリサイクルが行われるようになっているが、それでも限度がある。

今どきの車はそう簡単には壊れず、車検毎のメンテナンスでも走るだけなら間に合うため、増税が適用される13年を目安に新車へ乗り換えていく。降りた車は廃車としてリサイクル法に従い、適正に処理されていくことも『エコ』ではないのか。イマ車よりも次世代車のほうが、環境規制の都合もあって車のエコ性能は必ず良くなっていく。そんなエコを優遇し続けることが、将来の環境を守ることに繋がり、新車を発売して経済を回していく点でも悪いことではない。優遇の裏側で、相対的に環境負荷が大きくなる旧い車へ、しわ寄せが来てしまうのは仕方ない。

増税された分、少々頑張って稼ぐのもありではないか。本来の税額が39,500円だとして、一ヶ月あたり3,300円とする。増税されたところで一日あたり17円程度、一ヶ月で500円弱を追加すればいいだけのこと。このように、一つひとつの額面を見直せば、そう怖い数字ではなく、年間5,900円の増税も無事に乗り切れるはず。それなのに「金が無いから増税反対」とは、アレな意味で別格な意見であり、金の計画性の無さを口にしていることそのもの。5,900円も払えずに、車の維持が可能なのだろうか。

増税は嫌なものだが、なにも対処する方法まで制限されているわけではない。縛られたルールですぐに感情的になるのではなく、一旦立ち止まって冷静に考えた方が、最良な結果を見つけやすくなると思う。少なくとも、私はグリーン化税制による増税は、旧車いじめとは考えず、そういうものだと割り切っている。