頭痛

このところの激しい気温差と、慢性的な疲れで風邪まではいかないものの、慢性的な頭痛を感じている。側頭部を締め付けられるような、ズキズキとした痛みは久しぶりかもしれない。

暑くはないが、湿度が鬱陶しい。そこで冷房を使って除湿すれば、寒さで頭痛が…?ここまで来ると、冷房病の一種か。さすがに今夜は、冷房で部屋を冷やすことなく、寝ることになりそう。

頭痛を我慢しすぎると、今度は胃に来る。頭痛から吐き気を催すので、あまりに酷いようならば、ロキソニンの出番。本来はドライブ用に準備しているものなのに、こういう機会で服用するのは、少々もったいない気がしてしまう。それほどまでに、よく効く薬だ。

再挑戦へ!

2009年の夏、当時の高速道路の料金は、休日に限って上限が1,000円という景気対策が行われていた。このことを利用して自宅→青森→自宅という往復1,400km以上の超長距離走行を『青森日帰り弾丸ツアー』と称してこなし、今考えれば勢いだけでよくやったな…という、自分のことなのにずいぶんな印象となっている。このとき、首都高の辰巳PAを6時に出発、休憩をできる限り抑えて、燃費よりも時間を優先し、ハイペースで走り続けていた。途中で事故渋滞に巻き込まれ、青森に到着したのが、確か14時ごろ。それから遅めの昼食となって、自宅に向かって青森を出発したのが15時過ぎ。復路は単独走行だったこともあって、往路よりもさらにペースを上げ、自宅近くの首都高出口に到達したのが23時半を回っていたという記憶がある。

今回の合宿だけでなく、過去の北海道旅行では、基本的には青森に向かう際は朝4時に家を出て、首都高から東北道に入り、休憩を多く取りながら走る。下り線岩手山SAで昼食となれば、青森ICには14時から15時に到着することができる。つまり、事故渋滞付きの青森日帰り弾丸ツアーに対して、自宅を4時に出て稼いだ2時間分の猶予は、多くの休憩というカタチで使うことができたことになる。

東北道北上中
▲2012年、東北道北上中の一こま。ナビやインパネが更新されていない。

では、朝4時に自宅を出発し、できる限り休憩を抑えてハイペースで走ると、青森には何時に着くのか?という疑問が浮かんだ。単純な予想では、青森に13時ごろには到着できるはずで、そこから一時間の滞在後、14時に帰宅開始。700km以上もの距離を10時間で走り抜けることができれば、0時を回る前には帰宅できるはず?

幸い、筋トレの効果が出てきて、長時間運転による腰痛は減りつつある。まもなく210,000kmを迎えるシビックRの調子は相変わらず上々だし、後は私の体調次第。秋口にでも、この疑問を解決してみようと思う。つまり、二度目の青森日帰り弾丸ツアーだ。

青森合宿・最終日

青森合宿の最終日は、岩手県の北上から東北道を走りぬけ、帰宅するだけとなった。体力と体調の都合で、日が沈む前に自宅に到着できるような走行ペースを計画し、8時前にはホテルを出発、すぐに東北道に入って、帰宅走行を開始することになった。予報では、岩手県を含めて東北地区はほぼ曇り、宇都宮あたりから雨、ところによっては強く降る予想が出ていた。

放射線量

ホテルのエレベータ前には、こんな表示がされていた。データは昨日の時点となっている。この数値が高いか低いかは、ここでは述べない。自宅近くにも測定装置が設置されていて、ある意味では見慣れた表示だ。

上り長者原SAで給油

東北道下り線岩手山SAで給油した後、青森市街地と北上市街地を経由し、東北道上り線長者原SAで二回目の給油となった。481.2km走り、28.2L給油して、約17.1km/Lとなった。街乗り区間があったとはいえ、この数値ならギア比を変える前でも出ていたし、少々不満の残る結果。

LHシステム

大和IC-泉IC間、352.3kmポスト付近に設置されているLHシステム。このときの巡航速度は若干ペースを上げて、90km/hを維持。次の休憩ポイントまでは距離があったためだが、それでも時間短縮効果は僅か7分程度だから、無理して速度を上げる必要は無かったかもしれない。

東北道上り中間点

東北道上りの中間地点を通過したのが、9時37分。下り線はやたらと派手だが、上り線はこのように高速道路の標識特有の緑色とベースの白色のだけというシンプルなデザイン。この後、単調な走行にだんだんと飽きが出てきたのと、関東に近づくに連れて次第に増加し始める他の車、悪化していく天候により、撮影は一切しなかった。

首都高の川口料金所に入ったのが、15時。最短ルートでは渋滞が始まっていて、5kmの渋滞で通過に40分掛かる予想が出ていることから、中央環状線のまま、葛西JCTまでグルリと大回りするコースとなった。さすがに首都高に入れば、一定のペースを保つなんてことは無理で、水を得た魚の如く、元気で乱れた走行パターンに変わっていた。

自宅近く

自宅近くで最後の給油。長者原SAから自宅近くまで438.6km、25.5L給油し、約17.2km/L。やはりリッター17台に留まった。帰宅ラッシュが始まる直前で、自宅に到着。青森合宿は無事に終了となった。


三日間の総走行距離は1,500km丁度、総合燃費は約17.5km/Lとなった。燃費があまり向上しなかった原因はいくつか見つかっている。高速道路においては、S15シルビアを常に先導するカタチで走行しており、追越では緩急をつけて、リズミカルに追い越しを掛けることが多かった。これが後追いなら、先導車の動きを見てアクセルの踏み込み量を控えることが可能になる。道中はSA・PAでたくさん休憩しており、高速道路本線に合流する際は3速と4速で十分にスピードを上げてから、ようやく5速にチェンジするようにしていた。街中でも、5速に入れるタイミングはけっこう遅めだった。ミッションのオーバーホールを終えて10ヶ月、距離にして10,000kmを走って、内部が本格的に馴染んできているらしく、シフトチェンジのフィーリングがとても良くなっている。程よくエンジンが回っている状態でシフトレバーを動かすと、次のポジションにレバー自ら切り替わるような手応えを感じることができる。スムーズなシフトチェンジも、車の運転の楽しみの一つだし、代償として燃費が悪化したことは納得するしかない。

今回の合宿は、ギア比変更に伴う燃費の調査を兼ねていた。収集したデータはしっかり積み重ねていき、今後の長距離ドライブに有効活用することになりそう。

青森合宿・二日目

青森合宿二日目の今日は、いよいよ青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の中を見物。青函連絡船本体は、かつて東京のお台場地区で公開されていたフローティングパビリオン羊蹄丸に訪れていたことがあり、八甲田丸、羊蹄丸共々、やけにリアルなマネキン人形による運航当時の様子を再現したジオラマがある。これでなんとなく状況を察したことから、目に付いたものだけを撮影することになった。

羊蹄丸のグリーン席

「久しぶりだな、羊蹄丸」と、こんなところで羊蹄丸の一部分と再会することになった。羊蹄丸のグリーン席で、座席本体を改めて見直すと、N700系のグリーン席が思い浮かんだ。頭部の枕部分に備わった読書灯、シートバック部の手すり、フットレストの位置などなど、見れば見るほど先祖返りしている気がしてくる。

安全綱領

掲げられていた安全綱領を発見。研修の締めには、必ず唱和している。

八甲田丸ブリッジ

八甲田丸のブリッジ。連絡電話を耳に当てているマネキン人形が置かれている。こうして写真を通してみると、後姿がやけにリアル。ブリッジからエンジンルームへの見学コースが設定されており、船内のエレベーターで降りる。

エンジンルームが近づくにつれて、趣味全開モードに切り替わっていく。

制御コンソール

たくさんのアナログ計器、機械式スイッチ、無数のランプ。運航当時、ここには何人の乗組員が詰めていたのだろう。

無線装置と思われる基板

金網に掲げられていた、無線装置の一部と思わしき基板。今なら複数の小さなチップでコンパクトに実現するところだろうが、このときはトランジスタがあちこちに装着され、おかげで規模が大きくなっている。

東芝のIC

目立つ大きなICは、東芝製。残念ながらデータシートが見つからず、このICが何をやっているのかは不明のままとなった。

八甲田丸の主機

ついに来た、エンジンルーム。合計4機のエンジンが写っている。まずは諸元を。

川崎MAN V8V22/30mAL型ディーゼルエンジン
45°V型4サイクル16気筒(ターボ2基付)
ボア220mm ストローク300mm
定格出力/回転数 1,600PS/750rpm
圧縮比15.3 機関乾燥重量約11.3t

エアクリーナーとコンプレッサー

エアクリーナーとコンプレッサーを見る。エアクリーナーは剥き出し型で、ターボ本体に直付け。

エキマニ、タービン、排気パイプ

こちらはタービン側。エンジン内部から斜めに配置されているのがエキマニで、タービン本体は見辛い位置にある。それから上に向かって立ち上がる銀色の巨大な筒が、排気管となる。

主機全景

エンジン単体。片バンクに一機のターボが備わる、ツインターボとなっている。全開運転時には、エンジン本体の騒音とターボの高音が響いていたに違いない。

インタークーラー?

コンプレッサーの先には、インタークーラーのような部分があった。インマニに至っては、ただのパイプのような印象。高回転まで回さないのと、ターボによる過給で常に高圧の空気が充填されているため、こんな具合でも間に合ったのかもしれない。

エンジンヘッド

開いていたエンジンヘッド。インテークバルブ、エキゾーストバルブ、そしてインジェクターと思われる部品が備わる。ヘッドの構造からして、OHVに分類されるのだろうか。

マルチプルギヤードディーゼル式

船体のサイズに対して、小さなエンジンを複数積んでいる理由が説明されており、広大な車両用スペースの確保、低重心化の実現のためとなっている。現代で言うところの、ダウンサイジングコンセプトみたいな感じに思える。

エンジンルームの見物を経れば、見学コースは終盤となる。このとき、船体の補修工事真っ最中で、一部の展示スペースが公開休止となっており、割りを食らったのが車両甲板。展示車両に近づくことができず、頑張って写真に収められたのがキハ82系だけという…。

キハ82-101

後のキハ181系に受け継がれていく顔面のデザイン。次回来ることがあれば、今回見れなかった部分をしっかり見なければ。

こうして、八甲田丸の見物を終えて、青森合宿の目的を果たした。昼食を終えたら、早くも帰宅コースに入る。往路だけでなく、復路でもう一度700km以上を走り抜けることは避けたかったこと、地方の夜間は本当に暗く、安全を考えれば走行を控えたかったことから、日のある時間帯にできるだけ南下しておく。走行ペースを勘定して200km少々走っておき、中継地点を岩手県の北上に設定。17時になる前にホテルに到着し、二日目が終わる。

青森合宿・初日

事の発端は、こちらのS15オーナーによる「青函連絡船を見に行きたい」というもの。船の科学館で公開されていた青函連絡船の羊蹄丸は公開終了し解体されたので、今も見れるとすれば青森の八甲田丸、函館の摩周丸となる。ついでに私のシビックRも、5速のギア比を変更してから超長距離走行による燃費の変化を調査したかったこともあって、それならば青森に行くか!となり、出発することになった。

3時半起床、4時ジャストに雨の中出発。路面状況が悪く、安全確保のため首都高内は若干遠回りのコースとして、集合地点の蓮田SAには5時に到着。小休止した後、いよいよ北上開始するが、この時点で福島西IC→福島飯坂IC間で事故による通行止めという不吉な情報をキャッチ。現場までは200km以上あるので、到達するまでに通行止めが解除されることを願って、走行を続ける。東北道の全線走破は今回で四回目となり、さすがに目新しさもなくなった。またもや雨模様だが、長時間日に照らされてしまうよりマシかもしれない。

雨の東北道

基本的には左車線のペースメーカーと化する。エンジン回転数は2,500rpm、速度は80km/hを少々上回るあたりを維持すれば、ずいぶんと静かな車内になることが分かった。特に急ぎの旅ではないし、のんびりペースで走り続ければ燃費も良くなるだろうか。懸念していた福島西IC→福島飯坂IC間の通行止めは解除されて、走行に支障はなし。

東北道下り中間地点

休憩を挟みつつ、出発から6時間が経過。東北道下りの中間地点を通過する。さらに走り続け、昼食目標及び東北道下り線最終給油ポイントの岩手山SAに近づき、燃料計の指針を確認すると、去年の北海道ドライブのときとは、ガソリンの残量が明らかに違っていた。

ギア比変更による違い

トリップメーターの数値は、できるだけ揃えてみた。去年はこの距離数で岩手山SAに到着できたが、今回は首都高内を遠回りした関係でまだ到着しておらず、ここからさらに3kmほど北上する。岩手山SAには川口ICから7時間、12時半前に到着した。昼食休憩後、さっそく給油。580.5km走って32.19L補給し、燃費は18km/Lとなった。18台後半に届くかと思っていただけに、少々期待外れの数値だ。気を取り直して北上を再開、途中で時間調整を兼ねて休憩しつつ、15時40分に青森駅到着。駅ビルに車を止めて、軽い散策を開始。

八甲田丸船首

今回の目的地となった、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸。中に入るのは明日にするとして、今日は周囲を歩き回るだけにする。激しく錆びる喫水部分。

八甲田丸船尾

船尾は車両搬入口となる。信号灯、巨大な扉、貨車海中投棄装置の跡、僅かに見える線路と、普通の船とは明らかに違う装備がたくさん。ついでに日本国旗はボロボロ。

機械遺産認定の可動橋

唯一残っている可動橋より、八甲田丸の船尾を眺める。船体を岸壁にガッチリと繋留しているため、目に見えるほど傾いている。

八甲田丸のスクリュープロペラ

スクリュープロペラは船体から外され、広場で展示されていた。船体に装着させたままだと、海水が媒体となって電食を起こしてしまうため、こんな展示方法に落ち着いたそうだ。可変ピッチプロペラで、プロペラピッチを変えることで、回転方向は維持したまま、前進と後進が可能となる。

スクリュープロペラの傷

スクリュープロペラの表面には、キャビテーションによるエロージョンと思わしき傷があった。

今日は津軽海峡線で、快速海峡が復活運転を行う日となっていた。駅のホームは、既に鉄道ファンが集結しつつあった。列車の到着予定時刻まではあと少し。ついでに見に行くことにして、入場券で駅構内に入り、列車を待つ。

復活した快速海峡

来た。ED79形電気機関車に牽引され、ホームに滑り込む快速海峡。到着後、機関車はすぐに列車から離れて、入れ換え線に転じて行った。集結した鉄道ファンといえば、某大宮駅の混沌な環境をイメージしていたが、ここでは静かなもの。

14系座席車

久しぶりに14系座席車と対面。こうもまじまじと14系座席車を眺めるのは、もしかしたら10年以上ぶりかもしれない。

回送準備

列車の反対側では、回送準備が進められていた。DE10形ディーゼル機関車を連結し、近くの車両基地へ持っていく。

こんな具合で、八甲田丸以外にも津軽海峡の役者だった海峡号まで見ることができた。満足のうちに撤収を開始、予約していたホテルに移動して、青森合宿の初日が終了した。

準備

今日は夜が明けた4時半に起きて、シビックRの給油とタイヤの空気圧点検を行った。というのも、明日から合宿と称して、青森までドライブに出かけるため。都合により仕事から帰ってきてからは運転できないので、時間のある朝に下準備となった。

大雨の中、給油してタイヤの空気圧を点検。モノグサな性格なので、タイヤの空気圧点検はサボりがち…。気が向いたときに行っているタイヤの空気圧は、いつも規定値より0.1kgf/cm2(10kPa)ほどアップさせている。誤差の範囲かもしれないが、これで点検を忘れて空気が抜けたとしても、規定値に戻るだけなので、低圧状態で走り回ることは避けられる。今回の場合、長距離走行が主体で、多少燃費にも好影響を与えるだろうということで、0.2kgf/cm2(20kPa)までアップしておく。

変な時間に起きたので、日中は眠気を感じることが多かった。明日も早いし、さっさと寝ようか。

小休止

先月の仕事は、本当にストレスが溜まりっぱなし。これ以上ピリピリした状態を続けると、心身に悪影響を及ぼすので、さすがに今月は、ローペースかつマイペースで仕事をさせてもらう。やらなければならない業務は多く、今月いっぱいの時間をかけて処理することになりそう。

慢性的な疲れがあったようで、今朝は珍しく寝坊…。眠気は昼間も引きずっており、帰宅時には足取りが重たくなるほど。7時間の睡眠では、やはり不足らしい。どこかで睡眠時間を再調整したほうが良さそう。

今年も半分終わって

収支の計算を行っているところだ。

支出が多くて、今年前半は合計10万円の予算オーバーとなった。後半で取り戻すべく、貯金ペースをさらに上げる。残り半年で10万円を余計に貯金するとなれば、月1.6万円を上積みすることになる。経験上、最初は苦痛なのだが次第に慣れて、いつの間にかその金額を貯めることが当たり前になっていたりする。貯金を優先するあまり、日々の必要経費まで圧迫しないよう、気をつけないと。

貯金優先の予算編成で、シビックRの修繕費用をどう捻出するか。まとまらないときは、しばらく時間を空けておくと、答えが出てくることが多い。当面は、パーツリストと現車を眺めることが続きそう。

安全神話?

既に報道されているように、東海道新幹線の車内にて、男が油のようなものを頭から被り、自ら火をつけた。車内の部品は炎で溶け落ちているようだし、煙を吸ったと思われる人が亡くなった。事件の解明は専門の組織に任せるとして、我々が今できることは、黙って推移を見守るしかない。

今回の事件で、詳しい情報が一つでも欲しいのは誰もが一緒。その中において、フジサンケイグループの記事では「安全神話に激震」と表現した。そもそも今回の場合、事故ではなく事件だ。運行しているJR東海ですら、まさか乗客が油を持ち込み、被って自ら火をつけるなんて、予想はしていない。もっと言うと、火の手が上がり、他の乗客によって非常ボタンが押され、列車が緊急停止、消火活動、避難誘導や他の乗客の下車がしっかり行われ、ダメージを受けた車両を基地に収容した後に、止まっていた路線が順次再開した。油による火災を受けても、火は内装だけに留まって、全焼は免れているというのに。使える列車を一本失ってでも、一刻も早く運転再開をしたかったJR東海は、完全なる被害者だ。そこを踏まえて、安全神話に激震なんて、ただ単に事件を盛り上げて、JR東海を叩きたいという思惑が丸見え。被害者を面白おかしく書き立てるフジサンケイグループは、本物のカス揃いのようだ。

全ての公共交通機関は、乗客の命を預かっている以上、決して事故を起こさないように日夜血と汗と涙を流し、必死になっている。事故が起きない=安全神話の成立ではなく、事故を起こさないように、過去の事例や予想されるあらゆる事例に頭をひねり、対策を考え実行し、そこで終わらず他にも手段がないかさらに知恵を絞る。そんな裏方が一つ一つ積み重なって、誰でも気軽に乗れるような公共交通機関に成長した。安全神話とは、事故なんて起きやしないと勝手に思い込んでいた、バカなマスコミ連中の幻想でしかない。

そしてさっそく、海外の高速鉄道では手荷物検査を行っているという記事が、やはりフジサンケイグループから出てきた。手荷物検査ですぐに乗れなくなると、今度は「利便性が失われた」「混雑に不満」と書き立てるくせに。手荷物検査やるなら、3分毎に次の列車が来る現状で、しかも1323人分、どう行えばいいのか、ぜひ教えてもらいたい。そして、減便やスムーズな乗車ができなくなっても、それは手荷物検査を求めた結果によるものだ。繰り返すが、今回は事故ではなく、事件だ。事件と事故では、今後求められる対策は全く異なってくる。フジサンケイグループは両者が完全に混ざって見えているらしく、バカにつける薬はない。

嗚呼ギリシャ

株。
ギリシャ支援問題が暗礁に乗り上げ、ここ日本でも週明けから今年最大の下げ幅を記録するほど。織り込み済みと散々言われていたが、現実はこんなもの。リスク回避の売りが先行していた。今日はまだ序の口で、明日以降からが本格的に荒れるのかもしれない。

怪しさがいよいよ増し始めたところで、持っていた株はさっさと売って、今は一歩引いた状態で静観しているところ。十分な利益を確保できた状態で切り抜けたし、おかげで今年の自動車税は株の利益でペイできた。

投資を行っている視線から、初めて市場が荒れていく様子を眺めることになる。この先どうなっていくか、しっかりと見ておきたい。