ナビの撤去作業

昨日の青森弾丸ツアーでは、復路においてナビにトラブルが発生。まるで交換されることを認識していたかのような挙動に驚きつつ、「今のうちに外そう」と撤去するきっかけになったことは間違いない。

オンダッシュ型のナビモニター

今となっては、オンダッシュ型のナビといえばモニターに全てを内蔵した簡易型が主流か。ダッシュボードの上に設置しているのは、あくまでモニターだけ。本体は別のところに設置している。

センターコンソールを外したところ

センターコンソール内側に、ケーブルを束ねて隠してあった。必要の無いケーブルをとにかく外して片付けていく。助手席側フロアには、外したモニターが転がっている。

ナビ本体とモニター用チューナー

助手席を外すと、ナビ本体(黒色の箱)とモニター用チューナー(銀色の箱)がある。本体とチューナーが別機器で、昔はこれが当たり前だった。それぞれが非常に長いケーブルで接続され、余ったケーブルの処理は設置者のセンスが問われてくる。コネクタの首部分に負担を掛けないように緩やかなカーブを描き、等間隔にタイラップを縛ったりと、完全に職業病、業務モードで仕上げていた。

ナビの設置作業

2013年12月末、ナビの設置作業中の様子。プラスして、エレクトロタップの廃止や不必要なケーブルの間引きを平行して行っていた。

撤去完了

すっかり撤去。長らく二つの機器があって掃除できなかったため、粉塵が散らかっている。残っているケーブルはフィルムアンテナ用のブースターケーブルと、ドラレコの信号線。

廃棄部品たち

外した機器類は、レアメタルの回収リサイクルへ出す。使用期間は2013年12月29日から今日までの4年3ヶ月、中古品だったので実際の稼働日数はもっと伸びる。このシビックRをナビゲートした総距離は83,783kmだった。月飛行に欠かせない、大切な誘導コンピュータそのもので、NW7-N077S、NVE-N555SSと続いてきたアルパインのナビは一旦終了。

ECUのハーネス関係も整理

先日、スピードリミッター解除装置を撤去した際に、ECUのハーネスを整理していなかったことから、今の段階で行う。ナビ用の車速信号線は残したままにして、取り回しが若干気に食わなかったVTECコントローラーのハーネスを再設置。エンジンハーネスとVTECコントローラーへの分岐ハーネスそれぞれに負担が掛からないようにしておき、しかも容易に脱着可能としておくことで、後の延命作業においても支障が出ないように配慮しておく。

作業完了

外していたイスや内装部品を元に戻し、撤去作業は完了。ダッシュボード上のモニターが無くなって、視野が大きく広がったことにまず気づく。大きくはないと思っていた8インチワイドのモニターだが、視野を著しく損なっていたようで、安全性に大いに問題あり。せっかくの2DIN化を活かし、インダッシュ型のナビを選んで正解だった。

そしてシンプルで味気の無いダッシュボードへ10年ぶりに戻り、そういえばこれがオリジナルか!と再認識させられた。飛行機好きな面もあって、かつてはダッシュボード上に追加メーターや各種モニターを設置して、飛行機のコックピットのように計器だらけにすることが夢だったが、今はこの姿の方が好みだ。

2018年度青森日帰り弾丸ツアー

5度目の東京(羽田)青森日帰り弾丸ツアーだ。まずは走行ログから。

出発…0327
川口JCT…0416
岩手山SA(下り)…1016/給油1回目
青森出口…1156
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸着…1216
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸発…1239
青森入口…1256
国見SA(上り)…1723/給油2回目
川口JCT…2027
到着…2120

合計18時間近く走りっぱなしで、実走行は16時間18分、停止(休憩)時間は1時間32分、総走行距離は1,459km。青森ICには正午前ギリギリで通過し、さらなる時間短縮に成功。給油地点においては、エリア内の駐車場に止まってトイレ休憩→給油という二度の停止となってしまうため、直接ガソリンスタンドに入って、給油中に店舗のトイレを借り、支払い完了と同時にサービスエリアを出発するという流れになった。おかげで、レースでもやっているのか?と言われたほど。いや、タイムアタックをやっているわけではないが。

東北地方を縦断

それでは出発。ナビ上での予想到着時刻は12時50分。首都高は湾岸線で工事渋滞が発生しており、回避ルートを使って東北道へ向かう。

東北道下りでの夜明け

鹿沼IC付近で、ようやく太陽が出てきた。昨日までの仕事疲れが残っており、日光を浴びてやっと回復してくる。ただ、午前いっぱいは体内環境がおかしくなっていて、昨夜から水分は殆ど取っていないのにトイレが近く、那須高原SAまでのノンストップができなかった。トイレが近いことを懸念して水分補給を控えていたら、今度は帰宅手前で脱水症状に陥った。結果的に、体調は万全ではなかったということ。

新緑の香りと共に

北上するにつれて、これから新緑が出てくる気配の、春らしい山々に変わってくる。沿線に見えるサクラは開花して花びらが舞っており、北へ動く開花前線と共に走り続けている。

岩手山が見えるらしいが

506km地点で、前方に見えてくる岩手山と看板。給油地点となる岩手山SAまでもう少しで、周囲の流れに合せるようなハイペースで走ってきたのに、燃料は十分に残っている。

路肩に残る雪

給油して安代JCTから青森方面へ入ると、路肩に残る雪が増えてくる。今日はどういうわけか車の量が多く、貸切状態でのびのびと走行することはできなかった。

青森IC到着

青森ICに到着して、終点、おつかれさま。青森駅経由、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸へ向かう。

青函連絡船の八甲田丸とEK9

12時16分到着。近くの無料駐車場に車を置いて、リンゴジャムをはじめとした補給物資を買い込み、出発準備よし。

再び東北地方を縦断

羽田空港にゴール地点を設定して、復路スタート。この後、ナビがフリーズと再起動を繰り返すようになり、不調に陥った。ちょうど近代化改修に伴うナビの交換を計画しているところだったので、最後のナビゲーションとなった。青森の往復がシメになるとは、今までよく頑張ってくれた。

なぜか公園内に案内される

ナビでルート案内させると、毎回この青森県総合運動公園の中を経由する。ここは公道なのか公園内の道路なのか、いまいち分からない。地元住民が出歩いている道を走らせられるよりはマシだが。

久しぶりの通行券

帰りはETCを使わず、あえて通行券を受け取る。久しぶりに見た気がする。割引時間外で料金はそのまま、13,800円と変わらずで、ETCマイレージのポイント付与の差しかない。

東北道680kmの看板

東北道680km、東京まで703kmの看板。日没時間になるまでに、どこまで走れるか。青森弾丸ツアーは、往路よりも復路が本番となってくる。必要以上にスピードを出すのではなく、減速と再加速をなるべく減らす、新幹線の走り方を意識したペース配分を意識してみる。

上り線の岩手山再び

上り線ではっきり見えた岩手山。

イギリストースト

青森といえばこれ、イギリストースト。運転中に小腹が空いたときに食おうかと買っておいたが、487kcalというカロリーにどん引き。この数値は、私にとっては食事一回分に匹敵するためだ。ずっと揺られ続けているためか、イギリストーストが夕食代わりになって腹が満たされることになった。

日没時間で、残り200km

途中で見かけるJR東北本線では、EH500形電気機関車が牽引する貨物列車と併走したりしながら、18時18分、日没時間になって撮影終了。東北道は残り200km、福島県に達してしまえばもう近所みたいなもの。油断せず、気を引き締めて走り続ける。

特に渋滞は無く、終始スムーズなドライブだった。途中で記述したように、体調があまり良くなかったことで、午前中のドラレコの動画をチェックしてみると、左右に振れながら走っているシーンが長らく記録されていた。さらに脱水症状もあって、夏本番前に喉が詰まったような、あの感覚に早くも悩まされるとは。体調不良は事故原因に直結することから、もう無理に日帰りはしないで、金曜日に出て現地で宿泊、土曜日に帰ってくるパターンもありか。今後のドライブを考えさせられる、弾丸ツアーとなった。

これまでの高速道路走行といえば、90km/h程度で巡航して、スピードリミッターに苦しむ大型トラックを見つけたら、加速して追い越し車線に入る。そして大型トラックをパスしたらエンジンブレーキで軽い減速しつつ走行車線に戻り、また90km/hで流す…というもの。

今回はそんな低燃費走行を意識した走り方はせず、常に周囲の流れに併せた走り方を続け、サービスエリアや料金所での加速はハイカムに叩き込んだり、上り坂区間では四速に落として、追い越し車線を使って一気に駆け上がるような、燃費のことは一切気にしなかった。それでいてリッター16が出るのだから、今までのケチケチ運転パターンを否定された気がして、少々ショック。ということは、大人しく走ればさらに好成績が出せるはずで、これまでの最高燃費19.8km/Lを更新できる可能性が出てきた。

緑地帯や雑木林とか

昨晩に雨が降ったのか、地表が妙に濡れていた。通勤時に降られないで助かったなんて思いながら歩いていると、ふと嗅ぎ覚えのある、妙に懐かしい香りを感じた。

公園の緑地帯

徒歩通勤中、緑に囲まれた公園内を歩いているときの出来事で、湿り気を帯びた土や枯葉特有の香りだった。

ガキのころは下町住まいで、土地開発がまだまだ進んでおらず、小高い土地には木々が生い茂っていて、年中、遊びまわっていた。春は一斉に咲く花を眺め、夏になれば昆虫採集に走り回り、秋口は駄菓子屋で買ったスリングショットの弾丸用にどんぐり集めで駆け巡る、そして冬は滑りやすい枯葉を活かして段ボールで滑走…。香り一つで、ノスタルジックで楽しかった記憶を一瞬で蘇らせるなんてね。いや、記憶が薄れてきたところに、香りで呼び覚ますということは、DRAM(メモリ)でいうところのリフレッシュ動作かもしれない。

今でも記憶の場所は覚えていて、年に一度のペースで散策している。子供の視線では広大に見えた場所も、大人の今では驚くほど狭い。やっと入れそうな建物と建物の隙間を走り、靴幅程度しかない塀によじ登って平気で歩いていたのだから、私にも子供特有の行動力というか、怖いもの知らずがあったみたい。

2DIN化の集大成

EK9シビックR前期型(E-)の弱点の筆頭といえば、インパネが1DIN仕様になっていることだろうか。後期型は2DIN仕様になっているが、前期型に流用は不可能というのが一般的な回答だ。ところが、某車系SNSやBBS等においては、後期型のインパネを前期型へ移植したログが少なからず見つかり、移植不可能、移植可能という二つの答えが出てくる。どちらが本当の答えなのか。

2015年2月に、後期型のインパネを移植し2DIN化する手法を公開。必要な部品や加工部分を記事にしたことで、移植可能という答えを確定した。その後、「あまりにも面倒」「集めるパーツが多すぎる」「そもそもパーツがない」という率直な感想を受け取っている。

確かに2DIN化には成功したが、ダッシュボード内部のフレームは前期型のまま。先日、換装予定の2DINナビに触れてみて、まず感じたのがその重さ。スペック上の重量は2.3kgで、手に持っただけでは何も感じないが、車体に装着すると大問題に発展する。このままナビを装着すると、インパネ裏側のブラケットに全ての重量が掛かってしまい、車体の振動等でインパネ本体が割れてしまう可能性がでてきた。

EK9後期用フレーム

そこで後期型用のダッシュボード内部のフレームを調達し、ナビの換装に備えることになった。つまり、二度目のダッシュボードの脱着作業となり、頑張ってやるしかないかぁ…と気合いを溜めているところ。フレーム本体が剥き出しになっている今のうちに、防錆塗装をやって、必要なボルト類を選定、体調も万全でないと。しばらく準備が続く。

オイルを抜く

ショップやディーラーでオイル交換を依頼すると、どういうわけか4L以上は注入される。サービスマニュアル上での交換時は3.7L、オイルフィルター同時交換で4Lとなっているが、毎回毎回明らかにそれ以上の量だ。オイル交換後の一発目のオイルレベルゲージでのチェックでは、上限ラインよりも高い位置にあって、今回も多いなぁと認識することから。

過走行でピストンとシリンダーは磨耗してクリアランスが増しているはずで、ついでに高回転型エンジンを街乗りで使うとなれば、なおさらクリアランスは広いまま。これは高回転型エンジンの特性で、アクセルをガンガン踏んでレブリミットに達するような激しい使い方をして、ピストンが十分な熱膨張をした際に、ようやく適正なクリアランスとなるよう設定されているため。そんな背景から、オイルを消費しやすい条件が揃っており、それを見越した量のオイルを注入している…のかもしれない。

ただ、今回は多すぎ。上限ラインよりもはるかに高く、エンジンブロック部分にまでオイルが達しているようで、始動性が極めて悪くなっていた。オイルが自然と減るのを待つよりも、抜いて量を調整するほうが早い。

シリンジとシリコンホースでオイルを抜く

実験用のシリンジ(注射器)とシリコンホースで、オイルポンプの代用とする。100ccのシリンジを利用して、一回オイルを抜いてはレベルゲージを挿して量をチェック、もう一回抜いては量を再チェックすることを繰り返す。今週は超長距離を走る予定が入っているので、それを見越したオイル量にセッティング。今朝方、ヘッド部からオイルが落ち切って落ち着いた状態でレベルゲージを見直して、オイル量の調整作業は終了。

撤去完了

シビックRは近代化改修と称して、ナビの換装やETC2.0化の準備を続けている。その一環で、不要となったスピードリミッター解除装置を撤去し、180km/hでスピードリミッターが動作するよう、元に戻すことになった。

BLITZ パワーメーター SJのピークホールド機能

ピークホールド機能として、それまでの最高速度が表示される。しかもホイールスピンを除外する機能があるので、非現実的な数値はキャンセルできる。記憶の限りでは、記録された最高速度は232km/hだった。今では106km/hと大人しい数値に落ち着いている。

リミッター装置撤去完了

スピードリミッター解除装置を撤去し、ずいぶんスッキリしたメーター周辺。すぐに慣れるだろうが、長らくそこにあったものが無くなると、少々寂しい気がする。

役目を終えたBLITZ パワーメーター SJ

使用期間は2007年12月12日からで、取り付け時の総走行距離やレポートを残していなかったのが、今となっては悔やまれる。装着方法が記載された説明書があり、公道でスピードリミッターを解除する意味はなかなか深いわけで、あえてレポート化しなかったのかもしれない。

S15シルビアの長期運用施策

今後も現役で走り続けることになり、信頼性向上を目的に行うことになった。

グローブボックスを外したところ

グローブボックスを外し、裏側にあるハーネスをどんどん取り除いているところ。旧世紀版エヴァにおけるバルディエルや弐号機のように、内臓を無理やり引っ張り出すような撤去をすると、既存のハーネスを切断する恐れがあり、一つひとつ丁寧に外していく。

助手席を外したところ

さらに助手席やスカッフプレートも外して、カーペット下に隠されているハーネスも撤去していく。

HKS SLD

このシルビアにはHKS SLD(Speed Limit Defencer…スピードリミッターカット装置)が装着されていたが、トラブルのリスクを低減させるために撤去。

リミッター解除装置、撤去

はい、スッキリ。

撤去した3.3kg分のハーネス

外したハーネスだけで、合計3.3kgもの重量があった。その他、外した機器よりも新たに装着した機器の方が軽く、ハーネスも少ないとなれば、4kg近い軽量化につながったはず。

作業時間は9時間ジャスト。大変お疲れ様でした。>S15オーナー

サブコード,ヒーター

後期型のEK9シビックRにおける、エアコン用のハーネス…32157-S04-900 サブコード,ヒーター(A)は、インパネを2DIN化する際に購入したところ、国内の在庫最後の一個だったことから、以後新品での入手はできなくなった。

もう入手できない…と思ったら、次々と中古ハーネスが流れてきて、すんなり確保。今のところすぐに使うことは無いが、常に予備があることは、長期維持という観点では極めて心強い。しかも操作コントローラー系アッセンブリーも一式で揃うことになって、移植した後期用のインパネにおける電装系の部品は全部揃った。2014年10月から、あれだけ必死こいて部品集めに奔走していたのに、こうも簡単に、EK9のハイオク満タン一回分以下の値段で集まってしまうなんて、まさに運が良かった。

EK9後期用エアコン系電装部品

後期型のエアコン用ハーネスが揃ったので、万一のために保管してあった前期型のエアコン用ハーネスは破棄決定。仕分け作業中、後期型EK3シビックVTi用のハーネス(オートエアコン)まで出てきて、少々びっくり。いつ入手したのだろう。回路を調べてマニュアルエアコン用に作り変えるつもりだったのかもしれないが、その必要性も無くなった。

久しぶりの痛勤

去年の12月から徒歩通勤を続けてきたが、初夏前あたりで暑くなったら、秋口まで休止する予定。ただでさえ熱中症になりやすい現場なので、仕事前から大汗をかいていては、体をあっという間に壊してしまう。

今年は、春先なのに最高気温が25℃に達する日が多く、応じて朝の最低気温も妙に高いことから、常に休止の気配が見え隠れしているところだ。今日は最低気温が16℃で、歩き回るにはちょっと厳しい。そこで久しぶりに、公共交通機関だけの本来の通勤パターンとなった。

振り返ってみれば、朝のラッシュは中学生から経験し続けているので、多少期間が開いたところでラッシュはなんてことはない…と思っていた。一旦徒歩通勤のラクさ加減を知ってしまうと、朝っぱらから混雑率180%級の電車に乗ることは苦行そのもの。通勤ラッシュとは、ここまでヘビーなものだったか。学生の夏休みを超える月数に渡って、ラッシュから離れていれば感覚も忘れてしまうわけで。

一日を通して朝のラッシュの疲れを引きずり、夕食を終えたらもう眠気がMAX。明日は気温が下がるようなので、再び徒歩通勤に戻す。週間天気予報によれば、来週の最低気温は低いようなので、もう少しだけ徒歩通勤が続けられそう。

恒例パターン過ぎて

今も三月末の仕事疲れを引きずっており、こうなってくると口内炎が発症するころだなと覚悟していたら、予想通りピリピリし始め、直径数ミリ程度の粘膜のただれを発見。栄養状態が良くないのか二枚爪が見つかって、ついでに肌荒れが起きたりと、いつもの不快な症状が、身体のあちこちに相次いで出てくる。

疲れが限界に達すると、あっという間に体表上に異変が出てくるのは小学生からの付き合いで、なんとなーく察することができる。聞けば母方の遺伝らしく、こればかりは一生の悩まされることになりそう。唯一の予防策は、限界前にしっかりとした休養を取ること。ここ最近は、意識的に早く寝るようにしている(=起きていられない)ので、症状が悪化することはギリギリ防げている感じ。

去年末に62kgあった体重が、今日の時点で60.3kgまで落ちており、久しぶりの59kg台も見えてきて、調整に入るか迷いどころ。というのも、体重が60kgを切ると身の軽さが実感しやすい一方で、妙に疲れやすくなるため。軽快に動くなら60kgを下回ったほうがラクなのだが、ここしばらくの回復の遅さを勘定すると、落としすぎも良くないか。