旧道を登って新道で降りて

ドライブで箱根周辺まで出てくると、帰宅コースはだいたい箱根新道を下っていき、小田原厚木道路から都心方面に向かうことになる。ハイシーズンや季節の状況によっては、r732号湯本元箱根線…箱根旧道経由をチョイスすることもあるが、箱根新道やターンパイクが混雑しているときの回避ルートとして有名になりつつあり、かつてのような抜け道効果はなくなってきている。

そんなr732の箱根旧道、下り坂(上り線)方向での走行は何度もあるのに、上り坂(下り線)方向で走ったことは片手で数えられる程度。今年の8月は遠出をしていなかったことに気づき、近所の散歩感覚でひとっ走りしてきた。

早朝の小田厚

久しぶりの早朝出発。すっかり日の出が遅くなって、秋になってきている空と雲だった。

三枚橋交差点

第三新東京市の最寄り駅、箱根湯本の駅を目前に、三枚橋交差点を左へ進む。あとは道なりに進めば箱根旧道に突入する。温泉街の観光客や地元住民が、朝の散歩で出歩いており、しかも少なくない人数。迷惑を掛けぬよう、ゆっくりと進む。

箱根旧道を駆け上がる

目的地、箱根旧道を登っていく。これまた久しぶりの峠道となったが、路面はウェットでまともな状況ではないので、一定のペースで駆け上がっていく。

箱根新道を下る

芦ノ湖に出たら、すかさず箱根新道に入ってダウンヒル。箱根新道の下り坂(上り線)には、ブレーキ故障時に突っ込む緊急待避所が何箇所か設置されているが、どこも草に覆われて路肩の緑地帯のような状況になっている。昔は突っ込んだ痕跡がけっこうあったが、今の雑草まみれの様子からして、ブレーキが故障→緊急待避所に突っ込んで重大事故を防ぐというのは遠い過去のハナシなのかもしれない。

新道と旧道のクロス部分

数十分前に通過した、箱根旧道の上り坂(下り線)とクロスする。箱根新道はこれから芦ノ湖方面へ向かう観光客、大型トレーラーやホイールクレーンなどの業務車両が次々と登坂してきており、早くも混雑が始まっていた。

朝食前の朝練ドライブそのもので、観光客に揉まれる前に即帰宅、それから朝食。近所の散歩感覚で走りに行ける箱根は、近過ぎるために逆に近寄らない場所のひとつ。

セントレアのフライトパークへ

ボーイング787を見るために、中部国際空港のフライトパークまでひとっ走り。

朝の中央道

中部国際空港まで新東名を使うと、開館前に到着してしまう。そこで中央道を使って、走行距離を稼ぎつつ時間調整を行う。ジャンクションの経路を間違えて、なぜかトヨタ博物館前に出てしまうというミスをしながら、フライトパークの開館時間ちょうどに到着することができた。

FLIGHT OF DREAMS Boeing 787

入場料(1,200円)を支払い、さっそくボーイング787初号機と対面。平日の午前中だけに人はまばらで、ゆっくり見れるか…と思ったら、町内会か老人会の団体様が入場され、一気に人が増えた。

ロールス・ロイス トレント1000

ロールス・ロイス トレント1000。ロッキードL-1011でお馴染み、RB211の3軸式レイアウトを継承するハイバイパス比ターボファンエンジン。ちょうど去年の今頃に、コンプレッサーのブレードが金属疲労で破損、エンジンが爆発する恐れ…なんてニュースが出た。RB211では開発に難航してロールス・ロイスそのものが破産、トレント1000ではエンジンブローの恐れとは、やはり紳士の国は何かがある。

シェブロンノズル

エンジンの騒音をより減らすために設けられた、シェブロンと呼ばれるギザギザ状の縁。これがあると、ファンから噴出す冷たいバイパスエアとエンジンコアを通過した高温高圧ガスの混合が促進され、より静かになるそうだ。離陸するときや近づいてくるときの787は、他の機種に比べても明らかにエンジン音が静か。

例えば車において、触媒キャンセルかつ直管マフラーにして、難聴を促進させるような 楽器 排気管に仕上げたとする。ここで、テールをシェブロンノズル仕様にすると、多少は音が小さくなるのだろうか。

112インチ、2.8mのファン

吸気側となるファン。直径は112インチ、2.8mになるそうな。吸い込んだ空気の9割以上が、この大きなファンを通過するだけ。エンジン内部で圧縮、燃やされて燃焼ガスとして使われる空気は1割未満。イマドキの旅客用ジェットエンジンの推力は、ファンによって生み出されている。

ボーイング787のメインギア

メインギア、いわゆる飛行機の車輪。飛行中は空気抵抗を減らすためにボディ内へ格納するので、関節部品が多く組み込まれている。動作は電動アクチュエーターを使い、油圧システムはなくなっているようだ。タイヤはブリヂストン製。

メインギアのブレーキ周辺

車輪には動力がないが、止まるためのブレーキシステムが組み込まれている。原理そのものは車のディスクブレーキと同じで、ABSやブレーキ力の独立制御といった機能もある。異なる部分は、制動力を高めるためにブレーキローター(ブレーキディスク)はカーボン製のディスクを複数重ねている点。

787のブレーキ装置は電動式

ブレーキハウジングのアップ。ブレーキローターを押し付けるブレーキピストンが見える。ブレーキピストンの制御には油圧を使わず、モーターによる電動制御になっているそう。油漏れや過熱による火災の危険性が減り、ブレーキ配管のメンテナンスが省略できるメリットある。第一印象は、見た目は従来の油圧ブレーキと殆ど変わらないような。

ボーイング787のノーズギア

こちらはノーズギア。メインギアに比べればシンプルだが、地上を走るときにはカーブを曲がらなければならないので、ステアリング用のメカが装備されている。

主翼下から眺める

主翼は三菱製。機内から眺めるフラッペロンは小さい面積に見えていたが、主翼下から見るとかなりのサイズ。着陸するときはフラップがせり出して、フラッペロンがピクピクと上下に動く様子は、鳥が地上や水面に降り立つときに、翼をバサバサと動かして姿勢を正す動きと全く同じ。

ボーイング787の後姿

787の後姿。この初号機は、本来はANAに納入される予定となっていたが、テスト中の不具合から機体の改修を繰り返し、結果として太ってしまった。つまり機体重量が増えてしまい、燃費の悪化や飛行距離が短くなって本来の性能が発揮できなくなることから、受領を拒否。商業飛行をすることなく試験機として退役し、ここ名古屋へ里帰り。ボーイング787を眺め終えたら、空港ターミナルへ移動して昼食に矢場とん。

雨の新東名を走る

帰りは新東名を使って、最短ルートで帰宅する。総走行距離は805km、総合燃費は18km/L。区間燃費は20.8km/Lに達していた。

豊岡梅ヶ島林道を走る

【注意】2019年10月12日の台風19号の影響により、豊岡梅ヶ島林道は土砂崩れが発生、再び通行止めとなった。解除時期は未定となっている

山梨県と静岡県を結ぶルートの中で、一度だけの通行となっているのが、豊岡梅ヶ島林道だ。静岡県の秘境の温泉郷こと梅ヶ島温泉が終点となる林道で、安倍峠を越え、山梨県道808号が起点となっている。

酷道の派生ともいえる淋道そのもので、少々の雨で土砂崩れ、法面の崩落、路肩決壊に見舞われることが多く、通行止めが頻発。ついでに凍結による冬季閉鎖もあり、一年を通して走れるチャンスは意外と少ない。2011年9月の台風23号による大雨では、山梨県側の路面で崩落と決壊が発生。通行禁止となって、規制解除日は未定となったまま、年数だけが経過していく。

復旧工事が進んで2018年10月19日、7年ぶりに山梨県側を含めて全面開通。一ヶ月ほどで冬季閉鎖による通行止めになり、2019年4月下旬から今シーズンの通行ができるようになった。しかし、現在も土砂崩れや雨による突然の通行止めが発生しており、走れると気づいた今が、走り時。2010年5月以来の安倍峠越えとなった。

6車線化工事中の新東名

新東名では6車線化工事が行われており、規制区間がところどころにある。通行帯はそのままながら、路肩が規制されるだけでずいぶんと狭く感じるもの。新東名は新静岡ICで降りて、梅ヶ島温泉に向かってr27を北上するだけの、シンプルなルートとなる。

豊岡梅ヶ島林道は通行可の表示

道中、豊岡梅ヶ島林道の情報看板が見つかり『通行可』。梅雨の晴れ間、冷たい風が心地よく、絶好のドライブ日和となった。

梅ヶ島温泉郷

梅ヶ島温泉の到着は7時過ぎ。宿泊客はまだ寝ているか、起きた直後のタイミングだろう。誰も出歩いていない、ひっそりとした温泉街を静かに通過する。

豊岡梅ヶ島林道への案内看板

安倍峠まで8kmの看板のとおりに、ゆっくりと右折していく。

温泉郷の裏を走る

そうそう、こんな感じだったなと9年前の記憶が蘇っていく。

豊岡梅ヶ島林道終点側ゲート

豊岡梅ヶ島林道の終点側ゲートに到着。ここから安倍峠までは上り坂が続き、突然の土砂崩れに備えて、ローペースで走り続ける。

小規模な土砂崩れ現場

小規模ながらも土砂が崩れていた。以後、似たような崩落はいくつも目にすることになる。

日光に照らされる安倍峠

梅ヶ島温泉から30分で、安倍峠に到着した。太陽の方向と角度が悪くて、まともな写真は撮れず。なぜか左脚が痺れるような痛みが出始めており、脚のストレッチをしながら一休み。ちなみに、同じ構図で2010年5月に撮影したのが次の写真。

安倍峠とEK9

2010年5月の様子。当時は小雨と霧に見舞われて、通行条件は最悪なものとなっていた。9年が経過するうちに、周辺の木の密度が大きくなっており、路面の荒れ方も少ない。

豊岡梅ヶ島林道の開通記念碑

豊岡梅ヶ島林道の開通記念碑。この写真を撮りたくて、ここまで訪れたようなものか。ここから下り坂になる。上り坂より下り坂のほうが厄介なので、より慎重に走っていく。

野良鹿発見

突然ガサガサッと音がして何事かと見上げると、シビックRのエンジン音に驚いた野良鹿が法面を逃げていたところだった。少し離れたところから振り返って、距離を保ちつつこちらの伺う様子は、テレビや動画で見てきた草食動物の動きそのもの。ちなみに、本日の鹿の目撃数はこれで三頭となった。

豊岡梅ヶ島林道からの眺め

豊岡梅ヶ島林道から身延市街地方面を見る。9年前に訪れたときは、霧というより雲に覆われており、眺めを楽しむことは全くできなかった。写真では潰れてしまっているが、肉眼ではこれから向かう身延市街地がうっすらと見えていた。

爽快なダウンヒル

大きく円を描くようにして、一気に高度を下げていくことを繰り返す。路面状況を撮影しようと車を降りたら、小石の上に停まっていたらしく、サイドブレーキを掛けていたにも関わらず、ズルッ…ズルッ…と動き出して流転状態になって大慌て…。

土砂崩れがあった場所

気を取り直して、林道の通行を再開。ヨレヨレになったガードレールと補強された法面の状態から、過去にこの部分で大規模な崩落があったようだ。路面のアスファルトもボロボロ。

小規模な土砂崩れが起きた模様

崩落してから、それほど時間が経過していないようだ。積もった土砂は避けず、慎重に乗り上げて通過する。パラパラと小石が落ちてきており、状態はあまりよくないように感じた。

豊岡梅ヶ島林道山梨県起点側ゲート

梅ヶ島温泉から安倍峠を越え、一時間で豊岡梅ヶ島林道の山梨県起点側ゲートに到着した。ここまで来てしまえば、R52まではすぐなので、あっという間に走り慣れた道に戻ることになった。

R52からR300へ入れば本栖湖で、富士五湖を経由して帰宅するいつものコースとなる。総走行距離は425km、総合燃費は16.6km/L。

草生水献上場へ行く

新潟県柏崎市にある『草生水献上場(くそうずおんじょうば)』では、現在でも石油が湧いているそうだ。片道300km程度ならすぐなので、ドライブがてらひとっ走りして、日本産の石油を見に行くことにした。

北陸道西山ICから降りて、西山町妙法寺方面、r393を走るとすぐに出てくる青い看板。

草生水献上場の案内看板

草生水献上場への案内看板は、古印字フォントで迫力が増している。

隘路を往く

石油街道とは立派な名前だが、実際は集落の裏道という雰囲気。

草生水献上場まで1kmの看板有

さらに進むと、草生水献上場まで1kmという看板が出てくる。すれ違いスペースが殆ど無く、崖に面した道でガードレールすらないのにKAIDO。酷道や険道を走り慣れている人なら、どうってことのない道だ。

酷道っぽさが楽しい

短い距離ながらも、今年一発目の酷道走行となり、狭く荒れた道を楽しむ。帰り際に、地元住民の農作業と思わしき軽トラが来てしまい、すれ違いが極めて困難な場所で対向車と出くわす運のよさに唖然。

草生水献上場の駐車スペース

草生水献上場前には、小さいながらも駐車場のような広場がある。ここから先は、徒歩…といっても、一分程度で現地に着く。

草生水献上場の歴史案内

草生水献上場の歴史案内を見る。天智天皇の時代、つまり飛鳥時代まで遡る。案内では『「越の燃土、燃水とを献ず」と日本書紀に書いてある。』と記されている。

燃土(もゆるつち、ねんどではない)は天然アスファルト、燃水(もゆるみず)は石油。正体が分からないナゾの黒くて臭い水が湧いており、くさいみず、臭い水。これが転じて、くさみず、くそうずと変化していき「草生水」という当て字になって、今に伝わるそうだ。

そして、天智天皇へ天然アスファルトと石油が献上される…という流れ。灯火用の燃料や防腐剤としての使われ、また時代によっては、採掘権を巡って争いがあったようだ。

草生水献上場の東屋

草生水献上場に到着。東屋があって、休憩もできる。くさいみずのイメージから、石油のニオイがあるかな?と期待したが、微かにニオイがある程度。むしろ、自分で発した屁のほうが臭い。

草生水献上場の池を見る

東屋の反対側から見ると、池というか沼というか。足元は黒と茶色のドロドロした液体が溜まっており、これが湧き出ている石油らしい。触ってみると、ベタベタした油そのもの。

草生水献上場の沼地

第一印象は、ドラクエに出てくる毒の沼地。池の底のあちこちからポコポコと泡が出ていて、これは石油ガスのようだ。

湧き出る日本産の原油

黒い物体はタール状になった石油か。写真右下では、ガスと石油が現在進行形で湧き出ている。

虹色に輝く油

水面では、虹色に輝く石油が光る。以前、シビックRがオイル漏れが続いていたころ、雨の日に走ると路面にこんな色の輝きがずっと続いていた。

石油だけに足元はとても滑りやすく、靴の裏に付着してしまえば車の運転にも支障が出る。なるべく油気のないところを選びつつ、噴出池の周りをうろうろして探索終了。

妙法寺採取基地

草生水献上場の麓部分、r393沿いには石油資源開発株式会社所有の妙法寺採収基地(妙法寺B基地)もある。新潟県は国産天然ガスの生産拠点であり、この妙法寺採収基地の地下にはパイプラインが設置されているとのことだ。

パイプライン輸送は中東地域やロシアのイメージが強いが、日本にも設置されている。新潟県や宮城県が有名どころだが、新潟県から首都圏へ送り込んでいたり、火力発電用に神奈川県川崎市と千葉県富津市が東京湾の海底で接続されている等、探せばけっこうある。

総走行距離は630km、総合燃費は18.8km/L。北陸道西山IC近くのガソリンスタンドから、自宅近くの定例給油スタンドまでの区間燃費では、リッター20を再び達成。しかもエアコン使用、渋滞、眠気を飛ばすためにアイドリングしたまま15分程度の仮眠を行って、この成績。29万キロ目前とは思えないコンディションで、更なる低燃費を出せる可能性を秘めている。以前出した20km/Lは、まぐれではない。

増える中島飛行機の車

鈴木ジムニーを所有していた林道過激派氏が、スバルWRX STIへ乗り換えた。これがキッカケで、車部(シャブ)にてお披露目ドライブ。主催は全会一致でサボリーマン

伊豆スカイラインの料金所

久しぶりに伊豆スカイラインを走る。時間が良かったのか、休日にも関わらず殆ど車がいない。

S4お披露目参加車両

7人7台という、地球環境と燃料効率を完全に無視した一味。体調不良でレイのGP5氏が来れなかった。次回の参加をお待ちしております。

沼津まで出て、アジを喰って離脱。待っている最中にアニメ柄のバス、それ系のシャツとトートバッグで武装している人を多数目撃したが、舞台となっている縁らしい。

走行距離は430km、総合燃費は15km/L。山の中を走り回ることが多く、暑さでクーラーを使い続けてもこの燃費なら上々。お疲れ様でした。

後片付けいろいろ

青森から地元に帰ってきて、帰宅前にガソリンスタンドでの機械洗車を行っても、細かい部分の汚れは洗浄できない。例えば、バンパーのグリルメッシュ。

メッシュに絡みついた虫

メッシュのおかげで衝突した虫は細切れになっており、奥のラジエターとコンデンサーまで達した破片は僅かなもの。風圧と熱で虫の破片はカラカラに乾燥しているので、バンパーを外してブラシで払えば、簡単に除去できる。

青森への往復で撮影した写真やGPSロガーのデータを整理するのも、後片付けの一環。ふと、2018年度の東京青森日帰り弾丸ツアーの記事を読み返す。そのときにも「体調が悪い」「無理に日帰りはしないで」と書いてあり、この経験から宿泊による往復パターンに変えた。結果的に正解で、ホテルで長時間の睡眠が取れることや、時間的制約がないのもメリット。特に復路では眠気や倦怠感に悩まされることなく、淡々と走り続けていた。

弾丸ツアーの場合、復路が全ての鍵で、日没時間までにどれだけ都心に近づけるか。高速道路の地方区間では街灯がなく、ヘッドライトが頼りになる。暗い中でヘッドライトを照らしながら走り続けると、目の疲れや肩の凝りがどうしても避けられない。腰や背中、脚の痛みは鎮痛剤でごまかせるが、目の疲れは視覚に直接影響が出てきて、安全性に問題あり。

首都高の混雑を避けるため、これまでどおりの早朝に出発したとして、昼過ぎには青森駅前に到着できる。土産物の物色、青森港では青函航路が頻繁に出入りしているので、これを眺めながら撮影するのも悪くない。夕食に味噌カレー牛乳ラーメンや、浅虫温泉まで移動して、マグロ丼で有名らしい鶴亀屋食堂という店も気になるので行ってみたい。

宿泊と夕食を含めたところで、弾丸ツアーと比べても8,000円程度の差しかない。むしろ、8,000円で安全確保と体調回復ができるなら、喜んで出す。日帰りの翌日は疲れと肩や背中の痛みが続き、一日が無駄になってしまうことから、泊まらなくても合計二日間は使う。となれば、ますます泊まったほうがいい。

「リンゴジャムを買いに、青森までひとっ走りしてきた」とは、ネタとインパクトの点では強烈なものがある。それ以上に、安全や自分の身を最優先にするあたり、年齢が積み重なって考え方が変わっている影響があるのかもしれない。

青森から帰ろう

昨日の続き。

ホテルの朝食時間は6時半。15分で食べ終えて、6時50分にはホテルを出る。まずは青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸に立ち寄る。

青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸とシビック

朝日に輝く八甲田丸。普段なら南中時刻あたりに眺めているので、真っ白な印象の船体を眺めるのは初めてのこと。ナビやGPSロガーのセッティングを整え、7時に出発、帰宅開始。

路肩に残る雪

路肩に残る雪。今月上旬の青森は雨や雪の日があって、気温が低い日があった。当日までに融けてくれるか、心配し続けていた。

秋のような澄んだ空

気温が低く、ついでに西寄りの風だったことも関係して、秋のような澄んだ空を眺めながら南下し続けるが。

秋田県内はなぜか雨

秋田県に入ると、なぜか厚い雲に覆われて、ついでに雨粒が舞う。秋田県は雨や曇りの日が多いという印象だが、どうなのだろう。八橋油田を見に行ったときも雨で、昨日の往路でも秋田県内は曇りがちだった。

福島JCTで出てきた東京の文字

花輪SAで給油休憩後、次は長者原SAで小休止しつつ、淡々と走り続けて福島JCTまで戻ってきた。遠くに見える山のシルエットが美しい。ここまで来るとあちこちに東京方面の文字が出てくるようになり、ゴールが近づいていることがはっきり分かる。

今日の体調は悪くなく、2時間毎の休憩パターンとなっている。ナビからの「そろそろ2時間です、休憩しませんか?」という自動音声に気づいて、それなら休憩するか…という感じ。

外気導入で車内の空気は常に乾燥しており、口の中が乾いてきたらペットボトルのキャップ一杯分を口にするくらいで、十分間に合うことが分かった。どこかで自衛隊絡みの記事に「乾きを潤すならキャップ一杯で十分」とあり、本当かよ?思ったりしたが、実践してみて本当だったと理解した。

燃料は半分

さらに2時間ほど走り続け、阿武隈PAにて小休止。花輪SAでの給油から412km、ガソリンは半分は残っていることから、自宅までの200kmは余裕で持つ。結果的に、ここでの小休止が最後となり、後は自宅近くのガソリンスタンドまでノンストップで走行することになった。

宇都宮から3車線区間

宇都宮ICからの3車線区間に入ったのが14時前。経験上、14時以降になると上り線の混雑具合が酷くなり、応じて巡航速度は落ちる一方。GPSによる計測では、宇都宮ICから川口JCTまでは高度180mから20mと低くなるが、実際には緩い上り坂が続き、速度低下に気づかないドライバーが多く、走りにくい区間となっている。

少しでも早く走ろうと無理な車線変更を繰り返し、追突事故となったところは何度も見てきた。緩い上り坂で速度が落ちやすいところに事故を起こせば、見物渋滞であっという間に渋滞距離と通過所要時間が伸びる。

首都高の混沌コース

混沌とした首都高の案内表示が見えてきて、川口JCTを通過したのが15時となった。ここから自宅までは距離があるので、首都高の渋滞状況をチェックしながら、止まらずに走れるコースを選んで家路につく。

フロントバンパーやガラスには、虫の破片や体液が大量に付着しており、かなりの汚れ具合となっている。明日からは日常的な通勤車両、アシ車に戻るので、帰宅前に給油と洗車して青森往復ドライブは終わりとなる。

結果として、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の駐車場から家の駐車場まで、734kmを9時間ちょうどで走破した。二日間の総走行距離は1,546km、総合燃費は17.5km/Lとなった。

ノー弾丸で青森へ行く

早朝、横浜港へ入港するクイーン・エリザベスとダイヤモンド・プリンセスを見届けて、横浜中央卸売市場で朝食を終えたら、次は青森へひとっ走り。

毎年、この時期は東京(羽田)と青森を日帰りで往復する弾丸ツアーを行っている。20時間近い走行時間、青森滞在時間は60分以下、総走行距離は1,500km近くに達するという、ドライバーとシビックRの両方の耐久試験のようなもの。

3月から体調が良くない状態が続き、先週は最低気温が5℃を下回って日中も寒い日があれば、今週は暑くて20℃を上回るという、体調が回復しにくい気候が続いた。おかげで今なお、鼻声が続いている。ロングドライブには耐えられないことから、今回は大事を取って青森に泊まることにした。今日中に青森に着けばいいので、出発地点となる横浜中央卸売市場を遅く出ても、全く問題がなかった。

混雑する横浜市から逃げるようにして、首都高横羽線へ入ったのが8時。渋滞や混雑を回避しながら、東北道へ向かう。

首都高C2王子南出入り口付近

通勤時間帯の首都高は走りにくい。東北道の起点となる川口JCTを通過したのが9時。普段より5時間ほど遅い計算となる。東北道内の走行がスタートしてすぐ、情報案内板には『事故渋滞』の文字が出始めて、羽生付近での事故。工事による車線規制開始部分での追突事故で、一台でも前に出ようとして突っ込んだのだろうか。5kmの渋滞を通過するのに25分を要した。

北上する桜前線と共に走る

都心部では桜は終わってしまったが、気温がこれから上がる東北地方では、桜の開花が進んでいる真っ最中。桜の花びらが舞う中を走り続ける。天気が良くて、直射日光で車内の温度がぐんぐん上がる。

東北道最高速度120キロ試行区間

新東名だけでなく、東北道でも最高速度120キロの試行が行われている。そんな速度に目もくれず、巡航速度は90km/h少々をキープして、淡々と走り続ける。持参した茶や、朝食で出た緑茶、味噌汁の水分でトイレが近くなって、一時間毎のトイレ休憩が続いていた。

安代JCT手前

弾丸ツアーなら10時半頃に通過する安代JCTは、今日は16時過ぎに通過。日が傾き始めているが、残り距離を考えれば日没前には青森駅前に到着できそうだ。

青森へ至る

青森県平川市。視界が開けて遠くまで見渡せて、ところどころに見える林檎の木。東北道で青森までやってきたということが実感できる、大好きな区間。

青森出口の名物看板

そして東北道終点の名物看板『おつかれさま』を目にしたのが、17時半となった。ここから青森駅前までは20分程度で、ちょうど帰宅時間帯だけに最後まで気を抜くことができない。ゴールとなるホテルの駐車場に車を預けたのが、17時50分のこと。

夕食は近くにある味噌カレー牛乳ラーメンの店『味の札幌 大西』。朝食は竹家食堂の海鮮ネタ、昼飯は抜いており、夕食がご当地グルメのラーメンという、なかなかの組み合わせとなった。

クルーズ客船の撮影絡みで、午前3時半から起き続けていた。そして合計800km近い距離を9時間で走るドライブで、さすがに疲れた。ホテル泊にして正解だった。

近場にあった海上国道

横浜市西区を起終点とする国道16号は、首都圏を環状に結んでいる。環状ながらも東京湾は結ばれておらず、代替手段及び海上国道として、東京湾フェリーによって金谷港と久里浜港で結ばれている。家から近くにある航路ながら乗ったことがなかったため、さっそく乗船してみることになった。

館山道木更津JCTを南下

金谷港側から乗船するため、東京湾を時計回りにぐるりと回るコースをチョイス。館山道を南下し、木更津JCT。普段なら東京湾アクアライン方面に入るので、富津館山方面へ進路を取るのは今回が初めて。

金谷港の待機列

スムーズに金谷港に到着。特に予約せず、ダイヤも調べずに飛び込み乗船となった。一時間に一便のペースなので、最悪一時間の待機を覚悟していたが、タイミングよく到着して待ち時間は15分ほど。乗船手続きを終えたら、すぐに乗船開始となった。

乗船完了

車両甲板に載せたシビックR、そして毎度お馴染みの構図。このシビックRで、国内あちこちのフェリーに乗ってきた。やたらとフェリーに載せられるEK9も、そうそういないのではないか。

金谷港を出航

では金谷港を出港する。久里浜港までは約40分。

かなや丸とすれ違い

世界有数の海上交通路、難所の一つに数えられる浦賀水道を横断するようにして航行している。他の船とのすれ違い、直前直後を横切るシーンに出くわす。小型の漁船、ラニーミード級汎用揚陸艇と思われる船艇、かなや丸とすれ違う。

大きい船がやってきた

こちらでは、パイロットボートの先導によって、大型船舶がやってきた。

川崎汽船 CAPE ROSA

川崎汽船のケープサイズバルカー、CAPE ROSA。バラ積み船で、主な積荷は石炭。先ほど川崎港を出て、次は岡山県の水島港へ向かっているところ。

兵機海運大黒丸

内航の輸送船と思われる、大黒丸。ファンネルマークが写っておらず、所属会社を特定することができなかった。

しらはま丸のデッキ

金谷港を出るときには多数の乗船客がいたデッキも、海ばかりで変わらぬ景色に飽きたのか、みんな船内へ移動していた。というわけで、今回乗船したしらはま丸のデッキ。

久里浜港到着寸前

あっという間に久里浜港に到着。下船すれば、走り慣れた横須賀の街だ。4月特有の、運転に不慣れなドライバーと横須賀名物Yナンバーの車に注意しながら、再び東京湾をぐるりと回るコースに入る。東京湾を中心に、千葉県側の田舎な雰囲気と、神奈川県側の都会的な雰囲気のギャップを楽しむことになった。国道16号の海上国道区間、制覇。

乗船だけでなく、一時間も待てば船の入港と出港の様子が見れる。近所という好条件から、暇つぶしと船撮影にはちょうどいいかもしれない。総走行距離は290km。

新東名120キロ区間を往く

2019年3月1日から、新東名の新静岡ICから森掛川IC間の最高速度が、試験的に120km/hへ引き上げられた。名古屋港への往復において、最高速度が変更された区間をさっそく走ることになった。

新東名下り線120km/h試行区間スタート

下り線については、最高速度120km/h区間を通過したのが午前6時という早朝時間帯で、交通量がまばらだったこともあり、あっという間に通過することになった。

では上り線はどうか。通過したタイミングは平日の昼飯時、天候は曇りで路面はドライ、微風という走行条件だった。

新東名上り線最高速度120キロ区間

最高速度120km/h区間に入る瞬間。待ってましたと言わんばかりにアクセルを踏み込み、120km/hで流そうとしたが、すぐに大型トラックの追い越し並走に出くわし、すかさず90km/h付近までの減速を強いられる。新東名の上り線は、御殿場JCTに向かって緩い上り坂が延々と続く。おかげで、前方を走る大型トラックが少しで遅いと、後方の大型トラックがすかさず追い越しを始めてしまい、並走する場面が多く見られるようになってしまう。

そんなじりじりとした追い越しが終わって再加速すると、再び大型トラックの追い越し並走で減速し…まるで先行に僅かな遅延で走るこだま、ひかりがいて、なかなか所定ダイヤに乗れない、のぞみの運転士になった気分。120km/hで一定に流すことはできず、細かい速度調整が続くことになった。

乗っている車がEK9シビックRというスポーツカーだったため、120km/hでの高速走行は何も感じなかった。むしろ、風圧で車体の振れがピタッと収まり、路面に吸い付いたような感覚に変わって走りやすくなる。ところが、私の前後を走っていたミニバンや軽自動車においては、けっこう必死の走りだったらしく、スピードを出すのは僅かな時間に留まっていた。頑張って120km/hまで出してみるが、トンネルを出てすぐの谷や山の側面、もしくは橋梁で突発的な横風に見舞われ、その度に車体が大きく振られるのが怖いのだろう。

走行速度が120km/hになれば、ハンドルは明らかに軽くなり、添えている手の僅かな動きで、車体は大きく振られるようになる。ついでに窓やフロアからは、不気味な風切り音が聞こえてくる。軽いハンドルの不安定さ、高速走行特有の風切り音が常に耳に入り続け、一秒間に33.3mも進む視覚の忙しさ…これらの要素で、長い時間に渡って120km/hで走り続けると、大変に疲れるのかもしれない。

最高速度120キロの表示

大型トラックと共に同じ方向へ走っている以上、こちらが120km/h走行で頑張っても、疲れで休憩しようとSAやPAに立ち寄っているうちに、大型トラックは巻き返してくる。大型トラックを追い越して、SAやPAで休憩して再スタートすると、先ほど追い抜いたはずの大型トラックが前にいた…なんてことは、実にありふれたことだと思う。120km/h走行で稼げる時間は数分程度で、減速すれば時間はあっという間に失われてしまう。時間短縮を狙うなら、スピードを出すのではなく、いかに減速しないかが鍵になる。

走行速度を上げすぎると、空気抵抗に打ち勝つために燃費が悪くなってしまう。今回のドライブでは総合燃費がリッター15まで落ちており、合法的に120km/hで走れる爽快感と引き換えに、燃料を多く使うことになってしまった。『最高速度が120km/hになったからといって、120km/hで走る必要はない』とはよく言われることで、間違いない。これまでどおり、90km/hそこそこで流したほうが、燃料を節約して時間を稼げることがよく分かった。