目の違和感

朝からまた雨だ。台風で街中へ飛ばされてきた砂や塩が、今日の雨で少しでも洗い流されることを期待。

指先はミクロン単位の研磨具合の違いが判別できる一方で、背中は5cm程度を離した2点を同時に突いても、1点として感知してしまうように、体中に張り巡らされたセンサーの感度には大きな違いがある。

痛みを感じるセンサーが最も多いのが、どうやら目のようだ。目は生きる上で視界を確保するカメラの役割であり、あまり意識しないがモノを立体的に捉え、距離感が分かるのは、両目で違う角度で見ることで、二つの画像を脳で合成しているから。目のケガや病気などで眼帯をしていると、この世の三次元空間におけるモノを捉える力が失われてしまい、距離感が掴みにくくなったり、足元の様子が分かりにくくなるなどの影響が出る。眼帯をした綾波レイが、頻繁につまづいたり、体のあちこちをぶつけたりするパロディ漫画があったと思うが、妙にリアリティがあるな…と感心したもの。

そんな目は、重要な器官ながらバックアップがなく、汚れた外気に一部が露出している構造をしているので、どうしてもゴミや砂といった異物が入りやすい。よって目に小さなゴミが入っただけでも痛みや何かがあるという感触が出やすくなっており、危険な状態であることを知らせている。そして異物を取り出さないことには、違和感が解決しないようになっている。

こんなことを書いている背景として、風呂上り後から右目に痛みがゴロゴロ感が続いているため。だいたい原因は分かっていて、顔を拭いたときにまつ毛が抜けて、それが目に入ってしまった。ではまつ毛はどこに?と乾燥してヒリヒリしてくるのを我慢して探してみるが、いくらまぶたをひっくり返しても見つからない。目の周りから手を離すと、すぐに痛みを感じるので、やはり何かあるらしい。

LEDライトを使ってさらに明るく照らしてみると、ようやく痛みの原因を発見。机の上に落ちているホコリレベルの、本当に小さなまつ毛の破片がまぶたに引っかかっていた。ICのボンディングワイヤかいな…と思ったほど、短くて小さなもの。人工涙液に浸した綿棒で除去し、痛みのないスッキリとした視界に戻った。この間、15分近くの出来事。

除去作業を終えて、人工涙液のボトルを見直してふと思ったことは、最初からこの人工涙液を目にじゃんじゃん流し込んで、洗い落とせばよかったのではないか。しかし子供のころから、ケガで負った傷口のゴミは洗い落とすのではなく、そこらにあるピンセットや毛抜きで一つ一つ摘み出すクセがある。よって目のゴミも、「洗い落とす」のではなく「取り出す」ことが真っ先に思い立って行動に移った。このクセ、今更修正できるようなものではなく、三つ子の魂百までとはよくいったもの。