12年前の経験から

今から12年前、2011年3月11日。あの日に起きたことは、一つも忘れていない。それだけ印象強い経験で、生活方針等にかなりの影響を及ぼし続けている。

当日の夜こそは、停電したおかげで街全体が異様な雰囲気に包まれていたが、翌朝になれば一応は落ち着いていた。買占め、品不足、ガソリン不足といった、心理的動揺が続いたのはそれからのこと。

確かにモノは一時的になくなったが、私としては買占めに走ったりすることはせず、普段どおりの生活を送っていた。直接的な被災地ではないわけで、そのうちなんとかなるかな…と極めて楽観的。壊滅していないのだから、心配は一切なし。流通の滞りは、だいたい十日もすれば元に戻り始める。焦るだけエネルギーと金の無駄でしかない。

いつ地震が起きてもすぐに動けるよう、枕元には懐中電灯が二つ、すぐ持ち出せる位置に靴と手袋を二種類、防寒用携帯毛布を二つ、緊急用資金を備えている。使うことはあまり考えていないものの、シビックRも避難道具の一部として、毛布と100VのAC電源を作り出すインバータ、スマホの充電ケーブルを放り込んである。飲料水も必要最低限は確保。電池とラジオは各部屋に分散配置している。ローソク等の火気類もスタンバイOK。

食べ物や電池といった消耗品については、備えに満足して終了では全く意味がない。食べ物は賞味期限があるし、電池は自然放電でダメになっていく。消耗品は備蓄することなく少しずつ使い続け、使った分だけ補給して常にリフレッシュするようにしている。こうすることで、万一のときに使い物にならない…なんてことを防ぐことができる。

直接的な被害が無ければなんとかなる…と書いたが、いざ直撃ならば、なんとかするのは自分自身しかない。震災後、何もせずに援助を待つのではなく、自分の力を最優先に使って耐えられるように、普段から備えておくしかない。