2018年西日本ドライブその2

  • 二日目・兵庫県三木市→淡路島→四国(高松)→山口県
  • 西日本ドライブ二日目は、Y氏のいる山口県へ向かう。直接向かうのではなく、まずは淡路島経由で四国に出る。

    三木JCTを明石海峡大橋方面へ

    昨晩から三木市に泊まった理由として、明石海峡大橋へのアクセスルートが最も分かりやすかったため。日本最大のジャンクションである垂水JCTをいきなり攻略しろと言われても、地味に難易度が高い。そこで、同JCTを一直線に走り抜けられるよう、三木市からすぐに神戸淡路鳴門自動車道に入る。

    明石海峡大橋を渡る

    いよいよ明石海峡大橋を渡る。この橋の建築は、ロープを張るのにヘリコプターを使った、建設中に阪神淡路大震災に見舞われ、地殻変動の影響で全長が伸びたとか、水道電力通信のライフライン橋でもあり…そういった歴史や付帯設備関係の情報収集は、近くにある橋の科学館という施設で行うとして、後々の宿題とした。

    淡路島の下道を走るが

    淡路SAから下道に出て、淡路島の海沿いの道をダラダラと流し、淡路島南ICから大鳴門橋を渡るつもりだった。が、島には島独自の時間の流れがあるようで、ここ淡路島では「急がない、ウインカー出さない、加速しない」の三ないという印象だった。

    前方に四台の軽自動車が連なっており、この時点で嫌な予感しかない。先頭のペースメーカーがのんびり走り、スピードが上がらない状態が続く。横を軽やかに駆け抜ける、ロードレーサー(自転車)のほうが早い。そのペースメーカーが横道に入って、ようやく回復運転になるか?と思ったら、二番目の車も実はペースメーカー状態だったりして、やはりトロトロとした走行を強いられる。

    あまりのローペースに参ってしまい、洲本ICから神戸淡路鳴門自動車道に戻り、四国を目指す。

    大鳴門橋を渡る

    大鳴門橋を渡り

    高松自動車道

    いよいよ四国へ上陸を果たす。

    当初の予定では、三木町あたりまで下道を使うつもりだったが、淡路島で時間を失ったことや、四国も同じようなローペースがあるのではないか?という懸念から、一気に高松市街地へ向かう。

    高松市街地

    こうして到着した、高松市街地。ここに訪れた理由は二点あり、高松琴平電気鉄道で活躍する電車…元京急の電車の様子を見に来たこと、そして宇高航路を使い、山陽地方に戻るためだ。

    高松港から出る宇野行きフェリーの出港時間まで、少々の余裕を取り戻せた。高松港に車を置いておき、さっそく高松築港駅に行く。

    高松琴平電気鉄道1300形電車

    琴電の1300形は、元京急1000形。写真の1305は、京急ではデハ1305。番号からして、京急時代では実際に乗車した経歴がある。

    懐かしい運転台

    かつての活躍の場は、品川横浜間。すぐ横を走る湘南色の電車に対し、ドライバーは「視界に入ると意識しますよ。負けたくないですからね」と言いながらハンドルを握っていた運転台。アナログ計器に囲まれた、狭いスペースは、今となっては珍しく見えてくるもの。

    高松琴平電気鉄道1200形電車

    沿線を歩いていると、今度は1200形が追い抜いて行った。こちらは元700形で、大師線のヌシでもあった。両数や車体カラーは異なるものの、沿線の風景から大師線を思い出させる光景だ。150kWの トルクチューンモーター 大出力モーターや特徴あるギア比は京急時代のままのようだ。

    高松港にて待機

    ちょっとした乗り鉄を終えて高松港に戻ってくると、宇野行きフェリーの乗船待ちの列が増え始めたところだった。瀬戸内海の各島を結ぶフェリーが頻繁に出入りしており、写真左側のフェリーは到着して客が入れ替わったら、すぐに離岸していった。

    かつては複数のフェリー会社によって24時間運航となっていた宇高航路は、今現在は四国フェリー一社、しかも日中時間帯だけに減便されて、辛うじて運航している状態になっている。宇野駅から高松駅間での鉄道連絡船(宇高連絡船)を含めれば、宇野高松間の航路は100年を超える歴史がある。

    その宇高連絡線の歴史の中に、紫雲丸事故という、国鉄五大事故の一つが存在する。国鉄五大事故の概要が質問事項としてよく出され、『桜木町事故(架線ショート)』『三河島事故(信号無視)』『鶴見事故(脱線衝突)』の三つはすぐに出るが、鉄道連絡線という馴染みの薄い手段による事故と船名のためか、残り二つが出にくいらしい。宇高連絡線による『紫雲丸事故(船と船の衝突、沈没)』、青函連絡船による『洞爺丸事故(台風で沈没)』が、残る二つの事故だ。テストに出るし、何度も繰り返し頭に叩き込まれる事例となっている。

    いよいよ伝統の宇高航路で、山陽地方、宇野港へ渡る時間となった。フェリーへの乗船待機列はトップバッターだったので、真っ先に車両甲板へ案内される。

    第一しょうどしま丸の車両甲板

    車両甲板の指定位置に誘導されて停める。波で船体が動揺したときに、車がズレ動くのを防止するため、手歯止めが設置されていた。

    また行くぜ四国!

    高松港を出て、四国から離脱する。宇野港までは一時間程度の航行となる。淡路島で時間を失ってしまい、琴電の乗り鉄が短くなってしまったことが残念。橋の科学館と琴電をメインにすれば、十分な時間を確保できるかもしれない。

    混雑した瀬戸内海を縦断することになるので、フェリーの先で、他の船が横切っていく光景は当たり前のように見ることができる。船は右側通行だよな?という基本ルールを振り返りながらの乗船となった。

    一路山口県へ

    宇野港から、瀬戸中央自動車道と山陽自動車道を継いでいき、途中のサービスエリアにてY氏と合流。この時点で山口県までは200km以上の距離があったが、距離だけなら余裕で走れる。

    山口県のホテルには18時に到着。その後、Y氏や他の出向者からの近況報告を聞きながら、ゆったりとした時間を過ごすことになった。