西日本ドライブの三日目は、山口県内のドライブが主体、そして都心に向かって帰宅が始まる日だ。秋吉台と角島大橋まで足を伸ばし、日本海側から北九州市に出る。
神戸空港近くで給油してから509.2kmを走っており、燃料計の表示としてはまだ走れそうだが、「この先はスタンドの数も減る」というY氏の助言から徳山市街地で二回目の給油となった。出た燃費は18.1km/Lで、北海道を走るより良好な数値が出てきた。

秋吉台までは、Y氏の先導で向かう。日曜日の朝だったことも関係しているのか、車の量が非常に少なく、軽快に走り続けることができた。

出発して2時間弱で、秋吉台に到着。無数の石灰岩柱が見える。カルスト台地で、数百万年単位の雨で石灰岩が水に溶けて、溶けなかったものが、この石灰岩柱として地表に残る。石灰岩が溶けた水は地下へ浸透し、秋芳洞と名づけられた鍾乳洞もある。時間の都合で、鍾乳洞歩きはキャンセル。
観光客の車に紛れてスポーツカーがやたら多く往来しており、そういった人たちが好む場所でもあるようだ。秋吉台エコミュージアムの駐車場まで行ってみると、東京オートサロンというか、大黒PAっぽいというか、古き良き時代の辰巳PAを思い出させてくれるというか…。おは秋(おはよう秋吉台)の定例日だったらしく、毎月第一日曜日がその日…今日が該当していたとは。
やたらとホンダ車が多かったのが印象的だが、こうも集まる場所は『情報収集』に最適なわけだ。例えば大黒PAでは、フロア下やエンジンルーム内のコンディション、全体の見た目を嘗め回すように見ては、コーションプレートを含めた写真を撮っていく変な外国人の集団がけっこう多い。インスタやTwitterでの素材集めではなく、窃盗団によるめぼしい車の品定めではないか?という懸念が常に存在する。そういった環境で過ごしているためか、スポーツカー勢が集まる場所はかなり苦手なので、早々に退散。

次の経由地であり、最後の目的となる角島大橋までは、一時間半。ナビ画面上ではとても遠い描写になっていたが、相変わらず車の量は少なく、スイスイ進んでいく。途中、山陰本線と並走する区間があり、臨時観光列車の『○○のはなし』が追い抜いていった。昨日の徳山駅では115系やキハ40が動き回っていたりして、国鉄時代の電車が現役で動いている光景は、けっこう衝撃的だった。

ようやく見えてきた、角島大橋の文字。残り12kmで、走行ペースからしても、すぐに到着する。

角島大橋に到着。海流の衝突で発生する波の違い、海底の砂と太陽の角度から、海面の色がよく変化することから、抜群のロケーションとなっている。ちょうど昼時で、観光客が押し寄せて自由に身動きが取れなくなってしまい、本土と角島の往復はフィット一台に絞る。

角島大橋からは、R191で日本海の海岸線に沿って南下していく。穏やかな潮風と快晴で気分が良いが、帰ったら真っ先に洗車せねば…という現実が常に頭の中にあった。

R191の下関北バイパスはマラソン大会で通行止め。海沿いの高台をぐるりと回って、下関IC近くのコンビニに到着。Y氏とは、ここでお別れ。身体には気をつけてくださいな。
下関から新門司港までは、下道(関門トンネル)か高速道路(関門橋)のどちらかを選べる。もちろん、風景のいい後者をチョイス。

関門橋を渡って、いよいよ九州へ上陸。どのようなカタチであれ本州を拠点に、北海道島、四国島、九州島の主要四島をシビックRで上陸を果たすことができた。

新門司港へ到着すると、大阪(泉大津)行きのフェリーが出港に備えてしばしの休憩をしていた。乗船手続き開始まではまだ時間があったことから、帰宅に備えた給油を行っておく。218.7km走り、14.6km/Lと一気に悪化。走行距離を伸ばせなかったためらしい。

乗船するのは阪九フェリーのいずみ。九州大阪間は名門大洋フェリーと競争路線であり、九州内からはフェリーさんふらわあ、オーシャン東九フェリー(徳島経由東京行き)も就航しており、選り取り見取り状態だったりする。
阪九フェリーを選んだ背景には、これら就航船の中で最も大きかったことや、新日本海フェリーと同じくSHKライングループに属し、船内の様子や使い勝手に馴染み深い部分が多かったため。
主機はV型12気筒のディーゼルを二機搭載、一機あたりの総排気量は646.8Lに達する。一種のハイブリッドシステムを搭載しているそうで、主機に繋がっている電動機兼用軸発電機を使うことで、燃費を向上させるようになっている。

夕日に照らされ、オレンジ色に輝く船体を見ながら、いよいよ乗船。

ファンネルマーク。煙突の下にある網目状のフィルターは外気の吸気口となってるようで、中からはブロアファンの動作音や吸気音が鳴り響いていた。

17時半過ぎ、離岸。九州の地を離れていく。

11月特有の澄んだ空の向こうに沈んでいく太陽を眺めつつ、新門司港の灯台を出るまで展望デッキで九州の地を見続けていた。湾外に出ると、いよいよ加速開始。20ノット以上の快足ぶりを発揮し、大阪へ向けて航行。

新日本海フェリーで利用することが多い和室タイプ、いわゆる一等船室を阪九フェリーでも使う。SHKライングループの船だけに、思ったとおり似た感じだ。テレビは航行ナビ画面に設定し、現在位置を常に把握しておく。
内海、そして風力は3mだったことから揺れは殆どなく、海面を滑っているような感じで、これまで乗ってきたフェリーの中では最もラクだった。大阪到着は明朝6時で、5時には起きておかないと慌しい朝になってしまう。走り回った疲れと翌朝に備え、さっさと寝る。