2010北海道一周ドライブ日記その4

  • 4日目・野付半島→帯広(十勝)
  • 9月7日の夜明け直後くらいのこと。車体を打ち付ける激しい雨の音で目が覚めた。

    これで3日連続、雨に悩まされている。雨情報に併せて台風情報も入った。このとき、台風9号が日本海を北東に進んでいた。しかも進路予想図からすると、8日の苫小牧から新潟にかけての航路に直撃する可能性があった。となると、北海道から離脱するのを青函航路に変更するか、帰宅を早めるか予備日を使って一日遅くするかの選択を迫られる。出た結果は「とりあえず先に進む」。野付半島からでは、どうすることもできない。今日は帯広方面に進路を取る。国道244号線から国道243号線に変わり、風蓮湖の周りでは森林内を走る道に変化する。

    パイロット国道

    厚床から国道44号に入って、根室方面に向かう。根室市内で道道35号線に入って、根室半島をぐるりと回るコースとなる。1時間ほどで、最東端となる納沙布岬に到着。ただ、近づくにつれて妙な違和感があった。この妙な違和感は、目と鼻の先に北方領土が存在するためだろう。あちこちに「返せ!」の字が踊り、政治色が極めて強くなる。最北端の宗谷岬と違って、最東端のこちらは領土問題に直面して、今なお解決できない現実を直に味わえる。肝心の北方領土は、雲が厚くてよく見えなかった。見えていたら、領土問題をさらに意識することができただろう。

    納沙布岬制覇

    根室半島をぐるりと回ると、見えている海はオホーツク海から太平洋に戻った。道道142号線に入って、今度は霧多布岬を目指す。

    r142

    道中、小高い丘から一気に海岸付近まで駆け下りる道路が続く。眼下の海が近づいたり離れたりと、高度が短距離のうちに目まぐるしく変わるので、全く飽きが来ない。それに対向車とすれ違うことが稀で、人を見かけるよりも牛と馬を見かけることのほうが多いほど。

    霧多布岬

    霧多布岬到着。広がる視界は草原と切り立った崖で目立つものは一切無く、最果て感が極めて強い岬だ。一息ついたら、国道44号線に入って、釧路市街へ。給油、食料の補充を済ませる。

    R38

    沈んでいく太陽に照らされながら、国道38号線を走り、途中で道道1038号線に入る。しばらくすると、舗装路が無くなってダートに変貌する。せっかくの機会だし、尻込みすることなくダートに突入。 砂埃を巻き上げながら、ラリーの如く走り回る。ハンドルを軽く切っただけでは曲がらないし、切りすぎるとスピンしそうになる。微妙なカウンターステアを当てながら、アクセルを踏み込んでダート走行を楽しむ。

    ちなみに、同行者のインプレッサはラリーカーという側面も持っていることもあって、まさに爆走だった。90度の直角コーナーをくるりと回ったと思ったら、猛烈な立ち上がりを見せる。煙幕状態の砂埃が消えたころには、姿は全く見えなくなっていた。

    そんな楽しいダートを終えるころには、真っ暗な闇の中を走る。途中、野良(?)狐に遭遇したりして、少々驚かされるシーンも。風呂と夕飯を済ませて、帯広に到着。車中泊生活も今晩が最後だ。

    2010北海道一周ドライブ日記その3

  • 3日目・宗谷岬→野付半島
  • 9月6日は、宗谷岬から予定を少々繰り上げて、野付半島を目指すことになった。夜明け前の4時に起きて、出発準備。車内の片付けも慣れたもので、極めて短時間で済ますことができた。

    シビックとインプ

    今回の参加車両。周囲の人間は相乗りで行くと思っていたらしく「一人一台」ということに非常に驚いていた。自分の車に乗って北海道を走る。これこそが、北海道ドライブの醍醐味だろう。夜明けと同時に宗谷岬を出発。再び雲が厚くなり、雨に見舞われる。進行方向左手に見え続ける、オホーツク海の景色が望めないのが少々残念だ。

    怪しい空

    時折薄くなった雲から太陽光が差し込んでくる。しかし、すぐに流れ続ける雲に遮られてしまい、夕方のような暗さに逆戻り。網走に入ったのは11時前。網走といえば、博物館網走監獄がある場所だ。今回は立ち寄れなかったものの、時間があるときにじっくり見物したいところ。いつのまにかガスも尽きていたので、ここで給油となった。引き続き雨は振り続け、昼飯を作るための設営場所を見つけることが難しく、斜里市街のコンビニメシとなった。

    丘の上から

    斜里周辺では、まるで物語のワンシーンのような光景が広がる。丘の上から急坂を下り、再び急勾配を上って丘に駆け上がることを繰り返す道路に出くわした。丘の絶対的な高さはどんどん低くなるから、これから上る丘とその先の道路が全て見渡すことができる。一直線だけが続く道路だけではなく、いくつも連なる丘も、北海道ならではの光景。

    斜里町を後にすると、知床横断道路と名前がついて、ワインディングロードになる。知床峠と見返り峠の二連発。峠からふもとのこれから走る道を見渡すことができる。最近はワインディングロードで遊ぶことから離れていたこともあり、曲がりくねった道を駆け抜けるのは本当に久しぶり。車体を振り回すように峠道を楽しんでいたが、途中で停車して写真撮影を一切行っていなかったことを後悔した。

    予定では、知床横断道路の区切りとなる羅臼で車中泊だった。しかし、羅臼に着いたのは15時過ぎだったこともあって、まだ走る余裕はある。温泉でリフレッシュして、再び走る。野付半島に入ったのは、暗くなってから。走り続けて疲れた身で、そのまま夕食の準備に取り掛かる。少々大変だが、これも楽しみの一つだったりする。

    2010北海道一周ドライブ日記その2

  • 2日目・函館→宗谷岬
  • 9月5日は、宗谷岬を目指す。ベッドルームと化した車内の片付けに手間取り、起きてから動き出すまでは1時間半も消費した。それでもなんとか出発に至り、北上を開始する。

    R5

    国道5号線では、右手に内浦湾を望む。

    北海道の朝日

    強烈な朝日が横から照らしてきて、まぶしい。日曜の朝6時だったこともあり、車の量は本当に少ない。落部ICより道央道に入り、混雑しがちな札幌市街を回避する。札幌付近では車の量が増えてくるが、都心の渋滞に慣れた身からすれば、大したことはない。札幌JCTから深川方面に入ると、少しずつ車の量が減ってくる。さぁ快適な高速道路ドライブか…と思ったら、巡航速度がどんどん落ちていく。次々と車線変更する他車両に混じって、こちらも車線変更をすると、巡航速度が落ちた原因がすぐに分かった。

    隊列走行

    96式装輪装甲車。自衛隊の車両が数kmに渡って隊列を組んで走行していた。自衛隊の車両が走り回るのはよく見かけるが、ここまで揃って走っているのは見たことはない。自衛隊の車両群をパスして深川方面に入ると、厚い雲が空を覆うようになっていた。

    天候悪化

    深川に入って、まずは給油。走行距離の割りに減りが激しかったのは、函館市街の街中走行で加速減速を繰り返していた影響だろう。心配される天気は、深川から留萌周辺は雨の予報。結局、国道232号線オロロンラインに入るころには本降りになった。

    雨

    雨風共に強くて、本当に走りにくい。雨のせいで少々不自由な昼食にもなったが、自分達で用意して食べる食事は格別の味だ。食事休憩をしながら、ひたすら国道232号線を走り続け、天塩から道道106号線に入る。

    雨あがる

    雨はいつの間にかやんでいて、雲が薄くなっていき…。

    広がる草原

    北海道らしい、一直線な道と視界いっぱいに広がる草原の光景が目に入る。雲は薄くなっていき、青空も見え始める。こうなれば窓を全開にして、風を浴びながら走ることができる。

    オトンルイ風力発電所

    オトンルイ風力発電所ゾーンに差し掛かった。途中には停止できるスペースがあって、そこで小休止を取れる。風車の真下に立つと、プロペラの風切り音が予想以上に大きいことが分かる。風力発電の騒音被害という問題を目にしたことがあったが…。確かに大きいかも。走り続けて、野寒布岬に到着したのは18時を過ぎていた。周囲は暗くなり始めていて、腹も減るころ。

    イクラ丼

    今回の北海道旅行で唯一となった「北海道らしさ満点のメシ」。夕食を終えて再び走り、ついに最北端となる宗谷岬に到着したのは20時近く。真っ暗闇だったこともあり、暗がりでは何もできない。宗谷岬で車中泊となった。

    2010北海道一周ドライブ日記その1

  • 初日・関東→函館
  • 同行者との合流ポイントは、東北道の蓮田SA。日の出の時間に合わせるようにして、5時とした。東北道はこれといってイベントもなく、ひたすら走り続けるだけだ。2009年の青森日帰り弾丸ツアーのときは、急ぎであったこともあり100~110km/hで流していた。今回は急ぐ旅でもないし、函館に着けばいいので、80~90km/hに抑えて走行。1時間走るか120kmほど走って休憩に入るパターンを繰り返す。疲労感を実感する前に休憩することで、集中力を維持できる。昼食もSA内。同行者が用意してくれたおにぎり弁当で腹を満たし、再び走り始める。岩手山SAといえば、東北道下り線では最後の給油ポイントとなる。仲間内では「青森まで1タンク」がボーダーラインとなっている。残念ながら、私のEK9では達成できない。燃料計の針の位置からして、残り10L程度のようだ。ここで無念(?)の給油となった。

    安代JCT

    東北道と八戸道の接続点である安代JCTを通過すれば、もうひとがんばり。というのも、ここから風景の変化が減ってくるためだ。116kmの短い道のりながら、妙に長く感じてしまい我慢勝負となる。

    東北道の終点

    「おつかれさま」の表示を見るのは二度目。今回は速度を抑えていた分、10時間もの時間がかかっていた。だいぶ疲れた。青森市内に入って、最初にしたことは再び給油。北海道には、満タンで上陸したかったためだ。給油後、青函フェリーの事務所で搭乗手続き。投げやりで無愛想なのは船会社ならではの光景。乗船時間まで若干の時間があったので、今回の旅のポイントとなる食料を買い込む。ケチケチ根性丸出しで、1円でも安価な食材を確保する。量の割りに費用はだいぶ抑えた食料と水を積み込んで、本州を離れる準備ができた。

    ナッチャンWorld

    高速船ナッチャンWorldの接岸に運よく遭遇。夏季限定運行中ということもあり、本当はこれに乗船したかった。1年程度で運行が休止されたナッチャンReraと、期間限定扱いで何とか生き延びているようなナッチャンWorld共々悲劇の姉妹だ。

    はやぶさ

    実際に乗るのは、こちらの青函フェリーのはやぶさ。廃止された寝台特急、宇宙から帰ってきた不死鳥といい、共通する名前が多い。出航は17時30分。湾を出て津軽海峡に入った途端、強烈な揺れに襲われた。疲れた身に激しい横揺れは、確実に船酔いコースまっしぐら。甲板で海風に当たり、遠くの景色を眺めることでなんとか我慢しているような状況だ。函館到着は21時10分なので、4時間近い空きが出ることになる。

    船よ!あれが函館の灯だ

    遠くに霞む函館の光は、相変わらず遠いまま。気分が優れないので、空いている寝台で横になっておく。少し意識が飛んでいたところに、到着のお知らせ放送が入って起こされる。下船と同時に、北海道ルールと言おうか、ローカルルールに悩まされる。ウィンカーは出さないし、車線区分はめちゃくちゃ。慣れるまでは注意しないと、事故として一発でゲームオーバーになってしまう。一日の疲れを癒す風呂はすぐに見つかり、時間も遅かったこともあって、遅めの夕食は牛丼屋となった。函館市街を抜けて、室蘭方面に進路を取る。途中で見つけた道の駅で車中泊をすることにして、長い一日が終わりを告げた。

    FF01、引退

    今日の掛川サーキット走行をもって、FF01シャーシを引退させた。今から14年前にもなる1996年に買い、現在まで使い続けてきた。後継となるFF03シャーシの発売を控え、ここで新シャーシに乗り換えようと決意した。

    タミヤFF01シャーシ

    サスペンションを前後共にマルチリンク化。リアサスペンションの路面追従性を徹底的に強化することで踏ん張り感を向上させ、コーナーでの安定性を十分に高めている。社外品のピニオンギアを装着することで、イマ車(シャーシ)に引けをとらないスピードを得ることができた。

    実車同様、フロントタイヤの減りは凄まじく、一回の走行毎にタイヤをローテーションしないと、トレッド面がなくなってしまう。短時間で刻々と変わる変化も、RCカーの楽しみの一つ。

    安倍峠

    今日は安倍峠へ行ってみた。起きたのが午前2時30分で、出発したのが3時。東名高速は横浜町田ICから入るのが通例だが、今日は別件で首都高3号線側から入った。長距離トラックが一斉に東京都心へ向かう様を見ると、物流を担う重要な道路ということを改めて認識する。

    対する下り線も早くも混み始めるものの、流れは順調。東名高速静岡ICを降りて、国道1号線を横断し、県道27号線へ入る。安倍川沿いに走り続けることになり、途中から県道29号線に番号が変わりつつ、ひたすら北上を続ける。両側2車線道路だったのが、1車線道路になったりして、峠道らしい変化に富んだ道。県道29号線に入ったのが7時過ぎということもあり、交通量はほんの僅か。すれ違いに神経を使うことなく、かなりスムーズに走ることができた。

    途中で給油しつつ、のんびり走って、中継地点となる梅ヶ島温泉を通過したのが8時近く。ここからがメイン。山梨県と静岡県を跨ぐ豊岡梅ヶ島林道に突入する。ところどころ「落石注意」なんて警告が目に入るが、現在進行形で落石し続けている。石を踏んでパンクしたら面倒なことになるし、屋根にヒットしても面倒なことになる。対向車が来てもすぐに対応できるように、徐行で走る。

    安倍峠とEK9

    県境となる安倍峠に到着。道路の継ぎ目が県境となっているようだ。車は静岡県に止まっていて、私は山梨県に立っている。ここから山を下ることになるが「下りのほうが危ない」ので、より慎重な運転を…。と、思っていた矢先に、どんどん濃くなる霧。

    山梨県道808号大城小田船原線

    霧というか、雲の中を走っている。視界はほとんど無し。ヘッドライトが全く役立たずで、白線をトレースするように時速10km/hほどで下る。舗装路なのに砕けた石でダート状態だし、ところどころで小規模な土砂崩れが起きている。県道808号線から、国道52号線へ入る。JR身延線を横目に、国道300号線の本栖湖方面から帰路を取る。ここまでくれば、庭みたいなもの。スムーズに帰ることができた。

    第一回 500円貯金開封

    500円玉貯金開封直前その1

    記念すべき第一投は、2004年6月13日。1,923日前の出来事だったりする。何度か挫折しつつも、今日ようやく投入できない=満杯という流れになった。500円玉が大量に詰まった貯金箱は非常に重く、ケースなんて非常に薄い。些細な衝撃で割れそうな感じで、なぜか取り扱いは慎重になっていた。

    500円玉貯金開封直前その2

    底面より。お札入り。上の写真とこの写真が、ピンボケなのはフォーカス設定がマニュアルになっていたため。なんか調子悪いなぁ…と思っていたら、マニュアル設定がいけなかったらしい。

    500円玉貯金開封

    ハンマーを片手に貯金箱を破壊。プラスチックトレーの上に開ける。現500円硬貨超大量、岩倉具視仕様の500円札1枚、旧500円硬貨もたくさん。2004年当時は旧硬貨もそれなりに流通していたので、ここに留まっていたようだ。さて、一番気になるのが金額だろう。いくらになるか。ちまちま数えてもいいが、ここは銀行口座に入金という方法で勘定し、結果としては、292,510円。惜しくも30万円の大台に届かず。

    500円玉貯金第二弾スタート

    第二弾がさっそくからスタート。早速3枚の500円玉が放り込まれて、既に1,500円の貯金となった。

    シビック大破、事故報告書

    EK4シビックSiRII

    生存時のシビック、平塚駅付近にて。

    事故から一夜が明け、レッカー屋に一時保管されていたシビックSiRIIと対面。感傷にひたることなく、冷静に調査を開始。

    EK4破損状況全体像

    車体は弓なりに曲がったが、室内への波及は最低限で、生存空間はしっかり残っている。フロントセクションとリアシート部分はかなりの破損だが、奇跡的にも運転席側部分はほぼ無傷。

    フロントセクション損傷具合

    左カーブでリアから滑り、半時計回りにスピンし始める。

    反射的にブレーキを踏んで、ハンドルを右に切ってカウンターを当てる。

    フロントタイヤのグリップが一気に回復し、今度は時計回りにスピン、助手席側から壁に衝突。同時に、フロントバンパーがブーメランのように高速回転し、左車線の壁にまで飛んでいった。

    リアセクション損傷具合

    かなりの速度で壁に突っ込み、最初の衝突でスピンは止まることなく、今度はリアテールランプ部分が壁に激突。衝撃がリアセクションに伝わってリアガラスは粉々に砕け、破片は慣性の法則に従って大粒の雨の如く、前席側まで飛び込んできた。リアサスアームを含めて、リアタイヤがフロア側に押し込まれている。

    ボンネット内

    ボンネットを開く。衝突によりエンジンが押され、バルクヘッド側にズレていた。ヘッドライトの透明樹脂レンズはなくなって、パワステフルードタンクからパワステフルードが噴出、フレームはしわくしゃになっている。

    割れたフロントブレーキローター

    右フロントタイヤを除き、残り3本のタイヤとホイールにダメージがあった。最も酷かったのが、この左フロントタイヤ。ブレーキローターが割れていた。

    左側面から圧迫された車内

    一通りの検証を終え、最後に室内を見る。横方向から押し込まれているのでシートバックが傾き、内装パーツが外れかけていた。古い設計の車でも側面衝突に対応していたことで、生存空間がしっかり維持されることを体感することになった。


    ・現場:首都高11号台場線有明JCT、東行き方面
    ・日時:2005年12月9日0時ごろ
    ・天候:晴れ、気温は低く、無風
    ・路面:完全ドライ
    ・損害:車両全損。首が腫れ、数日に渡っていわゆるむち打ち症が続く。

    事故発生から12時間が経過した昼の12時に、廃車の手続きが完了し、解体屋送りとなった。5月26日に登録したときは78,800km、この廃車のときは96,000kmを超えていて、半年で18,000kmほど乗ったことになる。

    シートベルトは絶対に装着しましょう!!万一のときは、身動きが取れなくなるほどガッチリとシートに体を固定して、衝撃から守ってくれます!!