二年

地震発生から二年が経過。

震災前

平屋の伝統的日本建築を思わせる家。緑に囲まれ、どこか懐かしい感じも覚える。すぐ横に木々が生い茂って、井戸もある。森遊びから水遊びを問わず、フィールド遊びにはもってこいの場所。撮影場所は福島県双葉郡富岡町、2010年6月のこと。撮影から約9ヵ月後、東北地方太平洋沖地震が発生。直撃を受ける。

震災で時間が止まったような状態に

倒壊はしなかったものの、すぐ近くの福島第一原子力発電所事故に巻き込まれ、警戒区域になってしまい避難を余儀なくされた。2012年11月、一時帰宅の許可が下りて、住み慣れた家にわずかな時間だけ戻ることができた。人の手を離れてしまった家屋や緑はあっという間に荒れてしまい、まるで時間が止まったかのようにも見える。このときの放射線量は0.007mSv(7uSv)ほどだ。私の地元の値(平均最高値0.000050mSv/0.05uSv)とは比べ物にならない値が記録されていた。

住めるレベルになるまで、この先何年かかるかは分からないが、避難が終わって家に帰ってこそ、復興と言える。写真を通じてだけど、忘れてはならない警戒区域の惨状を知ることができた。震災はまだ現在進行形で続いているということ。

写真の提供を感謝します。

はれときどき○○

子供のころに読んだ絵本「はれときどきぶた」において、○の中に∞を書いたブタの天気記号が出てくる。それが現実世界における煙霧というわけで、その当時は煙霧ってどんな天気だろうといろいろ想像した記憶がある。

14時過ぎから急激に外が暗くなり、天気が崩れる情報は入っていなかったし、一体何事?と外へ出てみると黄色い世界が。かなり強い風が吹いており、しかもヒューヒューと音を立てている。地上でこの有様、高いところからはどう見えるか。ただ事ではないことは確かなので、念のためマスクを着用しておく。

煙霧

視界全体が黄色くなっており、遠くのものが全く見えない。強い風に乗って何かが舞い、痛くて目を開けていられない。目の痛みに耐えつつ写真を撮り、外にいられる環境ではないので、すぐに部屋に戻る。部屋の窓枠には黄色い粉が積もっていたことから当初は黄砂かと思ったが、どうも違う。気象庁の黄砂飛散のマップには出ていない。しばらくして情報が入る。寒冷前線が関東地方に接近し、北西から強い風が吹いた影響で土やちりが巻き上げられて発生した煙霧とのことだった。これが煙霧か。はれときどきぶたで想像した煙霧とは程遠い、極めて身体に悪そうな天候だ。

風向きによって、ここまで土やちりが派手に舞うということは、普段から大気が汚いことになるが…。住んでいる地元の大気環境は工場の排煙やトラックの排ガスで日常的に汚いし、今更どうもできない。だから最近よく聞く、PM2.5とやらもあまりピンと来なかったりする。

2013 Snow Day

街中の様子その1

降り始めは雨。次第にみぞれになり、とうとう雪に変わる。積もることはないだろうと思っていたら、こんな状態に。

街中の様子その2

ここまで降ったのは、恐らくこの地では初めて。

積雪量

積雪量は場所によって変わるが、60~70mmといったところ。温暖な地区でこの有様。

定点観測その1

11時ごろ。まだアスファルトの灰色が目立つ。

定点観測その2

11時40分ごろ。歩道は既に真っ白に。

定点観測その3

12時45分ごろ。積もり方が早く、車道はわだちが完成。

境内

雪の量が多くて、7年前よりいい感じの境内になった。

公園

新雪に靴跡を残すことが好き。靴底の跡がくっきり残る。

雪まみれの電車

少し歩いて、近くの駅へ。雪の日は、いつも以上に格好いい。

第二回 500円貯金開封

2011年6月19日よりスタートした500円玉貯金は、2012年12月3日に30万円に到達した。

30万円分の500円玉

一つのタワーが1万円なので、30タワーで30万円。30万円到達した時点で、貯金箱をよく見るといくらかの余裕があった。

30万円貯まった、30万円貯まる貯金箱

これくらい。まだ貯め込める空間が残っている。それならばと延長戦に突入。

貯金箱満タン

2013年1月4日、新年早々に満杯を達成。勘定してみたところ、32万8千円だった。キリのいい数字にするため、500円玉4枚を確保して、33万円。保管上の問題がでてきて、二回目の500円貯金はここでゴールとした。660枚の500円玉の中で、旧硬貨はわずか3枚。4年間の間に、旧硬貨は市場からほとんど姿を消したことになる。


2011年6月19日よりスタートしたものの、ローペースでの貯金が続く。今と違って、500円玉がやってきても、貯金することなく使ってしまうことが多かった。

100,500円

スタートから半年以上の時間をかけて、2012年1月24日に10万円。

178,000円

2012年5月13日、15万円。写真は2012年7月3日、17万8千円のとき。このころから同僚内で「レアメタル回収屋」として知れ渡るようになる。(現場用語でレアメタル=500円玉の意味)おかげで、500円玉を溜め込む速度が少しずつアップ。ありがとうございます。2012年8月27日、20万円達成。

252,500円

2012年10月21日、25万円達成。あと5万円。そして、2012年12月3日、30万円到達。貯金箱は4.2kgの重さになっていた。


今回使用した貯金箱は、開封が自由なフタ付きタイプ。すぐに使える金に、一切手をつけずに我慢するという、一種の精神修行も兼ねることになった。結果、一回も使い込むことなく、貯めることができた。ただ、いつでも開封できることから、感動が一切無い。封印(使い捨て)タイプの「いくらだろう?」というドキドキ感が無かった。

スタートから10万円達成までローペースだったが、その後は挽回。33万円貯めるまで、568日、1年と6ヶ月かかったことになる。一回目の1,923日と比べても、1/3ほどまで縮めることに成功。

短時間化できたのは、周囲の協力のおかげ。本当にこれ。日ごろ両替に協力してくれる同僚がいて。1万円札と500円玉硬貨20枚の両替が3回も。この場ながら、感謝。

33万円は…当面は預金口座に眠らせておく。

ネスカフェ貯金

2013年1月6日、三回目がスタート。趣向を変えて、ネスカフェの瓶(150g)を使う。

のろ

「ノロウィルスに感染した乗客がいて、現在は消毒済み。念のためマスクを着用するように」

気だるい朝の点呼の空気を吹き飛ばす、とんでもない通告が親方から発せられた。ノロウィルスに注意ということだ。

過去にも、職場内の人間がノロウィルスにやられて休んだり、感染した経験者から語られる実体験は、けっこう…いや、かなりヤバいことを意識させられる。便器とお友達になれる、便器の前でゲリをするかゲロをするか迷う、ゲリとゲロの同時噴射、メシが一切食えずに体重激減などなど…。

ただでさえ人員がギリギリの職場を蹂躙する、インフルエンザウィルスに並ぶ攻撃兵器に近い。どこからやってくるか、一切分からないことが余計に恐ろしい。

中途半端ながらも病気の知識があることで、ノロウィルスは感染したら最後、治療方法は存在せず、ウィルスが排出されるのを待つしかないことを知っている。感染者の便や吐瀉物は危険物そのものだし、感染者が触れたもの(便所、ドアノブ、蛇口)もアウトとされる。つまり、いかに感染を防ぐかが重要になり、言われたとおりマスクをつけて、さらに手洗いと消毒を徹底するしかない。

普段マスクをつけない人間が、今回ばかりはつけてウロウロしているので、普段以上に変質者とか、過激派の人とか、評判は上々だったりする。手洗いのしすぎで、早くも手荒れの兆しが見えてきたが、ゲリとゲロのダブルアタックを食らうよりかはマシ。しばらくは我慢するしかない。

ノロウィルスといえば、下記の記述がいつも思い浮かぶ。

・牡蠣を食べない20人なら大丈夫だろうと思っていたら牡蠣を食べた1人から全員感染した
・自宅から徒歩5分の病院で感染者が「治療法がまったくない」と追い返されていた
・腹を何度もぶん殴られたと思ってベッドから飛び起きると胃腸が大炎症を起こしていた
・健康な人間が襲撃され、目が覚めたらトイレから出られなくなっていた
・洗面器を持って便座に座る、というか猛烈な下痢と同時に我慢できない吐き気がする
・メトロポリタンホテルの廊下で感染者に嘔吐され、その階と「他の階」にいた全員が感染した
・トイレからベッドまでの10mの間に再び下痢と吐き気に襲われた
・逆性石鹸なら安全だろうと思ったら、ウィルスは全員無事だった
・主な感染経路は患者の排泄物。しかもその粒子が原因だから「全員が危ない」
・「そんなにつらいわけがない」といって出て行った青年がトイレで「ごめんなさい」と泣いていた
・「寝てればつらいわけがない」と安静にしていた青年が腹痛を我慢できずのたうち回っていた
・最近流行っている対策は「うがい手洗い」 それ以外何もできないから
・冬に感染する確率は180%。冬に感染してまた次の冬に感染する確率が80%の意味
・ノロウィルスの感染者は毎年約1000万人。全食中毒に占める割合は33%

もう一つ。

・軍人上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら力空しく全員感染
・手洗い場の石鹸で手を洗い安心したと思ったら水を止める際にレバーに触れて感染
・急におなかが痛くなったのでトイレへ行ってみるとそこから約30分ほど脱出不可能になった
・家族が急に吐き気、腹痛に悩まされだしたので看病したら2日後に自分を同じ目にあった
・休日にちょっと遊びにいこうと人が混雑しているところに行った次の日下痢が止まらなくなった
・「そんな危険なわけがない」といって生ガキをバクバク食べた父親が次の日倒れて救急車で病院に搬送
・「生ガキを食べず、外にも出歩かなければ大丈夫」と家で過ごしていた長男が感染した家族が使ったトイレを使い感染
・ノロウィルス感染後にできる免疫の耐用年数は1~2年、この先同じ苦しみを何度も味わう可能性が大

具体的な数字はともかく、経験者から語られる実体験に近いものがある。

S15シルビアのエアクリーナーを純正仕様に戻す

中古車として納車した時点では、エアクリーナーはA’PEXiのパワーインテークが装着されていた。オーナーは当初「(カッコいいから)このままでいい」と言っていたが、車の勉強を続けるうちに『燃調補正が必須』とされていることを知る。 当然、ECUはノーマルのまま。必須とされていることをやらないのは気味が悪いし、ECU側に安全マージンがあったとしても、長期的な影響は不明となってしまう。エレメント本体の寿命を迎えたことや、パワーや剥き出し型という見た目よりも、純正ならではの耐久性を優先するために、ノーマルに戻すことを決意。作業に取り掛かった。

むき出しエアクリその1

剥き出しタイプのエレメントを装着し、純正シュノーケルが残されているという、S15シルビアではよく見るパターン。

むき出しエアクリその2

エレメントをよく見ると、水滴の痕跡がある。雨天走行時は雨を巻き込んでいた(=水を吸っていた)らしい。

取り外し

エアフロメーターからエレメントを取り外す。

用途終了

外れたエレメント。お疲れ様。

エアフロ部チェック

残されたエアフロメーターは引き続き使う。Oリングは新品交換、フレームにエアフロメーターを固定していた汎用ステーも外す。

エアクリボックス取り付け前

すっきりしたこの空間に、純正エアクリーナーのボックスを取り付ける。

エアクリボックス装着

新しいOリングと、集塵側のボックスを取り付け。

純正エレメント装着

新品のエレメントを装着。さすがは純正、基本メンテナンスフリー。

上部カバー装着

エンジン側のボックスを取り付け。こちら側がエアフロメーターと接続される。

シュノーケル装着

外していたシュノーケルを取り付ければ、完成となる。

完成

作業前と比べると、部品が詰め込まれて密集度が上がった雰囲気となった。


予想通り、吹け上がりの良さと、ブーストがかかってからのパワー感が失われる。ハーフスロットルでの巡航が難しくなったり、走行中でさらに加速する際はギアを落とさないとモタモタする加速になる等、気になる点が多いようだ。(ただし、このフィーリングはタービン交換以前のことなので、タービンがブローしている影響を考慮する必要がある。現在は一通り解消済み。)

このシルビアのエンジンは、4番シリンダーの燃焼状態があまり良くなかった。スパークプラグをチェックすると、4番シリンダーのみ白みを帯びたピンク色になっており、残る三本は正常な焼け具合だ。 純正エアクリーナーに戻したことで、全プラグの状態が同一となった。正しい量の吸気と正確な燃料噴射で、しっかりとした爆発に至ったようだ。

x64発進

世間でx64が普及していく中、相変わらずx86で頑張ってきたが、ここで一区切り。いよいよx64の世界へステップアップすることになった。午前は今までのマシンを解体して清掃、新マシンの組み立て。午後からはOSのインストールとアップデート。夜になってようやく落ち着いてきた。まだどこか慣れていないけど、すぐに気にならなくなるはず。

・マザーボード:TYAN Thunder n3600B (S2927)
・CPU:AMD Opteron 2419EE(1.8GHz、6コア*2=計12コア)
・メモリ:PC2-6400 ECC Reg 32GB(4GB×8)
・グラフィックボード:ELSA GLADIAC GTX 560 Ti mini
・ハードディスク:HGST Deskstar 7K1000.D 1TB

どこかオーバースペックかもしれないが、多すぎても困ることはない業界だし、問題はないだろう。『ながら族』が普段の使い方で、遅くなるのはイヤだし…となれば、コレくらいがちょうどよくなる。

CPUは定格では1.8GHz/1.125Vで、アイドル状態では800MHz/0.9Vまで落ちていて、ほとんど発熱しない。発熱が少ないことをマザーボード側が検知し、CPUクーラーの回転数を制御して、無風といえる状態まで回転数を落とす。過去にも、発熱に応じてファンの回転数を落とす制御はあったりしたが、ここまで極端な落とし方をすることはなかった。完全に冷えた状態なら、完全にファンが止まっているほど。こんなところで、数年分の進化を知ることになった。個々のパーツの搭載機能が全然分からず、一つ一つ調べては凄いことになっているな…と感動することを繰り返している。久しぶりに、分からないことを調べて知識を得て、さらに分からないことが発生して調べるというループが発生した。この循環、機械好きにとって、楽しい遊びのひとつ。しばらくは遊びネタが尽きそうにない。

デュアルCPU

マザーボードの2/3をCPUとメモリが占拠していながら、小型クーラーのおかげでかなりすっきりした印象になった。空間が広がったからか、エアフローが良くなってうまい具合に熱気が発散されている様子だ。今回もまた、デュアルCPU路線を維持することになった。物理的なCPUが複数載っているシステムは、一度使うともう止められない。

全力演算

ヘキサ(6)コアのCPUを二つ使っているので、合計12(ドデカ)コアとなる。各コアの使用率が同期して変動する様子は、かなりの見もの。

10億桁の円周率計算

円周率の計算を行い、桁数は1G桁…10億7374万1824桁とした。総計算時間は547秒、検証とハードディスクへの書き込みを含めた総合時間は643秒とのこと。

23時近くになって、データの引越し作業が無事に終了、一区切りついた。残る作業は、今まで使っていたハードディスクの消去作業。

横転事故

首都高5号線下り。北池袋出入り口から、ドンキホーテを視界に入れながら、右カーブとなってC2と合流する熊野町JCTに入る。一際甲高い排気音を響かせながら、C2側から猛烈なスピードで5号線に合流してきたのは、フェアレディZだった。強引な割り込みを行い、慎重な合流を行っていたワンボックス車にぶつかりそうになって、クラクションが鳴り響く。左側合流区間にワンボックス車、合流区間と走行車線の真ん中にZ、右側となる走行車線に私のシビックRという、とんでもない状況に陥る。この間、僅か5秒足らずのことだったが、かなり怖かった。接触回避のため減速して、二台をやり過ごす。朝から非常に不愉快な思いをさせられたZは、相変わらず右左に車線を変更しつつ、大音量の排気音を発しながら板橋JCTの5号線側に消えていった。

板橋本町出入口を過ぎて、緩いカーブが続く区間。突然の渋滞が発生し、同時にジャリジャリとタイヤが異物を踏みつける音が響いた。よく見ると防音壁の反射板が剥がれて砕けており、徐々に大きくなっていく落下部品。明らかに事故だった。誰だよ朝っぱらから……まさかなぁと思いつつ、前車が車線変更をして視界が広がると、予感的中。先ほどまで無茶な運転を続けていたZが、転がっていた。

横転したZその1

事故発生から数分も経過していないらしく、ドライバーは携帯電話で電話しつつ、オロオロ…ウロウロ…。因果応報、自業自得とはまさにこのことで、先ほどの一件もある。嘲笑してやりたい気分だったが、すぐにそれどころではないことに気づき、意識が切り替わる。狭い首都高5号線での事故、他車を巻き込むわけにはいかない。電話連絡で精一杯のドライバーに代わって、現場に降り立ち応急救援を開始する。ドライバーの容態は、現時点で分かるのは少々のケガだけ。ただし、大抵の場合、体内のダメージは後から来る。「5号線で事故って…」とドライバーは繰り返していたが、これだけでは警察も現場の位置が分からない。「街路灯の番号を伝えて」と指示を飛ばす。破片を道路の側面に寄せつつ、吹き飛んだフロントバンパーを拾ってくる。バンパーは最初のスリップ地点、つまり衝突地点に落ちていた。これは廃車手続きの際に、ナンバーを無くすと余計な手続きが増えてしまい、結構面倒という体験談を聞いていたため。

引き続き「保険屋に連絡して、レッカーの要請を」とドライバーに言う。任意保険のサービスとして、無料レッカーサービスが付帯している事が多い。首都高会社にレッカーの手配を頼むと、例外なく高価コースになってしまう。JAFに入っているなら、まだ何とかなるようだが…。これだけでなく、保険会社に事故を通知することで、設備弁償処理や(入っていれば)車両保険の手続きが始まることになる。ようやく首都高のパトロール隊が到着。隊員に状況を説明して引き継いでしまえば、応急救援は終了。現場を離脱した。

横転したZその2

実際は、夜明けの出来事。

横転したZその3

かなりいじってあったZだが、その能力をサーキットではなく、公道で発揮させてしまったのが間違い。地面と唯一の接点となり、挙動の全てを司るタイヤは、ぱっと見ただけで寿命を超えていると判断できた。そんな状態で、踏み込んではならない、自分でコントロール出来ない領域に達した結果なのだから、車に乗っているのではなく、乗せられていたことになる。

事故の直前に、無理な割り込みで他車へ被害が及びそうになっていたことを踏まえると、起こるべくして起きた事故。自損で済んだのは幸い。大切なものを失ってから後悔しても遅い。車を存分に『乗りこなしたい』なら、サーキットしかない。

ぶどう峠

飲酒目的の花見よりも、喧騒から離れて、サクラだけでなく春めく自然をのんびり楽しむのが、私の花見。標高の高いところへ行けば、まだまだ寒いおかげでサクラの開花は遅く、道路沿いに植えられた色鮮やかなサクラを独占することができる。ぶどう峠の標高は1510mで、予想通り寒かった。

ぶどう峠のサクラ

「ぶどう」は武道と表記し、葡萄は違う。青森と新潟を結ぶR7号線の旧道に葡萄峠がある。総走行距離は537kmだった。

石拾い

ここのところ、CPU探しが復活しつつある。用途がなくても、コレクションの一つとして地道に続けており、整理しては入手を繰り返している。今回は、かつて当サイトで大活躍したVIA C3シリーズを二種入手した。

VIA C3 800MHz/750MHz

750MHzと800MHzの二種。750MHzはデッドストック品だったようで、未使用。エンブレムシールもしっかり付属していた。800MHzは既に所有しており、初のダブりとなったか?と思ったら、コアが異なる別物だったのでセーフ。

既に所有:Samuel2コア版800MHz、1.65V、0.15μm、TDP6.65W/MAX11.3W
今回入手:Ezraコア版800MHz、1.35V、0.13μm、TDP5W/MAX8.3W

主な違いは製造プロセスで、シュリンクしたことで駆動電圧とTDPが引き下げられている。時間があれば、この二つを動かして比較してみようか。時間つぶしにはもってこいのネタだ。ウチの環境では、Socket370はもうしばらくは現役が続きそう。