三度目の献血

血を見に、献血に出向く。事前の問診で必ず聞かれる『新たな異性との性的接触があった』は『いいえ』となるのだが、そんな状況になれるようチャレンジはしているが、いつも不発に…。そんなことで悶々としつつ、事前採血検査もOK、今回もまた400ccの採血となる。この量だと、私の体重では失血許容量の20%に達し、前回は酷い倦怠感が一日中続き、翌日の午前まで血液不足状態で辛い思いをした。今回はどうだろうか。

400ccの採血が終わるころになって、次第に全身が熱くなっていき、なぜか激しい発汗に見舞われ、若干採血室が暗いように感じる。そして驚いたのが血圧。最高血圧が80mmHgを切ってしまい、最低血圧も50mmHg台。おかげで最高血圧が100mmHg近くになるまで採血台での安静となってしまい、脚を心臓より高くするポーズにされ、20分近くそのまま。これが辛い(※1)。備え付けられていたテレビで、浅田真央選手のフィギュアスケートをひたすら見続けるハメに。帰って調べた結果によれば「血管迷走神経反射」というもので、様々な原因で身体が暴走状態に陥っていたらしい。恐怖や緊張といった、そういうものは一切なかったのだが。

急激に血圧が低下したことは、なんとなく体感していた。ふわっとした身体が浮くような感覚と、全身の力が抜けていくので、これはこれでリラックス(※2)できていた。動けなくなるほどのものではないと思っていたのに、万一のことを嫌がるセンター側は、血圧が元に戻るまで付きっ切りで監視を続ける。5分おきに血圧を測定し、ようやく100mmHg近くになって、診察室に移動。再問診と何度目かの血圧測定で、帰宅にGOサインが出た。もうしばらく休憩して、献血ルームを出るときには二時間近く経過していたのだった。

献血の粗品

三度目の献血は、採血の終わるころに副作用が発生した。倦怠感などはこれから出るだろうし、今日から明日いっぱいにかけて様子見が続く。後は血液検査結果が送られてきて、健康状態が維持できているかを判断。ここのところ、甘いものを口にする機会が増えているし、結果に反映されるかもしれない。

※1
膝下にウレタンマットを引いて「○_| ̄」この体勢に。腹を少し圧迫したおかげで、屁が出そうに…。昨晩食べた、長崎ちゃんぽんのおかげで、強烈な悪臭と大音響が響き渡ることを察し、採血室にテロを起こすわけにはいかず、我慢我慢…。

※2
肩から背中にかけて、強い凝りと痛みを常に抱えている。今回のように、血圧が落ちて筋肉が緩み、痛みから解放されたその瞬間の心地よさといったら、ヨダレもの。えっちの快感とどっこいどっこいだろう。

快速演算中に

昨日は早いうちに帰ってきたので、夜以降は普段と同じ生活リズムとなった。ドライブ中に撮影した写真や動画を編集しながら別の作業を行っていたところ、CPUを冷却する電動ファンが段階的にうなり始め、机上の電流計が2Aを越えるようになっていた。久しぶりにハードウェアに負荷を掛けることになって、応じて補佐システムが頑張っていたようだ。

タスクマネージャ

そんな中、タスク=ジャーマネさんに状況を問い合わせてみた結果がこれ。12個あるコアは並列演算を行っており、合計70%の使用率。使用メモリは8GBとなっていた。レスポンスが悪くなって遅くなるような使用感は一切なく、余裕があることを感じさせる。実際、ここからWordとExcelを立ち上げて作業を行っても、何事もない普段の動きだった。

構成するハードウェアのデビューは2009年で、今から6年前。最新モデルよりは各種スペックは落ちることになるが、それでもCPUを2個搭載、メインメモリに至っては32GBを搭載し、日々ヘビーになっていくソフトウェアに当面は耐えられるよう配慮した。パソコンの使い方が基本的にながら作業で、複数の作業を平行してスムーズに行うために、民生向けより業務向けに主眼を置いたパーツをチョイスしたが、性能の高さでは選ばず、必要とする性能で選んだ。おかげで「型落ちなのに高性能、そして安価」という、自作パソコンならではの特性を存分に発揮することができた。

2015年走り収め

気温が高い日中が続いたりして、秋が深まっている気配を感じない。とはいえ、朝晩はすっかり冷え込んで、ついでに日が出ている時間が短くなった。動き回るにはそろそろ厳しくなってきたこともあって、今年のドライブはここで終わりにしておくのが適切だろう。というこで、走り収め。3年ぶりに富士スバルラインに向かう。下界との標高差で、寒いだろうと思ったらそうでもないような?ただ、それは日なたに限ったことで、日陰に入ると寒い。日に当たらない路面は、ガッチリ凍結中。「凍結注意」という警告標識が、冗談には見えなかった。

さて、シーズンが終わった富士山は、閉山という扱いになっている。案内においても閉鎖と表立った言い方をしているものの、ゲートは開いているし、富士吉田市乗馬組合は営業中。どうなっているのか。登山道は凍結、あちこちに氷柱ができていることから、確かに危ない。クロに限りなく近いグレーな気配だ。常に小石が転がっていく音を耳にしつつ、足元に注意しながら一時間ほど歩くと…。

標高2,400m付近からの河口湖

2,400m付近に到達。一気に視界が開け、眼下に広がる河口湖。双眼鏡の類があれば、御坂峠の天界茶屋を探せたかもしれない。この地点と河口湖との標高差は1,500m以上あり、これが本当の上から目線。上空は航空路になっているので、数分おきに飛行音が響く。

標高2,400mからの山中湖
「ふははは!手始めに山中湖を征服だぜ!」

こちらは山中湖。河口湖から100m以上の標高差があったりするのだが、2,400m付近から見た感じでは、その差はよく分からない。山中湖村となっているだけあって、町の規模も河口湖側に比べれば確かに小さい。指を差している人物(私)の向こう側に見える山あたりに、篭坂峠か。ここは後ほど通ることになるので、先ほどまで上にいたことを改めて実感することになる。

山頂方面

遠目ではなだらかに見える富士山も、近くで見ればデコボコで険しい山であることがよく分かる。軽装(とはいえ、風を通さない上着と軍手をスタンバイ)で、ここよりさらに上に行くことは最初から考えていなかったことから、富士登山ごっこはここで終わり。すれ違う登山客と挨拶は欠かさずに。

山頂とEK9、S15

逆光なんてお構いなく。山は上りより下りのほうが怖いことは車道にも当てはまり、路肩はガッチリと凍結していた。タイヤのグリップを失ったら終わりなので、ゆっくり下る観光バスをペースメーカーにして、のんびり下山。冷たい空気に慣れたおかげで、下界はとても暑かった。平日特有の通勤ラッシュ渋滞を考慮して、13時には帰宅開始。総走行距離は370km、総合燃費は17km/L。

振り込み

シビックRの部品を購入し、支払いは銀行振り込みとなった。たまたま別の用事で駅前を徘徊していたとき、部品代を振り込んでいないことを思い出して、銀行のATMコーナーへ行く。週末ではなかったし、がら空き。ATM上での振り込み手続きは慣れていないことから、絶対に時間を喰う。今日のように、空いていることは好都合だった。

振り込め詐欺防止の観点からか、やたらと「本当に必要な振り込みか?」「金が返ってくることはない」という旨の警告文が操作する度に表示される。しかも最後の手続きの場面になって、振り込み実行とキャンセルのボタンが逆配置になっていて、手続きが最初からに戻されてしまう。振り込め詐欺の多さから、警告文や操作ボタンの入れ替えといった対策が採られているようだが、効果の程はどうなのだろう。なんとか振り込み作業が完了して、ふと画面を見直してみると『手数料:270円』となっていることに気付く。

270円?

機械から出てきたレシートにも、確かに270円と表記されていて、見慣れた数字ではないような?帰宅してすぐに調べてみると、Webサイト上の振り込み手続きなら216円、ATM上の振り込み手続きは270円で、54円もの差があったことを知った。ほぼ同時に、煩雑な操作を強いるATMの方が手数料が高くなる理由が発見できて、ATM本体のコストが上乗せされているためだとか。振り込みは、やはり慣れたWebサイト上からの手続きに限る。煩雑で手数料の高い、ATMでの振り込み手続きはもうしない…と思った、日暮れ時の出来事だった。

減らしたぞ

9月下旬に体調を崩した。体力維持と体調回復を促すため、食欲に任せるまま飲み食いを続けていたら、まさかの60kg台にリーチを掛けてしまったのが、10月7日。体重リカバリー期間10月いっぱいを宣言し、コントロールを取り戻す措置をスタートした。

乱れた食生活を少しずつ元に戻し、ストレスフリーな生活、毎日の軽い運動、積極的な水分補給、入浴で身体を休め、十分な休養。普段の生活スタイルを取り戻していくと、59kg台の数字が踊っていた日々が減っていき、57~58kgで安定するようになった。ダイエットを開始して4年?5年?というところだが、油断すると今でもデブに戻ろうとするのが怖いところ。

今月のどこかで、献血に出向く予定。その時に併せて行われる血液検査で、前回の測定値と比較して変化があるのか。体重変動の影響はあるのか。けっこう楽しみかもしれない。

組織(笑)

組織が優秀かどうかは、非常時の対応で大きく判断できる。トップが感情を剥き出しにして混乱しているようでは、組織の実力なんてその程度のレベルで、平時から事故やミスなんて防げるわけがなく、最悪の場合傷口を広げることになってしまう。

直属のボスが現場の権限を持ち、部下をコントロールすればいいのに、いきなり別の部署の上司がボスを飛び越して末端の部下に思いつきで指示を出し、ボスが蔑ろにされるとか、日ごろから口癖のように言っている「報告・連絡・相談」が全く機能していない。振り返ってみれば、東日本大震災当日も似たような状況で、情報収集や状況把握で精一杯なのに「連絡がない」「やる気がない」と決め付けて、怒声ばかり上げていた。この経験を全く覚えておらず、同時に学習していないことが明白で、老化で脳細胞が減る一方の老人には、非常時におけるリアルタイムで迅速な判断と柔軟な対応は無理な話だろう。

現状のままでは、近い将来発生すると考えられている東海地震の際、東日本大震災以上に混乱するのは目に見えている。アメリカでは、非常時における標準化されたマネジメントシステムことIncident Command System(ICS)という、優れたシステムが開発されている。トーナメント表のように、頂点に全命令系統を発する総括部を一つ置き、その下に支部、指揮部、実行部と広がっていく。大前提ルールとして、命令系統が一つしかなく、そして自分の所属する支部からのみ指示を受けるようになっている。これだけでも、外野から余計な命令や指示がなくなり、実行部隊はスムーズに動きやすくなることが容易に想像できる。

標準化やマネジメントといったものが大好きなのに、こういう非常時対応の手法は皆無。準備しておくだけでも、万一のときに役立つと思うのだが、何もなければ準備の必要がないと考えている連中には、馬耳東風そのものだ。福島第一原子力発電所の事故以前は、「事故は現実には起きえない」と考えられ、電力会社は事故対策に本腰を入れていなかった。何もなければ何もしないというのは、どこの組織も一緒らしい。