昔は過ごしやすかった?

朝からセミが鳴き、余計に暑さが増幅する毎日。暑さの話題になると、誰もが「昔は今ほど暑くはなかった」と言う。その昔とは、だいたい小学校前半あたりを意味する。この時期のタイミングと言えば、夏休みで遊びに徹する。セミとり、ザリガニ釣り、公園の水場で噴水遊び、蚊に刺されようが関係なしに駆けずりまわる山遊び。ある年齢層が境になるとはいえ、みな同じような遊び方をしていたらしい。

昔は今ほど暑くはなかった。本当にそうなのか。過去の天気を記載しているサイトはいくつもあるし、さっと調べてみる。小学校の前半は横浜にいて、途中で転校というとんでもないイベントが発生し、東京に移り住んでからが後半となる。

自然相手に遊んでいたのは、小学校前半となる横浜にいたころのこと。よって、過去の天気の調査も横浜となる。調べてみた感じでは、最高気温は今と大して変わらないような気がする。36℃や35℃といった、強烈な数字が数日に渡って続く日もある。今で言う酷暑も、既にあったとは。

が、暑かった記憶は全くない。今なら危険を察して空調の効いた屋内に逃げ込む気温でも、エアコン無しで平気だった。気温は今と大きな差はなく、それでいて耐えることができたのは、住んでいる環境が全く異なる影響だろう。横浜に住んでいたところは完全に下町で、緑豊かな小高い丘があったりするところだった。今でこそ開発が進んで住宅だらけになってしまったが、丘そのものは変わることなく、当時の面影はしっかり残っている。小高い丘があったおかげで、昼夜問わず風が生まれて空気が動いているし、それで過ごしやすかったのかもしれない。

東京に移り住んでからは、遊びよりも暑さの記憶しかない。そこはモノづくりのまちとして有名で、窓を開ければ隣は工場。常にコンプレッサーや変圧器が唸りを上げていたし、排熱と汚れた空気で窓は開けていられない。エアコンが生命線になったのは、ここから。

住む環境から緑が失われ、同時にエアコンが当たり前となり、そして年を取ることによって年々低下する適応能力。これではいつでも「昔は今ほど暑くはなかった」となるのは、当たり前かもしれない。気温が変わってきたのではなく、身体と周囲の変化による影響だった…ということ。

昔のほうがよかったと懐古するようになると、まさに年寄り、老化現象。適応能力の低下は素直に認めるし、エアコンで身体の調子を保つことが出来る今のほうが、便利だし過ごしやすい。