あれから9年

「そういえば地震が起きた瞬間、なにやってたっけ?」と職場の面々で好き放題語り合うのが、毎年恒例のパターン。

現在、だらけきった現場監督をやっている身だが、地震が起きた瞬間は現場の人間として歩き回っていた。「そんな時代があったんですか!?」「想像できねぇ」と、ずいぶんな言われよう。

コンビニの棚がすっからかんになった経験は、このときが初めて。2011年3月11日の夜の時点で、コンビニで売られているものがどんどん減っている真っ最中だった。翌朝以降、売るものがひととおりなくなって、次の納品の見通しが全く立たなくなってしまい、コンビニそのものが休業しているという事態も目の当たりにする。今現在はマスクとティッシュ箱の棚が空になっているが、それどころの話ではなかった。

このときの転売品目は電池、水…ペットボトル入りのミネラルウォーター、キャンプや鍋に使う卓上ガスコンロ、ガソリン携行缶あたりだった記憶がある。

仕事では単一電池と単三電池を使う場面があって、品薄状態の影響で新しい電池が入手できなくなり、並行輸入で取り寄せた海外生産の電池(通称洋モノ)に頼ることになった。しかし、日本製の電池とは比べ物にならないほど品質が悪く、短期間で液漏れを起こしてしまい、機器一式で交換する羽目になった事例は一回や二回ではない。取り外された電池を一本一本測定して、一定以上の電圧が出ているものをかき集めて、再利用して凌いでいた。

ちなみにガソリン携行缶。ボロボロになっていたガソリン携行缶を金属ごみ置き場に出したところ、その日中に奪われている…。

新型コロナウイルスの混乱の中、ちょうど東日本大震災の日となった。この日に合わせて震災当時の様子が放映されるようになり、生活用品の入手に苦労したっけなーと当時の記憶が蘇るのか、「品薄のものを入手して備蓄すれば、とりあえずは安心」とばかりに、相変わらず買い溜めに走るのかもしれない。