台風15号の前後

時系列的には昨日、8日からスタートする。

8日昼、上司の連絡用電話から入電。曰く「台風15号で電車が動かなくなるし、会社泊まれるように設定したけど、来る?」とのことで、「泊まりません。普通に行くですわ」と即答。「じゃあどうするの?」「どうもこうもねぇんだよ!チャリですかね?南風で追い風ですし、人間は完全防水なんで」と、電話を切る。

その後、昼過ぎから会社自転車部の連絡網にて「9日、首都圏の電車は始発から8時まで見合わせ」という一報が入り、職場近くのホテルを急遽予約、もしくは会社で泊まることを決断する者が出てくる。

気象庁の予報では、台風は直撃コース、アメリカ軍の予報では若干東よりで、可航半円に入るコース。日米共に、都心への最接近は明朝午前3時頃と予報。後者、アメリカ軍の進路予報に当たることを期待しつつ、就寝。

9日午前3時過ぎ。外から強い雨と強風の凄まじい音が響いてくることに気づき、目を覚ます。今がちょうどピーク時間だったと半分寝ぼけた頭で思い出しつつ、耳を済ませて台風の様子を窺い続ける。台風の現在の状況と移動速度からして、起床時刻となる5時、出勤予定時刻の6時には多少落ち着くと確信。先ほどから、消防車のサイレンが響き渡っているが、何かあるのだろうか。

5時。気圧計によれば985hPaで上昇傾向にあり、峠は越えた。雨雲レーダーを見ると、大雨の中心は東京都と千葉県の境で、可航半円側に入っている。雨雲レーダーと雲の様子を肉眼で見比べながら、出勤するチャンスを狙う。雲と雲の隙間が出始めて、雨風共に弱まってきたので、今だ!と6時出発。チャリ通スタート。この天候の中、自転車で走っているアホは自分くらいだろと思っていたら、意外にも多い。

道路はあちこちで冠水、街路樹の倒木は当たり前、バイクが倒れて部品が散乱、屋根瓦が落ちてダート状態、ガラスの破片やゴミが飛び散り、看板は吹き飛ばされて、出所が分からないトタン波板があちこちに落ちていると、カオスの極みにある。今振り返っても、よくパンクしなかったなと思う。予想通り追い風で走行には苦労はしなかったが、例外は陸橋。強烈な横風でまっすぐ走れず、風上に向かってバンクさせ、更にハンドルを風上側に少し切りながらバランスを取るなんて、さながら航空機の横風着陸の如く『クラブをとる』。

着衣のままシャワーを浴びたような格好で会社に到着。「根性のある出勤」「気合いが違う」と褒められているのか呆れられているのかは不明だが、こちらとしては「普通に行く」と宣言した以上は、キッチリやっただけのこと。雨と汗で変なニオイを放ち始めた服は洗濯機へ、靴は晴れてきてから日干しするとして。

仕事は仕事で混乱を極めたが、2011年3月11日の震災の日に比べればなんのその、一時間の残業で済んだ。帰るころには、あれだけ荒れ果てていた道路が殆ど元通りになっていたことが驚き。大気の汚れを含んだ雨に打たれたせいか肌はヌメヌメ、汗とはまた違った気持ち悪さがあった。入浴後のさっぱり感は普段以上のものだった。

・追い風であれば、台風のチャリ通も不可能ではない。
・自転車における冠水走行は、なるべくスピードを維持し、曲がろうとしない。
・雨雲レーダーと肉眼、気圧計、気象庁とアメリカ軍の台風予報を組み合わせれば、より精度を高めることができる。

午前3時から起きており、寝不足で頭が痛い。週の初めからヘビーで、今夜と明日で回復できるかどうか。