東日本大震災から14年が経過した。
2011年3月11日は金曜日で、タイミングよく週末。次の日の土曜日と日曜日は居住地周辺の被害状況を見て回り、川に行ってみれば津波の影響を少なからず受けていて、変な波を起こしながら逆流していたことを今でもハッキリ覚えている。
計画停電で電力供給が不安定になり、さらには被害状況の全貌が掴めていなかったことで、月曜日からの各鉄道路線は運休が相次いだ。福島原発の様子をリアルタイムで報じながら、都心部の路線状況も随時報道されていた。公共交通機関が大ダメージを受けているにも関わらず、「そういう理由をつけて会社に来たくないだけ」と断じた上司は絶対に忘れることはない。
この当時は、今ほど体が仕上がっていなかったこともあって、自転車による通勤も一苦労だった記憶がある。僅か10kmの距離を今でこそ30分から35分ペースで走っているが、2011年3月は45分も要していた。慣れないことを続けていた影響で、次の週末に「顔色悪いですよ?」とまで言われ、体調を崩すというオチまで起きた。
今は自転車通勤が馴染んでいる。体はいつでも強化できて、やった分だけ伸ばせるようだ。