難易度:高

重要なところは、EK9シビックRは20年以上前のふっるーい車であり、自らの意思で乗っているわけで、誰かに命令されて乗り続けているわけではない。よって、部品がない、サポートが得られないのは当たり前であって、そこを履き違えてはいけない。

EKシビックが出た当時といえば、例えばパソコンのOSはWindows95、NECのPC9821シリーズが生存していた時代。現在のように、あちこちでお手軽にネット接続できるような環境ではない。Yahoo!BBの格安ADSLによる常時接続の時代は、さらにあとのこと。そんな古いものに対して、マイクロソフトにWindows95のセキュリティアップデートしろなんて言っても「Windows10へどうぞ」と返答されるだけで、NECにPC9821用の修理用部品を注文しても「ありません」と返されるだけ。

OSやパソコンと違って、車は維持次第で長く長く乗り続けることができる。ただし機械なので、経年に対する修理対応は必須となってきて、どこかのタイミングで壊れるかもしれない。所有者の意識では現役の車なのに、修理のための部品がないとなれば「なぜないのか?」という疑問が浮かんで怒りが湧くのだろう。メーカーやサプライヤーからすればそんな旧い車を…となり、一方で所有者目線では、その車は現役。この大きな差とすれ違いは、いつまでも解決されやしない。

例えば、ゲームで難易度設定を高めておく、もしくはあえて難しいルートをチョイスしておきながら、クリアできなかったとする。それを「クソゲー」「ゲームバランスの調整や煮詰め不足」と文句をつけるとは変な話で、難易度を下げればいい。日本国内で旧い車を持つということは、ゲームの例に近い。サポートが得られないだけでなく、部品価格の高騰や各種税金等の維持費が掛かるといった、難易度が高くなる要素だ。それが嫌なら、旧い車に乗らず、今時の車に乗ればいいだけのこと。

身の回りの旧い車を乗っている人を見ても、部品がないことに文句をつけている人はいない。一種の諦め、あればラッキーという運試しとして、そういう車だという潔く割り切っている。部品がないことや、メーカーからの供給が止まったことに対する文句を言う人は、実際はその車に乗っていない、乗ってから日が浅い、旧い車という認識がないのどれかではないか。

長期在庫で余計な課税をされることを回避するため、破棄して強制的に販売終了という事態は、目に見えては起きていない。「在庫はないけど、今から作らせるから時間くれ」という、ありがたい返答が出てきたことは一度や二度ではない。メーカーは、部品の在庫がある限りは旧年式の車体でも売ってくれるのだから、売った後は知らないよというスタンスではない。できる範囲で助け続けている。

維持の難易度が高い車になりつつも、それを下げる手段は、当人の行動次第。