朝から気温が高く、徒歩通勤中にはどんどん暑くなり、会社のロッカーに到着するころにはじっとりとした汗が滲んでいた。
着替えている真っ最中にふと思い出したことは、小学校低学年の時代だろうか。冬に向かって気温が低下する中で、「薄着で体を鍛えよう!」なんて指導があったこと。今思えば、あの指導はいったいどういう意味があったのだろう。
ざっと調べてみた限りでは、肌を温度変化の激しい外気に晒すことで「自律神経を鍛える」という結論が多いように思える。医学的にはそういった理由があるのかもしれないが。
そもそも子供の体温は高い。親戚のチビ(小一)は手の先でさえ熱く、逆に私の手は冷た過ぎて逃げていく。しかも座って遊ぶより、例え室内でもビニールボールやウレタンの棒があれば、全身をフルに動かすようにして遊ぶので、体が熱い状態が続く。その勢いのまま、外に出ようとすれば「暑いから(上着を着るのは)やだ」と抵抗を見せたりするわけだ。
そのまま過去の自分に当てはめてみると、寒いからと防寒着を着せられて遊びに行っても、公園や何やらで遊びまわっていれば、次第に暑くなって上着を脱いだりする。そして、遊ぶことに夢中になって、上着をどこに置いたか忘れてしまい、今度は必死になって探すことになる。上着を公園に置いてきた…なんてことで怒られた記憶はないので、一応は見つけているらしい。
子供特有の体温の上がりやすさからして、多少寒くても動いていれば、すぐに熱を持つ。体温が高くて身が小さければ、冷たい外気に晒されても意外と耐えられてしまう。どうせ上着は脱いでしまい、それをどこか一時的に置いておくにしても、子供の視点からは着ない服は邪魔なもの。そうであれば「薄着で」なんて指導は「邪魔になるもの、余計なものは最初から持っていかない」という隠れたメリットが実はあったのではないだろうか。
冬場にシャツ一枚や半袖といった極端な薄着では、むしろ悪影響になってしまう恐れがある。そこで程よい薄着になれるよう、トレーナーとインナーというような、具体的なアドバイスまで行われていた気がする。
今となっては冷え性に悩まされ、常に骨が冷えて痛みすら出るほどなので、薄着での生活は無理。子供の体というのは、予想以上に寒さに強いのかもしれない。