経過、それから

沖縄県の首里城が火災に見舞われたのが10月31日未明。それから一週間程度が経過して、焦げた配電盤が見つかり、配線にショート痕が見つかるなど、想定される発生原因が少しずつ見えてきたようにも思える。

素人目には燃え尽きた灰にしか見えないが、原因を特定するプロからすれば燃え方で違いが見えてくるそうだ。火元と、延焼した部分では焼け方が異なり、それを一つひとつ追跡していくと、炎が動いていった方向や燃えやすいものの有無など、いろいろ分かる…と、消防士から話を伺ったことがある。

沖縄に行ったのは、2010年2月に一度だけ。それも旅行ではなく、普段どおりの弾丸ツアー。朝っぱらの始発便で沖縄へ飛び、その場でレンタカーを借りて嘉手納基地の飛行機を眺め、ソーキそばを食べ、沖縄都市モノレールの乗り鉄をやって「747の引退が近いから、ジャンボの便で帰ろう」と、沖縄へ行ったその日中に帰ってくるという、乗り鉄、乗り空な行程。

よって、火災現場の首里城に最も近づいたのは、沖縄都市モノレール線の当時の終点駅だった、首里駅まで。首里駅と首里城は反対側になるため、城がしっかり見えた記憶はなく、むしろ首里城周辺の坂道の多さ、モノレール線でさえ60‰に達する角度のほうが印象強い。

2000円紙幣とゆいレールの一日乗車券

手元に残る、沖縄都市モノレールの一日乗車券。そして使いどころがいまいち思いつかず、長らく封筒に入れたままの2000円紙幣。表面には、首里城の守礼門が描かれており、こちらは火災現場から離れていたため無事とのこと。

火災原因の調査が継続している中、沖縄は悪くない、国が悪い、さっさと金出せ、再建しろという、まだソコに至るには早すぎるのでは?と残念に思うことが本当に多い。起きてしまったことに対し、徹底的な原因究明と万全な対策を講じて、同じミスをしないようにするのが、二度目の事故を防ぐためのプロセスだ。それを疎かにしてしまえば、忘れたころにトラブルに見舞われる。

国のやることは反対、でも国は金を出せとは、これ如何に。なにもかも一括りにするなと言われるかもしれないが、一部の人間のせいで、沖縄とはそういう土地柄と感じているのは、私だけではないだろう。「一人の行いで、みんなの印象が決まる」とは、小学生の遠足あたりで習うこと。それができずに(見た目だけは)大人になった結果が、あのザマだ。